26 ユウトの進む先
「やっぱり、クリスタルタブレットを使えるようにするのは大事だと思う。魔力電池を買うのは賛成だ」
ユウトの私情を挟まずに言えば、それがベストな選択だった。
「そうだよね。その方が情報をすぐに見ることができるもんね。おいら、買いに行く! これでまたいい株が見つかるかもしれないよね!」
嬉しそうにエリオは駆け出す。
「あ、俺も……」
ユウトは自分も少し払おうかとエリオを呼び止めようとして気付いた。
(俺、まだ利確してないから現金はないんだった)
含み益は幻だ。利確しない限り、まだユウトのお金ではない。ただの数字だ。
(俺もクリスタルタブレットを買いたいとは思うけど、今の含み益分を利確したとしても買って維持していけるかもわからないんだよな……)
とりあえず、走って行くエリオをユウトは追いかける。追いついたときに、すでにエリオは魔力電池を買って店から出てくるところだった。
「よしっ。動いた!」
クリスタルタブレットが再び動いて、エリオは嬉しそうだった。
「これで、また色々調べられるね。ユウト兄の買い方を考えると、情報って大事だもんね」
「そうだな」
にこにことクリスタルタブレットを見ている姿を見て、ユウトはエリオが投資家に向いていると思う。ユウトの投資の仕方をきちんと見て、自分でそれを実行しようとしている。魔力電池を買う行動力も素晴らしいと思う。ユウトが悩んでいる間に、エリオはどんどん行動していくように見える。ユウトと違って目的をしっかりと持っているからなのかもしれない。
ただ、クリスタルタブレットが動くなら調べたいことがあった。
「なあ、魔力電池のことについて少し調べてもらってもいいか?」
「いいよ。おいらたちの持っている株にも関係のあることだしね。おいらはなにをどう調べればいいのかまだわからないから色々言ってくれると助かるよ。おいらも魔力電池のことは、そんなに詳しく知ってるわけじゃないからね」
エリオは素直に頷いてくれる。そして、エリオはようやく動いたクリスタルタブレットを操作し始めた。この前買ったばかりだというのに、もう操作には慣れたようだ。
「えっと、魔力電池。ふんふん。魔力電池は、魔魂石に魔力を注入することでエネルギーを貯めておいて、なにかを動かす際に少しずつ魔力を放出することで使用することができるもの」
「魔力を注入?」
「魔力電池を作る工場で魔力持ちの人たちが注入してるみたい。魔力持ちと言っても、昔みたいに魔法を使える人はいないから、魔力をエネルギーに変換することで魔力電池として使用することができるんだって。なんとなくは知ってたけど、そういう感じなんだね」
「人が魔力を注入してるのか……。前にも少しだけエリオに聞いた気がするけど、なんだか想像がつかないな」
電力が普通だった世界から来たユウトにはピンとこない。
「魔力電池を作るときには、魔魂石がないと他のものでは代わりにならないんだって。唯一無二のものだって書いてある」
どうやら元からこの世界の住人であるエリオもよく知らなかったようだ。納得したように頷いている。
「で、ヴァルクロウ商会については調べられるか?」
「そこって魔力電池を作ってるところだったよね。ヴァルクロウ商会、と。あった。魔力電池を作っている会社って書いてある。それはおいらも知ってる。なんか、無駄に装飾だらけで見づらいページだなあ」
「その会社の経営者のことはわかるか?」
「経営者? ええと……、このガルド・ヴァルクロウって人かな」
「ガルド……」
「知ってるの?」
「ちょっとな。でも、詳しくは知らないんだ」
「うーんと、この人、貴族みたい。男爵なんだね。前の代のバルド・ヴァルクロウって人が、魔力電池を大々的に広げた功績で爵位を得たって書いてある。へー、そうなんだ」
何も知らないエリオは興味深そうに、ガルドのことが紹介してあるページを見ている。
「新興貴族ってことか……。成り上がりってやつだな」
「成り上がりかぁ。おいらも何かすごいことをすれば貴族にだってなれるのかな」
「貴族なんて、ならないほうがいいだろ」
