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明希の秘密。

フローライト第三十三話。

そしてあの昔好きだったバンドのライブ映像のDVDを譲ってくれるという人との待ち合わせの日が来た。明希は少し緊張してあのカフェに向かった。今の場所からは電車を乗り継いで行かなければならなかった。


(あのカフェ、まだあるのかな・・・)


その場所まで行くまでちょっと不安だった。けれど実際到着するとちゃんとまだあった。


カフェの中に入る。その人は男性で目印に、そのバンドのDVDをテーブルの上に置いておくと言っていた。でもそんな必要はなかった。


(・・・翔太・・・)


やっぱり翔太だったのだ。翔太が一番端っこの席に座って明希のいる入り口の方に背を向けていた。近づくと、テーブルの上にDVDが置いてあるのが見えた。


明希は翔太の後ろからそのDVDに触れた。翔太が振り向く。明希を見ると、いたずらっこのような笑顔をみせて「わかってた?」と言った。


「最初はわかんなかったよ」と明希は翔太の前の席に座った。


「そっか。あ、コーヒーでいいの?」


「うん」


「じゃあ、まず買って来るから待ってて」と翔太が席を立って行った。


 


「はい」とコーヒーをテーブルに置かれる。「ありがとう」と明希は言った。


「ミルクと砂糖もいるよね?」と翔太が持っていたミルクと砂糖もテーブルに置いた。


「うん、ありがと」と受け取った。


「だいぶ久しぶりになっちゃった」と翔太が笑顔で言う。


「そうだね」と明希も笑顔を作った。


「元気だった?」


「うん、まあ」と明希はコーヒーに砂糖とミルクをいれてかき混ぜた。


「そっか、良かった」


「翔太は結婚したんでしょ?」


明希はなるべく自然に聞こえるように気を配って言った。


「うん・・・ま」


「子供ができたって・・・」


「あ、天城から聞いたの?」


「うん」


「そうか・・・実はさ、はめられたんだよね」


「はめられたって?」


「今日は絶対大丈夫な日だからって言われてさ」


「そうなんだ・・・」


「笑えるだろ?」と少し自虐的な言い方だ。


「でも、好きな人なんでしょ?」


「んー・・・まあ、嫌いじゃないよ」


「・・・・・・」


「明希は?その後どうなの?」


「何が?」


「子供」


「・・・できないよ」


「そうなんだ・・・」


少しお互い沈黙する。明希はコーヒーを飲みながら翔太が以前とは少し変わったなと思った。


(何だかちょっと大人っぽい?いや、もう二十五過ぎるんだもんね・・・)


当たり前かと思う。


「DVDの話は本当なんだ」と翔太がDVDを見せた。


「へぇ・・・よく手に入ったね」


「まあ、中古だけどね」


「そう・・・」


懐かしかった。一緒にライブを行ったあの日はもう遠い。


「連絡方法としては結構いい方法思いついたでしょ?」


「・・・そうだね」


「今度からさ、こうやって連絡しよう」


「でも・・・」


もう結婚したのにと思った。


「でも?」


「翔太も結婚したんだし・・・私となんて連絡とってたら奥さんも嫌じゃない?」


「言わなきゃわからないよ」


「・・・でも、連絡とってどうするの?」


そうだ、こうやって時々お茶でもしようというのだろか・・・。


「明希はどうしたい?」


(ん?逆質問?)


利成の得意技を翔太も使う。


「どうしたいって?」


「こうやってお茶する?」


「それくらいしかできないよね」


「・・・ライブに来てくれた日に俺言ったよね?」


「・・・・・・」


「明希も同じだって言ってくれてたよね?」


「そうだね・・・」


「もう変わった?」


「変わってないよ」


そうだった。明希はまだ翔太に抱かれたかった。


「俺も変わってない」


明希は翔太の顔を見つめた。翔太は以前よりはずっと大人びた顔で明希を見つめていた。そうだ、二人はもう高校生じゃない、あれから何年もたってすっかり大人になっていた。


「変わってないけど、それは無理でしょう」と言った。


「何で?」


「翔太も結婚してるし、私も結婚してるもの」


「そんなのどうでもよくない?」


「どうでもよくないわけないよ」


「ほんとは俺、今すぐにでも明希としたい」


そんなことを言われて明希はまた翔太の顔を見つめた。真剣な眼差し・・・。


「翔太、私も気持ちは変わらないけど・・・でも、それしたら全部終わっちゃう」


「全部って?」


「私は利成も失うし、翔太も失う」


「俺も?」


「そうだよ、翔太も」


「それはないよ」


「ううん、失うよ。翔太は私としたいだけだってあの日言ってたでしょ?それが満たされたらもう私なんて必要なくなる」


「そんなことないって」


「そんなことある」


「それに天城には黙ってればすむ話だろ?」


「それは無理。絶対バレる」


「何で?」


「利成の勘の良さは神様レベル」


「ハハ・・・なんだそれ」


「笑い事じゃないから、だから今まですべてバレてたでしょ?ちょっと利成とも色々あったし・・・」


「色々って?」


「離婚の危機だった、あのライブの後」


「ライブって俺のバンドの?」


「そうだよ。帰りに離婚をほのめかされて、五日間口をきいてもらえなかった」


「へぇ・・・天城が?あいつでもそんなとこあるんだ」


「どういう意味?」


「いつも感情を表に出さないし、ていうか感情の表現が人とは違うだけかもしれないけど、もし離婚ならおそらく速攻離婚されて終わりだと思うよ」


「・・・・・・」


そういえばと思う。五日間口をきかなかった間、利成も悩んでいたんだろうか?


