23 約束
「普段はこんなこと誰にも話さないんだけどな。ユウトが聞くなんて言うから、思わず、な。あまり気にしないでくれ」
何も無かったかのように、ミオがユウトの方へと振り返る。
「……気にするなって言われても」
あれだけのことを聞いて気にしないのは、さすがに無理な話だ。
「王都が見えてきたぞ」
ミオが馬車の向かう先を見た。確かにもう王都が見えている。村から王都までの道のりは、昨日歩いて村に向かったときよりもずっと近く感じられた。もちろん、馬車に揺られていたから速度的に速かったというのもある。が、ミオと一緒にいたから早く感じられたような気がした。
(もっとこうして馬車に揺られながら話していたいな……)
ユウトが思っても、どんどん王都は近付いてくる。このままでは話も終わってしまう。ユウトはあの村とは何の関係も無い人に戻ってしまう。そうすれば、ミオとの関係も他人のままだ。
「あのさ」
「ん?」
ミオが振り向く。
力になりたいと言いたかった。けれど、ユウトにはそんな力はない。この世界で、ユウトは弱小投資家だ。しかも、現金は全く持っていない。投資している分を全て現金に換えたとしても、ミオの村を救うようなお金には到底届かない。
せっかく声を掛けたというのに、ユウトの口から出た言葉は……、
「ミオは、どうして投資家が嫌いなんだ?」
ずっと疑問に思っていたことだった。
力になりたいと言えないのが情けなかった。が、それが気になっていたのも事実だ。
「それは……、あのガルドが投資家でもあるからなんだ。魔力電池で儲けたお金を使って、あくどい投資もしているって話を聞くからな。あのときはユウトの持っている株券を見てカッとなってしまった。すまなかった。私に絡んでいた連中も、ガルドの息のかかったヤツらだったからな。頭の中にアイツの顔が浮かんでしまってな」
「なるほど」
理由を聞いて、ミオのあのときの態度が理解できた。
「別に投資家がみんな悪いわけじゃないのはわかっているんだが」
「仕方ないよ。そんな理由があるなら俺も納得できる」
ユウトは苦笑する。あのときは何事かと思ったが、知ってみれば納得できることだった。今ここで以前エリオに言ったように、投資は会社を応援することでもあると話すこともできる。だが、今はそんなことを説明しても彼女には届かないような気がした。
代わりに、
「俺は、本当にあくどいことしてるわけじゃないからな。ちゃんと真面目に働いたお金で投資してるし、悪いことをして騙し取ったお金なんて使ってないから」
それだけを伝えておくことにした。ユウトはサラの宿で手伝ったお金で投資をしている。間違ったことは言っていない。
「わかった」
ミオは納得してくれたのか、頷いてくれた。
荷馬車はそのまま王都の門を通り、街の中に入っていく。しばらくして、御者のおじさんが声を掛けてきた。
「ミオちゃん、ここで降りるかい?」
「いつもありがとう」
「いやいや、タイミングが合うときだけだからね」
「それでも助かる」
ミオが頭を下げる。
「あの、ありがとうございました」
ユウトも頭を下げると、おじさんは日に焼けた顔で頷いた。慣れた様子で先に降りたミオに続いてユウトは荷馬車を降りる。二人を下ろして、荷馬車はごとごとと走って行った。
「魔魂石はどこに運ばれるんだ?」
「王都の中に魔力電池に加工する工場があるって話だから、そこに行くんだろう。加工される場所のことは、私もあまり詳しくは知らないんだ」
「へー」
ユウトは荷馬車が走っていく先を見る。ここからでは工場らしきものはまだ見えない。
「私はギルドに行くが、ユウトは早く帰った方がいいんだろう? 心配している人がいるんじゃないのか?」
「あ、そうだった」
ミオの話に聞き入りすぎて、すっかり頭から抜け落ちていた。
「そうだったって、お前……。せっかく馬車に乗せてもらって帰ってきたんだから、早く帰った方がいいんじゃないのか?」
「そうだな。俺一人で帰ってきたらめちゃくちゃ時間かかってたもんな」
「そういえば、ユウトは結局なんのために私の村に来たんだ?」
