01.稀人アリスは迷い込む①
※新連載。書き溜め保有済。42字*34行で約80頁。今暫くお付き合いいただけると幸いです。
皆様、はじめまして。
私、ここ辺境の冒険者ギルドで受付をしておりますシャルロッテと申します。年齢は今年で二十歳を迎えたばかり。ここで働くようになってからおよそ三年が経ちました。以前は冒険者をやっていたのですが色々とありましてそれも廃業。受付の仕事にも慣れ、ようやく一人前になったかなと自分でも思う今日この頃。
時に、皆様は辺境の地をご存じでしょうか。
――知らない? まあ、そうですよね。
だって名前すらない土地なのですから。辺境と言えば、最果ての田舎町であるこの郷と誰もが思うくらいの、寂れた農村もいいところです。
でも私は、この土地を、この仕事を気に入っております。
なぜかと言うと、好きな人が同じ職場にいるからです。
彼のことを少しだけ。
二年ほど前、所長が「新入りだ」と言って、朝礼の時に紹介してくれた男性です。
正直、特筆べきところはありません。強いて言えば、この世界では珍しい黒い髪をもっているところ、器用で何事も卒なくこなしてしまうこと、そして、全てを諦めてしまったかのような覇気のない瞳をしていることくらい。あとは至って普通。顔立ちも身長も平凡、人混みに紛れてしまえばあっという間に埋もれてしまうであろうし、夜になって毛布を被れば、印象もろとも記憶に残らない影の本当に薄い人です。
私の先輩に言わせれば、毒にも薬にもならないような人間とのことなのですが、でも私にとっては違いました。一切の意思の灯らぬ目を見て「この男性を放っておけない」と思いました。これが一目惚れというものなのでしょうか。私が冒険者だった頃に憧れていた人によく似ていて、助けてあげたいと思いました。
そもそも、黒い髪と瞳ならば〈稀人〉である可能性が大であり、私が、それはもう勇気を振り絞って声を掛けましたが、全てが不発に終わってしまいました。彼は言語も文化も完全に習得しており、それどころか受付の仕事で私の方が何度も助けられるばかり。情けないったらありゃしません。先輩としての矜持はぼろぼろです。
彼は本当に器用というか万能のようで、日頃は館の掃除や設備の営繕をしているのに、手が空けばギルドに併設された食堂の手伝いや、解体場に行って親方と共に持ち込まれた素材の解体をしたり、〈神の塔〉へ行ったきり行方知れずとなった冒険者の捜索ないし回収に出向いたりなど――本当に働き者なのです。そのせいで、受付が忙しい時に不在であることも往々にしてあるのですが、そこは目を瞑ってあげましょう。年齢は彼の方が上でしょうが、経歴は私の方が長いのですから。先輩ですもの。
ああ、少しだけと思っていたのですが長くなってしまいました。ですが最後にひとつだけ。彼はジャックという名前らしいです。
――なぜらしいと言うのか? ですか。
それは上司に自己紹介を促された時、長い長い沈黙を経た後、「ジャックです、よろしく」とだけ言ったからです。その時、聞いている誰もが、「あ、嘘だな」「偽名だな」と思ったことでしょう。私だってそう思いました。どこにであるような顔に、ありふれた名前が却って似合っていて。私は失礼と分かっていながら笑ってしまったのを覚えております。
さて、その彼ことジャックさんなのですが、今は私の隣に座って(!)受付の手伝いをしてくれています。無論、嬉しいのは嬉しいのですが――彼が私に近付く度に甘い香りが鼻先を擽ります。何て素晴らしいことでしょうか――こうなった経緯を考えると素直に喜べないものがあります。
と言うのも、受付に立つ男性は〈盾の騎士団〉の副団長か何かという立場ある方であり、また長期の遠征から引き揚げてきたばかりということも相まって、とにかく確認事項が多過ぎるのです。具体的には、何人で〈神の塔〉に挑んだのか、構成員の氏素性、装備の構成、被害の有無、〈怪物〉には遭遇したのか、遭遇したとすればどこで、どんな特徴を持っていたのか――確認事項は多岐に亘ります。加えて相手の話がとにかく長く、自慢話めいた色を帯びているものだから、こちらとしては愛想笑いこそ崩さないものの良い気分にはなりません。
