【短編版】無能令嬢、【極東の悪魔】のもとに身代わりで嫁ぐ~「妹の代わりに死んでくれ」と親から言われたので、家から出て行くことにしました。でも嫁ぎ先の人たちは皆いい人たちで幸せです
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私の名前はレイ・サイガ。サイガ伯爵家の長女として産まれた。
その日、父に久しぶりに呼び出しを食らった。
「およびでしょうか、御父様」
「来たか、レイ」
父は書斎にいた。じろり、と私をにらみつけると、ぱさ……と机の上に手紙を置く。
「それを読め」
「……拝見いたします」
封筒から書類を取り出して、私は目を通す。
【極東の華族、《一条家》が当主、《一条 悟》との縁談を、サイガ伯爵令嬢に受諾してほしい】
王家からの書状には、そう書いてあった。
「極東……たしか、我々の住んでいる大陸から、遙か東にある国ですよね?」
「そうだ。妖魔なるバケモノのうろつく、恐ろしい土地と聞く。そこの華族……つまり、特権階級の長男が、【アリアル】を欲してるそうだ」
アリアルというのは、私の妹だ。
父はこの縁談が、アリアルにきたものだと思ってるらしい。
だが、書面にはサイガ伯爵令嬢としか書いていない。アリアル宛てとは限らない。
「サトル・イチジョーといえば、極東五華族の中で最も権力を持つ名家。その当主は、バケモノを好んでミナゴロシにするという。付いたあだ名が、【極東の悪魔】だそうだ」
……ずいぶんと、恐ろしいあだ名がついてるようだ。
「わしはな、可愛い可愛いアリアルを、そんな危険な場所の、危ない男のもとに嫁がせたくないのだ」
……まあ、言いたいことはわかる。
「そこで、レイ。おまえに命令だ。アリアルの代わりに、一条家へ嫁げ」
「…………アリアルの代わりに、ですか?」
「そうだ。おまえなら死んでも全然痛手にはならん。なぜかわかるか?」
……わかるに決まってる。
私は、生まれつき魔力がないのだ。
私たちの住んでいるこの大陸では、魔法が普通に使われている。
魔物退治にはもちろん、生活にも、魔法が深く関わってる。
魔法の才能が全て、と言ってもいい。
そんな中で、私は生まれつき魔力を持っていない、この大陸唯一の存在なのだ。
ついたあだ名は、【無能令嬢】。
当然だ。魔力が無いということは、魔法の才能が無いことと同義なのだから。
そのせいで昔から、周りから、そして父から、酷い扱いを受けていた。
魔法が全ての世界で、魔法が使えないのだから、仕方ない。
そんな無能がいなくなろうとも、父にとっては何の痛手にもならないだろう。
……だから、アリアルの代わりに嫁げと。
「お姉様ぁ~。かーわいそー」
……全く可哀想って思っていないふうに、妹のアリアルが言う。
父の隣には、ピンクブロンドの、胸の大きな女が立っている。
この子が、アリアル。真っ白な肌に、美しいピンクブロンド。そして……その大きな胸で、社交界の殿方からとても人気があるそうだ。
「知ってる? 極東の妖魔って魔物、こっちの魔物よりも強いらしいわよぉ。しかもぉ、極東の街にはぁ、女神様の結界がないとかぁ」
この西の大陸には、聖女神キリエライト様が大昔に、人の住んでいる街に結界を張ってくださった。
そのおかげで、街の中はどこへいっても安全なのだ。
……一方で、極東には聖女神様の結界はないという。
「妖魔が街に溢れてるとかぁ。それとぉ、一条家当主の一条悟さまは、妖魔の母を持ってるせいで、人を食うってもっぱらのう・わ・さですって~! きゃはは! お姉様ってばそんな危険な場所の危ない男に嫁がないといけないなんてぇ~! ちょーかわいそー!」
可哀想なんて、みじんに思ってないことは、その表情から窺えた。
「まあ、アリアルの言うとおりだ。一条家へ行けば、まあ、命を確実に落とすだろう。しかしこれは王命。断るわけには行かない」
そこで、と父が私に言う。
「レイ。妹の代わりに極東へ行き、死んでこい」
……かなり、酷いことを言われた。
けれど私の回答は決まっていた。
「承知しました。この縁談、謹んでお受けいたします」
