02,茜と拓海②
「みんな凄かったな。いくら会社の金で飲めるからって……」
せっかくたくさんの贈物をもらったのに、仏頂面の拓海と歩く。
私もつられて少し飲んで、ほんのり気分がいい。
「それ、持って帰っていいよ」
私が抱えてる花束を指さした。
「今日は、自分ちに帰れよ」
「えー」
「酔っぱらってんだろ?調子狂うからさ、悪いけど、今日は帰って」
私たちは一緒に住んでるわけではない。
すぐ近くのマンションだけど、私は大学からの友達の香織とルームシェアをしている。
といっても、私は拓海の家にいる事が多くて、私の代わりに香織の彼氏、勇太君がいる事の方が多いけど。
「もしかして、勇太が居たりする?」
「うん」って言ったら、そっちに行ってもいいのかな?
「出てくように言ってやろうか?」
ちぇっ、くそまじめ。
「ううん。いないから、平気。じゃ、また明日ね」
花束を抱えて手を振る。可愛く手を振る。手を振る。
私のこと好きなら、別れ際に、チュッとかしたくなるよね。
「茜は、明日、会社だろ?」
「うん」
手を振る。笑顔キープ。
来ないな。チューは?
「早く入れよ」
「……」
エレベーターはあるけど、使わない。4階まで駆け上る。運動だ。恥ずかしいからじゃない。がっかりしたからじゃない。
「ただいまぁ。香織ぃ、聞いてよぉ」
鞄と靴を脱ぎ捨てる。花束は大事にキッチンへ。
「おかえりー。どした?」
ハブラシを咥えて香織が洗面所から出てきた。
「送別会で酔った私は、家に入れてもらえなかったぁ、調子狂うって……ひどくなぁい?」
「ははは、らしいねぇ」
「らしいけど……拓海らしいんだけど……恋人らしくなぁい……!」
「よしよし」
香織が頭をポンポンしてくれた。
「勇太君、来てたの?」
「うん。ご飯食べて帰った」
「恋人らしいことした?」
興味本位で、口から出ちゃった。
「いんや。ちっとも」
「「……」」
香織は勇太君にプロポーズされて、2年が経っている。
プロポーズされた直後に、勇太君が浮気しちゃって、別れかけたんだけど、なぜか今も一緒に居る。勇太君は実家暮らしで結婚資金を貯めているらしいのだけど、いつ結婚するのかは決まってないみたい。
「私たち身の振り方、考え直した方が良さそうだね」
□□□□
そんなにたくさん飲んだつもりないのだけど、少しお酒が残ってる。
だるい身体を引っ張って、出社した。
「秋田さんって、ホントに福岡さんと付き合ってんすね」
「え?」
「一緒に帰って行ったので」
「うん。なんか変?」
「二人がラブラブしてるところが、想像できないっす」
はぁ……そういうことか。
そりゃ、私にだって想像できないよ。
実際、ラブラブなんてしたこと無いんだもん。
「おはよーん」
ケバい先輩が、ものすごい笑顔でやって来た。
「おはよーん」
って、えっ?おいっ!後輩君っどしたっ?!
「昨日は、送ってくれてありがとぉ」
「いーえ。こちらこそでーす」
背筋がぞぞぞぞおおおおぉぉぉぉってなった。
まさか、とは、思うけど……そのまさか……なんだよね……この感じ……
「ちょっと、秋田さんがドン引きしてるじゃーん」
「あ、言っときますけど、俺、新卒だけど、若くないんで」
「はい?」
「弁護士になりたくて、2浪して法学部入ったんすけど、3年留年しちゃって、とりあえず卒業は出来たんすけど……そんな感じなんで」
「い、意外と、歳ち、近かったんだね」
ヤバイ。顔が引きつる。
「もぉ、秋田さん、声裏返っちゃってるじゃーん、かわいそーぅ」
「俺、自分に向いてること探すの、時間かかっちゃうタイプみたいで、弁護士は向いてなかったっすけど、ここは大丈夫っす。この会社、俺、やっていけそうっす」
「そ、よかった」
なんか頭痛いけど、これはきっと二日酔いのせい。
先輩を引きはがして、後輩君と外回りに出た。
新規顧客の開拓は、もっと調子のいいときにしか出来ない。今日は、馴染みのお得意さんのルートセールスでお邪魔することにした。
「おたくの福岡さん、辞めちゃったんだって?」
「はい。ですが、軌道に乗った御社のシステムのメンテナンスは弊社のSEがチームを組んで対応させていただきますので、ご心配なく……」
「いや、ほら、SEは『担当者に伝えます』って言ったきり返事が無かったりするんだよ」
「え?誰ですか?」
後輩君が名前を聞き出し、メモった。
「その点、福岡さんは、何を聞いてもすぐに対応してくれてさ、助かってたんだよ」
「そうでしたか。御社にご迷惑をおかけしないよう、しっかりとサポートさせていただきますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
後輩君と深々と頭を下げる。
「まあまあ、そんな気張らなくていいよ。ちょっと、意地悪だったかな、すまないね」
「いえっ、福岡は愛想が無いっす!」
「ははは、そんな感じだね」
「これからは自分が頑張るっす!」
「ははは、任せたよ」
「はいっ!」
返事だけはいいんだよなぁ。
「そうだ。君たちにこれを……」
そう言って、チケットを2枚くれた。
「ここのテーマパークに協賛していてね、行ったら、是非、感想を聞かせて欲しいんだけど」
「くれるんすか?」
「今、手元にそれしかなくてね。少なくて悪いけど」
「「ありがとうございます」」
近くの中華料理屋でランチにした。
「秋田さん、福岡さんと行ったらどーっすか?」
「え?いいの?」
「あの社長、福岡さんがお気に入りだったわけだし、使わないなら、後で俺にください」
「ありがとう」
待ってるばかりじゃ駄目なんだな。
拓海を遊園地に誘おう。
□□□□
一旦、帰宅してから、拓海の家に行くことにした。
週末は、私はあっちで過ごすつもりだし、勇太君が来るだろうから。
「茜、家、占領しちゃってごめんね」
「いーよ、全然。私も拓海んちに行く理由があった方が、言いやすいし」
思わず本音が漏れた。
今日は、拓海は何をしていたんだろうか。
退職日までの約2ヵ月、拓海は有休消化に入っている。
仕事に行かなくてもいい日が続くなんて、どんな気分なんだろう。
チャイムは鳴らさず、鍵を開ける。
ご飯とか、作ってくれてたりして……なんとなく、期待しちゃう。
「お帰り」
「ただいま」
何の匂いもしない。
「夕飯どうする?」
「夕飯どうしよっか」
「どっか食べ行く?」
「どっか食べ行こっか」
ちぇ、期待して損した。
「今日何してたの?」
「動画の準備」
「明日は何するの?」
「決めてないけど、何かしたいことでもあるの?」
「遊園地行かない?」
私的には、すっごい思い切ったつもり。
「なんで?」
「なんでって、デートとか、したくない?」
「出掛けるのはいいけど、遊園地は……時間の無駄って言うか、せめて博物館とか美術館とかにしない?」
「どこでもいいけど」
私と過ごす遊園地の時間は、無駄なのか。
チケットは後輩君と先輩に使ってもらおう。