まあ、理屈は分かるのです。
冒険者たる者、誰だって仕事を終えれば嬉しくもなります。
自分がどんな困難を乗り越えたのかを誰かと共有したくもなりましょう。私だって冒険者でいられた頃は、薬草摘みという簡単な仕事ですら、受付のお姉さん――現在は上司の奥方様になったそうですが――に嬉々として話し掛けていたものですから。
ですが、それとこれは話が別です。
というのも、副団長氏の隣に、女の子がひとり所在なさそうにぽつんと立っているからです。年齢は十五歳――いえ、もう少し上でしょうか。見たこともない意匠の服を着ております。俯いているかと思えば、私とジャックさんを交互に見遣って――何だか見ているこちらがいたたまれなくなってしまいます。
入団希望者にも、冒険者登録に来たようにも見えません。何よりその子は、髪も瞳も、墨汁で染めたかのように真っ黒でした。ともすれば、〈稀人〉を保護したのでしょうか。この場合どうしたら良いのでしょう。
そう思い、ジャックさんに視線で尋ねれば、彼もまた女の子を、穴が空くほどに凝視しておりました。まるで、会いたいとずっと願っていた相手に、ばったり出会したかのように。基本的に、無表情無感情でいることが多い彼にしては非常に珍しい態度であり、私の方が驚いてしまいますが、彼の視線を独占している女の子がいるという事実が気に食わない私はすぐに気を取り直します。
「ジャックさん。女性をそのように見詰めるのは失礼ですよ」
私が忠告すれば、彼はひとつ咳ばらいをして。
対面で好き勝手喋っていた副団長氏も口を閉ざします。
「――失敬。アレキサンダー氏、隣に居る女性はどうしたのだろうか」
「ん? ああ。探索中に見付けたんだが、この通り無口なものでな。喋ったところで何を言っているのか話が通じねえ。だから連れてきたんだが――こういうヤツを〈稀人〉っていうんだろ。もしかして迷惑だったか」
「いや、貴方の配慮に、同じ〈稀人〉として感謝致します。しかし怪我をしていないとは、本当に運が良かったのだな、この少女は」
「あー。それについてはちょいと事情があってな」
「事情ですか」
私が首を傾げれば、そうなんだよ聞いてくれよ――と副団長氏は前のめりになって語り出す。ちょっとだけ驚いてしまった。マイナス十点。私が持つ記録用紙の余白が少ないことを察して、ジャックさんが新たな羊皮紙を差し出してくれた。その心遣いが嬉しい。プラス百点。
「この子の周り一面、〈怪物〉の死骸だらけだったんだよ。それもただの怪物じゃねえ。竜や鬼の上位種やら、俺達でも退治するのに一苦労しそうな奴らばかりだったんだ」
「一体誰がそんなことをしたのでしょう。同士討ちでしょうか」
「それは多分違う。死骸全ての〈魂〉がごっそりと抜き取られていたんだ。その死骸だって、大剣か大斧でバッサリ斬ったような痕跡だったから、少なくとも人間の仕業だと俺は思うぜ」
副団長氏は身振り手振りを使って答えてくれました。
「アレキサンダー氏。その何者かは見たのだろうか」
「ああ、この目でハッキリと見たぜ。まあ、後ろ姿だけだったけどよ」
「どのような姿だった」
「黒い鎧に赤い外套をつけて、大剣を背負ったヤツだったよ。俺達が声を掛けても無視して、一人でスタスタと歩いていきやがった」
「ひとり? そいつは深層に一人で挑んだのか」
「深層と言っても、まだ四十階だぜ。とにかく、そんな異例があったものだから俺達も怖ろしくなって、探索を切り上げて帰って来たんだよ。そこの〈稀人〉ちゃんも無視することはできなかったし、何より死骸から剥ぎ取った素材も惜しかったからな」
「なるほど。それは、それは」
ジャックさんは目を細めながら思案します。
