09,拓海と緑③
三人で近くのラーメン屋に来た。
出来ればあっさりとした支那そばがよかったが、緑さんに限ってそれはないよな……こってりとした家系ラーメンだった。
「あのさぁ、これって接待じゃないの?ラーメンってどゆこと?」
「じゃあ、食べなくていい。社長にケチって言っとく」
この雰囲気はただの知り合いの域を超えている。
関係を聞きたい反面、怖くて聞けない自分が情けない。
「私、固め、油多めで」
「そういうのばっかりだと、いずれ太ってきますよ」
「うるさい。説教、うざい」
「はいはい」
食の好みはとことん合わなそうだな。
「匠先生、こんなとこで緑なんかと飯食ってないで、茜っちのところ帰んなよ」
黙れ。思い出させんな。
「茜っちって、彼女?」
水の入ったコップを落としそうになった。
「ああ」
「帰んなくて怒んないの?」
「怒ってるかもしれないけど、感情を爆発させない人なんだ」
「物分かりがいい的な?匠先生にお似合いだね」
棘棘した言葉が刺さる。痛いです、緑さん。
「勇太と福ちゃんは、なんで知り合いなの?」
「ああ、茜っちは香織ちゃんのルームメイトなんだよ」
「ふ~ん。香織ちゃんとはどうなの?」
「プロポーズしてから2年経っちゃってさー」
「さっさと結婚しないと、無かったことにされるよ」
「ひでぇ」
運ばれてきたラーメンを啜る。
緑さんは食べるのも恐ろしく早い。つい「もっとよく噛んで食べなさい」と言いたくなる。でも、説教、うざい、と言われるのが容易に想像ができたので飲み込んだ。
「まだ、やることいっぱい残ってるから、残業ね」
「はい」
残業なんて概念があることが想定外で、思わず笑った。
「なにが可笑しいの?」
「残業どころか、給料すら貰ってないのになって思ってさ」
「さすが、鬼畜社長」
「言い過ぎー!」
緑さんが席を立った。
「もう一杯食べよっと」
「嘘だろ?」
僕の声が聞こえなかった事を願う。
「ラッキ、替え玉できる」
自販機のチケットをカウンターに出した緑さんが、ほくほくの顔で戻って来た。
僕のラーメンはまだ半分ほど残っている。
「じゃ、俺、先行くわ。ごちそーさまって、社長に言っといて」
「あーい」
さっきまで邪魔だった勇太が去ると、一気に心細くなった。
「茜っちって可愛いの?」
ほら、きた。
「ああ、まあ」
「今度、会わせて」
何言ってんだよ!
「それは、どうかと……」
「福ちゃんが嫌ならいいよ。勇太に頼むから」
運よく運ばれてきた替え玉のおかげで、話はそれまでとなった。
□□□□
あの地獄のラーメンから三日経った。
茜から、話があるから帰ってきて欲しいとチャットが送られてきた。
「緑さん、今日、家に帰ります。次こっちに来れるタイミングが分かり次第、連絡入れますので」
「茜っちに振られるんじゃないの?」
僕もそんな気がしている。
が、緑さんに答えなければならない義務はないだろうと思った。
だから、黙ってスーツケースの取っ手を持ち、背を向けて歩き出した。
「福ちゃん、まじ、きもい!うざい!ムカつく!」
背中で緑さんの悪口を受け止めた。
ごめんね。どうしたらいいのか、僕にも分からないんだよ。
深刻なムードを予期していただけに、いつも通りの茜の態度に面食らった。
「どうしたの?」
「い……や……」
手の込んだ料理を用意してくれていた。
別れ話などしたことが無いから、僕が知らないだけで、こんな感じなのだろうかと考える。
「すぐに食べられるけど、話しながらでいい?」
「ああ」
茜はエプロンを着けたままテーブルに座った。
「「いただきます」」
食事はしてきたはずなのに、この言葉を言ったのが久しぶりな気がした。
よそってもらった煮物と炊き込みご飯。
「こんなにヘルシーなの久々だよ」
思わず言ってしまった。
「はは。この前、勇太君から拓海に会ったって聞いたよ。すごい忙しそうにしてたって」
「あ、ああ」
ホッとする大好きな味付けなのに、喉を通らない。
「あのね」
「……」
いよいよか、と、覚悟を決めた。
「香織ちゃんと勇太君がね、入籍したの」
「はい?!」
「勇太君、プロポーズはしてたんだけど、お金ないから挙式が出来なくて、ずっと保留になってたんだけど、この前、入籍届の紙を持って来たって」
「そ、そうか」
緑さんの脅しが効いたのかな。にしても、勇太もやるときゃやるんだな。
「それでね……」
あ、マズイ。この空気。まさかとは、思うが、まさか、私たちも……とか、言い出さないよな。だめだ、だめだ……じっとしているのが辛くなって、席を立ってしまった。
「どうかした?」
「あ、いや、あ、の、の、飲み物でも……」
「あ、気が利かなくてごめんね。頂き物の日本酒があるんだけど、それでいい?」
お酒は緑さんとやらかしてしまってから避けていたが、今はどうしても必要だ。
「いただく」
普段から飲まないし、お猪口は家にはない。
茜は、小さなグラスに、ほんの少し入れてくれた。
「いい匂いだね」
茜がしゃべっているのに、僕は一口でそれを飲んでしまった。
「え……っ」
茜がドン引きしているのが分かった。
「で、話しって、なんだっけ?」