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後日談 辺境ギルドの受付嬢

 飛竜の討伐成功から一夜明けた朝。

 冒険者ギルドの応接室。


 ここにいるのは私とアリスさん、ユリアの三人です。


 私達は無事に帰ってきたアリスさんに具体的な話を聞くために朝から応接室に揃っておりました。無論、所長の許可は取っています。問題があるとすれば私の頭が少々痛むくらいです。


(失敗したな。昨日、もう少し酒量を抑えるべきだったか)


 私は報告書を記す手を止め、額に指を当てて襲い来る頭痛を堪えます。

 恨むべきは昨日調子に乗って飲み過ぎた私でしょうか。覚えているのは、ユリアと意気投合して握手をしたところまで。どこをどう歩いて帰ってきたのか覚えておりません。気が付けば、女子寮の自室で寝ておりました。靴も服も派手に脱ぎ捨てられて、散々な状況でした。


「シャルロッテさん? どうしたんですか」

「……いえ、どうもしませんよ。私なら平気です」


 胃の奥底から込み上げてくる不快感を堪えながら答えます。ジャックさんとアリスさんが飛竜と戦ったのに、私は二日酔いと戦っているなんて言える訳がありません。幻滅を通り越して軽蔑されてしまうでしょう。


「そこの青い顔をした女なら心配しなくても大丈夫だろう。どうせただの悪酔いだ」


 背筋をぴんと伸ばしたユリアが言う。

 平然とした顔をしているあたり、酒精は完全に抜けているのでしょう。


「悪酔いですか?」


 アリスさんはきょとんとした目で私を見遣ります。

 その純粋な目付きが痛い。


「ユリア。余計なことは言わないでお願いだから」

「余計なことではない。アリス殿を黒騎士親衛隊に勧誘しようという立派な作戦会議だ」

「それが余計なことだって言ってんのよ。――ああ、声を出したら頭に響く」


 私は頭を抱えます。こういう時こそ回復の奇跡を使うべきなのでしょうが、既に使い切っています。酔い止めも服用済みであり、私にはもう堪えるしかできません。


「えっと。黒騎士親衛隊というのは」


 アリスさんは幾分か声量を絞って尋ねます。

 その気遣いが本当に有り難い。


「ジャックさんと何か関係があるのですか」

「うむ。端的に述べれば、抜け駆け厳禁の淑女協定だな」

「え?」

「言い方を変えれば、先輩見守り隊ないし被害者の会だな」

「ああ、成る程――」


 ユリアの説明で察したのか、アリスさんは苦笑いを浮かべながら頷きました。


「と言うことは、おふたりもジャックさんのことを――」

「そういうことになるな。無論、そこの飲んだくれもな」


 ユリアは堂々と肯定する。


「アリス殿もこちら側の人間――謂わば同志ではないのかね。うむ、何なら私達の筆頭ですらあるのではないか」

「それは――」


 何かを言いかけたアリスさんは、恥じらうように俯いてしまいました。耳まで赤くなっています。その反応が答えのようなものですが、流石に可哀想なので、ここは強引にでも話題を修正します。


「ユリア。そこまでにしなさい。アリスさん、飛竜討伐の続きを聞かせて頂戴」

「あ、はい。竜が五回目の吐息を私達に向かって吐き出して――私の『守護結界』も精神力が枯渇して使えなくって、もう駄目だと思った時――ジャックさんが私を庇ってくれました」


 流石は先輩だな黒騎士の名は伊達じゃない――とユリアは腕を組みながら深々と頷く。


「あんたはいちいち口を挟まないでよ。アリスさん。その後は?」

「ええと。ジャックさんの周りに三人の冒険者が立っておりました」

「三人の冒険者?」

「きっと、ジャックさんが過去に一行を組んでいた方々かと思います。その三人とダンテさんが協力して、あっという間に竜を退治してしまいました」

「退治したというと、具体的には?」

「ダンテさんの剣に、ベアトリーチェさんの赤い雷を宿して――竜の頭を貫きました」

「その後は、どうなりましたか」

「ベアトリーチェさんがジャックさんを奇跡で癒した後、皆夢のように消えてしまいました」

「――そう。誰に報告する訳でもないし、記録としてはこれくらいでいいかしら。アリスさん、ご協力ありがとう。色々と細かく聞いてごめんなさいね」


 私が謝意を述べれば、アリスさんは礼儀正しくお辞儀をします。


「いえ、これくらいはどうってことありません。それよりも最前のことなんですが」

「最前のこと?」

「黒騎士親衛隊についてです」

「あー、忘れてください。どうせ酔った勢いの話ですし、そこの聖女なんか抜け駆けしたがるでしょうから、あってないような話ですよ」

「そうなんですか。私も入れてほしいと思ったのですが」


 残念です――とアリスさんは言いました。


「どうして――と聞くのは野暮ですよね」

「いえ、その。まあ、はい。ご想像の通りです」


 その時、応接室の扉が叩音されました。

 指の裏を使ったであろう規則正しい三度の軽い音です。


 私が返事をすれば、顔を覗かせたのはジャックさんでした。解体用の帽子と手袋、覆面と前掛けをしております。あちこちが血に塗れているのは、持ち込まれた飛竜の解体が上手くいっている証拠なのでしょうか。とても心臓に悪い光景です。


「ジャックさん、どうされましたか」

「少し、アリス君を借りても良いだろうか」


 アリスさんがびくりと身を震わせます。


「報告書の作成は今終わったところですし構いませんが、何かあったんですか?」

「現在飛竜の解体をしているのだが、爪を剥ぐには何分コツが要るものでな。中々お目にかかることのできる素材でもないし、実演を交えて解説したいと思っているのだ」

「女の子に何て作業をやらせようとしているんですか!」

「それは実に尤もな意見だが、冒険者をやるなら覚えておいて損はない技能だぜ」


 ジャックさんが弁明すれば、そのことなんですが――とアリスさんは立ち上がります。


「済みません、ジャックさん。私、冒険者になるのは止めにしたいです」

「そうか。それは勿体ないが、君の人生だ。君が決めるべきだろう。しかし、何をしたいのかが決まったのかね」

「はい。私、冒険者ギルドの受付をやりたいと思います」


 アリスさんはジャックさんの目を見て言い放ちました。


「――ほう、その心は」

「シャルロッテさんのような、笑顔が素敵な人になって、冒険者の皆様を支えたいと思ったからです」


 それを聞いたジャックさんは、一瞬だけ目を丸くしました。そして。


「それは良いな。私もシャルロッテ女史の笑顔に救われたからな」


 と笑ってみせました。

 月の光のような穏やかな笑みでした。


「シャルロッテ女史。後輩の育成は任せたぞ。では、私はこれで失敬させてもらう」


 ジャックさんはそう言うなり解体場に戻っていきました。


 ――私の笑顔に救われた?


 これは、ひょっとすると、ひょっとするのでしょうか。


 私がにやにやと笑っていれば、ユリアが脇腹を小突きます。

 今日ほど受付嬢をやっていて良かったと思ったことはありません。


 皆様はどう思いますか? 

 私に可能性はあるのでしょうか、えへへ。

※お付き合いいただき真にありがとうございました。

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