きっと該当する人物が冒険者台帳に載っているのかを考えているのでしょう。
「そんなワケだから、ひとつ調べてほしいんだよ。ここのギルドに似たヤツがいないかを」
「おそらくですが――」
ひとり心当たりがあります――と言おうとして。
私の発言を、ジャックさんが手を挙げて遮りました。
ちょっとだけドキリとしてしまいます。
「見つけ出してどうするつもりか」
「別に取って食いやしねえよ。素材を横取りした詫びと、無視しやがったことへの文句、あとは勧誘だな。というワケで調べてくれねえか」
「いや、その必要はない」
「あん? そりゃどういう意味だ」
「そのような冒険者などいないからです」
「でもよ、四十階だぜ」
「四十階層だからですよ。アレキサンダー氏。ここは辺境のしがない冒険者ギルドです。貴方は、ご自身が凄腕の冒険者である御自覚に欠けているようですね」
ジャックさんの台詞に、そう言われちゃ仕方が無えなあ――と副団長は照れ交じりの笑みを浮かべました。
「それじゃあ俺はもう行くけど、〈稀人〉ちゃんのこと、任せていいんだよな」
「ええ、お任せください」
ジャックさんが恭しく頭を垂れれば、良いって事よ――と副団長氏は手を振ります。
「――あ、そうだ」
副団長氏が振り返ります。
「兄ちゃん。どうして俺の名を知っているんだ。自己紹介もしてねえのに」
口許だけは笑っているのに、目は真剣で、私は驚いてしまいます。
ですが、相対するジャックさんはちっとも動じません。
「辺鄙なところでありますが、ギルド職員ですから。誰がいつに出撃して、いつ帰ってくることは把握しているのです。帰って来ない場合、ギルドが調査員を派遣する都合もありますし、私自身〈盾の騎士団〉に出向したこともありますから」
「そうだったのか。悪かったなガンつけて。あんたが昔の知り合いに似てたもんだからつい気になっちまった」
「私に似ている人間がいたのですか」
「雰囲気がな。あいつはいつも兜を被っていたから素顔も知らねえが――まあ、四五年会ってねえし、音沙汰も無えから死んだのかもしれねえが――まあ、いいわ」
長々と話し込んで悪かったな――と言い、副団長氏は今度こそ去っていきました。
残されたのは、私とジャックさん、そして名前も知らない彼女でした。言葉が通じないなりにも、面倒を見る役が交代したことを理解しているようでした。
「ジャックさん。彼女の言葉、分かるんですか?」
「私と生まれた邦が同じであれば」
そう答えた彼は、彼女に近付くと、屈んで視線の高さを合わせます。そして何やら不可思議な言語で話し掛けました。すると、彼女は顔を上げて、びっくりしたように彼を見詰めます。その姿は、雛鳥が始めて親となる庇護者をみる目のようで。
あ、これはちょっとまずいかも。
私の中にある感知器が警報を鳴らした瞬間。
〈稀人〉ちゃんが真正面から彼に抱きついておりました。
――うん、まあ理解はできる。言葉も何も分からない土地にいきなり放り出されて、しかもそこは危険なところだったのだから。それをどうにか抜け出して、ようやく母国の言語を話せる人と出会えたんだもの。それはもう縋り付いて泣き出したいに決まっています。
遠巻きに見ている群衆が囃し立てるのも分かります。だってこの郷には娯楽がないんですもの。でも、納得できるかはやっぱり別の話であって。
「ちょっと何やってんの! 離れなさいってば!」
私の大声で野次馬は蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。
隣の窓口にいた先輩に至っては、椅子ごとひっくり返っております。
平然としているのは、渦中の彼と彼女だけです。
〈稀人〉ちゃんが締める力が強すぎるのか、彼は若干青い顔をしており、〈稀人〉ちゃんは、私を一睨みしたあと、何事かを呟いて、また彼の胸板に顔を埋めてしまいました。
嗚呼、なんて羨ましい!
