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03.聖女ユリアは掻き抱く①

 皆様こんにちは。受付のシャルロッテです。いえ、お久しぶりですと言った方がいいのかもしれません。何分、初めてご挨拶した時から一ヶ月ほど経ってしまいましたから。

 私は、普段と変わらず仕事に精を出し、時折愛しのジャックさんを見詰める充実した日々を送っている――と言えれば良かったのですが。


 ちょっと(まず)い状況になってしまいまして、最近ギルドの空気が落ち着きません。いえ、まあ。ジャックさんを眺めてはこの想いが伝われと願っていることは事実なのですが。


 何が起きたのか端的に申し上げると――黒騎士様の事件です。

〈神の塔〉に挑戦する冒険者の皆々様から度々目撃証言をいただくのですが、とうとう重大な傷害事件が発生してしまいました。黒騎士様が他の冒険者を襲ったというのです。


 通報を受けた私とジャックさんは、ジャックさんの自動車で現場に急行、私の奇跡によって負傷者の手当を施しました。幸い、処置が間に合い死者こそ出ませんでしたが――問題はここからです。襲われた冒険者は古株の方であり、黒騎士様に見覚えがあるというのです。曰く、あれは辺境の冒険者である黒騎士ダンテであると――。


 多くの報告を受けていながら、なぜ冒険者ギルドは下手人を放置しているのかという声が寄せられるようになりました。現に今日も、黒騎士ダンテを出せと窓口に被害者の方々が詰め寄って何やら喚き立てられますが、生憎私達ギルド職員にできることは何一つとしてありません。


 何せ、黒騎士ダンテ氏は冒険者を辞めてしまったからです。身分証である識別札(タグ)も返却され、その後の消息はギルドでは関与しておりません。また塔の入口では検問が敷かれている都合上、ダンテ氏が塔へ入ること自体が不可能なのです。


 そこまでを丁寧過ぎるほど丁寧に説明すれば、被害を受けた方々も仕方ないと帰ってくれますが流石に疲れてしまいます。苦情の対応処理は業務契約に入っておりません。所長に賃上げを要求すべきでしょうか――と考えていれば。


 ことり、と私の机に、湯気の立つ珈琲(コーヒー)カップが置かれます。振り返れば、アリスさんが私を心配そうに見ております。


「お疲れ様です、シャルロッテさん。大丈夫ですか?」


 アリスさんは共通語で喋りました。本人の才覚なのか、師であるジャックさんの教え方が上手いのか、はたまたその両方なのか。専門的な用語はまだ難しいそうですが、日常会話程度なら習得してしまったそうです。現在は、語学と社会勉強も兼ねて、ジャックさん監修の元、冒険者ギルドのお手伝いをしているのです。やっぱり羨ましい。


「ありがとうございます、アリスさん。ジャックさんは一緒ではないのですね」

「はい。親方さんに呼ばれて解体場に行っております。私は、解体場は臭うので、あまり行きたいとは思いません」

「あー、その気持ちはよく分かります」


 ジャックさんは非常に手慣れた様子で持ち込まれたものを処理してしまうのです。飛び散る血や臓物の臭いも気に留めず、機械のように淡々とこなすものだから、アリスちゃんも卒倒しそうになったとか。いやはや、本当に何を考えているのやら。普段は紳士的な振る舞いをするのに、こういう無神経なところもあるのだから、未だに彼の為人(ひととなり)がよく分かりません。


「シャルロッテさんは、また苦情ですか」


 アリスさんが尋ねます。

 現在、窓口に並んでいる人はおりません。隣のノエル先輩には数人並んでいるが、あの様子だと先輩ひとりで捌ける――というよりも、先輩目当てで並んでいる常連さんだから任せてしまっても良いでしょう。