「天城なりに明希にこだわってんのかもね」


「・・・・・・」


そうなのかな?翔太に言われてちょっと考えてみたけど、やっぱりそうは思えなかった。じゃあ、なんでたくさん女性関係が?


「それならどうして色んな人とするのかな?翔太はわかる?」


「・・・なんだ、明希知ってたの?知らないと思って俺も黙ってたけど」


「知ったのは結構最近、始めの頃はまったく知らなかったよ」


「そうか、俺らには周知の事実だったけどね。なんせ天城はモテるから」


「翔太は?奥さんがいながら私としようとするのは何故?」


「あー・・・痛いとこだな・・・男にとっては」


「痛いとこ?」


「ん・・・まあ、何でだろうね。本能?」


「本能で色んな人と?」


「まあ・・・だけど俺が明希としたいのはそんな理由じゃないよ」


「私とは途中半端になってたからでしょ?」


「まあ、そういう思いもあるかもしれないけど・・・俺、明希が好きなんだよ」


そう言われてハッとして翔太を見た。


「どういう意味?」


「正直、あれから何人かとつきあったんだけど、何となく気持ちがのらないっていうか・・・今もそうだよ、明希といると何だか楽しい」


「・・・・・・」


それは明希も同じだった。翔太とは気にせず話ができる。利成には気を使うこともわりとあった。


「だから何でって言われるとわかんないけど、明希とつきあってる時もさ、一番リラックスできたし・・・」


「そうなの?」


「うん、だからできないくらいのことで別れた俺ってバカだよな。まあ、若かったし、できないのはやだって思っちゃったんだな・・・若気の至りだな」と翔太が笑った。


ああそうか、年月が経ったんだなと明希は思った。あの頃とはまったく違う翔太が目の前にいた。


「でもできないなら結局別れてたと思うよ」


「そうだな・・・でもさ、天城の登場は想定外。絶対勝ち目ないじゃん」


「そんなことないよ」


「いや、明希だって戻ってこなかったじゃん。俺が戻って欲しいって言っても」


「その頃は・・・まだあの恐怖症が残ってたから・・・」


「そうか、天城がどうやって明希の恐怖症直したか興味あるけどね」


「・・・・・・」


「ま、もう昔のことだよな」


翔太がコーヒーを飲んでから腕時計を見た。


「あ、やべっ。遅れるわ」


「時間ないの?」


「うん、仕事」と翔太がスマホを取りだした。


明希は急に寂しくなった。もっとゆっくりできると思ったのだ。翔太がスマホを操作してから明希を見て言う。


「そんな顔するなよ。キスしたくなるよ」と言われて明希は少し笑った。


「こんな遠くまで呼び出して置いてゆっくりできなくてごめん。でも、早く明希と会いたくてさ・・・ユーチューブにコメントしてから毎日メッセージ来てないかみてたんだ」


「そうだったの?ごめんね、気づくの遅くて」


「いや、わかってたよ。賭けだったから気づいてくれるか」


「そう・・・」


「でもきっと見てくれてメッセージくれると思って・・・あ、これ」とDVDを差し出された。


「くれるの?」


「うん、そのために買ったんだよ」


でも・・・と思った。このDVDを利成がみたら・・・。


「翔太、これ預かっておいて」


「え?何で?」


「また翔太と会いたいから」


それは本心だった。


「・・・そうか、わかった。また連絡するから」


「でも、利成にわかったらきっと返事できなくなるから」


「ツイッターはちゃんとその都度ログアウトしとけよ」


「うん、わかった。仕事でしょ?もう行って」


「うん、じゃあ・・・また」と翔太が明希の手を握った。それからすぐ離す。


明希は翔太に手を振りながら、軽い罪悪感を抱いていた。利成を騙すことになる。


(でも・・・利成だって私をずっと騙していた・・・)


それに本当に翔太とセックスする気はなかった。それをしたらどうなるかくらいもうわかっている。


翔太が明希を好きだと言ってくれたこと、もちろん嘘ではないと思う。でも、セックスしたいから思いを残してるからが翔太の心のどのくらいを占めているのかわからない。


もしかしたらそっちがメインで「好き」や「リラックスできる」はそこにわずかにくっついているメイン料理の後のデザートのようなものだったら・・・。


(やだ、自分のこと料理に例えちゃった)と一人で肩をすくめた。それからカフェを後にする。


(心を奪われるのと、身体を奪われるの、利成はどっちが嫌だろう・・・)


何だか自分が不純になった気がした。利成に内緒なことは本当は作りたくなかったけれど・・・。


 


その日利成がバンドのメンバーを連れて帰って来た。こないだ泊まった一樹の顔もあった。


「こんばんは」と一樹が照れくさそうに明希に頭を下げた。


「こんばんは」と明希も笑顔を作った。


突然で何にも用意してなかったのでキッチンで慌ててると、利成がキッチンに来て「適当でいいから、酒も適当で。前に買ってあったのまだあるよね?」


「うん、それはあるよ。料理、適当でいいの?」


「うん、急に連れてきたんだから」


「わかった」と何品かだけ作ってテーブルに運んだ。何だか昔、利成のアトリエで翔太も含めたバンドのメンバーがよく集まっていたことを思い出す。


一時間もすると、メンバーのみんながだんだん盛り上がっている様子だった。明希が食べ終わった後の皿をキッチンに下げて洗っていると、一樹が空になった皿を何枚か持ってキッチンに来た。


