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08.異邦の騎士は倒れない②

 ジャックとアリスは行軍する騎士団の最後尾にいた。


 王都が誇る〈竜血騎士団〉である。

 総員は五十名程度。


 その名の通りに、竜狩りを生業とする精鋭中の精鋭である。松明を片手に先陣を進むのは騎士団長であり、殿を務めるのは副団長である。


 この陣営ならば飛竜すらも狩ることができるだろうとジャックは考える。と同時に、一抹の悔しさも抱く。己は復讐の為だけに生きてきた。その機会を他の連中にあっさりと譲って良いものか。己の手でけりを付けるべきだろう――と裡に潜むもう一人の自分が声高に叫ぶ。


 現在は二十階層を過ぎたところであった。

 散発的な戦闘はあれども、騎士団の敵にはならない。


「ジャック殿。険しい顔をして如何なされた」


 副団長のベルナールが尋ねる。

 板金鎧に身を包んだ、恰幅のよい男である。


「いや、なに。これだけの面子が揃っているのだ。私達が出る幕などないと思ってな。物足りなくなってしまったのだ」


 ジャックは素直に答える。


「そう謙遜するでない。聞いたぞ。先の襲撃では貴殿の奇跡が決定打になったそうじゃないか。是非ともお目にかかりたいものだな」

「機会があればな。しかし騎士団との連携もあるだろう。邪魔にならぬようにしているさ」

「そうかそうか。ジャック殿は集団戦というものを心得ているようで安心したよ。それはそうと、連れの少女は大丈夫かね?」

「――む?」


 ジャックが振り返れば、アリスの歩みは大きく遅れていた。

 その表情には疲労の色が色濃く浮き出ていた。


「進軍の速度を緩めるように儂から団長に進言しようか」

「いや、それには及ばない。私達など放って先に進んでくれ」

「貴殿がそう言うなら大丈夫なのだろうが、本当に良いのかね」

「ああ。元来、戦力になるかも怪しいからな。武運長久を祈るよ」

「うむ。我々に任せてくれ給え」


 ベルナールは外套をはためかせて進んでいく。

 ジャックは足を止めてアリスを待つ。


 ――無理もないか。


 履き慣れない軍靴。

 旅慣れぬ身の上。

 竜狩りという重圧と不安。

 そもそも竜血騎士団の行軍そのものが速い。

 ここまでついて来られただけでも偉いというものである。


「……済みません、ジャックさん」


 追いついたアリスは息も絶え絶えに言う。


「無理をさせて済まない。私達は私達のペースで行くとしよう」

「でも、ジャックさんは飛竜と戦わなければならないんですよね。それなら私なんか捨て置いて先に行ってください」

「駄目だ。君を置いて何かあったら、私は私を許せなくなる。まずは呼吸を整えよう。そしたらゆっくり進めばいい。なに、心配は不要だ。いかに騎士団が手練ればかりでも、竜などそう易々と狩ることができるものか。私達は遅れて、美味しいところ掻っ攫えば良いのだ」


 喋りながら、らしくもないことを言っているとジャックは思う。昔の自分ならば、いかにアリスが死んだ女に似ているとは雖も、放置はしないまでも、誰かに護衛を頼むか帰らせるなりして、己が復讐を優先していただろう。


 ――私も鈍ったものだな。


 ジャックは己が心境の変化に戸惑いを覚えるが、決して悪い気分ではなかった。


 …………。

 ……………………。


 戦場は二十五階層――地獄であった。

 精強だった数多の騎士達は地に伏せて動かない。

 二本の足で立っている者は十名にも満たない。

 相対する飛竜は、全身から血を流してはいるものの未だ健在であった。


「これは――」


 近くに斃れる者に駆け寄ろうとするアリスをジャックが引き留める。


「動くな。狙われるぞ」

「で、でも」

「奴は私達を覚えているようだ。それに今は竜血騎士団の戦闘だ。私達が横槍を入れるだけで、連携を乱して誰かが死ぬかもしれない」

「そんな。どうしたらいいですか」

「……守護結界の準備を。それだけでいい」


 ジャックは左手に弩を持ち、腕力だけで弦を張る。台座に装填するのは、竜の鱗すらも貫く雷の力を帯びた矢弾である。神殿騎士ヘンリーの遺品である。


 右手に握るのは魔術師チェスターの杖である。ジャック自身は、魔術は低級のものしか修めてこなかったが、構わなかった。嘗ての仲間達の得物を持参して、屈辱を晴らしに来た事実の方が余程重要であった。