「そうなんです。黒い甲冑の冒険者を出せって執拗(しつこ)くて」

「黒い甲冑の冒険者――」


 アリスさんは顎に手を遣り考えます。どうしたの、と私が聞けば。


「どうしてその方は冒険者を襲ったのでしょうか」


 と首を傾げました。続けて。


「私のことは助けてくれたのに、他の冒険者を傷付けるなんておかしいと思います」


 と憤慨したように言いました。


「確かにそうですね。筋が通りませんね」

「私には、その騎士様が悪い人だとは思えません。何か事情があるんだと思います」

「事情ですか」

「例えば、冒険者の方々に非があったり、()るいはわざと傷付けて進めないようにしたり――でしょうか」

「凄いね、アリスさんは」

「え? 何がですか」

「襲われて怪我をした人は、先に手を出して返り討ちに遭ってしまったんです。こんな言い方もどうかとは思いますが、怪我をして当然というか、殺されなかっただけ良い方なんです。それだけじゃなくて、黒い騎士様は、四十九層には近付くな――という助言染みたことまで言い残したそうなんです」

「四十九層には近付くな――」


 アリスさんは私の台詞を反芻します。〈神の塔〉に入ったことのない彼女にとっては、いまひとつ実感のない言葉なのかもしれないが、私達辺境の人間にとってはとても意味ある単語なのです。未だ破られたことのない偉大な記録なのですから。


「でもね、アリスさん。どんな事情があったとしても、私達は冒険者ギルドの職員で、実際に被害者が出てしまった以上、許していい理由にはなり得ません。私達は、手を取り合って〈怪物〉の侵攻を防がなくてはなりません。人間同士で争っている場合ではないのです」

「それは、そうですね」

「聞くところに依れば、国家直属の騎士団はその人を捕らえることを決めたというし、きっとこの問題もすぐに落ち着くことでしょう」


 私が言えば、アリスさんは不安そうな顔をします。命の恩人が捕らえられると聞けばそのような表情になるのかもしれません。本音を言えば私だって不安です。


 ダンテ氏ことジャックさんが如何なる機巧(からくり)で〈神の塔〉に出没しているのかは知る由もありませんが、想い人に危機が迫っていると知りながらも平然としていられるほど、私は冷たい人間ではありません。

 しかし、それとなく当の本人に騎士団の動向を伝えても、特別何の反応もなかったのだから分かりません。もしかしたら、黒騎士ダンテ=ジャックさんという憶測が間違っている可能性があるのかもしれませんが――それはどうでしょうか。


 冒険者時代、私は黒騎士本人と出会い、話したこともあるのです。なぜ名前を変えてしまったのか、どうして冒険者を廃業してしまったのかまでは分かりませんが――この私が。ダンテ氏のファンであるこの私が見間違える筈がありません。だとすれば、現在辺境を騒がせているこの問題は、ジャックさんとは無関係な赤の他人である可能性も出てくるのですが――。


