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03,茜と拓海③

 いつもの定食屋に来た。俺はサバの塩焼き、茜は野菜炒め。


「私が指導してる後輩君、分かる?」

「ああ。今年入ってきた新人ね」

「そうそう、2浪して3年留年したんだって、意外と歳近くて驚いた」


 そんなアホが大卒枠で、俺が高卒枠なことに驚きだ。


「少しは使えそうなのか?」

「まあ、ね。今日、お得意さん行ったら、拓海のこと褒めてたよ、いろいろすぐに対応してくれて助かったって言ってた」


 いろいろやっても、僕の給料は上がらない。そこが何よりも不満だった。

 実力主義とか能力重視とか、聞こえのいい事を言っているが、会社は学歴で給与体系の箱を用意している。最初に放り込まれた箱が下に位置していれば、上の箱を追い越すことはない。


 学歴コンプレックスを克服する為にやっていた動画配信で知り合った人に誘われた。大手メディアからスピンアウトした動画コンテンツのベンチャー企業で、一緒に働かないかと言われた時は、夢かと思った。


「週明けから、新しい会社に行く」

「なんで?まだ有休消化中じゃない?」

「給料でなくても、早く行って見てみたい」

「がんばってね」


 茜には僕のコンプレックスなど分かりっこないだろう。

 会社でどんなに「頼りにしてる」とか、「お前が居ないと駄目だ」と言われても、所詮、口だけだ。僕の給料が一年後に入ってきた年上の院卒を超えることは、結局一度も無かった。


「明日は、どうする?」


 茜と出掛けるのは構わないけど、遊園地は嫌だ。なんの為にもならない。せっかくなら、動画のコンテンツになりそうな場所に行きたかった。


「ヨーロッパから来てる絵画展にする?」

「ああ、それならいいよ」


 かつては毎日更新をしていた、僕のチャンネルは、今は週一回のペースでしか更新できない。時間の問題と言うより、ネタが尽きたと言うべきか。


「今日は泊ってっていいでしょ?」

「ああ、いいよ」


 毎週金曜日の夜は茜と寝る。僕たちのルーティンだ。




 □□□□




 10時の開館ピッタリに到着した。

 僕は朝から画家の予備知識を頭に入れてきたので、整理を兼ねて、茜に説明しながら歩いた。


「私、この画が一番好きだな」


 茜が言ったのは、その画家が死の間際に書いていたと言われている作品だった。


「書きかけ、って言われてる」

「そうなんだ。だからかな……」


 意味が分からなかった。書きかけの画だから好きなのか?人によって感想は様々だ。


「この後、どうする?」

「私、買い物に行きたいんだけど、拓海も来る?」


 選べるのなら、行きたくない、と答えたい。


「他に予定があるなら、そっち行ってもいいよ」


 その手があったか。有難い。


「ごめん、調べたいことがある」


 野菜がアホみたいに入ったサンドイッチを食べた。ドレッシングの味しかしない。

 本当にこれがヘルシーなのか、甚だ疑問だ。


「じゃ、また夜ね」

「ああ、気を付けて」


 茜とはデパートで別れ、今度入る会社に行ってみる。

 仕事柄、週末とかは関係なさそうだから、運が良ければ見学させてもらえそうだ。

 場所はいいが、殺風景な雑居ビルで少し驚いた。面接はレストランで行ったので、今になって下見に来ていなかったことを後悔した。


「あの、なにかご用ですか?」


 可愛らしい女の子に声をかけられた。


「あ、今度、入社する福岡と申します」

「ああ!社長から聞いてます。約束ですか?」

「いえ、近くまで来たので、見学に……突然来てしまって、申し訳ありません」

「入ります?」


 女の子は僕の返事を待たずに、ピッと鳴らしてドアを開けた。


「身元を確認せずに開錠するのは危険だと思いますよ」


 思わず言ってしまった。


「あ、いけね」


 女の子は舌をペロッと出して、反省する様子もなく行ってしまった。

 ここの社員教育はどうなっているんだろうか。


「福岡君!」奥から社長が出てきた。


 それにしても、外からでは全くもって想像がつかないほど、中は綺麗だ。スタジオとして使われている、動画で見慣れた部屋もある。


「連絡もせずに、突然押しかけてすみません」

「いーや、いーや。やる気があるって、受け取っていいんだよね?嬉しいよ」


 この人自身、コンテンツの顔になっている、やり手の社長だ。


「再来月から来てくれるんだろ?」

「もう、有休取ってるだけなので、来週から来ようかと……お邪魔でなければ……」

「邪魔なことあるかよ!猫の手でも借りたいんだ。って、福岡君は猫じゃなくてライオン級だけどなぁ?!はははは」


 なにが可笑しいのか分からないけど、一緒に笑っとく。


「みーどーりーちゃーん!」


 社長が大声で呼んで、走って来たのは、僕をここに通してくれた女の子だった。


「福岡君、明日から来てくれるって言うから、いろいろ教えてあげて」

「はぁーい」


 来週の月曜からと言ったつもりだけど、明日からと誤解されてしまった。

 ま、茜に話して、明日から来ることにしよう。




 □□□□




 帰ると、茜が料理を作ってくれていた。


「せっかくの休みだから、茜も好きにしてよかったのに」

「うん。料理もいい気分転換になるんだよ」


 どこかご機嫌な茜を見ているのは幸せだ。


「転職先さ、明日から行くことにするよ」

「え?!」

「いけなかった?」


 そんなに驚くと思ってなくて、なんか、ごめん。


「いけない、ってわけじゃないけど、ゆっくりできるのかなって思ってたから……」

「今日、一緒に出掛けられたし、明日も終日ってつもりじゃないから」

「最初が肝心だもんね。頑張ってね」

「ありがとう」


 理解のある彼女で助かる。




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