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14 投資家の悩み

「今日は上がってる!」


 今日もユウトと一緒に取引所に株価を確認しに来ているエリオは、クリスタリス通信の株価を見て嬉しそうな声を上げた。


「よしよし」


 エリオの隣でユウトも頷く。結局まだエリオはクリスタルタブレットに使う魔力電池を買っていないため、株価を確認するためには取引所に直接足を運ぶしかない。クリスタルタブレットは動かなければただの板だ。

 あれから数日、取引所が開いている日には様子を見に来ている。


「昨日は下がってたから、ちょっと心配だったけど大丈夫だったね!」

「だな。上がり続ける株ってのはないからな。どんな株でも多少の上げ下げはするもんなんだよ」


 エリオは多少の値動きに一喜一憂しているようだが、昨日も今日もクリスタリス通信の株はほとんどヨコヨコだ。昨日少し下げて、今日少し上がった。ただ、それだけだ。


「チャートは少し上向いていながら、ほぼ平らだろ? 俺はここが何かをきっかけに突然噴火することがあるかもしれないと思ってるんだ」

「噴火?」

「いきなり株が上がるってことだよ。まあ、このままじわじわ上がってくれてもいいけどな」

「おいらは、すぐにどかんと上がってくれたら嬉しいけどなー」

「でも、急騰するとまたいきなり下げるかもしれないだろ? 仕手化されると面白くないんだよな」

「この前おいらが掴んでやられた株みたいになるってことだね。それは嫌だな」


 うー、とエリオが唸っている。


「慌てて損するよりはいいだろ?」

「そうだね」


 うんうんとエリオが頷く。


「仕手筋に狙われても上昇してくれるような強い材料が来るのが一番いいんだけどな」


 うんうんとユウトも頷く。

 もちろん、ユウトだってこの場に立っているととっととデイトレで儲けたい気持ちにもなってくる。けれど、まだこの世界の情報が足りない。しかも、エリオのクリスタルタブレットが動かないので掲示板を見ることもできない。


(掲示板には偽情報とか、売り煽り買い煽りなんかもあるみたいだから、鵜呑みにはできないけどな。これは前にいた世界と同じだと考えられる。どの世界も人間のやることは変わらないってことか。それでも参考にはなるからな。掲示板に限らず、クリスタルタブレットがあれば情報を集めるのも楽なんだけど、俺まだ買えてさえいないからそこは文句も言えないよな。今の俺には資金も無いことだし、今は株の情報をあまり見られないくらいでちょうどいいか。もし情報を見てよさそうな株があったら絶対に買いたくなるに決まってるからな……)


 宿の手伝いは続けてお礼ももらっているが、まとまった額にはなっていない。


(でも、またお金が貯まったらクリスタリス通信を買い増すのも悪くないよな。あれは絶対に上がると踏んでるわけだし。というか、もし仕手化されても機関が丸焦げになってくれるような強い上昇を見せて欲しい! クリスタリス通信にはその力があると俺は信じている!)


 ぐっと拳を握るユウトだった。


「それにしても、魔力電池ってそんなに高いのか? 使い捨て?」

「そうだよ。おいら、クリスタルタブレットを買うことばっかり考えてて、電池の換えを買わなきゃいけないってこと、そんなに深く考えてなかったんだ。使ったこともなかったし、もっと持つかと思ってたけどそうでもなかったみたい」


 へへ、とエリオが悪戯っぽく笑う。エリオならそこまで深く考えずにやらかしそうだ。スマホは充電式だったが、この世界の魔力電池というものはどうやら使い捨ての乾電池のようなもののようだ。