私があっさり承諾するものだから、父も、アリアルも、ぽかんとしていた。
「な、なによそれ……。もっと怖がりなさいよ、泣きわめきなさいよ!」
「失礼します」
「ちょっとぉ! 面白くないわねえ!」
私はきびすを返して、底意地の悪い妹、親失格の父の前から、立ち去る。
……極東か。
どんなところかは知らないし、一条悟様がどのような御方なのかは存じない。
けれど、これだけははっきりしてる。
この地獄よりは、マシであると。
魔法が全てのこの西の大陸に、魔力の無い私の居場所はなかった。
また、この家の人たちは、使用人も含めて、誰一人私の味方になってはくれない。
それどころか、無能の私を虐めてくる始末。
……こんな環境から抜け出せるのなら、喜んで、悪魔の元へでも嫁ごう。
……それに。
「王家が、本当に危険な家に、貴族令嬢を送るとは思えないしね」
こうして私は、妹の代わりに、海を渡って極東の悪魔のもとへ嫁ぐことになったのだった。
★
私、レイはお父様の部屋を出て、自室へと向かう。
「無能のレイがやっとお屋敷から出ていくみたいよ」
「やっとか」
「この家の品位を下げるから、さっさと出ていってほしかったんだよねぇ」
廊下を歩いていると、使用人たちが、私を見て言う。
……この屋敷において、私は彼らより立場が下だ。
当然だ。
私には、人にあって当然の魔力がないのだから。
部屋に戻り、嫁ぐための荷物をまとめる。
と言っても、簡単な衣類や、本くらい。トランク1つで、荷物は全部。
最後に、母と撮った写真を手に取る。
「…………」
ぽろり、と涙がこぼれ落ちる。
お母様……。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
私はこれまでのことを、思い出す。
私はサイガ家の長女として生を受けた。
生まれてすぐに魔力を測定し、そこで、私には魔力がないことが判明した。
『無能なんて産みよって! このクズが!』
記憶の中の父は、いつも母をいじめていた。
母は、祖母たちが決めた結婚相手だったらしい。
そして、父にはもともと恋人がいたのだが、結婚のために、無理やり別れさせられたとのこと。
母に対する愛情を、元々持っていなかった父は、無能を産んだ全責任を母に押し付けた。
『今すぐその無能を殺せ!』
『どうか、それだけは、どうかご勘弁ください!』
母だけが私を庇ってくれた。
その後、母と私は物置に隔離されることになった。
寒い冬、過酷な環境。私たちは身を寄せ合って、なんとか毎日を過ごしていた。
父は私に養育費を用意してくれなかった。
だから母が外に出て働いていた。
私を育てるために必死で働いた結果、母は過労で死んでしまう。
私は、もう人生終了だと思った。
私の唯一の味方が死んでしまったのだから。
ところが、私は屋敷で暮らしていいことになった。
どうして急に? と思ったのだが、答えはすぐにわかった。
『おまえが、あの女の娘ねぇ』
新しい母が、私を見てそういった。
この人は父と元々恋人関係だった人だ。
母と祖母たちが死んで、父の結婚に反対する人はいなくなった。
だから、元々の恋人である義母と結婚したのである。
義母は、どうやら自分たちの仲を引き裂いた母と、そして祖母に強い恨みを抱いていたらしい。
だから、憂さ晴らしにと、私に意地悪をするようになった。
『無能クズが! 生かしてもらえてることに、感謝することね!』
屋敷に引き取られた私は、召使のようにこき使われることになった。
教育を受けさせてもらえず、食事もまともに与えてもらえない。
私は召使として働きながら、義母や義妹、父、そして、周囲の人たちからいじめられて、生きてきた。
……そんな生き地獄から、ようやく、私は抜け出すことができるのだ。
嫁ぎ先が海を跨いだ向こうであろうと、結婚相手が極東の悪魔だろうと、どうでもいい。
ここから逃げ出せるなら、どうでもいい。
そして、数日が経過し、私は極東に嫁ぐことになった。
港町まで行って、そこから船に乗って、極東を目指すことになる。
★
