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11 成長株

「って、俺は何をしようとしてるんだ?」


 ユウトはハッと我に返った。現実世界で、大負けして株なんかもうこりごりだと思ったはずだ。そのせいで、ぼんやりしていてトラックにまで轢かれた。異世界転移していなければ、絶対に死んでいたところだ。

 それなのに、またこの世界でも買うための株を探している。


「どうしたの? ユウト兄。その株、もしかしてすごくいいの?」

「……」

「買おうかどうか、悩んでるってこと?」


 エリオの言うとおりだった。ユウトは悩んでいる。再び、株の取引を始めるかどうか悩んでいる。


(サラさんの宿のいる限り、生活に困ることはない。株なんかやらなくても生きてはいける。だけど……、あの食事が続くのはちょっと……)


 ユウトは今も胃もたれしている腹をさする。


(それに、目の前に有望な株があるのに放っておけるのか?)


「ユウト兄?」


 あまりに反応がないことを心配してか、エリオがユウトの顔をのぞき込んでくる。


「よし!」


 ユウトは拳を握りしめた。


(決めた。こんなのを見て投資家魂に火がつかないはずがない!)


 ユウトはバッとエリオの肩を掴んだ。


「株の取引ってクリスタルタブレット以外からでもできるのか? それを使うのはエリオの取引しかできないよな?」

「あ、うん。この前の取引所、あるだろ? あの中に証券会社も入ってるんだ。そこで直接取引ができるようになってるよ」

「そういう仕組みなのか」


 まだユウトはクリスタルタブレット以外でこの世界の株の買い方を知らなかったが、結構わかりやすいことに安心する。それなら、何も持っていなくても始められそうだ。幸い、まだ持っているお金がそれほど多くないのでユウトは現金を持ち歩いていた。今からすぐにでも買いに行ける。


「取引所、行っていいか?」

「もちろん!」


 エリオが目を輝かせて頷く。


「おいら、ユウト兄がそう言ってくれるの待ってたんだからさ!」

「って、俺。資金全然無かった! 株、買えなくね!?」


 現実世界ではバイトでそれなりに稼いだ資金で始めたが、この世界ではユウトはまだほとんどお金を持っていない。エリオにもらった2万セレンと、宿の手伝いでもらった数千セレンくらいだ。


「買えなくはないんじゃない?」

「いや、株の売買って100株単位だろ? クリスタリス通信の株を買うのは無理じゃないか?」

「え?」


 当たり前のことを言ったつもりのユウトだったが、エリオは不思議そうな顔をした。


「株の売買は10株単位だよ? ユウト兄のいたところでは100株単位だったの?」

「そ、そうか!」


 エリオの取引をなんとかしようとしていたときは、あまりに必死で単位まで細かく見てはなかった。


(俺は今、エリオに分け前をもらった分と宿の手伝いで貯めた分で2万6000セレン持っている。だから、なんとか50株は買えるってことか。いやいや、俺、今全部突っ込むこと考えてるだろ……。全く懲りてないな。でも、やっぱりやりたくなるんだよな……)


 ユウトの持っている資金でできるならば、やるしかない。


「よし、行こう」

「ユウト兄、こっちこっち!」


 どうやら違う方向に歩き出そうとしていたようで、エリオに軌道修正される。


「でも、なんでそこまでユウト兄はクリスタリス通信の株がいいって思うんだ?」


 取引所に向かって歩きながらエリオが不思議そうに聞いてくる。


「さっきエリオ自身も手紙が届くのに時間がかかる場所に、すぐに連絡ができるのがすごいって思っただろ?」

「うん」

「通信ってのは大切なものなんだよ。今は少数の人しか使ってなかったとしても、絶対に大規模に普及する。これは断言できる」


 ユウトはもっともらしくエリオに向かって説明する。


(なんて、俺は現実世界で起こったことを知ってるから言えるんだけど。携帯とかスマホがどれだけ世界に革命を起こしたのか知ってるもんな。出始めの頃に、そんなものが普及するはずがないって言ってた人もいたけど、今ではなくてはならないものになってるからな。だとしたら、この世界も例外ではないはずなんだ。それなら、まだほとんどの人が気付かないうちに買っておけば……!)