「それは……」
なんと言えばいいのかユウトは悩んだ。
「魔力電池の原料になってる石が出る鉱山ってどんな感じなのかと思って」
ミオの村のことが気になったと言うのは恥ずかしすぎる。
「そうか。魔力電池のことは知っていたみたいだからな。それにしても、あんなところまで歩いて来ようとするなんて物好きだな。面白いものがあるわけでもないのに」
ミオは呆れたように微笑む。
「でも結局、何も見られなかったな」
「だな。……だから」
「だから?」
ここで伝えなければとユウトは思った。
「また行ってもいいかな!」
「なんでだ? 別に見るものもなかっただろ?」
思い切って言ったのに、ミオは首をひねっている。
「ただの貧しい村、というか鉱山だろ」
「で、でも! また行きたいんだ! 結局、鉱山とか見れてないし!」
このままだと、ミオとこのまま別れることになってしまう。
「そうか」
ミオは頷いた。
「何も無い村だが、そんなに来たいならまた来ればいい。ただ、無理はするなよ。またモンスターに襲われたり、行き倒れにでもなっていたら困るからな。行きたいなら私に言え」
「いいのか?」
「断ることでもないだろう」
「ありがとう!」
何を必死になっているのかと自分でも思うユウトだったが、ミオに拒否されなかったことが嬉しかった。村の状況を見て、ミオがあのガルドの側室なんかにされそうになっていて、ここで、『はい、さようなら』なんて別れるのは嫌だった。
「じゃあ、またな。また行くと、サラさんにも伝えておいてくれ」
「わかった。馬車、俺まで乗せてくれるように頼んでくれてありがとうな」
「ああ」
答えてから、ミオはユウトに背を向けて歩き出した。あんなに嫌われていると思っていたミオと次の約束も出来たことがユウトには嬉しかった。
(とはいえ、ミオの状況をなんとも出来ない自分が情けない……)
ミオの姿を見送りながらユウトは肩を落とした。そして、ユウトもサラの宿に向かって歩き出す。馬車を下ろされたのは見覚えのある道だった。これなら辿り着けるはずだ。
魔魂石がどんなところで採れているのか、鉱山の様子がどうなっているのか、ミオの村がどうなっているのか、そんなことを考えながら軽い気持ちで向かったはずだった。が、今はミオや鉱山の人たちがどんな状況に置かれているのか知ってしまった。人づてにただ搾取されているなどと聞くのと、現地を見て本人から話を聞くのとでは大違いだ。
自分に力が無いのが悔しいなどと思って歩いていると、サラの宿が見えてきた。ユウトは思わず足早になる。サラもエリオも心配しているに違いない。ユウトは昨日の夜までに帰ると言って出てきてしまったのだ。
裏口を開けてサラの宿に入ると、すぐにサラの姿が見えた。
「ユウトさん! 心配していたんですよ。大丈夫でしたか?」
サラが駆け寄ってくる。
「すみません。心配をお掛けして」
ユウトは頭を下げる。
「道に迷ったり、モンスターにやられたりしたんじゃないかと思ってヒヤヒヤしていたんですよ」
「……モンスター」
思い出しただけで震える。ここはそういう世界なのだ。
「でも、無事でよかったわ」
「モンスターには襲われたんですけど、ミオに助けてもらってなんとかなりました。それで、村に連れて行ってもらって泊めてもらったんです」
「まぁ、そうだったの。とにかく本当にユウトさんが無事でよかったわ。エリオも心配していたのよ」
「あれ? そういえば、エリオは?」
「もしかして、ユウトさんが朝には取引所に現れるかもしれないとか言って出ていきましたよ」
「俺は取引所に現れるモンスターか何かだと思われているのか?」
「それは無いと思いますよ」
ふふ、とサラが笑う。
「エリオなりにユウトさんがいる場所を探したいと思ったんですよ、きっと」
「そうかもしれませんね」
それなら確かにエリオらしい。
ユウトはエリオにもすぐに無事を知らせるために、取引所に向かうことにした。前の世界ならスマホですぐに連絡ができたが、この世界では直接会うしか無事を知らせる手段がない。




