31 見たことのある顔
早く王都に帰りたかったが、すでに慌てて村を出たとしても取引所はすでに閉まるような時間だった。そもそも、暗くなってからあの道を歩くのは命の危険がある。
とりあえずはミオの家に泊まることにして次の日、ユウトはミオに連れられて王都に向かった。荷馬車はタイミングが合わずに、乗せてもらえなかった。
「前はもっと荷馬車の行き来があったんだけどな」
「はぁ、はぁ……。ってことは昨日話していたとおり本当に魔魂石が採れる量が減ってるってこと、だな……。ふぅ」
「大丈夫か?」
「大丈夫、だ……」
ミオの手前、強がってみせるユウトだったがかなり苦しくはあった。
「急がなくていいぞ」
「いや、もう取引所は開いてるからな……。ミオだって早くギルドに行きたいだろ? 俺が一緒だから遅くなってるよな。ごめん」
「構わない」
きっぱりとミオは答える。
「それに、今日は私も魔魂石を加工しているというところが気になる。一緒に行ってもいいか?」
「それは、もちろん」
ユウトは頷く。ミオが一緒に来てくれるというのは助かる。
ハンスが名前を出していたエレノアという女性技士に会いに行くことになっていた。ハンスが手紙を書いてくれたのだ。
「その前に、取引所には行くけどな」
クリスタリス通信の株価がどれくらいになっているかも気になっていた。まだクリスタルタブレットを持っていないユウトは、株価が確認できる状態ではないからだ。
「ああ。昨日言っていたな。株価が上がっていたら、それが資金源になるかもしれない、と」
それも昨日の夜に話した。
「けど、下がってたら資金源どころか何もできないんだけどな……」
「株なんか儲けるためのものだとばかり思っていたが、大変なんだな」
同情するようにミオが言う。
「わかってくれると嬉しいよ」
ユウトは笑った。最初に嫌われたときに比べるとすごい違いだ。ミオが理解してくれているのが嬉しい。しかし、本当に上がっていてくれないと困る。でないと、ユウトの考えていることは実行できない。
(それに加えて、クズ石が本当に新しいエネルギー源で、更にエレノアって人が開発に成功してくれないと困るんだけど……)
問題は山積みだった。
「王都が見えてきたぞ」
「本当だ」
ミオに言われて、ユウトは顔を上げる。とはいえ、歩く距離はまだまだ長い。まずは自分の足で王都まで辿り着くことが先決だ。
◇ ◇ ◇
「いよっし!」
下がっていたらどうしようと少し不安だったがクリスタリス通信の株は順調に右肩上がりだった。取引所の中には、エリオの姿はさすがになかった。きっと、ユウトがいない分もサラのところで働いているところなのだろう。
「いいことがあったのか?」
ガッツポーズを取っているユウトを見てミオが聞く。
「持ってる株が上がってた。でも、まだ利確しない方がよさそうだな」
「りかく? 私にはよくわからないが、そういうものなんだな」
「まだ上がりそうだからな。でも、資金が必要になったら利確するよ」
ユウトの言葉があまり理解できていないようだが、ミオは頷く。
「行こう」
「ここはもういいのか?」
「確認はできたからな。もし、あまり下げていたら心配だったけど、これなら大丈夫そうだ」
「そうか。なら、行こう」
ここからはガルドの工房に向かう予定だ。
「場所はわかるのか?」
「ああ、荷馬車で乗せてきてもらっているときに聞いたことはある。なんとか行けると思う」
「なら、頼む」
ユウトはミオと並んで歩き出した。最初に出会ったときには、こんな風に二人で並んで歩くようになるとは思わなかった。
前の世界でも女の子と並んで歩いたことなどないユウトには、少し照れくさい感じがしてしまう。しかも、ミオはこれまで出会った女の子の中ではダントツで可愛い。なにしろどう見たってファンタジーに出てくるヒロインなのだ。緊張しない方がおかしい。
(デートでもないのに、何を考えているんだ。俺は……)
「どうした? こっちだぞ」
