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08,拓海と緑②

 緑さんといると、茜への罪悪感を感じなかった。

 それが、何よりも最低な事だとは分かっていた。


「先行くから」


 毛先から雫を垂らしながら、緑さんが言った。


「チェックアウトしたら、僕もすぐ行きますから」


 脱ぎ捨てた服を、拾い集めながら答えた。


「昨日のハンバーガーのお返しに、朝ご飯買ってく。何がいい?」

「何でもいいです」


 と、言った瞬間、後悔したが遅かった。


「じゃ、どら焼きね」


 そう言い残し、緑さんは行ってしまった。

 どら焼きが朝ご飯になるなんて、誰が思うだろう……




 □




 ぐっすり眠ったのなんていつぶりだろう。

 福ちゃんは、おじさんなのに寝顔が可愛い。


 シャワー浴びて「先行くから」って言った。

「チェックアウトしたら、僕もすぐ行きますから」だって。なんかいやらしい言い方。それにしても、いつまで敬語使う気なんだろう。

「ハンバーガーのお返しに、朝ご飯買ってく。何がいい?」って聞いてみた。

「何でもいいです」だって。私ならそんなこと絶対に言わないけど。「じゃ、どら焼きね」って言った。だって、どら焼きは朝ご飯に丁度いいもん。


 コンビニに寄って、お茶とジュースとどら焼きを2つずつ買った。

 本当は、つぶあんだけの、ぎゅっとした重たいどら焼きがよかった。

 だけど、生クリーム入りのしかなかったから我慢した。


「緑ちゃん、おはよう」


 エレベーターで社長に会った。


「おはようございます」

「昨日、どこで寝たの?」


 髪を乾かさなかったから、肩がびちょびちょだった。


「ホテル」

「ふーん」


 学校辞めて、家を飛び出して、寝泊まりしながらこの会社で働いてる。

 家の事情とかうるさく聞いてこない、ここの社長や社員はなんかいい。


「今日も、よろしく、頑張ってね」

「はーい」


 今日はコラボの人が来るから、社長も気合入ってそう。


「はい、朝ご飯」


 約束のどら焼きだけど、クリーム入りでごめん。

 福ちゃんは、困った顔をして受け取った。ウケる。


「そこにある、お茶とジュースも飲んでいいよ」

「ありがとう。お茶をもらいます」


 そう言って、福ちゃんはラップトップ開いて、どら焼きを食べ始めた。

 こっそり見たら、社長と匠先生のコラボの企画書を作ってた。

 いろんな人の企画書見てるけど、だいたい多くても5枚なのに、福ちゃんのは12ページもあってウケる。


「さ、仕事始めるよ、行こ」

「はい」


 福ちゃんはパソコンをパタンと閉じて付いて来てくれた。




 □




 ここで慌ただしく働き続けている同僚たちは誰もが自分のことで目一杯で、僕と緑さんに関心が払われることはない。

 ケーブルの取り回しに慣れてきて、配線には自信が持てるようになっていた。


「お世話になりますっ!」


 元気な挨拶が聞こえ、そちらを振り返って固まった。

 げっ……頭が混乱する。


「たくみせんーせーじゃん!」

「勇太」

「茜っちから転職したって聞いてたけど、まさかこんなところだったの?きっつ!」


 相変わらずのハイテンションに、思わず吹き出した。


「俺、動画編集の会社立ち上げたんだよねー!そしたら社長にお仕事もらってさぁ」

「今日は、コラボって聞いてます」

「そーなんだよ。お宅の社長、人使い尋常じゃないよね」

「ははは。僕も来たばっかりですが、驚いています」


 緑さんが走ってきた。


「もうっ!時間過ぎてるんですけど!」

「まじで?そんなことないって!まだだよ、あ……」


 緑さんが勇太の手を引っ張るのを見て、少し苛立った。


「なんか、お前、可愛くなってない?彼氏でも出来た?」

「はあ?!やめてよ、きもい」


 なんと言うか、きもい、は僕の専売特許じゃなかったのかと知りがっかりした。




 勇太は意外にも、と言ったら失礼かもしれないが、仕事はきちんとしていた。

 コラボ企画は順調に撮影が進み、それまで自社でやっていた編集の仕事も、今回はお願いすることで話がまとまった。


「これからも、よろしく頼むねぇ」


 緑さんの手を握りぶんぶんと振っている。触んな、こら。


「じゃ」


 走って行った緑さんに代わり、出口まで見送りに行った。


「たっくんも一緒に働いてるんですか?」

「全然。あいつはもう動画には出てない」


 たっくんというのは、茜の大学時代に、僕になりすましていた謎のイケメンだ。

 勇太と彼は、当時『たっくんのモテチャンネル(登録者数10万人)』をやっており、そこそこ一世を風靡したと言える。


「茜っちからどこまで聞いているか知らんけど、たっくんは大学中退して、今は不動産の営業やってるよ」

「え……」


 何も聞いたことが無い。


「なんせ、あのルックスだろ?とんでもない売上叩きだして、業界トップの成績だってさ。あいつは見た目に寄らず、頑張り屋なんだよな」

「そうなんですね」


 会ったことはない人だったが、ただ見た目が良いってだけで10万人登録いったと決めつけていた自分が恥ずかしい。どの業界でも、それなりに実力は必要だよな。


 勇太が自動ドアを抜けたので、スタジオへ戻ろうとした。


 振り返った瞬間、緑さんとすれ違う。


「勇太!」


 大きな声で、呼び止めた。


 振り返る勇太。


「社長の、オッケーもらってきた!ラーメン食べ行こ!」




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