19 普段着のミオ
「おかえり、ミオ。ん? 誰だい、その人は?」
「ただいま、父さん。この人は村に来ようとしてモンスターに襲われてたから助けて連れてきた」
「な、何!? 大丈夫ですか?」
「え、ええ。ミオ、さんが助けてくれたのでなんとか」
「それはよかった。ささ、こんなところですが休んでいってください」
ミオの家に入ってすぐに出迎えてくれたのは、なんだかとてもくたびれたおじさんだった。どうやらミオの父親らしい。
失礼にならない程度にユウトはミオの家の中を見回した。この村にある他の家よりは少し大きい気がするが、とても簡素な木の建物だ。それに、やはり暗い。魔力電池を使う電灯がないのはもちろん、通常の明かりでもサラの宿よりも薄暗い。
「父さん、何か食べた?」
「いや、まだだが」
「じゃ、さっさと何か作ろうか」
「いいのか? こんな時間でミオも疲れているだろう?」
「私もお腹空いたから。ユウトも食べるだろう?」
色々あってそこまで気が回っていなかったが、言われてみればかなり空腹だった。なんだか、サラの宿に初めて行ったときのことを思い出す。
ユウトはこくりと頷いた。
(今、自然に名前を呼んでくれた。覚えててくれたんだ……)
女の子に名前を呼ばれて、なんだか感動するユウトだった。
「その辺に座って待っていてくれ」
「あ、はい。お願いします」
「なんだよ、かしこまって」
ハハっとミオが笑った。ここまで歩いてもミオはユウトのようにへとへとにはなっていないようだ。しっかりとした足取りで、ミオは家の奥へと消えていった。
ユウトはミオの父親と二人で残されてしまう。
「さ、どうぞ座ってください。モンスターに襲われるとは災難でしたな」
「ありがとうございます」
「困ったときはお互い様ですから」
「助かります。本当に」
「そういうことはあの子に言ってください。困った人がいたら放っておけない子ですから」
ミオの父親が目尻を下げる。どうやら、ミオのことを自慢の娘だと思っているような、そんな顔だ。とても人の良さそうな顔をしている。ミオも少し気が強そうな顔をしているが、根っこの性格はきっと父親と似ている。なにしろ、ミオにとっては少し顔を知っている程度のユウトがモンスターに襲われているのを助けて、更には自分の家にまで連れてきてくれたのだ。こんな展開になるとは全く思っていなかったのでユウト自身まだ困惑していた。しかも、さっきまでミオには嫌われているとばかり思っていた。
ミオの父は迷惑そうな顔一つせずにユウトを受け入れてくれている。その顔を見ていて思った。
(ミオの顔は母親似なのかな?)
その母親はどうもこの場にはいないようだ。家の中に他に人の気配はない。出掛けているのかもしれないとユウトは思った。
ミオがさっき入っていった奥の部屋のドアが開く。中から出てきたのは……、
「……」
思わずユウトは出てきたミオの姿をじっと見つめてしまった。自分の家の中なのだから考えてみたら当たり前だ。いつも軽装の鎧を身につけていたミオが、今はファンタジーに出てくる普通の村娘のような格好になっている。
ミオは飾り気のないチュニックに、スパッツのような細身のズボンに着替えていた。
(いい……。鎧姿も露出があって活発そうでいいんだけど、そこから露出のない日常っぽい服になるのがまたギャップがあって悪くない。うん)
「どうした? そんなに腹が減っているのか? もう少し待っていてくれ」
「あ、はい」
飼い犬に待てをするような感じで言われて、ユウトは素直に頷いた。ミオに見とれていたなんて言えるわけがない。
(というか、ミオって料理作れるのか? どっちかと言えばミオって戦闘系だろ? 今日はたまたま母親がいなくてものすごい料理が出てきてしまうとか……。最近ずっと胃もたれが続いてるからちょっと辛いかも?)
などとユウトが思っている間にも、キッチンの方からなにかを作っているような音が聞こえてきた。手慣れたような包丁の音が聞こえてくる。
(戦闘が得意だから包丁さばきもすごいとか?)
キッチンは小部屋になっているようで、ユウトのいる場所からはミオが料理している姿は見えない。そわそわとユウトは待つ。
(一体何が行われているのだろう? あれ? なんかいい匂いしてきた? この匂いは、乳製品じゃない!)