その後、私は港町から出る船に乗って、極東を目指すことになった。
旅券は向こうから送ってきて貰っていたので、なんとなかった。
問題は、お金だ。
一条家からは結婚の支度金が、送られてこなかった、らしい。
でもそれは父がそう言っていただけなので、疑わしいものだ。
多分だけど、私宛のお金をネコババしたのだろうと思う。
あの人はそういうことを平気でやるのだ。
最初からそうなるのは予想できていたので、私はいざという時のためにとっておいた、母の形見を売って、金を手に入れた。
10日間の船旅だ。
食料を買い込んでいなかったら、今頃船の上で餓死していたことだろう。
「…………」
甲板から、外の景色を見る。
広い海がどこまでも広がっている。
……海は、いい。初めて見たけれど、その美しさに、一瞬で心奪われた。
今までズッと窮屈な世界にいたからだろうか。
「ん……?」
そのときふと、視界におかしなものを捉えた。
「なにあれ……? 黒い……球体?」
海面から覗くのは、黒い球のようなもの。
……だが、その中央にはぎょろりとした目玉が二つついていた。
……ぞくっ、と背筋に悪寒が走る。
私は近くにいた船員に言う。
「あ、あの! あそこに……なにか、おかしなものがいます!」
「ああ? おかしなもの……?」
私が指さす先を船員が見やる。
「どこにもいないんじゃあないか?」
「え……? そんなまさか……だって……」
「寝ぼけてるんじゃあないのか? おれは忙しいんだ」
そう言って、彼は去っていく。
でも……あれは、見間違いなんかではない。
黒い球体がヌゥ……と海面から姿を現した。
……巨大な、人の姿をしていた。
「!?」
な、なにあれ……?
バケモノ……?
黒い巨人がこちらに向かって進んでくる。
進むと同時に波が押し寄せてきた。
「掴まって……!」
私は大きな声を張り上げる。
周りにいた人たちが不思議そうに首をかしげていた。
「死にたくなかったら! どこかに掴まって! 早く……!」
巨人が近づくに連れて波が大きくなる。
やがて……がくんっ! と大きく船が揺れたのだ。
「うわぁあああああ!」「な、なんだぁあ!?」
「ひいぃいいいい!」
私の忠告を聞いていた、他の客達は、今の波で流されることはなかった。
「た、たすけてええ!」「だれかぁあああああああああ!」
さっき私のことを馬鹿にした船員が、今の波に飲まれてしまったようだ。
海面から顔を出して、助けを求めてる。
誰もが躊躇してる中……私は、動いていた。
「…………」
自分でも、バカだなとは思う。
無能に何ができるのだと。
……でも、無能だから……弱者だからこそ、今困ってる人の気持ちがわかるんだ。
誰も、助けてもらえないときの、さみしさ、つらさが……。
船に置いてあった、浮き袋を手に持って、私は海に飛び込む。
泳ぎなんてできるわけがない。
浮き袋に掴まった状態で、船員の元へと向かう。
「掴まって!」
「あ、ああ……助かった……」
よし、あとは戻るだけ……。
だが……。
「あ……」
海の巨人が、もうすぐそこまでやってきていた。
私たちを見下ろしてる。
ああ……これは、駄目だ。
黒い巨人が私たちに手を伸ばしてくる。
「行って!」
「え……?」
「私はいいから! 早く逃げて!」
私は浮き袋から、手を放す。
波に呑まれて流されていく。
「嬢ちゃん……!!!!!!!!!!」
船員を逃がすため、私は、一人囮になったんだ。
……バカだなほんと。
まあ、でも、最後に良いことができた。
無能で、周りに迷惑かけまくっていた私が……。
死に際に、人助けができた。
……母様。天国で、褒めてくれるかな……。
そのときだった。
「おいおまえ。勝手に死ぬんじゃあない」
ぼっ……! と、黒い腕が吹き飛んだのである。
「え……?」
見上げた先にいたのは、美しい……男性だった。
年齢は私と同じくらい、十代後半だろうか。
背は高く、凜々しい目つき。
髪の毛も、まつげも真っ白だ。それでいて……その目は赤く染まってる。
彼の身に付けているのは、極東独自のファッション、ワソウというもの。
