12 ファンタジーヒロイン登場
エリオの言ったとおり、株は本当に取引所にある証券会社の窓口で購入することができた。
「これが、株券……」
渡されたのは紙に印刷された株券だった。さすがのユウトでも昔の日本の株券がどんなものなのかは見たことはないが、この世界の株券は10株ずつに分かれたチケットのようなものだった。
「ユウト兄は本当に50株買ったんだね」
そう言うエリオもクリスタリス通信の株券をしっかりと手に持っている。
「おいら、思い切って100株買っちゃった」
「100株ってエリオの全財産の半分じゃないか。この前みたいに全部突っ込むよりはマシだけど」
「って、ユウト兄はそれ、全財産突っ込んだんじゃないの?」
「……まあ」
我ながら思い切ったことをしたと思ったが、資金が少ないときほど勝負に出た方がいいというのは本当だとユウトは考えている。でないと、いつまでもお金は増えない。しっかりとした職業に就いていて、収入があるのなら別だがユウトの今の職業(?)は宿の手伝いだ。しかも給料のようなものをもらっていて助かってはいるが、少額ではある。
それでも思い切って購入できたのは、住むところと食べるものは確保できているからだ。そこについては本当にありがたかった。お陰で、全力で投資にぶち込むことができた。
「とにかく、これでしばらくは放置だな」
ほぼ全財産を突っ込んでしまったユウトにできることは、株価の推移を見守ることしかない。
一息ついて、ユウトは取引所を出ようとする。と、
「え、もう行くの? ここにいなくていいの」
エリオが不安そうに言った。
「ずっとここにいても仕方ないからな」
「でも、クリスタルタブレットが見られないから、ここから出たら株価が見れないよ? この前にみたいにずっと見てなくても大丈夫なの? いきなり下がったり上がったりするでしょ?」
エリオの言葉にユウトは首を振る。
「この株はデイトレのつもりで買ったわけじゃないからいいんだ」
「デイトレ?」
「デイトレっていうのは上下の値動きが激しい株を一日の間に売り買いすることなんだ。この前やったのはこれだな。でも、今回買った株は緩やかに上がっていくと俺は考えている。上がる間にはもちろん下げる日もある。そんなの、ずっと見てたら大変だろ?」
「そういうもんかな?」
「そういうもんだよ。もし、それが物足りないって言うならエリオは資金があるからデイトレしてもいいんだけどな」
「うーん。まだ、おいら一人でやるのは怖いかも……」
この前の仕手株にやられたことを思い出したのか、エリオは身震いする。
「じゃ、行こうか」
「わかった!」
エリオも納得したようなので、ユウトは取引所を出ることにした。
(それらしく説明はしたものの、この空気の中にいたら俺もデイトレがしたくてたまらなくなるからな。というか、もう取引したくてうずうずしてる。なら、ここから出るのが一番だ。ま、資金も、もう無いしな)
結局、エリオに言った言葉は自分への自制心から出たユウトだった。
「そろそろ帰らないとサラさんも待ってるだろうしな」
「そうだね!」
サラの名前を聞いて、急にエリオの顔が明るくなる。
「サラ姉のこと考えたらすぐに顔見たくなってきた! 早く帰ろ!」
「お、おいっ!」
エリオは取引所を飛び出すように走って出て行ってしまう。現金なものだ。ユウトもエリオを追うように取引所を出る。そのときにはもうエリオの姿は見えなくなっていた。
「あいつ、サラさんのこと考えると一直線過ぎるだろ。てか、俺はどうやって帰ればいいんだ? 道、まだよくわかんないんだけど……」
ユウトが呟いたときだった。
「しつこいんだよ、お前ら!」
「なんだと!?」
近くから人が争っているような声が聞こえてきた。ユウトは声がした方へと振り向く。
「そういう口はケジメをつけてから利けよ!」
「お前らが私の父を騙したんだろうが!」
「この野郎! さっさと言うことを聞けばいいものを!」
「誰が野郎だ! 私は女だ!」
どう見ても柄が悪い男たちに少女が囲まれている。
「あ」
ユウトは少女に見覚えがあった。あの姿を見忘れるわけがない。
(転移した日に見掛けた子だ! 他のモブっぽい通行人とは全然違ってファンタジーのヒロインぽいと思ったけど、声を掛けることができなかったあの子だ! もう一度会えるとは思ってなかった……! やっぱり、改めてみても凜々しくて可愛い……)
単純にもう一度姿を見ることができてユウトはテンションが上がってしまった。今日も少女は凜々しくポニーテールをなびかせ、軽装甲の鎧を身につけている。よく見ると背中には盾を背負い、腰には片手剣のようなものを下げている。しかし、少女は剣を抜く様子はない。
少女は強気な様子で男たちと渡り合っているように見えるが、ユウトには彼女が困っているように見えた。周りにいる他の人たちは大きな街だからあまり人に関心が無いのか、それとも巻き込まれるのが嫌なのか、そもそも気付いていないのか、誰も助けようとしない。
ユウトは彼女を助けようと一歩を踏み出そうとしたが、足が止まってしまう。
(エリオのときは助けられた。でも、それは俺に株の知識があったからだ。けど、俺にはあいつらに対抗できるだけの力が無い! ……けど、やっぱり放ってはおけない! 一か八か! 上手くいくかわからないけどっ!)
ユウトは覚悟を決めると、少女と男たちの方に向かって大声で叫んだ。
「衛兵さーん! 女の子が変なヤツらに絡まれてますよー! こっちこっちー!」
少女と柄の悪い男たちがユウトの方へと振り向く。
「こっちですよー!」
ユウトは渾身の演技で、実際にはいない衛兵を手招きするフリをした。
「ちっ」
「騒ぎになったら困るからな」
少女を取り囲んでいた男たちが、そそくさと逃げていく。
(よし! 衛兵とかいるかどうかもわからなかったけど、よかった!)
少女がぽかんとユウトのことを見ている。一度見掛けているとはいえ、初対面の少女にどう声を掛けていいのかユウトにはわからない。
「あの……、大丈夫、だった?」
なんとか、それだけを口に出すことができた。心配だったのは本心からだった。
「なんで私を助けたりなんかした。私は一人でも平気だったぞ」
「あ、ごめん」
助けたはずなのに強く言われて、ユウトは反射的に謝ってしまう。
「私は戦えるから大丈夫だが、衛兵が来る前に逆ギレされて怪我でもしたら大変だろ。お前、見るからに弱そうだし。……でも、その、助けてくれて、ありがと、な」
最初は強気な表情だった少女が、最後にお礼を言うときだけ少し俯いて顔を赤らめた。
(ツンデレ、キターーーーーーーー!)
少女の様子を見て、ユウトは心の中で大絶叫せずにはいられなかった。
(最高か! やっぱり一目見たときから思ったとおり、ファンタジー美少女ヒロインだった! 弱そうとか言われたのはちょっとショックだけど、本当のことだからな……)
「どうした? 震えているみたいだが、大丈夫か? ああいうときは気を張っているから立っていられるが、気を抜いた瞬間にがっくりくるからな」
「ああ、ちょっと腰が抜けそう」
ユウトが言うと、少女がハハっと笑った。爽やかで美しいと思える笑顔だった。ユウトが思わず見とれてしまうほどに美しくも、少女らしく可愛らしくも見えた。
「あんなやつら街の外でならすぐに撃退できたけどな。王都の中では武器の使用が禁止されているから困ってたんだ。本当に助かったよ」
少女の話し方はなんだかとても清々しかった。なんというか、ぶっきらぼうな話し方なのに、その声は耳に心地よい。
いつの間にかユウトは少女に見とれていた。