急に意識しすぎて、カクカクと挙動不審になっているユウトにミオが声を掛けてくる。
「あ、うん」
ユウトは慌てて軌道修正する。そんなことを考えている場合ではない。
「あそこか?」
ミオが指さす。
そこはレンガ造りで重厚な、工房というより工場と言った方が正しそうな建物だった。中は全く見えないようになっている。
入り口には確かに『ヴァルクロウ商会』の看板が見えた。荷馬車が荷下ろしするような場所もある。
「ここだな」
ユウトは呟く。
先を歩いていたミオの足が止まる。
「……ミオ?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
そう言いつつ、ミオの顔色は悪い。
「そっか、ごめん。ガルドに会いたくないよな」
「……」
無言でミオは頷く。
(ガルドはミオの憎い敵だ。ミオを狙っているという点では俺の敵でもあるが……)
ユウトは工場の中をのぞいてみようとする。中の様子はよくわからない。けれど、ユウトは思った。
「ガルド自身はこんなところにいないんじゃないのか? 鉱山にも時々来るだけなんだろ?」
そう言って、ユウトは工場の周りを見てみる。あの豪奢な魔力馬車はどこにも見当たらない。
「ガルドがいるなら、きっとあの魔力馬車があるはずなんじゃないか? あったらすごく目立つと思うんだ」
「確かに」
ミオは納得したようだ。
「でも、部外者が入ったりできるのかな」
ユウトは入り口らしきところに足を進めてみる。案の定、守衛っぽい人がそこに立っていた。
「ハンスさんが、俺の名前を出せばエレノアさんが出てくるって言ってたよな」
「ああ」
「もし、言って駄目だったら、出てくるのを待ってみるか」
「ユウト、エレノアさんの顔がわかるのか?」
「……とりあえず行ってみよう。こういうときは動かないと始まらないからな」
「そうだな」
ツッコミを入れられた感じで、当たって砕けろの精神で言っただけのユウトだったが、ミオはふふと笑った。
「あの、すみません。エレノアさんって方。ここにいますか?」
ミオに言った手前、ユウトは自分が守衛のような人に声を掛けた。前の世界では引きこもりだったが最近では外に出まくっているので少し耐性がついてきた。
「エレノアさん? ああ、あの技師の。なにか用か?」
「はい。ちょっと伝言を頼まれていまして」
「もしかして、ガルド様か?」
「え、えっと。はい」
誤解だがユウトは頷いておいた。その方が、話が早そうだ。
「それなら急ぎだな。ちょっと待っていろ」
守衛の人は中に入っていく。
「すぐに会えそうだな」
「だな。なんか誤解してたみたいだけど。でも、ガルドからの伝言だと勘違いしたってことは、今はここにいないってことだよな」
「よかった」
ユウトが言うと、ミオがほっと息を吐いた。当たり前だが、本当に会うのが嫌だったらしい。ユウトだって、ガルドに会いたいとは思えない。
「待たせたな」
そうこうしているうちに、扉が開いて守衛が現れた。
「ん?」
その後ろにはなんだか見たことのある人が立っていた。分厚い眼鏡を掛けて、薄汚れた作業着を着ている。この姿は……。
「あ! サラさんの店に来ていた……!」
ほとんど忘れかけていたが、ルミネ鉱山が魔魂石を採掘しているところだと教えてくれた人だ。
「君は?」
「なんだ? ただの伝言じゃないのか?」
「あ、ええと……」
守衛が疑わしそうな目で見てくる。
「あの、俺、ハンスさんに聞いてここに来たんです」
ユウトは守衛に聞こえないような小さな声でエレノアにそっと耳打ちする。すると、
「この人たちは大切なことを伝えに来たようだから、中で話を聞くことにするよ」
「そうか? エレノアさんの顔見知りなら大丈夫か」
「行こう」
エレノアがユウトとミオのことを中に入るように促す。守衛も何も言わずに、ユウトたちを通してくれた。
そうして、ガルドの工場の中にユウトは足を踏み入れたのだった。