「あ、すみません」と明希は言った。


「いいえ・・・」と一樹が皿をシンクの横に置いた。それから「こないだはすみませんでした」と一樹が言った。


「ううん、こっちこそごめんね、勝手に誤解して」


「いえ、俺も覚えてないなんて・・・失礼しました」


「いいの、気にしないで」


明希は笑顔で答えた。一樹が照れくさそうに笑いを作り頭を下げてからキッチンを出て行った。


(何か可愛い人だな)と明希は思った。


 


「明希、今日は二名ほど泊まるから布団あったよね?」と利成に言われた。布団はあるが埃っぽくないかなとちょっと気になる。


「うん、あるけど・・・」


「じゃあ、寝室用意できたら教えて」と言われた。


準備が出来たので教えにリビングに行くと、二名の他はもう帰ってしまったようだった。


「利成、部屋もういいから」と声をかけた。


「ん、サンキュ」と利成が言う。


一樹がぺこりと頭を下げた。二名のうちの一人は一樹だった。明希も少し頭を下げてから浴室に向かった。


入浴を済ませて脱衣所から出る時、一樹と鉢合わせした。


「あ・・・」と一樹が言う。


「あ、ごめんなさい。お風呂つかう?先に入っちゃった」と明希が言うと、一樹が頬を赤らめて「い、いいえ」とうつむいた。


(ん?何だろう・・・)


焦って脱衣所に入って行く一樹の背中をチラッと見てから寝室に入った。


 


寝室のドレッサーで化粧液やなんかを顔につけてスキンケアをしてからスマホを開いた。ツイッターを開くとメッセージがきている。


<今日はありがと。楽しかった>


(翔太・・・)


<こっちこそ、ありがとう。私も楽しかったよ>と返信してからすぐにログアウトした。


喉が渇いてキッチンに行くと、リビングには誰もいなかった。明希はテーブルの上に残ったままのグラスや皿をキッチンに下げた。


少し残っていたウイスキーの瓶を片付けようと手にした時、何だか急にお酒が飲みたい気分になって、ウイスキーをグラスに注いだ。冷蔵庫から炭酸水を取り出して少し注ぐ。


(主婦がキッチンでお酒飲むのって何だかっていったな・・・)などと一人思う。


ドアが開いて誰かが入って来た。利成かと思ったら一樹だった。


「あ・・・」とまたさっきみたく声を上げる一樹。


「あ、何か飲みます?」とお風呂上りの一樹の濡れた髪を見た。


「あ、いえ、その・・・」とドギマギしてる様子がちょっと可愛い。彼はすごく若い子なのかもしれないと明希は思った。


「水を・・・」と一樹が言ったので、明希は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、グラスと一緒に置いた。


「好きな分飲んでね」


「はい、すみません」と一樹がちょっとうつむいた。


もう一人のバンドのメンバーはどうやらもう客間の方に行ったようだった。明希は一樹を残してキッチンから出た。


ダイニングテーブルの上にプライベートのノートパソコンを置いて開いた。何となく意味なくネットを見てからユーチューブを開いた。


(利成のバンドは・・・)


ん?と思った。


(やだ、私って利成のバンドの名前知らないよ)


ちょうどキッチンから出てきた一樹に聞いた。


「あの・・・変なこと聞きますけど・・・」と明希が言ったら「はい」と返事をして一樹が立ち止まった。


「利成のバンド名は何ていうの?」


そう聞いたら一樹がきょとんとした顔をした。


「知らないんですか?」


「はい・・・」とさすがにちょっと照れくさく明希は笑顔を作って肩をすくめた。すると一樹が吹き出した。


「○○○○(バンド名)ですよ」とおかしそうに一樹が言った。


「あ、そうなんだ。ありがとう」


「あまり関心ないんですか?」と一樹が聞いてくる。


「ううん、そうじゃないんだけど・・・」


(いや、そうなのかな・・・・)


「天城さん、奥さんは芸能ニュースとかに疎いって言ってたけど・・・」


「あ、それは本当かも・・・」


それはいまだにまだ、利成が有名人だという自覚が少ないせいかもしれない。


「そうなんですか、何か明希さんって面白いですね」と一樹が笑顔になった。


(ん?明希さん?)