ユウトは胸が高鳴ってきた。
「待たせたな」
キッチンからミオの姿が現れた。手には料理をのせたお盆を持っている。
「俺も運ぶの手伝うよ!」
「助かる」
ユウトは立ち上がってミオからお盆を受け取ると、質素な木のテーブルに並べる。少しだが、サラの宿でやっていたことが役に立った。忙しい時間はエリオと一緒にテーブルに料理を運ぶくらいはやっていた。
「手際がいいな」
ミオに褒められるとなんだかユウトは照れてしまう。
(こ、これは……!)
ぐぅ~~~~~~~。
ミオの料理を見た途端、ユウトの腹の虫が盛大に鳴った。料理を運び終わるとユウトは高速で席に着いた。
「いただきます!」
ちゃんと手を合わせて、ユウトは料理を口に運んだ。
「う、うまーーーーーー!」
涙が出そうだった。
シンプルなコンソメのような味の野菜スープに肉も入っている。それに、サラのところで食べていたのと同じようにパンが添えられている。決して変わった料理でも豪華な料理でもない。が、乳製品のくどさのないあっさりとした料理はユウトにとって久しぶりだった。どちらかといえばユウトが転移してくる前にいつも家で食べていた味に近い。スープを口に運ぶ手が止まらなかった。
「そんなに腹が減ってたのか……」
「ぐ、げほっげほっ!」
「全く、なにしてるんだ。ゆっくり食え」
慌てて食べ過ぎて変なところに入った。ようやく落ち着いて顔を上げると、ミオが呆れたような笑みを浮かべていた。
「いや、このスープうますぎて!」
「別に、普通のスープだぞ? あ、さっきのモンスターの肉もさっそく入れたからな。結構柔らかくてうまいんだ」
「な!? モンスター!?」
「あれは毒もないし問題ない」
ミオはユウトがモンスターと聞いて心配になったと思ったのか即座に答える。
(モンスターを食べられるのもびっくりしたけど、なんかこの世界では普通っぽいよなそれに……)
「さっきのをもう捌いたのか? すごいな。料理上手なんだな。いやもう、本当にうますぎて、もう。本当にヤバい……!」
「なに言ってんだよ」
ミオは照れたように顔を赤らめている。
「うんうん。ミオの料理は世界一だよ。母さんに似て料理上手だからな」
「もう! 父さんまで!」
「お母さんは、今日はいないんですか?」
話に出てきたので流れで口に出しただけだったが、ぴたりと二人の動きが止まった。
「母さんは、私が小さい頃に死んだんだ」
ぼそりと、ミオが言った。
「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……。本当に、ごめん」
「いや、知らなかったんだから仕方ない。昔のことだしな」
ミオは平気そうに答えているが、表情が少し暗くなっていた。明かりの少ないこの家の中でもそれはわかった。
それからは無言でユウトはスープとパンを口に運んだ。悪いことを聞いてしまったと思った。
だが、やはりミオの料理は美味しかった。
(てっきりバトル系ヒロインで料理は苦手なのかと思ってた。結構家庭的なところもあるとかギャップ萌えすぎんか……)
この雰囲気で不謹慎だと思いつつも、そんなことも考えずにはいられなかった。家の中は質素だがなんとなく温かみが感じられる。
「ごちそうさまでした。本当に美味しかった。ありがとう」
ユウトはもう一度手を合わせた。もちろん、サラの料理も美味しいが毎日食べると本当に胃もたれがすごい。ミオの料理なら毎日でも食べたいと思った。
「口に合ったならよかった」
「って、そうだ!」
お腹が満ちて落ち着いた途端に思い出した。
「サラさんに夜には帰るって言っていたんだった!」
「はあ? 今から帰るのか? そんなヨレヨレで? しかも、夜道をか? こんな時間は私でも歩かないぞ」
「じゃあ、連絡! って、電話もスマホもない!」
「なに言ってるんだ?」
「今日は泊まっていきなさい。もう夜も遅い。山道を行くのは危険だからね」
窓の外を見ると本当に真っ暗だ。
「……はい」
ユウトは素直に好意に甘えることにした。
(でも、サラさんもエリオも心配するよな。マジでスマホってめちゃくちゃ便利なんだな。すぐに連絡がつかない世界とか考えたこともなかった。絶対普及させた方がいいって、クリスタルタブレット!)




