表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

01,茜と拓海①

 私たちの朝は、天気や体調に左右されることはない。


 4:45

 私はアラームで起きる、同時に拓海も起きる。


 それぞれにやるべきことをこなしてゆく。この間に「おはよう」以外の会話は無い。起きたてのフレッシュな脳を汚されたくないからだ。


 6:00

 共にサプリとプロテインで朝食を済ませ、拓海がコールドシャワーを、私は持参するお弁当作りを始める。


 一昨日、作った肉じゃがが駄目になっていた。


「ちゃんと冷蔵庫に入れといたのにな」


 がっかりしながら、つい、口から出てしまった。


「昨日の夕飯に出してくれれば食べたのに」

「だよね。ごめん……すっかり忘れてて……」

「そうした食品廃棄は家計の負担になるし、環境汚染の原因にもなるから気を付けろ」

「はーい」


 分かってる。おっしゃる通りだと思うけど、済んだことは仕方がない。


「今日はお弁当無くてもいい?」

「ああ。構わないよ」


 私の彼、福岡 拓海さんは、世界一は言い過ぎだと思うけど、日本で一位二位を争うくらいのルーティンマニアだと思う。


『教えて!匠先生(登録者数30万人)』という、自己啓発系の動画を配信している。

 私は10年来、彼のファンであり続けている。


「夜は何が食べたい?」

「うーん。なんかトマトっぽいのがいいかな。名前知らないんだ……ほら、この前作ってくれたやつ」

「ああ、ラタトゥイユね」


 付き合い始めて10年になるけど、外食はほとんどしない。

 身体に良くないし、出費はかさむし、時間がもったいない。


「もしかして、一緒に作ってみたいとかある?」


 半分冗談、半分本気で聞いてみた。


「なんで?僕が?任せるよ。得意な人がやった方が、効率がいいだろ?」

「言ってみただけ」


 笑って見せる。

 どうせこう返してくるのが分かっていたから、そんなにショックじゃない。


「今日で出社最後になるから、早めに行くよ」

「あ、そっか。すっかり忘れてた。帰りは?誘われてるの?」

「いや、別に」


 そう言うと、拓海は部屋から出て行った。


 私たちは同じ会社に勤めている。私が大学3年の時にインターンシップ制度でお世話になった会社で拓海と知り合った。最初は気付かなかったけど、彼が大好きな動画の配信者と知って嬉しかった。


 拓海は向上心が高くて、今でも動画配信を続けている。顔出しをしていないので、会社には内緒の副業だ。だけど、その縁で、最近、転職が決まった。


「一緒に出社できるの、今日がラストなのに……そういうとこあるよね」


 ドライな彼に、妙に納得する。

 それにしても、送別会が用意されていないなんて、どんだけ飲み会嫌いなんだか。

 ちょっと、笑える。


 中小の中寄りのIT企業で、私は営業部、拓海は企画部だ。

 知り合った時、企画部のサブリーダーだった彼は、今は、チーフになっている。


「期待されてないはず無いんだけどな」


 拓海の退社が少し寂しい。けど、一人で仕事が出来ないなんて歳じゃないしね、もう三十歳……そう、三十路……仕事以外にもいろいろ選択しなきゃならないお年頃だ。




 □□□□




「秋田さん、おはようございます」

「おはよう」


 会社にたくさんの後輩ができた。自分で言うのもなんだけど、そこそこ慕われている気はする。


「今日は外回りないんすか?」


 今年入社したばかりの男の子。


「ないんすか、じゃなくて、ないんですか、って言おうね」

「はいっ!」


 返事だけはいい。


「今日は社内業務に徹しましょう。今月の経費精算やっちゃおうか」

「うぃーす」

「……」


 さすがに睨む。


「はいっ!」

「よし」


 私はこの子の教育係を任された。最初は教えることがたくさんあって、しんどい。てか、めんどい。私の教育係をしてくれた拓海が、分かり易く丁寧に教えてくれたことを思い出す。感謝しかない。私も、同じように後輩に……って……


「あのさ、宛名の無い領収書は駄目だって言ったよね?」

「はぁ、でも、こんなの誰が書いたって同じっすよ」


 汚い字で宛名を書き込む後輩君。


「ん、んーん」


 イラっとしながら、経費精算のソフトにレシートの写真を載せていく。


「秋田さーん、ちょっとお願いがぁ」


 ケバい先輩が走って来た。こんな小さいオフィスで走ると危険ですよ、って思っていたら、案の定、後輩君の鞄に躓いた。


「もうっ!危ないでしょ!」

「すんませっ」


 コントにしか見えないやり取りに笑ってしまう。


「秋田さん、福岡君に言ってやってー!せっかく、送別会やるって言ってるのに『あ、僕はいーです』だって、なにあれー!信じられるー?!」

「はあぁ?送別会に参加しない人なんているんすかぁ?」

「あんたには言ってないの!あんたは誘ってないし!」

「俺も行きたいっす。呼んで欲しいっす!」

「もぉ、ハチャメチャだよ。秋田さぁーん!」


 だいぶ困っている様子が、崩れたお化粧から見て取れる。


「本人があまり好きじゃないと思うので、あれですけど、参加するように言っておきます」

「かんしゃー、かんしゃー」


 先輩はよろよろと自分の部署へ帰って行った。


「秋田さん、その人と仲いいんすか?」

「付き合ってるの」

「え?!秋田さん、彼氏いたんすね、しかも職場恋愛……」


 何があなたにそう思わせてるのか分からないけど、そんなに意外かしら?

 インターンでお世話になった後、就活で面接に来たら、即、内定をもらった。

 希望していた企画部ではなく、営業部に配属が決まった時は落ち込んだけど、既に付き合い始めていた拓海が上手くフォローしてくれた。


「福岡さんとは、もう10年くらい付き合ってるしね。みんな知ってるよ」

「へぇ~、結婚とかしないんすか?」


 そこなのよね。

 私はそろそろって思ってるんだけど、プロポーズってこっちからするもんじゃないよね?

 待ってるんだけど一向に……


「あ、余計なこと言っちゃいました」


 後頭部に手を当てて、ペコペコしてる後輩君に、私はなんと返事をすべきか悩んでしまう。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