こないだは「奥さん」と呼んでたなと思ったけれど、「奥さん」より「明希さん」の方がいいなと思った。


「安藤さんは何歳なんですか?」


「え?俺ですか?二十歳です」と言ったので明希は驚いた。


「え、そんなに若かったんだ」


「はい、一番バンドの中で子供です」と一樹が笑った。


「キーボードなんでしょう?」


「はい、ピアノやってたんで・・・まあ、だけど途中で挫折しました」


「そうなんだ、どうして利成のバンドに?」


「アレンジやってたんですよ。音楽制作の会社で・・・。天城さんとご縁があって天城さんの曲をアレンジしたことがあって・・・」


「そうなんだ、アレンジできるのってすごいね」


そう言ったら一樹が少し困ったような表情になった。


「全然すごくないですよ。この世界、すごい人だらけだから」


「そうなの?」


そう言った時、ドアが開いて利成がリビングに入って来た。


「何?二人で」と笑顔で言われる。


「あ、いえ」と一樹が慌てて利成に頭を下げて部屋を出て行った。


利成がキッチンで冷蔵庫を開けてグラスにさっき一樹も飲んだペットボトルの水を注いでから、明希の向かい側に座った。


「一樹と何の話し?」


「利成のバンド名聞いてた」


そう言ったら利成が「そう、明希知らなかったんだ」と言った。


「うん、ごめん」と笑顔でちょっとごまかす。


開いていたパソコンで利成のバンドを検索したらたくさん出てきた。


その中の一つをクリックすると、ユーチューブに繋がった。利成のバンドのMVが流れた。


(あ、これ前にテレビで歌ってたやつ)


「俺に少し興味持ってくれた?それとも一樹に興味持った?」


MVを見てると利成に言われたので顔を上げて利成を見てドキッとした。笑顔かと思ったのに無表情だった。


「利成に興味って・・・それは元々でしょ。利成の仕事がよくわかっていないだけで」


「そう?」


「うん、そうだよ」


利成が黙っている。明希はドキドキしてきた。昼間翔太と会っている。利成がわかるはずもないのに、何だか見透かされてるように感じた。


(あー・・・やっぱり、こっそりなんて無理だよ。翔太)と心の中で思った。


利成が急に立ち上がって隣に座ってきた。


「そのMVどう?」と聞かれる。


「かっこいいね」と答えると、利成が「そう?」と少し嬉しそうに笑顔を作った。


「安藤さんって二十歳なんだってね。すごく若かったんだね」


「そうだね」


「二十歳って私にはずいぶん前に感じるな」


「そう?つい最近でしょ?まだ」と利成が明希の握っていたマウスを使ってパソコンをシャットダウンした。明希が利成を見ると「もう、寝よ」と言われた。


 


寝室に行きベッドに入ると利成がすぐに口づけてきた。そしていきなりズボンと下着をいっぺんに脱がされた。


(あー・・・何だか最近乱暴だな・・・)


口と指で明希がイクまで執拗に下半身をいじられた。それからうつぶせにされて後ろから入れてくる利成を受け止めながら、明希は声が出そうになるのをこらえた。


「声、我慢しないでいいよ」と言われる。


でも、もちろん聞こえはしないだろうけど、メンバーの人が二人も別な部屋にいるのだ。何となく憚れる。


── 明希はその後どうなの?


翔太の言葉を思い出した。二度目の死産から妊娠しなくなった。もしかしたらどこかで妊娠を恐れてるせいだろうかとも思う。


 


次の日の朝、明希がキッチンに行くとすぐに一樹がリビングに入って来た。


「あ、おはようございます」と明希に気づいた一樹が言う。


「おはよう」と年下だとはっきりわかったので敬語をやめた。


「もう一人の方・・・えーと・・・」と考えていると一樹が「野村です」と言った。


「野村さんは?」


「まだ寝てます」と一樹が笑った。そして「俺は今日早く行かなきゃならないんで」と言った。


「そうなの?コーヒー飲む時間ある?」


「あ、はい。それくらいは・・・」


一樹が洗面所で顔を洗いに行った間、明希はコーヒーを入れた。カップにコーヒーを注いでいると一樹が戻って来る。


「どうぞ」とダイニングテーブルの上にコーヒーを入れたカップを置いた。


「あ、お砂糖とかは?」と明希が聞くと「あ、いらないです」と一樹が言った。


「明希さんも歌がうまいとか?」と一樹に聞かれた。


「え?うまくないよ」とキッチンから答えた。利成と野村さんの朝食はどうしようかと思う。


「だけど天城さんと一緒に歌ったんでしょ?」


「まあ・・・」


あの妊娠している時に一度だけ利成と一緒に歌ったことを思い出す。


「もうその動画は削除したとか・・・残ってないんですか?」


「残ってはいるけど・・・」


「そうなんですか?じゃあ、今度見たいな」と一樹が無邪気な感じで言った。


元の動画は残っている。だけどどこに入ってたっけ?


「どこに行ったかわからないかも・・・」


「じゃあ、この次までに探しておいて下さい」と一樹が微笑んだ。


「んー・・・探せたらね」と答えた。


「・・・天城さん、最近少し変わりましたよね?」と一樹が言う。


「そうなの?どんなふうに?」


「何か・・・感情的って言い方おかしいけど、作る曲もすごく激しいし・・・」


「前は違うの?」


「そうですね、前はもっと・・・」


そこで利成がリビングのドアを開けた。


「また二人?」と明希と一樹を見て笑った。


「あ、おはようございます」と一樹が焦って言う。そして明希に「ごちそうさまでした」と言ってコーヒーを飲んだカップを手にした。


「あ、置いておいていいよ。もう行くんでしょ?」と明希が言うと「はい、じゃあ・・・」とリビングを出て行った。


「利成は何時に出るの?」


明希はソファに座ってスマホをチェックし始めた利成に聞いた。


「・・・・・・」


返事がない。どうやらスマホのチェックに集中してるようなので明希はそれ以上聞かなかった。


そういえば・・・と思った。自分は利成に思いっきり甘えたことがあっただろうか?言いたいこと言って言い合ったことがあったかな・・・。いつも何だかこうやって気を使ってしまう。


