52 ガルド転落
「ユウト兄! ユウト兄! 大変だよ!」
その日、ユウトはエリオの声に起こされた。
「なんだよ?」
朝にはあまり強くないユウトだ。声が不機嫌になる。
「見て!」
寝覚めのぼんやりとした視界にクリスタルタブレットの画面が突き出される。
「近すぎて見えないって」
「あ、ごめん」
エリオがクリスタルタブレットを少し遠ざける。ぼんやりと画面が見えてくる。
「は?」
そこで、ユウトは声を上げた。
「これ、は……」
「そうなんだよ! おいらもびっくりしちゃって」
寝起きの頭にエリオの声がキンキン響いて少し頭が痛い。だが、今はそれどころじゃない。気になるのは目の前のクリスタルタブレットに映っているニュース記事だ。
「なんで、急に……?」
ユウトは首を傾げた。そして、記事を読み進む。
「これ、多分前からわかってたことだよな……」
「なんで?」
「詳しすぎる。こんなことが一日で調べられるわけがない。どこかとの利害関係が一致したんだ。だから、急にこんなことが起きたんだ」
「おいらにはわからないけど、ユウト兄が言うならきっとそうなんだね。でも、本当にびっくりだよ」
「それは、俺もだ。こんなの驚かないはずがない」
「大変大変! 今日の新聞が大変なのよ!」
ユウトとエリオが話しているところに、今度はサラがノックもせずにドアを開けて現れた。
「これこれ!」
そう言って、サラは新聞に載っている一つの記事を指さす。それを見て、ユウトとエリオは顔を見合わせた。
「これ……」
「うん。おいらたちも、同じ記事をクリスタルタブレットで見てたんだ」
「あら、そうだったの。知らないと思って慌てて来たのよ。だって、ヴァルクロウ商会の不正だなんて、私にもあなたたちにも重要なことだもの! 私も株主ですからね!」
「あ、はい!」
どちらかといえば社長のユウトにとっての方が大事なのだが、サラに詰め寄られてユウトは頷いてしまう。
「これは大事なんでしょう?」
「そうです、ね」
更に詰め寄られて、こくこくとユウトは頷く。
「サラ姉、落ち着いてよ!」
「そうね」
エリオはサラとユウトが近付いているのが嫌なのか、ぐいっとサラをユウトから引き離した。
「ユウトさんたちが話しているのを聞いて、ヴァルクロウ商会がやっていることは知っていたけど、もみ消されていたみたいだものね。ほら、魔魂石が枯渇していることなんかも隠しているって言っていたでしょう? そのこともここに書いてあるのよ」
「そうですね」
確かに、そのことも記事には書かれている。だが、こんなことは庶民レベルがやってもすぐにもみ消されることだ。
だとしたら……、
「上の連中が絡んでるってことか」
「私もそう思うわ」
「え? え?」
ユウトの呟きにサラが答えて、エリオはちょっとわからないといったように首を傾げている。
やはりサラは頭の回転がとても早い。
「ガルドは貴族や大商人に見限られたってことだ」
「え!?」
エリオが驚きの声を上げるが不思議なことではない。
「ヴァルクロウ商会の大株主は誰だった?」
「え、ええと、魔魂石を使ってて、ヴァルクロウ商会を信頼していた貴族や大商人の人たち?」
「そうだ。もし、魔力電池の材料である魔魂石がなくなったらヴァルクロウ商会はどうなる?」
「どうなるって……。もちろん、売るものが無くなったら倒産するしかないよね。だから、ガルドは次のエネルギー候補だと思った星屑電池に目をつけて星屑工房を乗っ取ろうとしてたわけで……。あ、てことは!」
「ガルドは、それに失敗したんだ」
◇ ◇ ◇
ニュースが出回ったときには、まだ株式市場は開いていなかった。
開いたときには、阿鼻叫喚の騒ぎになった。
ヴァルクロウ商会の株価はナイアガラ一直線だった。もちろん、その前には騙し上げなどもあったりして、急激に落ちる前の株の動きも見せていた。
「わあ……」
その動きを、エリオがぽかんと口を開けて見ていた。もちろん、ユウトも似たようなものだった。
「ひでえな……」
憎い敵と思っていたガルドだが、この動きは投資家として見ていて酷いとしか言えなかった。
「ニュースが出るってことはその前に売り抜けていたヤツらもいるんだろうな」
「そういうもの?」
「多分な。貴族たちが自分に損になるようなことはしないだろうからな。巻き込まれているのは、個人投資家だろうよ」
「そうだね。それは嫌だね……」
「だな。胸糞悪い。ガルドにはざまぁみろとは思うが、今頃慌てふためいているんだろうな。けど、他の貴族はガルドのことを守らなかったのか? てっきり癒着してるのかと思ってたんだけどな」
ヴァルクロウ商会の大株主はさっきエリオが言っていたとおり、貴族たちだ。そういう力を持った人たちが株主だったとしたら、急な暴落を避けるために情報を操作してヴァルクロウ商会を守ろうとする動きがあってもおかしくない。
(そうならなかったのは、何故か)
ユウトは考える。
「大株主である貴族たちにも、魔魂石の枯渇を隠していたってことか……。もし、ガルドが自分の利益を守るために最後まで隠し通そうとしていたのならありえるな」
「なるほど」
ユウトの呟きに、エリオがうんうんと同意している。
「そうねぇ。私、ミオちゃんに聞いていたのだけれど、あのガルドさんてお父さんのバルドさんが起こしたヴァルクロウ商会で成り上がった新興貴族なのよ。だから、以前から続く貴族の方々にはあまり好かれていなかったみたいなの。それも、関係あるかもしれないわね」
「そうだったんですか」
「それで、なかなか貴族同士の婚姻関係も上手くいかなくて、美しいミオちゃんを自分のものにしようとしていたなんてことも私は思っていたわ。綺麗で美しいけど、ちょっと生意気で強いミオちゃんを自分の元に置いておけば所有欲なんかも満たされるでしょ?」
「へ、へぇ。さすがサラさん」
答えながらユウトは顔が引きつる。
(そんなどうでもいいことで、ミオを自分のものにしようとしていたなんて許せん!)
口には出さないが、怒りがこみ上げてきてしまう。
「ユウト兄、どうしたの? なんか顔がピクピクしてるよ?」
エリオが余計なことを言う。
「いや、なんでもない」
できるだけ平静を装って、ユウトは答えた。
「けど、もうガルドもそんなことはできなくなったってことですよね?」
「でしょうね。こうも大々的に報道されたら、さすがになんらかの処罰は下るんじゃないかしら」
「なら、大丈夫ですね」
サラに言われて、ユウトはほっと胸をなで下ろす。
(ミオがあんなやつの手に渡らなくてよかった……)
もし、あの村が借金まみれのままでガルドの所有物のままだったら、いつかそうなっていた可能性もあったのだ。考えただけでもゾッとする。
「え?」
ユウトが身震いしていると、隣でクリスタルタブレットをのぞき込んでいたエリオが声を上げた。
「どうした? また新しい報道でもあったのか?」
「えっと、違うんだけど……、その……、これ」
エリオがクリスタルタブレットの画面をユウトに見せてくる。
「は?」
思わず、ユウトも声を上げてしまう。
「ど、どういうことだ?」
画面の中では、ヴァルクロウ商会とは対照的に、星屑工房の株価がぐんぐんと上がっていた。




