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21 いけすかない貴族

「今日も討伐行くの?」

「ああ」

「がんばってね!」

「ミオねーちゃん、モンスター倒せるなんて本当にすごいよ! 僕、憧れる!」

「僕も僕もー! いつか一緒にモンスター倒しに行ってみたいな!」

「ダメだ! そんな危険なことをするのは私だけでいいんだ」

「えー」

「だから、いい子で待ってな。家のお手伝いはするんだぞ」


 ミオと子どもたちのやりとりは見ていて微笑ましかった。ミオが、子どもの頭を撫でて微笑む。


「あれ? そっちの人は誰?」


 子どもの一人がようやくユウトの存在に気付く。


「ああ、この人は王都から鉱山を見に来たんだ。一人で帰るのは危ないから私と一緒に帰るんだよ」

「へー。王都から人が来るなんて珍しいね」

「私も行ってみたいなー」

「それはまたな。私は仕事で行くんだから」

「仕事ならしょうがないね」

「うん。お仕事大事だもんね」

「ミオねーちゃん行ってらっしゃい!」

「気を付けてね!」

「がんばってね」


 子どもたちがバイバイと手を振る。ミオもひらひらと手を振った。小さな子どもと接しているせいか、ミオの表情はいつもよりも柔らかく見える。ユウトはその顔を思わずじっと見てしまう。


「どうした?」

「な、なんでもない!」


 急にミオがこっちを見たので、ユウトは慌てた。見とれていたなんて言えない。


「行くぞ」


 さっさとミオは歩き出す。ユウトはミオの後ろについて、周りをちらちらと見ながら歩く。ミオは無言なので、ユウトは勇気を振り絞って自分から話しかけることにした。


「あ、あのさ。さっきの子どもたち、すごく聞き分けがよかったね」

「大人たちは大変だとわかっているからな。聞き分けがいいのは当たり前だ。邪魔にならないようにと思っているんだ」

「そ、そっか……」


 きっぱりと答えられて、次に何を言えばいいのかわからなくなる。


(というか、自分のことを大人だと言えるのってすごくないか? 俺より年下だよな? 俺、大人の自信ない。でも、ミオの方がしっかりしていそうなのは確かだよな……)


 ユウトが自信を失って下を向いていると、


「あれだ」


 石を積んだ馬車が見えてきたらしく、ミオが指さす。そして、


「ん?」


 ミオが何かを見つけて立ち止まった。ユウトも突然でミオの背中にぶつかりそうになったが、なんとか寸前で立ち止まって顔を上げた。その先には、荷台があって馬に引かれるタイプの馬車と、あの馬無しの豪華な馬車が止まっていた。

 豪華な馬車の方の客室(?)から誰かが降りてきた。金色の長い髪に豪華なマント、やたらと威圧的な服装をした男だった。ユウトは一目で貴族だと確信した。


(いけすかないな)


 そう思わずにはいられなかった。それくらい、嫌な感じがした。貴族なんて普通に暮らしている人たちを搾取しているような人間なのだから、そんなものなのかとも思った。


「相変わらず、しけた村だな」


 ぽつりと男が言った。


「誰のせいだ」


 ユウトのすぐ近くで、絞り出すような声がした。ミオだった。

 男がこちらを向く。そして、ユウトたちの方へと歩いてくる。


「何しに来た」


 ミオが貴族の男を睨みつける。


「私は、この鉱山の所有者だ。様子を見に来るのは当然だろう」


 口の端をつり上げて、貴族の男が言った。


「騙し取ったくせに!」

「人聞きが悪いな。正当な取引だ。それに、前から言っているだろう、ミオ。お前が首を縦に振りさえすれば借金を帳消しにしてもいいと」


 再び、にやりと貴族の男が笑う。嫌な笑い方だと、ユウトは思う。


(この男は何を言っているんだ? こいつが村人を搾取してるっていう張本人なのか?)


