十五 The Dial lock
東京に行かなくて良くなった休日を利用して。京都のおばあさんに、双子の姉妹のことを報告に行くことにした。
新幹線で京都に行き、所属していた芸能事務所に挨拶に行った。
CEO兼マネージャーという人が出て来た。
「おお、弥生ちゃん、久しぶり。よく来てくれたわね。誘拐事件、大変だったねえ」
「CE王様、お久しぶりです。ご心配かけてごめんなさい」
「あとから聞いてびっくりしたよ。あら、こちらの素敵な男性は?」
「こちら、広島で写真を教えてくださっている、フォトグラファーの駒戸さんです」
「どうも、こんにちは。私、この事務所の経営をしております。江田千恵蔵、イニシャルを取ってタレントさんたちには、CE王様と呼ばれています」
「呼ばせてるんです」
「弥生ちゃん、相変わらず、かわいいイケズ言うね」
「こんにちは、駒戸芳樹と申します。よろしく」
「ああ、そういえば、誘拐事件には二人のナイトが現れて、弥生ちゃんを救ったという伝説になっていますよ。駒戸さんがそのおひとり?」
…伝説って、まだ何か月も経ってないし、ナイトって。
「CE王様、はい。この方は素敵なナイト様です」
「あ、なんかその言い方、ピンときた。何、そういう関係? ああ、そう。弥生ちゃんは頼られるばかりの子だったけど、頼りになる人が現れたのね」
「へへ。もう一人のナイトは私のお父さんでした」
「お父さん? え、もしかしてあの五人目のストーカーの関根さん? あの人、本当に弥生ちゃんのお父さんだったの?」
「そうだったみたいです」
「ああ、そう。弥生ちゃんのお父さんが見つかったのね」
「事務所ではCE王様をお父さんのように思ってましたよ」
「またまた、なんて嬉しいこと言ってくれるの。泣いちゃうから」
「関根父さんは、ストーカー対策してくれました?」
「すごいシステム付けてくれたよ。ライブに対象者が現れると、アラームが鳴るのよ。顔だけじゃなくて、歩き方でも判定しちゃうんだって。すごいよねえ。世界的に有名な会社なのに、開発実験ということで、ただ」
「へえ。関根父さん、すごい人なんだね」
「最初来た時、失礼なことしたのに、そんなこと何にも言わないの。できた人よ。それでさ、弥生ちゃんのストーカーだった奴らは、ほかの子に乗り換えてたんだけど、全部ブロックできた。なんか、ほかの事務所のグループのところに行ったらしいわ。ほんとストーカーとしてもへなちょこ」
「じゃあ、あいつはどうなりました?」
「ああ、あいつね。誘拐監禁と傷害で送検されたのね。今、爆破予告の方も調べられてるらしいわ」
「じゃあ、この事務所にも警察が来たんですね?」
「来た来た。気持ち悪いくらい丁寧なの。爆破予告の時は、弥生ちゃんの大切なライブを中止させておいて、フェイクで良かったですねって帰って行ったのよ。弥生ちゃんの青春を返せ!だよね」
「だよねえ」
一時間近く話して、帰ろうとしたところに、後輩たちが現れた。「弥生お姉さん」は、彼女らにとってレジェンドである。目をキラキラさせて、記念写真を撮った。
CE王様が「ネットに上げないように」と念を押してくれた。小窓は「みんなも気を付けてね」と言って、事務所を後にした。
在来線に乗り、舞鶴のおばあさんの家に行く。
「いらっしゃい。弥生ちゃん。ちょっと見ない間に、大人になったねえ」
「それ、こないだも言ったじゃん」
「そりゃあ覚えてるよ。本当に会うたびに立派になっているように見えるのよ」
「もう、おばあちゃん」
洋室の応接間に座ると、小窓は戸籍謄本を見せながら、祥子さんの双子の姉のことを話した。
「お母さんには、双子の姉、堂園祐子がいたのよ」
「やっぱり、いたの」
「うん。祐子さんのお母さんに手紙を書いてお返事をもらうことができたの。でね、結婚して、広島で幸せに暮らしてるって」
「そう。そうなの…」
おばあさんは、目頭を押さえた。
「会いに行きたいとも書いたんだけど、祐子には双子の妹がいることを言ってないので、やめてやってくれって」
「ううん。十分。調べてくれてありがとう」
「向こうのおばあさんも、『生みの親として祥子の人生を考えない日はなかった。若死にしたことには心を痛めるけど、家族に囲まれて幸せな一生を送ったことに安心した。高坂家の皆様には、心からお礼を言いたい』って」
「そうよねえ。自分が産んだ子を手放すなんて、辛かったでしょうねえ」
おばあさんは、涙が止まらなくなった。弥生も泣いている。
「私のおばあちゃんはおばあちゃんしかいないって言ったけど、この人もおばあちゃんって思ってあげていい? 祐子さんには子どもがいないので、孫は私一人なんだって」
「いいよお。それはいいよ。思ってあげなさい」
「そう。実は三人目のおばあちゃんがいるんだけど」
「三人目? どういうこと?」
「お父さんが見つかったの」
「弥生ちゃんの父親が?」
「うん。関根雄介さんっていうんだけどね。お母さんの大学時代の恋人で、DNA鑑定をしたら、私との父子関係が証明されたの」
「妊娠させといて知らん顔なんて…」
いつもニコニコしているおばあさんに怒りの表情が現れた。
「まさか祥子は、その人にも言わなかったの?」
「知らされなかったんだって。エリート街道に乗る人の足を引っ張りたくなかったのかな」
「祥子の馬鹿。それで、それはどんな人なの?」
「優しくていい人。私のためにできるだけのことをしたいと言ってるよ」
「そうなの? 本当に?」
納得がいかないようだ。私が助け船を出す。
