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4 損切り

「うわ、また下がってる。でも、おいら、やる、よ……! 確かにこのまま下がってくの見てるだけなのは、困る、から……。それなら……」


 スマホ(仮)を見ながら少年はまだ迷っているようではあったが、意を決したように画面を操作し始めた。少年が一度優斗を見上げる。優斗は頷いた。


「よし」


 少年は自分を納得させるように頷くと、スマホ(仮)をタップした。


「売り!」


 言わなくてもいいが、少年は叫ぶ。そして、脱力した。


「減った。おいらが、頑張って貯めたお金が、減った……。一瞬で……」


 少年は魂が抜けてしまったかのように壁にもたれかかりながら呟いている。そして、もう一度画面を見る。


「わ。まだ、下がり続けてる……」


 優斗はほっと一息ついた。下がり続けているのなら損切りは正解だ。もし、損切りした瞬間に反発して上がり始めたら最悪だ。

 これは株を扱ってきた者としての勘だった。しかし、絶対ではなかった。


「よかった……」


 心の底から安堵して、優斗は呟いた。


「どれくらい下がった? 結構、エグいチャートだったと思うけど」

「えっと」


 少年が言いにくそうに優斗を見る。それから、口を開いた。


「10分の、2、かな」

「げ」


 思わず優斗は声を上げてしまった。日本の市場ではストップ安の制度があるため、1日でそこまで下がることはない。連日ストップ安が続けば似たようなことにはなる。が、10分の2はかなり酷い。

 正直、これ以上下がっているのを止めることしか考えていなくて、具体的な数字は見ていなかった。


「どれくらい買ってた?」

「……10万セレン分」


 どうやらセレンというのはこの世界での通貨の単位らしい。それが日本円に換算するとどれくらいなのか、この世界に来たばかりの優斗にはわからない。が、泣きそうな少年の顔を見ていると、少年にとってはものすごい大金だったことはわかる。


「で、10分の2になったんだよな。てことは残ってるのは2万セレンってことか」


 優斗が確認するように言うと、少年は頷いた。

 ストップ安は怖い。優斗は身に染みて知っている。だが、その日はそれ以上は動かないという謎の安心感もあった。

 セレンの価値がどれくらいかわからない優斗には、どう声を掛けていいかわからない。少しでも残ってよかったと言っていいものかもわからない。中学生くらいの少年がお年玉で貯めたお金で株に賭けた、という様子にも見えないからだ。それにしては、顔に悲壮感が漂いすぎている。


「ちなみに、それはいくらなんだ?」


 優斗はスマホ(仮)を指さす。


「え、これ? クリスタルタブレットのこと? すごいでしょ。株を始める前にこれが絶対にある方がいいって勧められて、かなりでかい買い物だったけど思い切って買ったんだ! これは、10万セレンだったんだよ! 貯めてきたお金を半分使っても価値があると思ったんだ! これ使ったら株に勝てるって言われたし!」


 どうやらスマホのようなものはクリスタルタブレットという名称らしい。改めて見ると買ったばかりらしくピカピカの新品だ。すごい物を持っているのが嬉しいのか、少年は誇らしげな顔になる。そして、ハッと気付いたように呟いた。


「あ、そうか。これを売れば少しはお金が戻ってくる。けど、せっかく買ったのに……」


 それから、少年が我に返ったように再びしゅんと肩を落とす。


「なるほど、10万セレンね。思い切りがいいな」

「なんかカッコいいし、本当に必要ならって思って」

「そうか」


 優斗は頷いて、取引所の中を見回す。クリスタルタブレットを持っている人は他にもいる。少年が持っているのはクリスタルタブレットの中でも小型のようだ。これがスマホのようなものだとすれば、価値として日本円に換算しても10万円くらいだと推測される。もっと大型のものは、もう少し高いのだろう。

 だとすれば、この少年は本当に一生懸命貯めてきたクリスタルタブレットも含め20万円くらいのお金を2万まで減らしてしまったことになる。大損だ。

 クリスタルタブレットは定価で買っていて、本当に必要な物ならそれは無駄ではないとは思う。スマホの便利さを優斗は知っている。

 が、どんな事情があるのかわからないが、かなりのショックを受けていそうだ。


(というか、自分に置き換えてもショックすぎる)