「で、一体いくらくらいなんだ?」

「んー、用途とか大きさによって違うみたいだけど、クリスタルタブレット用のは1万くらいだったよ」

「1万!」


 ユウトは思わず叫んだ。


「クリスタルタブレットが10万セレンくらいだって言ってなかったか? 充電式で何回も使えるならともかく、使い捨てで1万て……。確かに高いな」

「だよね。1万セレンあったら株だって買えちゃうし、魔力電池は買うかどうしようか悩むよね」

「わかる。そこまで高いと思ってなかった」

「おいらも……」

「そんなに高いのか……。クリスタリス通信の株を買ったのは早計だったか?」


 ユウトは頭を抱えた。


「動かすのにそんなにお金がかかるなら、なかなか普及しないかもしれない、のか……?」

「でも、前にも言ったとおり貴族なんかはお金持ってるから、おいらとは違って魔力電池だって簡単に買えると思うよ。すごい投資家も使ってるの見るし。だから、おいらもって思ったんだけど」

「うーん。未来はなくもないのか……。俺も欲しいと思ったけど、維持するのが大変そうだな。一旦利確して他に乗り換える手もあるけど、成長株っぽいのは確かだしな……」


 ユウトは頭を悩ませる。

 株に答えは無い。そんなものがあれば誰でも儲けられる。未来が見えれば簡単だ。先がわからないこそ、投資家は頭を悩ませ続けるのだ。

 周りを見回しても、似たような投資家は大勢いる。嬉しそうな顔をしている人もいるし、出会ったときのエリオと同じように途方に暮れている人もいる。前の世界ではそれは画面の向こうにしかなかったものだ。直接見るこの光景は、ユウトにとってはなかなかに新鮮なものだった。


「今日はそろそろ行くか」

「うん! いたら、またなにか株買いたくなっちゃうしね」

「投資家っぽいこと言うなあ」

「へへ」


 この空気の中にいるとうずうずしてくるのは、株を始めたばかりのエリオも同じらしかった。後ろ髪を引かれながら、ユウトは取引所を出た。

 王都を歩くのも少しは慣れてきた。まだ行ったことのない場所に行くと迷いそうだが、取引所とサラの宿の往復くらいなら、ユウト一人でもなんとかなる。


「あ」


 サラの宿への道を歩いていたユウトは見覚えのある姿を見て声を上げた。


「どうしたの? なんか見つけた?」

「……」


 思わず立ち止まってしまったユウトにエリオが聞く。


「また、新しい株を買うヒントとか!?」


 すぐに株に結びつけて目を輝かせるエリオは、もはや立派な投資家だ。だが、今はそんな場合ではない。この会話も聞かれたらまたどんな顔をされるかわからない。反射的に、ユウトはどこかに隠れたくなった。


「あ、ちょっと、どこ行くのユウト兄!」


 物陰に隠れようとしたユウトの名前を、あろうことかエリオが大声で呼ぶ。


「しーっ!」


 ユウトが自分の口に手を当てて、静かにするようなジェスチャーをしてももう遅い。彼女がこっちを向いた。

 ミオだ。

 目が合ってしまった。


(今度は何を言われるんだろう!?)


 また罵られるかと身構えたユウトだったが、ミオはふいと軽蔑したような目を向けただけで近くにあった建物に入っていってしまった。


(あれ? 何も言われなかった……。罵られるのも辛いけど、無視されるのも辛い)


 そもそも意識されてすらいないのかと思うと、なぜだかショックを受けるユウトだった。


「知り合い?」

「ああ、ちょっと」


 知り合いと言えるかどうかもわからないが、エリオに聞かれてユウトは答えた。


(多分、知り合いですらないけど……)


 なんだか悔しいが心の中でユウトは呟く。


「というか、あの建物はなんなんだ?」


 ミオが入っていった建物も、取引所と同じように賑わっている。ユウトは建物の看板を見た。


「冒険者ギルド? うお! めっちゃファンタジーっぽい!」


 看板の文字を読んで、思わずユウトは叫んでしまった。


(こんなのあったのか。この世界でも株とか普通に前の世界と同じようなことしてて縁が無い言葉だったからびっくりした。本当にあったんだ、こういう世界……。ってことは、あの子は冒険者!?)


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