 ――私がどれだけ祈ったところで、呼び出せるのは己の影だけとはな。


 ジャックが召喚すれば、虚空から黒騎士ダンテが歩み出る。

 右手に大剣を、左手には騎士盾を装備している。


「状況は良くないようだな」


 周囲をぐるりと見廻したダンテが言った。


「その通りだ。騎士団が死に絶えるのを待つか、我々が強引に介入するか二つに一つだ」


 ジャックが答えれば、ダンテは竜に向かって歩き出す。


「行くのか?」

「ああ、行く」

「なぜだ」

「俺達だけで奴を倒せる保証はない」

「そうか」

「ああ、そうだ」


 もう言葉は不要であった。

 ジャックが弩を発射すれば、飛竜の右目に命中する。

 怯んだ飛竜へ、ダンテが走り出し、顔面を切りつけるが――浅い。致命傷には成り得ない。


 飛竜が暴れ出す。炎の吐息を撒き散らしながら、ジャックへ向かって突進するが、アリスが張った結界によって火勢と巨体は抑えられる。


 それからは混戦となった。


 ジャックが弩と魔術で注意を引きつける、吐息が来たらアリスが結界を張って遣り過ごす。その隙に、生き残った者達が攻撃に転じる。


「勝てる。勝てるぞ――」


 竜血騎士団の誰かが言った。


 …………。

 ……………………。


 五度目の吐息が発射された。

 アリスはまたも結界を張ろうとして――不発に終わった。

 精神力が尽きたのだと悟った時には、紅色の焔がアリスに迫っていた。


 ――拙い。


 様子を窺っていたジャックを除いて、誰も動けない。

 ジャックに迷いは無かった。アリスの前に飛び出して四肢を広げる。

 熱線に貫かれ、ジャックは前後不覚となった。

 皮膚が焦げ、血液が沸騰する音を聞いた。

 だがジャックは斃れない。


「……ジャックさん?」


 残されたのは茫然とするアリスのみである。


 遠目で見ていたダンテは意外に思う。己が分身が、誰かを庇って逝ったことに。その程度の人間性をまだ有していたことに。


 この時、ダンテは己が目を疑った。

 腰を抜かしたアリスの周りに三人の冒険者が立っている。


 僧侶ベアトリーチェ。

 魔術師チェスター。

 神殿騎士ヘンリー。


 ――最後の最後に成功させやがったのか。


 ダンテがベアトリーチェを見れば、ベアトリーチェもダンテを見て――笑った。


 竜血騎士団が俄に騒がしくなる。


「異邦の騎士団よ。今こそあの飛竜を打ち倒す時だ。僕に続けッ!」


 刺剣(レイピア)を掲げ、ベアトリーチェが突進する。ダンテもヘンリーも続く。

 飛竜は前足を振るうが、ヘンリーの大盾で防がれる。

 吐息を吐こうとしたところを、チェスターが放った魔術の矢が直撃する。


「ベアトリーチェ。俺に合わせろ!」

「任せろ、ダンテ!」


 ダンテの振り上げた大剣に、ベアトリーチェの赤い雷が宿る。

 ダンテは高く跳躍して、竜の頭部に大剣を突き立てる。

 飛竜は大きく怯み、ついに斃れた。


 暫く警戒していた二人だが、飛竜が起き上がらないと分かるや否や、顔を見合わせ、強く抱き合った。チェスターとヘンリーも遅れながら続く。


 周囲が歓声に包まれる。


「ダンテ。痛いよ、放してくれ」

「ああ、済まない。どこへ行くんだ」

「もうひとりの君を癒さなければならないからね」


 そう答えたベアトリーチェは、ジャックに近付くと、回復の奇跡を唱えた。

 何が起きたか分からないという顔をしているアリスを見て、ベアトリーチェは笑う。


「こうして見ると本当に似ているね。姉妹か双子のようだ。この人のこと、任せたよ」

「ベアトリーチェ。もう行くのか?」

「ああ。僕達は死んだ人間だからね。君は、君だけの人生を一生懸命生きるべきだ。だが、これだけは忘れないでくれ。僕達はずっと君の側にいるんだ」


 君は決して独りじゃないからね――とベアトリーチェは言った。


「さようなら、ダンテ。もうひとりのジャック君にもよろしく伝えておいてくれ」


 ベアトリーチェは微笑すると、溶けるように消えていった。

 チェスターもヘンリーも同様に笑いながら消えていく。


 残されたダンテは、仁王立ちをするジャックへ一度だけ振り返る。

 結局、何も言うことはせず、ダンテも虚空に消えていった。


 ――皆、逝ってしまったのか。


 ジャックは、力尽きてへたり込みそうになるのを堪えて、アリスへ振り返る。

 アリスは、ジャックを凝視していた。涙を堪えるかのような表情であった。


「アリス君、立てるかい」


 ジャックは手を差し伸べて、アリスを立たせる。


「助けてくれてありがとうございます」

「いや、寧ろ礼を言うのは私の方だよ。君がいなければ――君を助けようとしなければ、死んでいった者達を喚ぶことはできなかっただろうな」

「どういうことですか?」

「陳腐な話だろうが、誰かを助けたいという私の願いを、漸く汲み取って貰えたのだろうよ。しかし皆揃って消えてしまった。もう二度と呼び出すことはできないだろうな」


 ジャックは溜息を吐いた。

 崩れ落ちそうになったジャックを支えたのはアリスだった。


「ジャックさん、ジャックさん。しっかりしてください」

「……ああ、すまない。そうだな。私がしっかりしなければな」


 ジャックは力尽きた飛竜に近付き、頭部に突き立てられた儘の大剣を引き抜く。

 こいつの解体をするのは骨が折れるな――と思った。


 最後に思ったのは、シャルロッテの人好きのする笑顔であった。

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