「明希」といきなり呼ばれた。


「何?」


「ここに来て」


何だろうと明希が利成に隣に座るといきなりキスをされた。しかも濃厚で長く・・・。


(ん・・・?)と思ったらリビングのドアが開いて「あ・・・」と声が聞こえた。


利成が離れて明希が振り返ると一樹が驚いた顔でこっちを見てから気まずそうに顔を伏せた。


「すみません。俺、もう出るんで・・・」とすぐにリビングのドアを閉めて一樹が行ったので、明希は慌てて玄関まで見送ろうと立ち上がろうとしたら利成に言われる。


「行かなくていいよ」


「え?でも・・・」


「・・・・・・」


利成が何も言わずにまたスマホを開いている。明希はどうしようかと思ったけれど、利成がそういうので一樹を見送るのをやめた。だけど何でいきなりあんなキス?おまけに見られちゃったしと、怪訝な面持ちで利成を見つめたら利成が気がついて明希を見た。


「余計な芽は育つ前に取らないとね」


利成が微笑む。


「芽って?」


「わからないならいいよ」と利成がまたスマホを見始めた。


(わけがわからない・・・)と明希は利成の顔を見つめたが、利成はもう素知らぬ顔でスマホを操作しているので諦めて立ち上がった。


その日は後から起きていたバンドのドラムをしているという野村と一緒に利成は出掛けて行った。


利成が何を考えているのか理解不可能・・・と明希は思った。けれど自分のことは全部見透かされているような?


──  天城さん、最近少し変わりましたよね?


一樹の言葉を思い出す。


そうなのだろうか・・・。家ではまったく変わらないけど・・・。



家事がある程度終わると、仕事用のパソコンを開いた。通販の管理や必要なメールの処理何かを済ませてから、思いついて利成のバンドのユーチューブを開いた。


(キーボードって・・・)


見て見たがキーボードはほとんど映らない。でも一瞬映った姿はここに来た時のような初な感じではなく大人っぽかった。


(ちょっとカッコイイかも・・・)


──  そうなんですか?じゃあ、今度見たいな ・・・。


利成と一緒に歌った時の・・・。


(探してみようかな・・・)と明希は立ち上がった。


自分のプライベートのパソコンの中にはなかったので、利成の方かもしれない。


(USBとかだっけ?)


明希の机の引き出しをガチャガチャと探してみたが、特にそれらしいものがなかった。


(やっぱり利成のところか・・・)


ちょっと躊躇したが利成の仕事部屋に入った。普段はあまり入ることがない利成の仕事部屋は、掃除も利成がやっていた。


パソコンや音響機器、明希にはあまりわからない機械もある。キーボードやギターもあった。


勝手に開けるのはどうかと思ったが、利成の机の引き出しを開けてみた。USBメモリなんかもあったが、きちんとタイトルもつけられてあるので、それを見てもその中にはなさそうだった。


後は部屋の収納庫。ウオークインクローゼットになっているところを開けてみた。ここはわりと乱雑に物が積まれていて、段ボールもいくつか積まれていた。


(何か古そう・・・)


段ボールも古い感じがした。その中の一つを取り出して開けてみた。教科書や辞書みたいなものが入っている。どうやら学生時代の物をまだ取ってあるらしかった。


(でもただ捨てるの面倒なだけかな)


もう一つ他の段ボールも開いてた。中には数冊のアルバムみたいなものが入っていた。それを取り出して開いてみる。


利成の中学時代、高校時代のものらしかった。


(そういえば、利成の子供時代の写真なんて見たことなかったな)


明希はあどけない顔の利成の写真を見た。


(あ・・・)


高校時代だろうか?可愛い女の子とのツーショットがあった。


(そういえば、高校の頃付き合っている人がいたって言ってたな・・・)


アルバムをめくっていると、パラパラと写真がアルバムの間から滑り落ちた。それを拾い上げてみる。その写真には利成とまた別な女性が映っていた。今度はツーショットではなく誰か他の仲間と一緒だが、利成が隣に立つ女性の肩を抱いていた。


見たところ大学時代らしかった。日付を見るとちょうど明希と再会した頃だった。


(ダブってたんだっけ・・・)


次の写真は、どこかに旅行に行った時のようだった。


(あ・・・)


日付を見ると、この時はもう明希とつきあっていた。


(すぐ別れたわけじゃなかったんだ・・・)


明希はそれ以上見るのをやめてアルバムの中にしまった。こんな昔のことでいちいち心を乱すのが嫌だった。


すべて元通りに直して利成の仕事部屋を出た。


階段を降りて自分の仕事部屋に入ってパソコンを開いた。ツイッターを開くとメッセージが来ていた。


<〇月〇日夜七時なら会えるけど夜は無理かな?>


(翔太・・・)


何なのだろう、自分だって利成のことを責めたりできない。こうやって翔太と連絡を取っているのだから。


<大丈夫そうなら出れるけど、今度は私の方がゆっくりできないかも>


返信してまたツイッターをログアウトした。


 