「そうかもね。みんなに嫌われちゃうかもしれないし」
一瞬夢を見るような顔になったエリオだったが、ユウトの言葉にすぐに頷いた。エリオもあまり貴族のことが好きではないようだ。これまで、この世界で見てきた境遇の違いを考えると、そうではないかと思っていた。その考えは、やはり当たっていたようだ。
「このページには魔力電池のことは、あまり詳しくは書いてないなあ。色々なことに使えて便利で、生活に欠かせないものって書いてある。でも、詳しいことは書いてないや。企業秘密ってやつ?」
ヴァルクロウ商会のホームページを見て、エリオが首をひねっている。
「あ、でも大株主のことは書いてある。ほとんど貴族だね。ヴァルクロウ家よりも爵位が高い大金持ちの人たちが持ってるみたい。株価が高くておいらたちみたいな弱小投資家には手が出せないもんね」
「それもあるが……」
「他に理由があるの?」
「大貴族がバックについてるってことだろ。それだけ安心して投資が出来る会社だってことだ。それに、そういう人たちが大株主でいることでヴァルクロウ商会自体の安心感も高めることが出来るってことだ」
「なるほどー」
エリオが目を丸くしている。自分とは無縁の世界だと思っているようだ。が、ユウトは別のことを考えていた。
(どうして俺がアイツの会社を褒めないといけないんだ!? しかもミオはガルドのことをあくどい投資もやっているとか言っていた。でも、会社自体は本当にしっかりしているってことか? それも、ミオたちの村の犠牲があって成り立っているんだが……)
考えるだけで腹が立ってくる。更にガルドはミオまでも手に入れようとしているのだ。
(でも、悔しいけど財力ではガルドには絶対に敵わない……!)
気付けばユウトは拳を力強く握りしめてしまっていることに気付いた。
「でもさ、こうやって少しずつお金を増やしていけばヴァルクロウ商会みたいなすごいところの株もいつかは帰るようになるかもしれないよね」
「それは、やめておいたほうがいい」
思ったよりも低い声が出てしまって、ユウト自身驚いた。
「ど、どうしたの? ユウト兄。ヴァルクロウ商会に何か気になるところでもあるの? もしかして、もうすぐ急落しそうとか。ユウト兄ならそういうの気付きそうだよね」
「……いや、そういうことじゃない。気に食わないだけなんだ」
「そうなの?」
「エリオも貴族は好きじゃないだろ?」
「まあ、そうだけど」
エリオはどうにも納得できないといった顔をしていた。
「でも、それは株には関係ないと思うよ」
「確かにな」
エリオに言われてユウトは苦笑した。確かに、その通りだった。
株を買うときは情報が一番大切だ。しっかりと調べて、信頼できる、納得できる会社の株を買う。それが鉄則だ。
ユウトの今の考えは私情を挟みすぎている。
だが、
「エリオの言うとおりだ。でも、俺はヴァルクロウ商会の株を買いたくない。俺はアイツが、ガルドが嫌いだ」
言葉に出すとなんだかスッキリした。
「なにか、あったんだね?」
エリオも事情はわからないものの納得してくれたようだ。ここで説明してもいいのだが、口に出すのも不快だった。エリオも突っ込んでは聞いてこない。今のユウトにはありがたかった。
「ま、だから、エリオが信じて買うなら俺は止めない。それはエリオの選択だからな。自己責任ってやつだ。俺の好き嫌いで決めることではないからな」
本当はエリオにもあまり買って欲しくはないと思ったが、それはエリオが決めることだ。ユウトが口を出していいことではない。
「わかった」
エリオは頷く。その顔はもう立派な投資家に見えた。見た目は子どもっぽいが、ユウトよりもよほどしっかりしているかもしれない。さっきの故郷の話を聞いても、そう思わずにはいられなかった。
エリオはきちんと目標を持って、目指すべき道に向けて歩いている。
(それなら、俺は……)
ユウトは空を見上げた。
これまで毎日更新でしたがストックが尽きたため、次回から3日に一回更新に変更します。お待たせしてしまいますが、これからも続けて読んでもらえると嬉しいです。