「実は私、黒い鎧を着た人がジャックさんじゃないのかなと()()()()()んです」


 アリスさんの発言で、私は我に返ります。

 心を読まれたような気がして一瞬どきりとしますが、思っていた――過去形です。


「それはどうしてですか?」

「ジャックさんの部屋に、私を助けてくれた人と似た鎧が飾ってあったんです」


 それはそうだろう。私の推察が正しければ、ダンテ氏=ジャックさんなのですから。

 いや、そんなことよりも。聞き捨てならぬ言葉が聞こえました。


「アリスさんはジャックさんのお部屋に入ったことがあるんですか」

「はい。初めて訪れた時に。というか驚くところが違いませんか」

「当然じゃないですか。それで、どうでしたか。どんな感じでしたか」

「どんな感じと言われましても」

「色々あるじゃないですか。雰囲気とか家具とか小物とか。というか冷静に考えて同じ屋根の下で暮らすとか羨まし過ぎるんですが。私と交代して――」


 その時、どすん、と。私の頭に衝撃が走りました。

 この感覚には馴染みがあります。辞書か台帳の角で頭を小突かれた時の痛みです。

 うえあ――と乙女の口から漏れてはいけない悲鳴が出てしまいましたが、恥ずかしいので何もなかったように取り繕います。こんな私にも一応、恥じらいはあるのです。


「……先輩。どうしていつも叩くのですか?」

「あんたがいつまでも喋っているからでしょう。それに淑女らしくないことでひとり盛り上がっているからよ。慎みを持ちなさい慎みを。あと、あんたにお客さんが来ているわ」


 ノエル先輩は窓口を台帳で示します。その先を見れば。


「久しぶりだな、シャルロッテ。相変わらず品のない振る舞いだな」


 元気そうで何よりだ――と。

 口許に上品な笑みを浮かべながら〈盾の騎士団〉の聖女ユリアは毒吐いた。


「ユリア、あんたが私に何の用?」

「用があるのはお前じゃない。先輩はどこだ?」

「ジャックさんなら親方と一緒になって溶岩土竜(ようがんもぐら)の解体をしているわ。というかいい加減ジャックさんのことを先輩と呼ぶのは止しなさいよ。もう同じ所属でも何でもないんでしょう」


 私も深くは知らないが。一時期ジャックさんは〈盾の騎士団〉に出向させられたことがあり、以降ユリアはジャックさんを先輩と呼びたがるのだ。ギルド職員を辞めて騎士団に加入するよう密かに勧誘を続けていることも知っている。正直、気が気ではありません。


「ふん、別に良いだろう。私の勝手だ。それとも何だ、羨ましいのか」

「べ、別に羨ましくないわよ」

「なら放っておくことだな。――うん?」


 ユリアは、私達の応酬を傍観していたアリスさんに気付く。

 正確に言えば、アリスさんの着ている簡易な礼装に。


「失礼。あなたはベアトリーチェ殿の妹御かな?」


 この女、聞きやがった!

 彼女が来てから、誰もが聞きたくて、でも敢えて黙っていたことを!


「――え? いえ、違います」


 戸惑ったのはアリスさんの方です。


「私は、一か月前にこの世界にやって来た〈稀人〉のアリスと申します。現在は社会勉強のためにギルドの手伝いをしております。以後、よろしくお願い致します」


 アリスさんはお辞儀をしてみせます。


「これはご丁寧に。ということは、先輩が面倒を見ている少女とはあなたのことか。私は〈盾の騎士団〉のユリアだ。以後、よろしく頼む」

「〈盾の騎士団〉――その節はお世話になりました」

「いや、私は何もしていないよ。それにしても似ているな。先輩も心中複雑だろうな」

「似ている? 誰にでしょうか」

「――いや、失言だ。忘れてくれ」


 これ以上踏み込むつもりはないのか、ユリアは静かに首を横に振った。

 ユリアも場の空気を読んだらしい。アリスさんばかりが顔に疑問符を浮かべているが、敢えて説明することもないでしょう。


「それで、結局あんたは何の用なのよ」

「先輩に頼まれたのだ。能力の鑑定と開発もな。――ああ、噂をすれば影だ」


 ユリアの視線を追えば、ジャックさんが解体場から顔を覗かせています。溶岩土竜の鱗を剥ぐ作業はどうにか終わったようです。血塗(まみ)れの前掛けも素敵に着こなすのだから不思議なものです。けれど。


 ――鑑定と開発?


 ジャックさんは既に得意な魔術が判明しているし、新たな能力を開発できるほど〈魂〉を狩ってはいないと思うのですが。


「先輩、こっちだ」

「聖女殿。済まない、待たせてしまったな」

「いや、私もたった今着いたところだ。さあ早く教会に行こうじゃないか。時に先輩は昼を済ませたのか。まだなら一緒にどうだ」

「待ってくれ。落ち着いてくれ」

「どうした。時間は待ってはくれないぞ。私が今日この日をどれだけ待ち詫びたと思っているのだ。恩着せがましい言い方はしたくはないが、忙しい中抜け出して来たんだぞ」

「それについては申し訳ないのだが、今日は私だけじゃないのだ。そこにいるアリス君も一緒に鑑定と開発を頼みたいのだよ」

「……そうなのか」


 あ、ユリアが凹んでいる。必死に笑顔を取り繕っているけれどかなり落ち込んでいる。恋敵だから同情はしてあげませんが、ちょっとだけ可哀想。本当に、ちょっとだけ。


「聖女殿?」

「それならそうと言ってくれ。まったく、期待したぞ」

「よく分からないが済まないな。――というわけだ、アリス君。これから君の素質を見てもらうから一緒に来てくれ」


 話を振られたアリスさんは一瞬だけ戸惑いを浮かべましたが、すぐに分かりました、と元気な返事をしてみせます。


 …………。

 ……………………。


 冒険者ギルドを出て行った三人を見送りながら私は考えます。

 どうしてジャックさんに能力の強化が必要なのだろうかと。


 ダンテ氏=ジャックさんという仮説を採用するならば、彼の戦力は辺境随一といっても過言ではありません。仮令(たとえ)その説が外れていたとしても彼が強いことに変わりはありません。