夜になって夕食の準備を終えると、また時間が余った。退屈になるとついついネットを開いてしまう。


<今日夜八時、天城は帰ってる?もし大丈夫なら電話をかける。ダメなら電話は無視して>


時間を見たらもうあと十分後だった。


(利成が何時に帰るかなんてわからないし・・・)


でも念のためにと自分の仕事部屋に移動した。ここなら帰宅した利成がいきなり入ってくることはない。


電話がなった。スマホは新しいものだったが番号は以前のものと一緒だった。


「もしもし?」と出ると「大丈夫?」と翔太の声が聞こえた。


「少しなら・・・」


「じゃあ、少しだけ・・・。ツイッター大丈夫?バレてない?」


「うん、それは大丈夫」


「そっか、今日は何してた?」


「今日は家事だけかな」


「そうか、もう働いてないの?」


「うん・・・」


「何かすればいいのに。退屈じゃない?」


「そうだね・・・でも何って思いつかなくて・・・」


「そうか・・・」


「翔太は今、家なの?」


「いや、車の中だよ」


「そうなんだ」


「今度の夜出れそう?」


「んー・・・夜は微妙かな・・・。その日による。もし利成が先に帰宅してたら誤魔化す自信はないし」


「そうか・・・じゃあ、また別な日考えるよ」


「うん、ごめんね」


「いいよ。・・・明希・・・」


「ん?」


「俺たちって何やってんだろうね。バカだよね」


翔太の声が少し寂し気に聞こえる。


「そうだね。私がバカなの」と笑った。


「俺もだから」と翔太も笑った。それから「じゃあ・・・」と翔太が言う。


「うん、またね」と明希は言って通話を切った。切ってからすぐに着信履歴を消した。ツイッターもログアウトする。


(あー・・・これじゃあ、完全に不倫みたいじゃん)


明希はモヤモヤしながらも翔太のことを切れなかった。あれから何年経ったのだろう・・・。グズグズとくすぶる火が時々ボッと燃え上がるように翔太とまた繋がるのだ。


 


その日は夜遅くに利成が帰宅した。


「ただいま」と言った利成が通り過ぎた時、花の香りがした。


心がざわざわとざわつく。自分のことは棚に上げて、利成に対して嫌悪感が出てきてしまう。一度表に出てしまった嫌悪は、これからは何度も何度もこうやって私の身体を毒していくのだろうか?


(もう・・・もたないかもしれない・・・)


唐突にそう思った。恋は盲目なんていうけれど、憎悪も人の目をくらます。素直に疑わずにいた頃にはもう戻れない。


(利成と本当の本音で話したことってあったかな・・・)


本気で言い合って破滅するなら、こんな風にお互いに黙ったまま今を保つよりもマシじゃないのかな?


でも、本当のことを言ったら・・・利成はきっと私を捨てるだろう・・・。そう考えて明希は、(ああ、そうか。私ってば利成から愛されたいんだ・・・)と気づいた。それも他の女性の中の一人じゃない、私だけを愛して欲しいんだ・・・。


 


次の日もその次の日も当たり前のように過ぎていった。身体だけはいつものように動くのだから不思議だ。「いってらっしゃい」も「おかえりなさい」もただ言っているロボットのようだ。


時々ツイッターを開いて翔太とメッセージを交換した。電話はあれ以来していない。何となく話す気力がなかった。


何度目かの遅い利成の帰宅時、また花の香りがした。その時、明希はこれ以上はもう無理だと思った。一生こうやって利成を疑い続けるのだ。問い詰めたところで何になる?


昔、利成が言っていた「フィルター」の話し。


──  明希のお話は、必ず俺との「お別れ」が結末なんだよ。俺に誰がいてもいなくても ・・・。


そう言っていた。そうだろうか?利成が自分だけだったらそんなことを思っただろうか?


 


「利成・・・」と夕食を終えてテレビを眺めている利成に言った。


「ん?」と利成は視線はテレビに向いたままだ。


「あのね・・・」


(別れよう・・・)


明希は利成が買って来てくれたネックレスのオレンジ色の石を手のひらでつかんだ。


黄水晶の意味は、「光」と「太陽」・・・。でも明希は今、闇の中にいた。


「何?」と黙っていると利成が明希の方を見た。


「・・・・・・」


涙が溢れてきた。利成がやっぱり好きだと思った。わかってもらいたかった。


(私は傷ついていると・・・)


「どうかした?」


ソファに横になっていた利成が身体を起こした。


「わ、別れて・・・」


それだけ言って明希はうつむいた。愛されたかったけど無理なのだ。私じゃ無理なのだ。


「何?急に。どうかした?」


利成が明希の側まで来てひざまづいて顔をのぞきこんできた。


「・・・どうもしないけど・・・」


「どうもしないのに、別れて?なの?」


「ん・・・」


「・・・・・・」


少しの間利成が沈黙した。それからまた口を開く。


「何か我慢してる?」


「ううん・・・」


「してるよね?何か俺に言いたいことがあるんでしょ?」


「ないよ」


「ないのに「別れて」はないでしょ?」


「・・・・・・」


もうこれ以上、利成を疑うのが嫌・・・。自分の憎悪が毒のように足先から広がっていく。


「明希」と利成が隣に座ってくる。


「大丈夫だから言ってごらん」


優しい声だった。利成はずっとこうやって子供の頃から優しかった。


「また何か疑ってる?」


「・・・・・・」


そうだ、疑ってる。何度振り払ってもまた戻ってくる霧が自分の首を絞めていく。


「言いたいこと言ってごらん。ちゃんと答えるから」


言わないと・・・でも、言って何になるのだろう?