「関根さんには、私もお会いしました。エリートぶらないいい人です。弥生さんを守るために、命を賭けて、大怪我をされました」
「え、大怪我?」
「おばあちゃん、そのことはまた話す」
「こないだ来てから、今日までにいろんなことがあったみたいやね。覚えきれないよ。それで三人目のおばあちゃんはどこで出てくるの」
「あ、忘れてた。その大怪我で、一日だけ、私とオーナーが付き添いをしたんだけど、交代で関根さんのお母さんが来てくださったの。その時は、まだ、関根さんがお父さんと分かっていなかったから、名乗りをあげてはいないんだけど」
「なるほど、血縁の祖母が二人とも現れたというわけね。じゃあ私が三人目」
おばあさんは少し悲しそうだった。
「ああ、もうおばあちゃん、すねないの。ごめんごめん。血縁のおばあちゃんが二人現れたことも踏まえて、もう一回言うよ。私のおばあちゃんは、おばあちゃんしかいないんだからね」
「弥生!」
おばあさんは小窓を抱きしめて、左右に揺すった。
しばらく泣いて、おばあさんは夕食の準備に立った。小窓が私に言う。
「ねえ。あのトランク開けたい」
「トランク? ああ、祥子さんの部屋にあったダイヤル式ロックの。君は、祥子さんの下着が入ってるって言ったじゃないか」
「それは冗談よ。お母さんの大学時代の思い出が入っているんじゃないかしら」
確かに、段ボールに入った遺品は大学時代だけすっぽりと抜けていた。
「お父さんのことを書いた、私への手紙が入っているような気がするの」
「そうだな。余命宣告を受けて、君に手紙を書いたが、なおも伝えるかどうか迷って、トランクに入れて鍵をかけた…考えられる」
「開けたい。お母さんの苦悩を知りたい。どうして、赤ちゃんができたことを言わなかったのかも書いてあるかもしれない」
「うん。手伝うよ」
小窓と私は、祥子さんの部屋に行った。
トランクをデスクに置く。結構重い。
一つの椅子に二人で腰を掛けて、ダイヤルを見つめた。
「まず、お母さんの誕生日」
ダイヤルを回す。
「ダメだ」
「私の誕生日」
「これもダメだ」
考えられる電話番号や住所番号を次々と試すが開かない。
「恋人だった関根父さんの誕生日」
「あり得る! 聞いてみるか」
私は、スマホで関根に電話した。
「関根さん。今、祥子さんの実家に来ています」
「そうなんですか。可能なら、私もいつか行かせてください。祥子さんへの謝罪が終わってないんです。仏壇かお墓に連れて行ってほしいです」
「ああ、そうですね。先ほど、祥子さんのお母さんには、あなたのことをお話しましたよ」
「そうなんですか。お母さんにも謝罪をしなければなりません」
「小窓と相談しておきます。あ、関根さんのお誕生日を教えてください」
「え、私の誕生日ですか。実は昨日でした。四十五になりました」
「そうでしたか。おめでとうございます。小窓に代わりましょう」
小窓はダイヤルを昨日の日付けに合わせて、「開かない」と言った。私は「関根さんにおめでとうを言ってあげなさい」と言って、スマホを渡した。
「関根父さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。いったい何をしてるんですか?」
「お母さんの秘密のトランクがあってね。ダイヤル式のロックが掛かってるの、四桁の。で、考えられる数字を入れてたの」
「なるほど、デジタルなら『ブルートフォースアタック』といって、0000から9999まで総当たりすれば、一瞬で開きますが、手で回すのは大変ですね。誕生日みたいな意味のある数字を類推して当たっていく方法は、『ゲッシングアタック』といいます。私の得意技です」
「本当?」
小窓は自分のスマホでSNSの動画チャットを開き、関根とテレビ電話状態にして、トランクの前に置いた。
「関根さん、こないだの『パスワードを類推するリスト』というのは、それでしたか」
「そうですね。あれは企業秘密なので他人に教えないでくださいね。だけど、アルファベットの入らない数字は簡単そうにみえて、語呂合わせとかもあるので、案外、類推しにくいんですよ」
「お母さんのクエストをちゃんと解きたい」
「なるほど。祥子さんの気持ちになって考えてみましょう。トランクの中には、知られたくはないが、残しておかなくてはならないものが入っているのでしょう。結構やばいものじゃないでしょうか」
「パンドラの箱…」
「ええ。しかし、捨てなかったということは、開けるチャンスも残しているはず。どこかにメモしてないですかね。手帳とか日記とか」
「ああ、そういうの書かない人でした」
「確かに、そんな感じの人でした。それでは、トランクはどこに置いてありましたか」
「最後の病院です」
「それではベッドから届く場所ですかね。このトランクの近くに何か置いてありませんでしたか」
「あの雑誌。あの雑誌がこのトランクの上に置いてあった」
「その雑誌のどこかに書き込まれてないですか」
小窓はあの雑誌を持ち歩いているようだ。鞄から取り出す。
そう考えてみると、付箋が「ここよ」と言っているような気がする。
そのページを開けると、「悲しき女神のヴィーナスライン」が出てきた。書き込みは見当たらない。
私は気付いて、小窓に言った。
「3435、やってみて」
「何それ…」
小窓はその数字に合わせた。
「開いた…」
「作品を右ページに裁ち落としにしたために、左ページに二ページ分のノンブルが並べて打ってある」
「34 35。本当だ」