〈神の塔〉に挑んだきり帰ってこない冒険者の探索において一度も断念したことがない程度には。その冒険をしてしまった冒険者の安否についてはまた別の話になりますが……。


 そもそも、能力の開発にはそれ相応の〈魂〉と費用が必要となります。ギルド職員に収まった彼に、それだけの蓄えがあるとは正直思えません。普通に考えれば不可能であると思うのですが――それだけではありません。どうしてジャックさんは今になって開発を頼んだのでしょうか。開発をして、一体何をしようとしているのでしょうか。


「…………」


 思い当たる節がない訳ではありません。

 きっと、彼はまだ諦めてはいないのでしょう。

〈異邦の騎士団〉――ひいては、ベアトリーチェさんの復讐を。


 気になることはまだあります。アリスさんの件です。どうして彼女まで鑑定をするのでしょうか。こう言っては何ですが、開発にせよ鑑定にせよ相場は決して安くありません。


 私だって、ギルドに務めて長いつもりですが、魔術や奇跡を使えるのがジャックさんとノエル先輩だけでは拙いということで、去年ようやく鑑定と開発の許可を得たくらいなのです。


 アリスさんがベアトリーチェさんに似ているがゆえの温情でしょうか。

 それとも独り立ちを促すための動機付け?

 はたまたアリスさんに何かをさせようとしている?

 その見極めのために鑑定が必要だった?


 考え出せばきりがありません。

 そんな私の脳天に、またも重い一撃が襲い掛かります。

 振り返れば、やはりノエル先輩でした。


「……先輩。後輩の頭はもっと丁寧に扱ってください。ボケてしまったらどうするんですか」

「もうとっくにボケているから大丈夫じゃないかしら」

「流石に酷くないですか」

「だってもうお昼休憩の時間なのに難しい顔をしているんですもの。どうしたのよ。愛しの殿方を取られて悔しいのは分かるけれど、切り替えは大事よ」

「それもないわけじゃありませんけど、違いますよ」

「なら何を考えていたのよ」

「ジャックさんのことです」

「同じじゃない」

「そういう意味じゃありませんよ。どうしてアリスさんの鑑定を頼んだのかが分からなくて気になったんです。費用だってそれなりにかかる筈なのに」


 私が気になった点を挙げれば、先輩は真面目な顔になります。


「そう言われれば確かに気になるわね。まあアリスちゃんに関してはただの優しさだと思うわ。あの人に限って、死んだ人と重ねて見るような失礼なことはしないでしょう。そもそも、あんたの黒騎士ダンテがジャックだという発言を信じればの話だけどね」

「そこは信じてくださいよ。ところで、私は〈魂〉というものについて詳しくはないんですが、身体に貯蔵しておけるものなのでしょうか」

「普通の人なら無理よ。だから冒険者や騎士団においては、即時能力の開発ができるあの聖女のような人間が重宝されるのよ」

「へえ、そうだったんですね」

「……あなた何年受付やってるのよ」

「今年で三年目になります」

「堂々と答えるところじゃないでしょう。そうだ。あんたジャックの様子を見てきたら?」


 どうせ気になるんでしょう、ついでに昼食も一緒にしたら――と先輩は言いました。


「いいんですか?」

「仕事なら落ち着いたから問題ないわ。そんなことより、あの聖女とジャック達を関わらせると、二人揃って騎士団に引き抜かれそうだから不安になるのよ。個人の人間関係に口を出すのは主義(ポリシー)に反するんだけどね」