(捨てられるだけ?でも、一緒にいるよりはいいのではないか?別れは寂しくとも今の苦しみは無くなるのだから)


「・・・私、ずっと利成のこと疑ってしまう・・・それが嫌なの」


「・・・そうか」


少しの間、利成が黙った。それからまた口を開く。


「具体的に言ってごらん。どんな時に疑うの?」


「・・・香り・・・」


「香り?」


「香りがするの」


「俺から?」


「そう・・・花の香り・・・」


「・・・・・・」


また利成が黙った。それから「それだけ?他は?」と言った。


「他はないけど・・・」


「そうか・・・何だろう、花の香り・・・」と利成が考えている。


「いいの・・・」


明希が言うと「良くないから別れてって言ったんだよね?」と利成が言った。


「・・・・・・」


「明希・・・」と手を握られた。


「だって嘘でも本当でも信じるしかないでしょ?でも、私は疑ってばかり・・・」


「そうか・・・」


「だから・・・」


「別れた方がいいんだね?」


「・・・・・・」


本当は違うけれど・・・。そんな表現しかできなかった。愛されたいなんてこれ以上贅沢だと思った。


「そうか・・・困ったね」


利成が明希の手をポンポンと優しく叩いた。


「・・・まずね、それを思った時に言えるように今度からしようか?」


「・・・・・・」


「もしかしたら明希の誤解もあるかもしれないだろ?」


「でも、それが事実かどうかじゃないの。私が疑ってしまうことが苦しいのよ」


「そうだね。何を言っても疑いだしたらきりがないから、最後は別れにたどり着くだろうね」


「うん・・・」


「でも、明希が頭にきて俺から別れたいならそれはそれでいいんだよ?いや、俺がいいって意味じゃないよ?俺が別れたくなくてもね、明希はまず腹が立ってこんな男はやっていられないって思ってもいいってこと。わかる?」


「・・・よくわからない。それは利成が別れてもいいと思ってるってことでしょ?」


「明希、フィルターと投影の話し思い出してみて」


「・・・・・・」


「けむに巻こうって話じゃなくね、明希はまず自分の気持ちを知ってあげなきゃ」


「自分の気持ち?利成の気持ちじゃなくて?」


「そう。自分の気持ち」


「私は・・・自分のことだもの、わかってる」


「そう?じゃあ、聞くね。本当に別れたい?本当なら俺は諦めるよ」


「・・・・・・」


「考えて」


「・・・本当は別れたくない・・・」


そう言ってうつむいた。


「うん、そうだよね。じゃあね、何で「別れたい」なんて言葉になったの?」


明希は考えた。考えながら利成は何故こんなに辛抱強く自分につきあってくれるのだろうと思った。確かに利成の話を聞きながら自分のことを考えると、絡まっていたものがパラパラと取れていくのだ。


「私じゃダメなんだと思ったの」


「何が?」


「・・・セックスが・・・」


あれ?と思った。そんなこと考えてもなかったのにそんな言葉が出た。


「そう・・・どうしてそう思う?」


「利成が色んな人のところにいくのは、私がダメなんだろうと思って・・・」


「セックスがってこと?」


「そう・・・でも、それ以外も色々」


「その色々とは?」


「利成の周りには綺麗な人がいっぱいいるでしょう?私じゃなくてもたくさん選べるし・・・それにその人は・・・」


「その人は?」


「・・・子供も産めるでしょ」


またあれ?と思った。そういうこと思ってたっけ?


「そうか・・・」と利成がまた考えるような顔をした。それからまた話し始めた。


「子供って言葉がでたからそこから話そうか・・・」


「・・・・・・」


「まず二回子供を死なせちゃったのは自分のせいだと思ってない?」


「・・・ん・・・」


明希はうつむいた。それはその通りだ。特に二回目は翔太と会った日の夜だった。自分への罰のような気がしたのだ。


「そうだよね、で、それはまず置いておいて。今度はさっき言ったセックスね」


「・・・・・・」


「まず明希はセックスに強いトラウマを持ってたよね?」


「うん・・・」


「もっと言うなら男に強いトラウマがあったよね?」


「うん・・・」


「前に連想ゲームしたでしょ?我慢しないと男に捨てられるって」


「うん・・・」


「実際我慢できずに前の彼には捨てられたという思いもあるよね?」


「うん・・・」


「明希は、「我慢しないとイコール捨てられる」が公式になってるんだよ。これはわかる?」


「うん・・・」


「で、さっき明希が言った自分のセックスがダメだから俺が他の人に行くってやつね。「我慢できなかったイコール捨てられた」ここから見るとね、明希が今日まで我慢していたってことわかる?」


「え?どういう意味?」


「俺のことね、俺を責めるより明希は我慢できない自分を責めたよね?どうして?」


「それは利成を責めても、私が信じられないなら同じことかと思った・・・」


「で、「別れる」という発想になったんだよね」


「うん・・・」


「「信じられないなら」を「我慢ができないなら」に変えてみて」


「え?」とさっきの自分の言葉を思い出した。


(私が我慢できないなら同じことかと思った・・・?)