「煩いぞ。何を騒いでいるのだ」
振り返れば所長がおりました。顔を真っ赤にしているあたり、相当に怒っているようで。
私は小さくなることしかできませんでした。彼の前ではしたないところを見せてしまったことも反省しなければいけません。
…………。
……………………。
所変わって応接室。
私の隣には所長が、テーブルを挟んで、彼の隣には〈稀人〉ちゃんが座っております。どうして彼の隣に私がいないのかが分かりませんが、敢えて尋ねることはしませんでした。藪を突いたら蛇ではありませんが、つまらぬ事で退室を命じられたくはなかったので。彼と一緒に居ることができる。それだけで良しとしましょう。
「――という次第で、彼女の身柄はこちらに引き渡されることに相成りました」
彼は所長に淡々と事実だけを述べていきます。
「流石に〈盾の騎士団〉に任せるのも忍びないと思い、こちらで面倒を見ると決めてしまいましたが、勝手が過ぎたでしょうか」
「いや、それは構わない。〈稀人〉を保護したらギルドで面倒を見るのが規則――とまでは言わないが慣例になっているからね。君という成功例もあることだし、その点においては心配はしていないよ」
「恐縮です」
「しかし面倒を見るというが、それは君が行うつもりかね」
「……本当はシャルロッテ女史に任せたいと考えておりましたが」
言い淀んだ彼は隣の〈稀人〉ちゃんを困ったように見下ろします。
彼女は、彼の腕にしがみ付いて離れようとしません。やっぱり羨ましい。
実のところ、これでは喋りにくいと、私も彼も離れるように説得したのですが、そうしたら子供のように――事実子供なのかもしれませんが――嫌々と頭を振って泣き出すものですから、私も彼も諦めざるを得ませんでした。〈神の塔〉で余程怖い思いをしたのかもしれません。
「当面の間は。具体的には、日常的な言語を習得させるまでは、私が面倒を見ようかと」
「その様子を見る限りは、それが良いだろうね。しかし君がそんなことを言い出すとは」
「何か問題がありましたか」
「いや、なに。君のことだから、無理矢理シャルロッテに押しつけて、あとは素知らぬふりを決め込んでしまうのではないかと思っていた」
君も成長したねえ、と所長は面白そうに笑います。
「私が冷血漢であることは否定しませんが、私自身〈稀人〉であり、この世界に来た当初は右も左も分からぬところを、このギルドを始めとする皆に救われましたから、恩返しをしたいと思ったまでですよ」
「ああ、そうか。そういえば、君のお目付役だった彼女も〈稀人〉であったな」
「所長。昔のことは言わぬ約束ですよ」
「そうだったね。これは失礼」
所長は小さく頭を下げます。
気になる発言が出ましたが言及はしません。
私は空気が読める女ですので。
私達は、その後すぐに解放されました。三人揃って息を吐き出します。
どうして偉い人と話すと緊張するのでしょうか。不思議でなりません。
「あの、ジャックさん。ひとつ聞いても良いですか」
「どうしたのだ」
「どうして嘘を吐いたんですか」
「嘘?」
一体何のことだね、とジャックさんは空惚けます。
「副団長が先程仰っていたことですよ。黒い甲冑に赤い外套を着た騎士。それも単独で深層に挑むような実力者を私は知っております。なのにどうしていないと嘘を吐いたのですか」
「知らなかったよ。そんな奴がいただなんて」
「それも嘘ですよね。だってギルドの記録に残っておりますもの。四十九層まで到達した一行がいたと。その記録は今でも破られておらず、その中には黒い甲冑の騎士様がいたと書かれております」
「詳しいな」
「私だってギルドの職員ですもの」
私が言えば、彼は降参だと言わんばかりに肩を竦めたのち。
「面倒だったからだよ」
と白状した。
「え、それだけですか」
「他に何があるのだね。だいたいあの男は話が長過ぎるのだ。しかも大半が報告じゃなくて自慢話だ。そんな奴の頼みなど聞いてやる義理もないだろう」
「そうですか。そういうことにしておきます。ジャックさんがそう言うなら」
「そういうことも何も、事実だよ」
彼はまた嘘を吐いた。でも、私は。私だけは知っております。彼がとても凄い冒険者であったことを。単独でも、深層に入って帰ってくることができるような人物であることを。
尤も、なぜ冒険者を辞めてしまったのかまでは分かりませんが、他人の過去を詮索するのも御法度であるため、これ以上の追求はしません。面倒な女と思われたくもありませんので。
「それはそうと〈稀人〉ちゃんですよ」
「彼女がどうしたのかね」
「言葉は通じるんですよね。紹介してくれませんか」
「それもそうか。すっかり失念していたよ」
彼はそう言うと、未だに腕を掴んで話さない彼女に、穏やかな低音ボイスで語りかけます。何度聞いても異国の言語は耳に馴染まず、理解できそうにありません。
「彼女の名前はアリスというらしい。発音できるだろうか」
