16 ヴァルクロウ商会
「そういう話は私も聞いたことがある」
そう言って、女性は再びジョッキに口を付けた。そのまま、まるでオッサンのように豪快に酒を飲み干した。そして、立ち上がる。
「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」
「ありがとうございます」
女性は机の上にお金を置いて出て行った。
「ありがとうございまーす!」
エリオも出ていく女性に頭を下げたので、
「あ、ありがとうございます」
ユウトも遅ればせながら、ぼそぼそと言った。
「あの人も常連ですか?」
「ええ、時々飲みに来られるわ。あのお客さんはいつも黙って飲んでいるだけだから、どんな方か私も全く知らなかったけれど鉱山のことに詳しそうだったわね。あ、机片付けてもらえるかしら」
サラはあまり今の会話には興味がなさそうだ。ユウトは机を片付けながら、女性の言葉を思い出していた。
(魔力電池の原料を採掘してるとか言ってたよな。ミオの住んでいる村というか、鉱山でそれを採掘してるのか? じゃあ、どうしてお金が無いんだ? 高値で売ってるはずなのに、おかしくないか?)
考え込んでしまうユウトだった。
「ユウトさん。早くお願いね。そろそろ混む時間になるから」
「あ、はい!」
どうやら手が止まっていたらしいユウトに声を掛けてくる。
「おいらも手伝うね」
エリオがささっと近くに来て、食器を手早く片付ける。もちろん、ちらちらとサラの方をうかがうことも忘れない。サラにいいところを見せようとしているようだ。
エリオもさっきの話のことはあまり気にしていないようだ。
(あのミオが住んでいるところだから気になるのもあるけど、魔力電池の話もなんか気になるんだよな……。それはどういう会社なんだろう?)
ユウトの頭からはさっきの話が頭から離れない。もう少し詳しく聞いてみたいと思ったが、さっきの女性はさっさと店から出て行ってしまった。あの女性も時々来るとサラが言っていたが、いつ来るかはわからなさそうだ。
(こういうときにスマホがあったらすぐに調べられるのに。ここではクリスタルタブレットだけど。あっても動かないんじゃなあ。やっぱり、すぐに情報が得られるのってすごいことだよな)
一応クリスタリス通信の株価は少し上がっているものの、まだ利確するのはもったいない。今ユウトが考えたように、すぐに情報が得られる機器というのは本当にすごい。
(だから絶対に上がるって信じてるんだけどな)
その確信は揺らがないユウトだった。ただ、だからこそその動力源となる魔力電池も気になってしまう。
その日の宿の手伝いが終わって部屋に戻ってから、ユウトはエリオに聞いてみた。
「なあ、魔力電池を作ってる会社ってどんなところなんだ?」
「うーん。それはおいらも詳しくは知らないなあ。ただ、便利だけど高いってくらい。……あ」
ふと気付いたように、エリオはクリスタルタブレットの一部を開いた。そして、何かを取り出す。
「これが魔力電池みたい。会社名とか書いてあるかも。えっと、ヴァルクロウ商会?」
「ヴァルクロウ商会、か。名前だけわかっても、よくわからないな」
「魔力電池なんて、おいらたちにはあまり関係がないものだからわからないよね。おいらだってクリスタルタブレットでしか使わないし。でも、取引所なんかでは結構使われてるよね。あと、あの辺は照明にも魔力電池で動くのが使われててすごいよ」
「それで部屋の中では明るいんだな。ヴァルクロウ商会の株ってどうなってるんだろ。チェックしたくなってきたな」
「おいらも見たことないや」
「今度、取引所に行ったらチェックしてみるか」
◇ ◇ ◇
「うげっ! 高!」
次の日、本当にヴァルクロウ商会の株価を確認しに取引所に来たユウトは思わず声を上げた。かなり大手の会社らしく、わかりやすいところに株価は表示されていた。
「わー」
今日も一緒に来ているエリオも値段を見て声を上げている。
なにしろ、
