表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

九 The Charismatic Girl

 残暑の厳しい九月のある日、小窓は街に買い物に出ていた。そろそろ帰って来るかと思っていた夕方、スマホが鳴った。小窓からだ。

「オーナー、今晩ちょっと帰れない」

 こわばった声だ。

「何かあったのか」

「高校時代の友達に会ったの。悩みの相談に乗る」

「高校の同級生って、君の高校は京都だったよな」

「うん。帰ったら話す。大丈夫だから、あんまり心配しないでね」

 電話が切れた。胸騒ぎがする。

 店の前に自転車が止まった。スタンドも掛けずに、息を切らせて駆け込んで来た少年は、小窓のファンクラブのリーダーだ。

「あ、あの。小窓さんいますか」

「今、出掛けてるよ」

「じゃあ、やっぱりあれは小窓さんだったんだ」

「どうしたんだ」

「駅からここに来る裏道で、車に乗り込む小窓さんを見たんです」

「どういうこと?」

「何か男の人と揉めているようで、半分、押し込まれるように車に乗ったんです。誘拐されたんじゃないでしょうか」

「え? まあ、落ち着こう」

 こちらから、小窓の携帯に電話した。

「電源が切られてる」

 スマホを持つ手が震えた。

 …関根、本性を現したな。

「オーナー、警察に通報しましょう」

 警察は苦手だ。というか嫌いだ。フリー時代にあやうく盗撮の濡れ衣を着せられかけた。

「いや。ちょっと、ある人に相談してからにする」

 …関根に電話して問い詰めてやろう。

「僕、ナンバー覚えてます。顔も見ました」

「私くらいの年の感じじゃなかった?」

「いえ、もっと若いと思います。二十代くらいの」

「え、そうか。念のため、ナンバーを教えてくれ」

 メモを差し出すと、車種と色まできっちりと書いてくれた。

 …白の軽ワゴン、広島ナンバーのレンタカーか。

 少年には礼を言って、帰らせた。

 誘拐犯は関根だろうと思ったが、中学生は二十代くらいだと言った。関根はスリムなイケメン。実年齢より若く見えるタイプのような気もするが、さすがに二十代には見えないと思う。しかし、関根は魔法のようにITを使う。3Dプリンターで精巧な変装マスクなども作りかねない。

 関根の名刺を見ながら電話をした。

「関根さん? 小鳩写真館の駒戸です」

「ああ、こんにちは」

 普通の声だ。

「うちの小窓、如月弥生が帰って来ないんだけど、あなた、知らない?」

「やはり、小窓さん、つまり弥生さんはそちらの店におられたんですね」

 そういえば、しらばっくれたままだ。

「…」

「それは心配ですね」

「あなたが誘拐したんじゃないかと思ってるんだけど」

「私、今日はずっと東京の自宅で、リモートワークをしていますよ」

 関根はテレビ電話に切り換えた。窓の外に東京スカイツリーを映し、続いて、テレビ画面のプロ野球中継の生放送を見せた。

「アリバイ成立ですか」

「いくら会いたくても、誘拐みたいなことしませんよ」

 疑ってはみたが、私は最初に会った時から、この男を悪い人間のように感じていない。彼を信用して、これまでのことを説明した。

「気が進まないけど、警察に相談した方がよさそうですね」

「誘拐と決まっているわけでもなし、成人女性がひと晩帰って来ないくらいでは、取り合ってくれないですよ。車のナンバーと犯人の顔が分かってるんですね」

「犯人の顔は、写真も似顔絵もないですけど」

「まだ、警察には言わないでください。私が探します」

「どうやって」

「あなたは知らない方がいい」

「違法なことですか」

「あの顔認証システムは、まだ警察は実装していません。その間にも私は精度を上げる改良を続けている。警察はせいぜい、車のナンバーをパトカーに知らせる程度で、他県に入ったらもうダメです。車が目立った行動でもしない限り、見つけられないでしょう。絶対に私の方が早いです」

「そうなんですか。関根さんを信じます」

 パソコンから「ピコ」という音がした。写真館のアドレスにメールが届く。開くと五枚の写真が添付されていた。それを見ながら、スマホのテレビ電話で話す。

「その中に、目撃した男がいるかどうか、中学生に聞いてみてください」

「こいつら何者なんですか。あなたも入っている」

「弥生さんのストーカーです」

「全部?」

「はい。実はこないだ、そこから帰る途中、京都の例のタレント事務所に寄って、私のストーカー疑惑を晴らしたんです。そして、私の職業を知らせて、ストーカー対策のために協力したいことを伝えました。事務所は危険人物の写真を撮りためているようでした。それで、弥生さんのストーカーの写真を送ってもらいました。弥生さんは、グループナンバーワン人気でしたが、どんな人にも親切なので、ちょっと異常な輩に誤解されるケースがあったようです」