「でも、これだけじゃすぐにお金無くなっちゃうよ。王都にいられなくなるのは嫌だ……。株なんてやらなきゃよかった……」


 再び少年は泣きそうになっている。

 当たり前だ。ほとんど全財産を株で溶かしてしまったのだから。


『株なんてやらなきゃよかった』


 それは優斗も体験したことのある、投資家なら誰でも思ったことがあるに違いない魂の叫びだった。


(しかし、さっきの株の動きは酷かった。と、いうことは……)


 優斗は少年を落ち着かせるように、そっと肩に手を置いた。

 そして、言った。


「もう一回、さっきの掲示板見せてくれる?」

「え、でも、もう損切りってやつ? しちゃったし見てもしょうがないよ……」


 少年はすっかり元気をなくしている。


「いや。さっきの株の掲示板だけじゃない。他にも動いている株は沢山あるよな? それを見せて欲しいんだ」

「? わかった」


 少年が掲示板のクリスタルタブレットで掲示板のトップページのようなものを開く。見れば見るほど、現実世界で優斗が見慣れていた株の掲示板に似ている。投稿数や出来高のランキングのようなものまである。


(これなら……)


 優斗はランキングに載っている掲示板を片っ端から開いていく。

 いつもなら、もう賭けのようなことはしないようにしている。優斗自身、始めたばかりの頃にそういうことをしてやられたことはある。そもそもメテオラは順調だと思っていたから賭けにはカウントしていない。それは別として、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。

 異世界にまで株の世界があることを知り、実際にその世界を見て、困っている少年を目の前にし、優斗の頭は活性化していた。


「あった。これだ!」


 ある株を見つけ、優斗は少年に画面を見せる。


「これを買うんだ。今すぐ。ありったけ」

「え?」


 少年は困惑した顔をしている。無理もない。ついさっき株で大損したばかりだ。そこに再び残り少なくなった財産をつぎ込むメンタルなど無いに決まっている。

 が、優斗は畳みかけるように言った。


「早く乗れ! この波に!」

「え、え? あの、本当に大丈夫? なの? 同じようにならない?」

「ああ」


 優斗は答えた。確証など無い。これは賭けだ。が、分はあると思った。だから、賭けさせた。もし、失敗したらなんとかすればいい。きっと何か方法はある。ここは異世界だ。きっとなんとかなる。

 そう信じて、優斗は首を縦に振った。

 少年はためらっていたが、優斗のあまりの圧に根負けしたように買いのアイコンを押した。もちろん、買えるだけ全てのお金をつぎ込んだ。

 ガクリ、と音がしたように優斗には思えた。

 少年が買った瞬間に株価が下がる。


「え、ちょ、待って!」


 少年が取り乱す。


「損切り!」


 さっきの優斗の言葉を学習したようで、すぐに売りのアイコンをタップしようとする。


「待て! まだだ!」


 が、優斗の言葉にその指を止めた。


「で、でも、このままじゃ、さっきと同じように下がっちゃうよ」

「違う。まだ、上がるはずだ」


 優斗は力強く言った。正直、それほど強く言えるほどの自信は無かった。けれど、そうでもしないと少年はすぐに買ったばかりの株を売ってしまいそうだった。優斗も本当は背中に冷や汗をかいていた。

 なにしろ、これは優斗自身の資金ではない。人のお金だ。それを使って勝負に出ているのだ。下げに動揺しないはずがない。

 だが、買えば下がる、売れば上がる。これは投資家にとってはあるある中のあるあるだ。優斗は自分の勘を信じるしかなかった。

 ここで少年と同じく動揺するわけにはいかない。


「あ」


 少年が声を上げる。

 画面の中では下がったはずの株価が反発していた。つまり株価が急上昇していた。


「え? え? どうして?」


 少年は不思議そうに自分が買ったばかりの株の板を見つめている。


「うわ、どんどん上がってく!?」


 そして、遂に上昇を続ける株に目を輝かせ始めた。


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