 先輩はそう言って溜息を吐きました。


 …………。

 ……………………。


 私は盾の騎士団の拠点(ホーム)に向かいます。ここ辺境では最も大きな、城館の如し建物です。

 正面に入れば木製の長椅子が並んで、その隅にアリスさんが座っていました。だが肝心のジャックさんはおりません。どうしたことでしょうか。


「あれ? シャルロッテさん。どうしたんですか」


 アリスさんが私に気付いて立ち上がります。


「心配になって様子を見に来たんですよ」

「心配?」

「そうです。あの女に、ジャックさんが取られないかが気になって」


 私が正直に告げれば、アリスさんはどこか気拙そうに視線を逸らします。男女の関係としての意味なのか、ギルドの一職員としての意見なのかを図りかねているのかもしれません。


 アリスさんの視線を追えば、礼拝堂へと続く分厚い木製の扉があります。


「ジャックさんはどうしたんですか?」


 同じ〈稀人〉としての同胞意識がそうさせるのか、それとも面倒見の良さと責任感ゆえになのか、基本的にジャックさんはアリスさんの側を離れようとはしないため、アリスさんがひとりでいる姿が珍しく見えてしまいます。


「ユリアさんに能力の開花をしてもらっております。私は締め出されてしまいました」


 締め出された?


「ジャックさん(いわ)く、能力の開発は人に見せるものではないそうで。私の鑑定と開発の時も、ジャックさんは外で待っておりました」

「…………?」


 おかしい。私の知る限り、そんな常識があるなんて聞いたこともありません。

 私の時だって、大勢の冒険者が列を作っている中、およそ流れ作業的に行われたのです。

 開発に必要な儀式だって、あの女の手を握り、聖女がお決まりの文句を――慈悲深き女神よ。この者に祝福と成長を齎し給え――述べるだけである。時間などかかりようもなければ、誰がやっても同じことである。


 考えられるのは、ジャックさんと二人きりになれる時間と空間を欲した聖女が、ジャックさんに嘘を吐いて一策設けたか、それとも本当にジャックさんの開発は、余人に見せられぬ秘術めいたものなのか――。


「アリスさんも開発をしたんですか? 鑑定しただけではなく」

「え? はい、そうですが」

「〈魂〉はどうやって調達したのですか?」

「ジャックさんが融通してくれました」

「……はい?」


 私は余程変な顔をしていたのでしょう。アリスさんは怪訝そうな顔をします。ですが〈魂〉とは非実体かつ不可解な力そのものです。おいそれと他人に譲渡などできようもない筈です。


「もう一度言ってください。〈魂〉はジャックさんが用意したんですか?」

「ええ、そうです。あの、私は何かいけないことをしてしまったのでしょうか」

「……いいえ。そういう訳ではありませんよ。珍しいことですから驚いてしまっただけです。ちなみに、アリスさんはどのような力を持っているのか分かりましたか」

「私には、奇跡『守護結界』という力があるそうです」


 と言ってもまだ上手く扱えないのですが――と言って、アリスさんは自分の掌を握ったり広げたりしてみせます。


「良かったですね。奇跡を使えるなんて凄いじゃないですか。冒険者の方が聞いたらとても羨ましがると思いますよ。一行を組むにも困りませんね」

「そんなに珍しい力なんですか?」

「そうですよ。辺境に同じ力を持つ方は――()()()いませんよ」


 そう。現在はいません。

 その力を持つ者は死んでしまいましたから。


 私は、この事実を告げられた時の、ジャックさんの心境を(おもんぱか)るが――私の足りぬ頭ではちっとも想像ができませんでした。ただひとつだけ思ったのは、やはり神様は存在するのだなと。それも残酷な性格の持ち主だろう――と思いました。


「……この話、ジャックさんにはしましたか?」

「はい。とても驚いておりました」


 それはそうでしょう。死んだ婚約者に似た少女を助けたと思ったら、その女性と同じ能力を持っていたのだから。驚くなという方が無理な話でしょう。


「シャルロッテさん?」

「ああ、すみません。これで将来は安泰ですね。食うに困らないと思いますよ」

「それなんですけど、相談に乗っていただけませんか」

「相談ですか?」

「私の力は冒険者向きだとユリアさんも仰っていたのですが、いざそれをジャックさんに伝えたら、安易な考えで冒険者になろうとするなと釘を刺されてしまいました。冒険者という仕事は、それほどに危険なものなのでしょうか。ここ一月、ギルドの受付にいましたが、冒険者の皆様は無事に帰ってきたと思うのです。(むし)ろ生き生きとしていたようにも思います」