「天真爛漫で分け隔てしない子ですから」

「ドリメロの弥生ちゃんは、『かわいい人格者』と呼ばれていたようです」

「まさに」

 中学生に電話する。警察に通報したと言って安心してもらい、SNSで五枚の写真を転送して確認すると、「二枚目の写真の男に間違いない」と返信があった。

「二枚目の男ですか。一番危険かもしれない」

「一番危険?」

「実際には爆発物がなかったので、警察は犯人を探そうとはしなかったようです」

「しかし、今回はフェイクじゃない。そいつが犯人なら誘拐ですよ。やっぱり警察に知らせましょう」

「とにかく、ひと晩待ってください。私、本気出します」

「あなたはいったい何者なんですか」

「ハッカーと戦う人です。公的なシステムの脆弱部分を検証して、対応システムを開発しています。あまり聞かないようにお願いします」

「もう、聞きません」

 一時間ほどして、関根から電話があった。

「まだ、どこにも引っ掛からないですね」

「え、引っ掛かるって、何に何がどのように…」

「聞かないでください」

「あ、はい」

「方向だけでも分かればと思うのですが、心当たりはありませんか」

「思い当たるのは、やはり京都です。高校の同級生の相談に乗ると言っていました。小窓の高校は京都です。それにこの前、京都駅で何かを見て怯えるように顔を伏せたんです」

「そいつを見たのかもしれませんね。ドリメロの拠点が京都なら、ストーカーの拠点も京都。弥生ちゃんを京都に取り戻そうとしているのか。よし、山陽道の上りに絞ってみます」

 さらに一時間、関根からまた電話がかかってきた。

「引っ掛かりました。倉敷市内のパーキングエリアです。やはり、山陽自動車道を東に向かっているようです」

「何がどう引っ掛かったんですか。小窓は大丈夫ですか」

「顔認証システムに、犯人の顔が一瞬反応しました。弥生さんはカメラの範囲に入らなかった」

「え、カメラ?」

「監視カメラです。古いカメラで解像度が低いのに、このシステムが見つけてくれました。引き続き、山陽道のSA、PAを張ってみます」

「もう、聞かないんだった」

 それから二時間、関根からの電話。

「いました。今度は明石のサービスエリアです。このカメラは新型で解像度が高い。犯人と小窓さんがはっきりと映りました。車も映りました。車種も色も同じですが、ナンバーが違っています。神戸ナンバーだ。これじゃあ、警察は検問でもしない限り見つけられない」

「小窓はどんな様子でしたか」

「再生画面を鮮明化して送ります。特に拘束もされていませんし、逃げようと思えば逃げられそうです。周囲には人がたくさんいますから、助けを求めることはできると思うのですが」

 送られてきた写真を見ると、確かに小窓とあの二枚目の写真の男。特に緊迫感はなく、無事な様子の小窓に少し安心した。

 しかし、変な想像が浮かんだ。本当に誘拐なのだろうか。高校時代の彼氏と出会って、お泊りドライブ…。いや、それならナンバーを偽装する必要はなかろう。小窓に限って、絶対にそんなことはない。

「分かったナンバーで、オービスもチェックしてみます。スピード超過で引っ掛かりやがれ」

「オービス… あ、聞きません聞きません。このまま、京都に行くつもりでしょうか。今晩はどこで寝るんだろう」

「ラブホの防犯カメラでも探ってみましょうか」

「ラブホ? 連れ込まれる? それはダメだ!」

 小窓と男がラブホでイチャイチャする光景を思い浮かべる。

「つまらぬことを言いました。ごめんなさい。私も嫌です」

「やっぱり、警察に知らせましょう」

 警察は嫌いだが、そうも言ってられない。

「どうやって分かったのかということになって、私が捕まる。いや、私は捕まってもいいんですけどね。警察が現れたりしたら、男は逆上しかねない。今はある程度冷静に行動していると思われます。弥生さんは、えぐいファンレターにも、一生懸命応えるような子だったと事務所の人が言っていました。今回の場合、男に自首を薦めたりしているのかもしれません。『かわいい人格者』は逃げ出さずに、彼を説得している」

「そうですね。小窓を信じましょう」

「あ、いいことを思いつきました。弥生さんの使っているパソコンって、そこにありますか」

「はい。このパソコンを共用しています」

「だったら、GPSで彼女を探せるかもしれない」

「どうやって? 私に違法なことをさせようとしていませんか?」

「いえいえ、『スマホを探す』という機能があるでしょう。違うデバイスから、失くした自分のスマホを探す機能ですよ。探しているスマホの位置がマップに表示されます」

「普通の機能なんですね」

 関根の説明に従って、自分のアカウントをログアウト。ログインを押し直すと、「small window」というアカウントが表示された。パスワードを要求される。

「あの子のパスワードなんか知りませんよ」

「『パスワードを類推るいすいするリスト』を送りますので、順に試してみてください」

「それはやはり違法なことでは?」

「まあ、他人のアカウントに入れば、乗っ取りですが、緊急事態です」

 電話を切って、「パスワードを類推るいすいするリスト」を、上から一個ずつ試してみた。なんと、三つ目でログインできてしまった。電話で関根にそのことを伝える。

「お見事」

「怖い人だなあ。もしかして、戸籍のシステムに入れたりします?」

「やったことないです。犯罪じゃないですか」

 これまでのことも違法だと思うが、彼なりの倫理があるのだろう。

「すみません。もう聞かないと言ったんでした」

 パソコン画面を見つめるが、GPSの反応はない。

「電源が切れているようですね。オンになることを祈りましょう」

 夜が更けていく。スマホは犯人に取り上げられているのだろうか。

 電話を切ると、静寂がかえって不安を煽り、いても立ってもいられなくなる。日付が変わっていた。

 …始発の新幹線で京都に行こう。

 心で呟くと、関根の電話。

「東京も広島も新幹線の始発は六時です」

「心の声もハッキングできるんですか」

「え、まさか。同じことを考えておられましたか。京都、行きましょう!」

「行きます」

「三十分ほど、そちらが先に着くみたいです。私が着くまでの間に、レンタカーを借りておいてもらえますか。これから、あなたの名前でネット予約しておきます。駅のすぐ前ですが、マップのURLを送ります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