「ええ、大丈夫ですよ。アリスさん、よろしくね」
私も屈んで喋り書ければ〈稀人〉ことアリスさんは、ようやく私が敵ではないことを悟ったのか、小声で何事かを喋りました。よろしく、とでも言ったのかもしれません。
こうして見れば、私や彼とそう年齢も離れていないはずなのに幼く見えるものだから不思議なものです。兄妹を通り越して父娘にすら見えてしまいます。母親役は必然的に私ということになるのでしょうか。ええ、悪くない妄想です。先刻は我を忘れて怒鳴ってしまいましたが、これは良い。とても良い。絶好の機会というものではないのでしょうか。まずは同棲から始めて、徐々に外堀を――。
「ジャックさん。私もアリスさんのお世話をします。同居しましょう!」
「シャルロッテ女史。突然何を」
「いえ、アリスさんも女の子ですから、同じ女である私が居た方が何かと都合が良いのではないかと思うわけです。一緒のベットで寝ましょう!」
「……ベッド?」
「ああ、それは将来の話のです。とにかく私もジャックさんのお家に――ウゴアァ!」
私の言葉はそこで途切れました。
頭のてっぺんを辞書のような分厚くて重いもので叩かれたために。乙女の口からは出てはならない悲鳴が出てしまったような気がしましたが、気のせいということにしましょう。
振り返れば、やはりと言いますか。受付嬢のノエル先輩が台帳を片手に仁王立ちしており、怒りの形相を浮かべておりました。
「あんた達、いつまで喋ってんのよ。騎士団も帰って来てただでさえ忙しいのに、あたしひとりで回せるわけないでしょう!」
「申し訳ない、ノエル女史」
「ジャック。あんたは親方のところに行ってあげて。大量に素材を持ち込まれたせいで、下処理だけで手一杯らしいわ。シャル、あんたは受付にさっさと戻りなさい」
「承知した」
頷いたジャックさんは、アリスちゃんを連れて解体場へ去って行く。
その姿を見送っていれば。
「あんた、あいつのこと本当に好きなのね」
と先輩がどこか呆れたように言った。
「そうですけどいけませんか。あと頭が痛いです」
「別にダメなんて言ってないからムキにならないの。そんなことよりも」
少しだけ声を潜めて先輩は言う。
「教えて頂戴。あんたが報告を受けた黒い鎧の冒険者のこと」
「……何かあったんですか?」
「あんた達が応接間に行っている間、他の冒険者から報告されたのよ。その黒い鎧から襲撃されたって」
「襲撃? 本当ですか」
「嘘なんか吐いたって仕方ないでしょう。それで、あんた達は先方に何て回答したのよ」
「該当する冒険者はいないとジャックさんが答えました。四十階層の出来事でしたので。先輩の方は、何階層の話でしたか」
「十階と二十階。深くはないけど浅くもないところよ。その冒険者曰く、四十九層に近付くなという助言までしたそうよ」
「四十九層には近付くな――」
「ねえ、シャル。あたしだってここに務めて長いのよ。ましてここは狭い町だもの。冒険者の全員を覚えているとまでは言わないけれど、ひとりだけ思い当たる人物がいるのよね」
「実は私も心当たりがあります」
多分、黒い鎧の冒険者というのは。
――黒騎士ダンテ。
〈異邦の騎士団〉という、全員が〈稀人〉であり、四十九層まで攻略したと言われる、この郷では伝説といってもいい一行です。今でこそ一行は解散したと言われますが。
「そういうことなら話は早いわね。ジャックのこと、監視しろとまでは言わないけれど、よく見てあげて。所長には黙っておいてあげるわ。優秀な人材がいなくなるのは困るからね」
「ありがとうございます――ってちょっと待ってください。どうして先輩が、ジャックさんのことを知っているんですか?」
黒騎士ダンテ=ジャックさんという図式を知っているのは私だけのはずなのですが。
「どうしてって、あなたが言ったことでしょう」
「そんな記憶ありませんよ」
「それはそうでしょうよ。この間の女子会で、貴方が泥酔した時の話ですもの」
「で、泥酔……」
花も恥じらう乙女であるこの私が泥酔だなんて。
「あの時の貴方、本当に酷い有様だったわよ。泣いたり笑ったり、踊ったと思ったら急に服を脱ぎだして――今から衝撃の事実を告げましゅ。ジャックさんはあの黒騎士ダンテ様だったんですよォ――なんて言うものだから皆で笑っていたわ」
きっと本気になって聞いていたのは私くらいでしょうね、と先輩は言った。
「いや、そこは止めてくださいよ」
「止めたわ。でも聞かずに踊り出したは貴方の方でしょ。とにかく、そういう訳だから黒騎士の件、調査して頂戴。あとお酒は程々にね」
「……はい、わかりました」
私はとぼとぼと席に着き、営業スマイルを浮かべながら業務を再開します。
しかしジャックさんを監視するのは良いとしても、問題はその方法です。
やはり一緒に暮らすしかないように思われます。
皆様はどのように思われますか?