「ふざけるな! 行こう、ユウト」

「お、おう」


 突然名前を呼ばれてユウトは戸惑う。が、ミオがすぐにこの男から離れたがっているのはわかった。


「相変わらず威勢がいいな。それに、美しくなった」


 くく、と貴族の男は笑った。ユウトには貴族の男がミオを見る目がいやらしいものに映った。


(なんだ、コイツ)


 ミオを狙っているような視線も、口ぶりもユウトの頭にくる。

 ミオは足早に、馬がついている方の馬車に向かった。ユウトも慌ててそれに続く。あの男がなんなのか気になるが、今はここを立ち去るのがよさそうだ。


「そろそろ答えを聞かせて欲しいんだがな」


 男の言葉に、ミオは振り返りもしなかった。


「待たせてしまってすまない。出してもらってもいいか?」


 ミオが馬車の運転席のようなところに座っているおじさんに声を掛ける。どうやら知り合いのようだ。この荷馬車が、ユウトたちの乗せてもらう馬車らしい。

 おじさんは、困ったような顔をしている。


「あ、ああ。だが、ガルド様が……」

「いい。あいつだって荷が遅れたら困るだろ」

「そう、だな。乗ってくれ」


 おじさんはミオたちのやりとりを見て、馬車を出していいものかと困っていたようだ。


「乗るぞ、ユウト」

「ああ」


 そう言って、ミオは荷台に乗り込んだ。ユウトも同じように乗り込む。貴族の男は、まだミオのことを見ていた。

 荷馬車が動き出す。貴族の男の姿が遠ざかっていく。見えなくなる。


「ぶはっ」


 ユウトは息を吐き出した。無意識であまり息ができていなかったようだ。ミオはそんなユウトの様子にも気付かず俯いている。声が掛けづらい空気をミオは放っていた。さっきの貴族の男のことを聞きたいがそんな雰囲気ではない。そもそもユウトはミオと打ち解けて話ができる関係でもない。

 ガタガタと馬車が揺れる。


「うぐ、尻が痛い」


 ミオの様子を考えるとなるべく黙っていた方がいいと思っていたユウトだったが、思わず声を上げてしまった。なにしろ、ユウトたちが座っているのは荷台に積まれた魔魂石らしきものの上なのだ。痛くないわけがない。


「あ、大丈夫か? 私は装甲があるし、慣れているが……。何か敷いた方がいいな」


 そう言って、ミオは周りを見回す。それから荷台の端のほうにあった木の板をユウトに渡してくれた。


「これでも敷いておけ」

「ありがとう」


 ミオのお陰で少しだがマシになった。それに、一度言葉を発したことで、話し掛けてもよさそうな空気が生まれたような気がした。


「あのさ、さっきの貴族って」

「……」

「ごめん。言いたくなければいいんだけど。俺、全然ミオの事情とか知らないし。あ、あとあの鉱山のこともなんだけど。それで、気になって」

「そんなことを聞いてどうする?」

「それは……、気になって」


 野次馬のつもりで聞かれたと思ったのか、ミオがユウトのことを睨みつけてくる。


「いや、違う」


 ユウトは素直に言い直すことにした。昨日の夜、ミオの父に言われたこともユウトは思い出していた。


「なんだか、ミオが辛そうだったから心配になったんだ。その、よかったら話してくれないか?」


 ミオの父は、ミオのことを人に頼るのが苦手だと言っていた。


「力になれるかどうかは、わからないけど。というか、俺じゃめちゃくちゃたよりないと思うんだけど」


 思わず、ユウトは付け足してしまう。ユウトに力になれる自信などない。ミオの方がきっとずっと強い。

 けれど、せめて話を聞くくらいならできるのではないかと思った。それで、ミオが少しでも楽になってくれればいいかと思ったのだ。


(さっきの貴族の男が、ミオのことを狙っていたっぽいのも気になるしな……)


 それも事情を聞きたい理由の一つ、というかかなりメインの理由だった。ミオをいやらしい目で見る男のことが気にならないわけがない。

 やはり自分では頼りにならないだろうかと、ユウトがちらりとミオの顔を見ると、ミオはくすりと笑って呟いた。


「おかしなやつだな、ユウトは」

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