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2:熱烈歓迎は予想外


「お疲れ様ー!」

「「「「「「カンパーイ!」」」」」」


 ファンミーティングが無事終わり、イベント中に開催したくじ引きで当選したごく少数のファンだけが参加出来る、俺らにとっては通常運転の打ち上げの最中。

俺は、メンバーに語りかけるでもなく、ただ飲んで過ごしている常連の男に注目していた。

常にライブハウス後方の音響機材近くからライブの様子を眺めている静かな常連は、ここでも静かに過ごしながらビールに口を付けている。


(曲が聴けるからつっても、ファンミに来るとは思わなかったな)


黄色い声を上げる女性ファンとも、雄叫びを上げて場を鼓舞する男性ファンとも違ういつものその様子と、<ファンミ>という響きが上手く結びつかなくて思わず首を傾げる。とほぼ同時に、頭上から話しかけられた。


「藍、どした?」

「お前…逃げてくるなよ」


当選したファンはメンバーと話したくて、皆その近くに座っていたが。


「俺が人見知りなの知ってんだろうが。何話したら良いか分からんから、俺はここでいいんだよ」

「お前それでもリーダーかよ…」


顔は派手で人気もあるくせに、人見知り。そのせいでファンに対しては常に仏頂面なハリスが、やっと気が抜けるーとぼやきながら俺の隣に腰を下ろした。

俺はそれを横目に、思わずため息を漏らす。


「もう俺の役目は終えたから良いの。ファンサはこれで打ち止めってな」


そう言いながら俺の前にあった牛すじ煮込みに手を伸ばすので、ほらよ、とその器ごと渡してやる。まだ暖かい器を受け取ると、いかにも疲れていた表情だったのが嘘みたいに嬉しそうに笑った。


「さんきゅー……ん?アレ、お花ちゃんじゃね?」

「……花?なんだって?」

「お花ちゃん。いつも来てくれっけど、壁んとこにいつも居るから壁の花、でお花ちゃんだなつって、秀と話してたんだよ」


貴重な常連に変なあだ名付けるんじゃない。

思わずそう思いつつ口には出さず、少し呆れながらビールを流し込む。

空になったジョッキを掲げながら店員に三杯目を注文し目線を下げると、静かに一人で飲んでいる噂の()()()()()と目が合った。

一瞬背が伸びた彼が、申し訳なさそうに会釈をするのを眺めて…徐に俺は立ち上がる。


「ちと話してくるわ」

「お?珍しいな。よろしく言っといて」

「……お前は俺の親戚かなんかかよ」


苦笑しながら言えば、「あながち間違いでもない」と返ってくる。もう付き合い長いもんなぁと思いながらもそれには答えなかった。

運ばれてきた新しいビールジョッキを受け取りつつ、ライブ中と同じように静かに飲んでいる彼の隣にどかっと腰を下ろした。


「お疲れ様」

「えっ!あ、お、お疲れ様です…」


ビールを掲げれば、そこは乗ってくれるようでカチンとグラスが音を立てる。

お互い一口飲むと、また目線が合った。


「俺バンドスタッフなんだ。良く来てくれる人だよな、と思って。」


なんの飾り気もなしにそう言うと、彼は何度も頷いた。


「はいっ!あの、音響の方ですよね!」

「あ、知っててくれてたんだ?俺裏方なのに。ありがとなー」


思わず嬉しくなって、自然と笑顔になってしまうと、つられるように相手も少し笑った。


「俺、アイって言うんだ。藍色の藍。」

「あ、おれ、いや、僕は…」


なぜか顔を赤くして慌てる彼の肩を2度、嗜めるように軽く叩き「落ち着いて」と伝える。


「俺、裏方だから。色々気にしないで話していいよ。メンバーの悪口言ったとしても伝えたりしないし」


冗談めかしてそう言うと、目の前の首が思い切り良く左右に振られた。


「裏方とか!そんなんじゃなくて!自分、自分は、そのっ…っいつも、こう…来て欲しい所に、気持ちの良いバランスで音が届くあなたのお仕事が、その、すごく心地良くて、す、好きで!」

「え……」

「バンドの曲も歌詞もみなさんも、もちろん好きなんですけど、あなたの、あなたのSA技術は特に尊敬してて…!センスが、センスが凄くて凄いです!」


興奮してるのかなんなのか、段々饒舌になっていくのと反対に語彙力が無くなっていくのを呆然と聞いていた。


「あ、藍さんっ!!」

「え、お、おう?」


ガシッと擬音が目に見えるくらいの勢いで、手を握られた。

え、と思って顔を上げると、思いの外近くに彼の真っ赤な顔がある。


「尊敬してますっ!!あなたの作る音を楽しみに、いつも来てますっ!!好きです!!」

「お、おれ…?」


突然の告白に、随分間抜けな声が出た。

そりゃそうだ。そんな事、言われた事がない。

確かめるようにもう一度「バンドメンバーじゃなくって?」と聞けば、「あなたです!」と返される。

握られたままの手が熱くて、それを意識してしまったら今度は猛烈な気恥ずかしさに襲われ、自分の顔が赤くなったのがわかった。


「あ、その…ありがと。メンバー以外にそんな事言われるの初めてで、ちっとビックリしたわ」


ははは、と多少戸惑いながら笑うと、目の前の男の目が一つ咳をして柔らかく微笑む。


「あなたの技術がなければ、折角の素敵な演奏も、歌も、箱の中には届きません。いつも、ありがとうございます」


そう言って握られた手に、より熱っぽい力が加わった。

その熱があまりにも強く感じて相手を見れば、口元は微笑んでいるのに視線が鋭く…まるで睨んでいるようにすら感じる。


「……ありがとう。これからもメンバーの音を届けられるように頑張るから、聴いてくれると嬉しいな」


掛けられたありがたい言葉とは裏腹に、申し訳なくもなぜかその迫力がある視線に薄らと恐さを感じてしまい…。

無難な言葉とビールを取る素振りで、さりげなさを装いながら握られた手を外す。意外とあっさり離れた手を意識しながらビールを煽り一息つくと、ふいに尿意に襲われた。


(そういえばもう3杯は飲んでるんだったな)


この場を離れるのに丁度いいか、と残りのビールを一気に煽りジョッキをその場に置き立ち上がる。


「そろそろお開きの時間だけど、最後まで楽しんでいってね」


これでお喋りは終わりだと暗に告げ、返事を待たずにその場を離れた。

次回更新は明日です。

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