「大丈夫か? おまえ?」
「え、あ、え、あっ、わっ!」
私は海に沈みかけた。
だが、何か見えない力に下から、ふわりと持ち上げられる。
「げほっ! げほっ!」
「弱いやつが無茶をするな」
「すみません……」
彼が……何をしたのかわからない。でも、私を助けてくれたのだと気づいた。
だが……。
ばしゃっ! と私はまた海に落下する。
「げほげほ! た、たすけ……」
「む? どういうことだ……俺の【結界】が、解除された……?」
彼は何かを考えこんでいる。
いや、それより……。
「あ、あの……たすけ……」
「…………もしかして」
空に浮いてる彼が、ふわりと近づいてくる。
そして手を伸ばしてきた。
はしっ、と。
私は彼の手を握る。
「!? やはりか……!」
彼はなんだかうれしそうな顔をしていた。
「自動結界が発動しない! ははっ! すごいぞ!」
「あの……いったい何を……?」
すると……。
『ウロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
腕を失った黒い巨人が大声を上げたのだ。
とっさに私は耳を塞ぐ。
「おまえ、【海坊主】が見えているな?」
「うみぼうず……あの、大きな黒い巨人ですか?」
にま……と彼が笑った。
「見鬼の才まである。つまりそれだけ、強い陰の気を持ってると言うこと。それに加えて、この【異能】……くく、おまえ、気に入ったぞ」
「いやあの……あ! あ、あの海坊主が! 襲ってきますよ!」
海坊主は左手を振りかざし、男性に向かって殴りかかろうとする。
「叫ぶなよ」
「え?」
ぽいっ……と彼は……私を空中に放り投げたのだ!
「きゃああああーーーーーーーー!」
「叫ぶなといったのに」
彼は右手を前に出す。
「【結】」
と、言うと、海坊主の体を、透明な球体が覆った。
海坊主の腕が球体を殴りつけるも、ぐしゃりと音を立て砕け散る。
「【滅】」
球体が、はぜる。中にいた海坊主ごと爆散した。
「凄い……あんな大きなバケモノ倒しちゃうなんて……って、きゃああ!」
「おっと」
彼はすぐに近づいて、私を抱き上げる。
「すまん、おまえに触れてると、結界術が上手く使えぬのだ」
「そ、そうですか……」
正直何が起きてるのかさっぱりわからない。
でも……これだけは、言える。
「あの……命を助けてくださり、ありがとうございました」
そう、彼はあのバケモノから私を救ってくれた恩人なのだ。
お礼をちゃんといわないと。
「気にするな。俺は一条家当主としての、義務を果たしただけにすぎん」
「いちじょう……」
まさか……。
「俺は一条悟。おまえ、名前はなんという?」
! やはり……この方が一条様なのだ。
私の、旦那様となる……おかた。
「わ、私はレイ……。レイ・サイガと、申します」
「レイ? サイガ……? サイガ……ああ、そういえばうちに嫁ぐ女が、そんな名前だったような」
「は、はい……私です」
「はは! そうか! 俺はついてるぞ!」
にっ、と彼が笑う。
笑うと、なんだか幼い感じがした。悪ガキみたいな、そんな印象。
ぱっと見は、怖くて近寄りがたかったけども……。
「おまえ、いいな。イイ女だ」
「え? な、何を突然……」
「おまえは【能力者殺し】だ」
「は、はぁ……?」
なんだそれは……?
「異能力を無効化する能力持ちのことだ。しかも、女で能力者殺しは、聞いたこと無いぞ。そこに加えて、この膨大な陰の気!」
……専門用語が多すぎて、私は困惑するしかない。
「ようこそ、わが花嫁よ。俺は、おまえを歓迎するぞっ」
……これが私の旦那様となる、一条悟様との初めての出会いだった。
後に、私は大妖魔【ザシキワラシ】の生まれ変わりであることが判明する。
生まれ持った大きな陰の気、そして異能を無効化する異能を持つことで、異能社会である極東で、私は大人気となる。
……一方で、ザシキワラシを失った、私の元実家は破滅することになるのだが……。
それはまた、別の話である。
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