「一株14000セレンって……。10株単位だとしても14万セレンじゃないか。俺の手持ちで買えるような株じゃないな」
「これじゃ、おいらでも無理だね」
「100株買おうとしたら、140万セレンってことか」
日本の株式市場だったら、その単位で取引されていたことになるからかなり高額な株価だ。日本で取引をしていたときは、もっと高額な株価も見たことのあるユウトだ。この株価の株があってもおかしくはない。しかも、この世界になくてはならないものを作っているような会社だ。
「これがユウト兄が言ってた優良株ってやつかー」
「そうだなー」
思わずユウトはエリオと二人でぽかんと口を開けてしまう。
「こんなの買って派手に動いたらメンタル死ぬな。でも、チャート見るとむっちゃ安定してるか。これは金持ちが買って更に儲かるやつだな。くっ! 結局金持ちが儲かるようにできているのか、この世界は!」
悪態の一つもつきたくなってしまう。前の世界にいたときから、いいと思う会社の株は高かった。手を出せるのは金持ちだけだなと思うものもあった。
もちろん、そうでないものもあったからこそ、ユウトは安いときに仕込めるような株を狙って取引していた。
が、やはり超優良株で絶対に儲かるとわかっている株なのに手を出せないものを見ると悔しくなってしまう。どの世界も仕組みは同じらしい。
「でも、クリスタリス通信の株もじわじわ上がってるな」
クリスタリス通信の株価もしっかりとチェックする。自分の持ち株が上がっているのは嬉しいものだ。
「結構いい感じだし、やっぱり買い増すか。でも、どうせ買い増すなら少し下がったところを狙うか?」
「下がることなんてある?」
「日によって少し上がったり下がったりすることはあるだろ? どうせなら、下がっている日を狙った方がお得に買えるってことだよ。でも、そう言ってると急に上がって置いていかれることもあるから難しいんだよな」
「置いていかれるって?」
「株価が急騰して、手の届かない値段になるってことだよ」
「そうなったら嬉しいけど悔しいね。でも出来たらヴァルクロウ商会の株価くらいになってくれたら嬉しいんだけどな」
夢でも見ているかのようにエリオはキラキラと目を輝かせる。
「それくらいのポテンシャルはあるかもな。あ、でもその前に株式分割する可能性もあるな。株価が上がりすぎるとヴァルクロウ商会の株みたいに手が出しにくくなるだろ? そうすると会社が1株を数株に分割することがあるんだよ。そうすると実質株価は下がる。でも、その株を持っている状態で分割されると、例えば1株が3株に分割されたら10株持ってたら30株になるってことなんだ。株価も3分の1になるから下がったように見えるけど持ち株数は増えるから実質は同じってことだな」
「へー、そういうのもあるんだ。ユウト兄はよく知ってるなあ」
エリオが感心している。この世界ではまだ株式分割された株は見たことのないユウトだが、どうやらこれまで見ている限り似たようなほぼ同じ仕組みで動いてるようなので、きっとそこも変わらないと思っている。
「と、いうわけでサラさんにもらったお金が少し貯まってるし、やっぱり買い増ししとくか」
ユウトはいそいそと窓口に向かって、クリスタリス通信の株を2単元購入することにした。1単元というのは、日本の株式市場では株の取引が出来る100株の単位で、この世界では10株ということだ。
「これで70株になったな」
100株には満たないので前の世界で取引していたときよりは少ないが、この世界で始めたばかりにしては一つの会社に思い切って賭けていることになる。異世界転移する前に、分散投資が大事だとか思ったのはどこかにいってしまっている。
けれど、こうして株数が増えて更に含み益が増えているのは嬉しいものだ。
(けど、今なぜかあの子の顔が頭の中をよぎってしまった。ミオのこと、どうしてこんなに気になるんだろう? また株を買っている俺を見たら、あの目で見られるのかな……)
なぜか、株を取引することに少し罪悪感を覚えてしまうユウトだった。