「できた?我慢できないなら同じことかと思った・・・同じことって?」


「それは捨てられる・・・」


「そうだね。我慢できない自分はけして受け入れてもらえない、きっと捨てられる、だから俺に先に「別れる」って言ったんだよね?」


「・・・そうかな・・・」


「セックス恐怖症の時、自分ができなかったから・・・つまり我慢できなかったからだね。だから俺が他の女のところに行っても仕方がないと飲み込んだ・・・」


「・・・・・・」


「子供を産めなかった、女性としては不完全だ、だから俺が他の人のところに行っても仕方がないと我慢しようとしてた・・・・・・うまく我慢できてる時は良かったけど、考えてみて。我慢なんてそんなに長くはできないよ?」


「うん・・・」


「苦しくなってきた思いを俺にぶつけるんじゃなく自分に向かっていく・・・もし言っても否定されると思っているからね。それはどうしてかわかる?」


「・・・わからない・・・」


「さっきの公式が常に発動するからね、明希はさっき言ったよね?それが事実かどうかじゃない、疑うのがつらいって・・・「疑う」を我慢できないに変えてごらん」


「・・・・・・」


「”明希は我慢できない自分”てところをただグルグル回ってるってわかる?」


「多分・・・」


「そろそろそこから出ようか?」


「・・・・・・」


出るって?とよくわからなかった。


「じゃあ、今度は明希が言う番だよ。モヤモヤしてるところ言って。正直に答えるから。何を言われても俺が明希を捨てることはないから安心して言ってよ」


「でも・・・」


怖い・・・やっぱり・・・。


「怖い?」


「うん・・・」


「そうか・・・じゃあ、まず俺が質問するからそれに答えてみて」


「うん・・・」


「まずさっきの花の香、これはいつ感じた?」


「利成の帰りが遅かった日・・・」


そういうと利成が立ち上がって仕事用のスマホを持って来た。どうやら自分のスケジュールを確認している様子だった。明希は利成がスマホの画面を人差し指でスクロールしている様子を見た。


「・・・〇日と〇日・・・後、〇日も・・・かな。夜に仕事が入ってた」


明希は部屋の壁にあるカレンダーを見た。


「そして今日ね」


そうだもう時刻は夜中の一時半になるところだった。


「なるほど・・・〇日と〇日は違うだろうな・・・」


利成が一人納得している。


「明希、前に明希がここで一人であまりやることもなく時間を持て余すことがあるって言ったこと覚えてる?」


「ん・・・覚えてるよ」


「それで明希にお店をやってもらおうと思って考えたんだよ」


「え?お店?」


「今、不定期でやってる個展の会場をね、お店にしちゃうの」


「個展をやめて?」


「いや、絵は絵で展示していていいよ。そこで別なものを売る」


「別なもの?」


「うん、明希首についてるのは何?」


「え?これ?」とオレンジ色の花形の石をつかんで見せた。


「そう」


「天然石でしょ?」


「そうだよ」


「え?これ売るの?」


「そう、天然石のアクセサリーとフレグランス」


「フレグランス?」


「ルームフレグランスとかあるでしょ?あれね、天然石と一緒に売ろうかって思ってね」


「そうなの?」


「そう。それでフレグランスを作っている会社との取引だったりを最近してたんだよ。たまたまそこの社長さんに会える時間が遅かったりして、何せ本業とは違うから俺も色々勉強したりしててね」


「そうだったの?」


「明希、そのネックレス喜んでたろ?それでちょっと考えてね。女性はそういうの好きでしょ?」


「まあ・・・」


「俺んとこくるんのはほとんど女性だからね、そういうものの方が興味持つって思って」


「そうだね」


「で?花の香りの種明かし・・・わかる?」


「あ・・・まさかその香り?」


「そう、明希のイメージにあった香り作りたくて、色々研究させてもらったりしてて・・・その時についちゃったんじゃないかと思うよ」


「・・・そう・・・なの?」


唖然とした。そんなこと考えもしなかった。


「まず一つ解決ね」


「・・・・・・」


「後は過去の話だね。聞きたいこと聞いていいよ。正直に答えるし、もちろん明希を捨てることなんてないから。でも考えても見てよ。俺が捨てられる方でしょ?」


「え?」


「俺が他の女のところに行ったのは俺が悪いよね?だから俺が捨てられる方で、明希が捨てる方なんだよ」


「・・・・・・」


「だから怖がることないよ」


何だかわからなくなってきた・・・。


「・・・よくわからないんだけど・・・」


「そうか・・・じゃあ、どうするか・・・ちょっとお互い頭の中整理しようか?」


「うん・・・」


「整理してからまた話そう」


「・・・うん・・・」


何だろう、明希が悶々としている一歩先で、利成はいつも辛抱強く明希が来るのを待っているのだ。どうしてだろう?


「あのね・・・」と明希は利成に聞いた。


「ん?」


「どうしていつもこんな風に話してくれるの?お店のことだって考えてくれたり・・・」


「んー・・・そうだな・・・」と利成が考えるような顔をした。それから笑顔になって明希の頬に手を伸ばして優しく撫でてくる。


「明希が好きだからだよ」


「・・・・・・」


そうなのかな・・・。でも花の香・・・そんなことだったなんて・・・。

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