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04,茜と拓海④

「福ちゃん、遅い!」

「ふ、ふく、ちゃん?」

「何か文句あんの?」

「文句じゃなくて、言いたいことがあります。親しき中にも礼儀ありです。僕は新人ですが、あなたより年上ですし、敬意を払って接していただけ……」

「これ持って付いて来て!」


 人の話を最後まで聞けよ!そんなにたくさんの人と接してきたわけではないが、この手の人を知らなくて面食らう。


 なんなんだ、この小さい癖にやたらと重たい箱は……

 言われた通り、女の子の後を付いて行く。

 社長は「みどりちゃん」と呼んでいたが……


「あの、自己紹介がまだでした。福岡たく」

「福岡拓海でしょ。知ってる。私は島根緑、緑でいいよ」

「職場でファーストネームはちょっと。島根さんと呼ばせ」

「みどり、で!」


 人の話を遮るのは良くないと思います。少しくらい敬語を使ったら如何ですか?言いたいことが次から次へと出てくるが、ここでは彼女が僕の教育係だ。上下関係を考えたら、言っていいのか分からなくなってきた。


「あ、それ照明に使う高級なやつだから、壊さないでね。それと、修正した台本を印刷したからコピー機から取ってきてくれる?」


 僕はまだ、入社手続きが済んでいない、言ってみればよそ者なんですよ。機材を触らせるとか、配信前のコンテンツ明かすとか、どうかしてませんか?


「持って来ました」

「あ、やば。また違うとこ見っけた。も一回、取って来て」


 僕は犬か?




 それからも、緑さんにこき使われて、ようやく一息ついたときには日付が変わっていた。


「福ちゃん、まじ、助かった。ありがとねー」

「いいえ。入社前に現実が知れて良かったです」


 転職を取りやめようかと思い始めていた。

 スキルアップのつもりで転職して来たのに、これじゃあ、雑用犬だ。


「さ、これ飲んだら、次やろ!」

「はあ?!まだ働かせる気ですか?」

「まだって……くくくくっ……」

「なに笑ってるんですか?」

「こんなもんじゃないよー!まだ、まだ、まだ、まだあるんだってば!」

「はああああぁぁぁ?!」


 建物の中は照明が焚かれていて、いろんな人の出入りがあって、時間の感覚がなくなる不思議な空間だった。


 緑さんが言った事が、決して大袈裟ではなかったことが、それから数日かけて分かった。




 □□□□




 家に帰ったのは、火曜の夜中だった。というか、もうほぼ水曜だった。

 日曜日に見学のつもりで行ってから、帰る隙がなかった。

 茜からのチャットには出来る限り返信していたが、後半は正直、それどころじゃ無かった。


「拓海?」


 茜が起きてしまった。


「起こしてごめん」

「別に、それは、いいんだけど、大丈夫?」


 茜に笑われた。


「どうしたの?ボロボロじゃん!」

「そうなんだよ……緑って女の子に殺されるかもしれない」

「なにそれー!」


 とりあえずシャワー浴びて、茜が作ってくれた、体に良さそうな物を数日振りに食べた。


「とにかく人使いが荒いんだよ。失礼だし……会社辞めるの止めようかと何度も思ったよ」

「で?辞めるの、止めんの?」

「ニヤニヤしながら聞くなよ。意地悪」

「ごめんって。なんか、見たことない拓海が新鮮で、なんかいいなって」


 茜が僕にまとわりついてきた。

 週末じゃないし、そんな元気ないって思ったけど、そんなこと無かった。

 どうしたんだろう、これまで以上に、茜が愛おしく感じる。




 □□□□





 泥のように眠って、茜が出社したのに気が付かなかった。

 あの会社に入ったら、ルーティンとかそんなこと言ってられないだろうな。

 茜が置いて行ってくれた弁当を持って、再び戦場へ向かった。


「福ちゃん、遅い!」


 緑さんはもう来ていた。


「だから、僕はまだ入社してな」

「これ持って!」


 駄目だ。緑さんには僕は犬にしか見えないのだろう。

 動きに慣れてきて、少し周りを見る余裕が出来てきた。

 僕たちだけが忙しいのかと思っていたが、それは違った。

 社長は誰よりもよく働いていたし、他のスタッフも僕たちと変わらないくらい忙しくしているようだった。


「今のうちに休憩取っちゃお」

「はい」


 何時間立ちっ放しだったか分からないけど、足がつりそうだったから助かった。

 茜の弁当を取り出す。


「福ちゃん、彼女いんの?」

「はい」

「いがーい」


 だからなんだよ。無視して食べた。

 短い休憩の後は、また怒涛の雑用犬タイムが続いた。

 緑さんのあれ、これの指示に従って「ワンワン」と頑張った。


「ところで、緑さんはいつ帰ったんすか?」

「どこに?」

「家に」

「……」


 そんな意味不明なこと、僕、言いましたか?


「首が折れてますよ」


 こてっとなった緑さんの頭を、手で真っ直ぐに戻してあげた。


「ああ、福ちゃんももうすぐ分かると思うけど、ここに居る人たちに家なんて要らないよ」

「はい?」

「だって、家に帰る時間なんてないし、帰らない家借りてても勿体ないだけじゃん」

「え?じゃ、緑さんは帰ってないんですか?」

「だからどこに?」


 また、緑さんの首がこてんっと折れた。


「ははは。緑さんって変わった人ですね」

「そーお?ここじゃ、私の方がふつーだと思うけど」


 緑さんの顔は笑ってたけど、目が笑ってなくて、本当のこと言ってるんだなって思った。

 それから二日間、寝ずに動き続けた。


「一段落~!」


 突然、社長の大きな声が聞こえてきて、どこからともなく拍手が沸き起こった。

 緑さんが嬉しそうにピョンピョンと跳ねているので、やっと休めるのだと思った。


「福ちゃんも行くでしょ?社長のおごりだよぉ!」


 焼肉屋に連れて行かれた。

 正直、スタッフさんたちと焼肉より、茜と手料理の方がよかったけど、社長が僕をみんなに紹介したいと言ってくれたので、断れなかった。


 慣れない場で、強くないのに酒を飲み、眠気はとっくにピークを過ぎていて、ハイになってたんだと思う。


 だからって覚えてないなんて言い訳は通用しないのだけど……どうして、裸の緑さんが……隣で……寝てるんだろう……




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