 アリスさんの言う通り、確かにこの一ヶ月死者は出ておりません。


「それを聞くってことは冒険者に興味があるんですか?」

「興味というより、このままではいけないと思っているのです」

「どういうことでしょうか」

「私は、ジャックさんのご厚意で、住む場所も食べるものも、着るものだって用意してもらっております。ギルドで手伝いだってさせてもらっております。今回の費用だってジャックさんが負担するという話です。だから――早く自立したいんです。私が授かった力が役立つなら、冒険者にだってなりたいと思うのです。私を助けてくれた黒い騎士様にもお礼を言わなければなりません」

「そっか。アリスさんは若いのに、自分の将来を考えて偉いですね」


 私が言えば、子供扱いしないでください――とアリスさんは抗議します。


「私から言えることは、冒険者という職業に絶対はありません。この一月で死者が出ていないのは、彼等が浅い階層にしか行っていないからです。生きて帰るまでが仕事だと分かっているからです。ここまではいいですね」

「――はい」

「でも、どうしてもアリスさんが冒険者になりたい――黒い騎士様にお礼を言いたいというのであれば、やはり一度ジャックさんに相談するべきでしょう。冒険者ギルドは、冒険者になりたいという方の援助をするのも仕事のひとつですからね。それに、何人たりとも他人の自由を阻害することはできません。人間は、神の前には平等ですからね」

「人間は、神の前には平等――」

「そうです。アリスさんには馴染みがない言葉であるかもしれませんが、この国の教えのひとつです。誰しもが、自由に生きて、自由に死ぬる権利があるのですよ。まあ、責任や代償が(ともな)う以上、好き勝手してもよいという意味ではないのですが」


 私が言えば、アリスさんは黙りこくってしまいました。見た目以上に(さと)い彼女のことです。冒険者になったときの危殆(リスク)利益(リターン)(かんが)みているのでしょう。


「ありがとうございます。もう少しだけ考えてみたいと思います」

「そうですね。何事も焦らず、ですよ。将来に関わることであるなら尚更です。慌てても上手くいくことなんてまずありませんからね。それはそうと――」


 遅くはないだろうか。能力の開発など、どんなに時間がかかっても一分ぐらいです。


「アリスさんは、能力の開発に時間がかかりましたか?」

「いいえ。私の場合はすぐに終わりました」

「…………」


 私達は揃って扉を見詰める。礼拝堂からは物音一つ聞こえません。


「少しくらい様子を見ても(ばち)は当たりませんよね」

「えっ――」


 中で何をしているのかが気になった私は、跫音(あしおと)を殺して扉に身を寄せて、真鍮製の把手(ノブ)に顔を近付けます。鍵穴を覗き込めば――。



 広くも狭くもない礼拝堂でした。

 最奥には石膏像があります。人間を守護する慈愛の女神です。

 太陽光を透過する曇り硝子を背景にしている都合上、女神の輪郭が際立って見えます。


 女神像の前に置いた椅子に、修道女――ユリアが座っている。女神とよく似た泣き笑いのような表情で、自身の傍らに(ひざまず)いた男――ジャックさんの頭部をそっと抱き締めている。


 嗚呼、なんということか!


 あの女は、ジャックさんをギルドから連れ出すばかりではなく、その体温(ぬくもり)まで独占していたのだ。あの難攻不落で、私がいくら誘惑しても、手応えのなかった人が、たかが鑑定と開発のできるだけの女に盗られてしまった。


 この時、私は(やま)しさに胸を貫かれて、その場から動くことができませんでした。いますぐ飛び込んであの女に一発かましてやりたいとも思いましたが――。

 それは、礼拝堂という神聖な場所で覗きをしていことが露見(ばれ)て、失望されるのが怖かったからか。()るいは、何事かを語り合う二人を見て、私はお呼びではないと悟ってしまったからなのか。いずれにせよ、私は。二人から目を逸らすことができませんでした。

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