「でもさ、これって優良株なの?」

「ちゃんと俺の言ったこと覚えててすごいな、エリオ」

「へへ」


 エリオが疑問に思うのももっともだ。まだ、クリスタリス通信には赤字も残っている。


「安定している株を買うのが一番賢い。でも、これは成長株なんだ。つまり、これから先に大きな利益が見込める株ということだ。俺たちみたいにまだ資金が少ない投資家はこういう株を見つけるのが、資金を増やす一番の近道なんだよ。もちろん、見極めが大切なのはある。なにか不足の事態があって、突然暴落することだってあるからな。でも、こういう言い方もできる。冒険は資金が少ないうちにしろ、だ。思い切った投資をすればリターンもでかいってことだ。それに、これは小型株で資金が少なくても投資しやすいだろ? 俺たちにはうってつけってことだよ。あ、でももちろん、分散投資も大切だぞ? 分散投資すれば、他の株が暴落しても他が上がって助かることがあるからな。1つの株に賭けてしまうと、暴落したときにどうしようもなくなるんだ。エリオも身をもって知ってるだろ?」

「うん」


 どこまでわかっているのかわからないが、エリオはユウトの説明を噛みしめるように聞いている。必死で理解しようとしているようだ。


「でも、ユウト兄はクリスタリス通信に賭けようと思ってるんだろ?」

「……それは」


 エリオに言われると全く否定できない。言っていることが矛盾してはいるが、これぞと思った株には賭けてみたくなるのが投資家というものだ。


「俺は……、そうだな。そうしようと思ってる。けど、エリオは真似しなくてもいいんだぞ? 俺よりも資金はあるんだから、もっと選べる幅があるんだ。それに、俺だって失敗することはあるんだ。前に言ったとおり株は自己責任だから、失敗しても俺には責任は取れないからな」

「わかってる」


 エリオは力強く頷く。


「でも、ユウト兄の言うとおりクリスタリス通信はすごい会社だっておいらも思う。だって、このクリスタルタブレットは本当にすごいからな!」

「ああ」

「もっと広がるってユウト兄の言葉、おいらも信じたくなるんだ」

「エリオが決めたことなら俺も止めないよ」

「じゃあ、さっそく」


 エリオはクリスタルタブレットをポケットから取り出す。


「そっか、エリオはすぐにそれで取引できるもんな。これ以上、上がらないうちにすぐに……」

「って、あーーーーーー!」


 エリオが叫びながら立ち止まる。


「どうした!? もしかして、もう暴騰が始まってるとか……! なら、俺の資金じゃ、もう買えないじゃん!」

「……違う」

「え?」

「電池、切れた……」


 エリオのクリスタルタブレットは、真っ黒の画面のまま動かなくなっていた。


「なんだ」


 ユウトはほっと胸をなで下ろす。


「それなら電池をまた買えばいいだけだろ。株は取引所に買いに行けばいいだけだし」

「違ーう! これは買ったときについてたやつなんだ。でも、魔力電池ってすっごく高いんだよ! おいら、買えるかなあ。というか、もう切れるなんて。もっと持つかと思ってたんだけど」

「あー、そういえばそんなこと言ってたな。貴族とか大商人ならそんなお金ぽんぽん出せるんだろうけどな」

「そうだろうね」


 クリスタルタブレットが動かなくなったことに、エリオはしょんぼりしている。


「株で儲けたら、また魔力電池だって買えるだろ? 俺もせっかくだからお金さえあれば自分でも欲しいんだよな、それ」

「ユウト兄も?」

「だって、便利そうだろ?」


 スマホみたいで、とユウトは心の中で付け足す。


「とにかく、取引所に行こう。そうすれば株だって直接買えるんだろ?」


 ユウトがエリオの肩に手を乗せると、エリオはまだしゅんとしながらも再び歩き出した。


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