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十四 The Small Window

 小窓は堂園恵理子さん宛てに、手紙を書いた。出す前に見てほしいというので、リビングのソファーに座って読んだ。小窓は横にくっついてきた。


 ―前略 突然、失礼致します。私は高坂弥生と申します。現在、二十二歳です。広島の写真館で働いています。

 私の母は高坂祥子です。このたび、戸籍等を調べて、堂園恵理子さんが私の実の祖母に当たるかただと分かりました。特別養子縁組という形で、私の母を養子に出されたことにつきましては、相当のご事情があったものとお察しいたします。本来、お互いを知らせずに行う行為です。養子の血縁の者が、実親の家系を調べることは、戸籍のルール上可能なこととはいえ、こうやって接触しようとするのは、甚だ道義に反することであるとは承知しております。もし、不快に思われるようでしたら、この先は読まずに廃棄していただきますようお願い致します。

 まず、母、高坂祥子が一昨年、すい臓がんで亡くなったことをお知らせします。四十三歳でした。未婚で私を産んで育てるという波乱万丈も体験しておりますが、全般としては高坂の養親に愛されて、私を愛して、平凡で幸福な人生を全う致しました。

 このたび、お便り致しましたのは、母に双子の姉があったという件について、お話をいただきたいというお願いです。

 そのことに興味があるのは確かですが、それだけならば、決してこんなお手紙を書いたりしません。

 実は私の大切な人、二人がそれぞれの事情で堂園祐子さんのことを知りたいと願っています。

 一人は、母の養親である、高坂の祖母です。役所に養子の相談をした時に、双子はどうかと言われて断ったことを心に掛けている心情を吐露致しました。まだ、祖母には母に双子の姉妹がいたことは伝えずにいます。もし、祐子さんがお幸せならば、そのことだけを伝えてやりたいと思っています。

 もう一人は、私の写真館のオーナーです。大学時代に彼が撮った写真を見て、そのモデルが母だと思って尋ねたところ、それは堂園祐子さんだと言うのです。逆に私の母の写真を見た時に、オーナーは堂園祐子さんだと思ったそうです。その方とは大学を卒業されてから連絡が取れなくなったそうで、堂園祐子さんに会って謝罪したいことがあるそうです。

 もし、可能なら恵理子様にお会いして、お話を伺うことができればと思います。

 不躾なお願いとは重々承知しております。

 ご連絡が頂ければ幸いです。

                草々―


「ふーん。いいんじゃない。文章上手じゃないか」

「チャットAIに助けてもらった」

「へえ、そんなことができるのか」

「関根父さんに教えてもらった」

「関根父さん? もう、気持ちを整理したのか?」

「へへ。IT(アイティー)のことなら、何でも教えてくれるよ」

「ちょっと妬けるな」

「なんで。オーナーはもうお父さんじゃないところに置いた」

「将棋の駒か」

「違う。私の心の真ん中に置いたのよ」

「…」

「あ、照れてる」

 こういう感じ久しぶりだ。

「ちょっと待っててくれ」

 私は席を立ち、自分の部屋から板状の物が入った袋を二つ取ってきた。

「これ、プレゼント。今日は誕生日だろ」

「へえ。ありがとう。何かしら…」

 引き伸ばして額装がくそうした写真。一つは小窓が、海岸で長時間露光にチャレンジした時の写真である。

「わあ、嬉しい」

 マジックアワーの空は、右が濃いオレンジで左が濃紺。そこに長時間露光で流れた曖昧な雲が浮かび、水面は(なら)されて波のない湖面のよう。そこに、水着の小窓が二人に分身し、双子のように映り込んだ。

「よく、こんな写真撮れたな。なかなかいいと思うよ。フォトコンテストに応募してみたら?」

「いい? やってみる。偶然こうなったんだけどね」

「偶然を引き出すのも、アートの技術だよ」

 もう一つを渡す。最初に撮ったヌード写真の別カットだ。

「もう、焼き増ししない約束なのに!」

「ごめん。喜んでくれると思って」

「ううん。嬉しいよ」

「よかった。あの時撮った写真の中で、最も祐子さんとは違う、小窓らしいカットを選んだ」

 祐子さんの幻影を払い、小窓を愛するというメッセージのつもりだ。

 真正面を向いて、髪をかき上げながらカメラを睨みつけている。少し男性っぽい大胸筋、シックスパックのはっきりした腹直筋、スポーツ選手のような大腿四頭筋。祐子さんはこんな大胆なポーズを作らなかった。正面のヌード写真はエロティシズムの要素が強くなるが、この写真は決して下品ではない。

「私の人生で一番の作品だ」

「本当? 本当?」

 小窓は目を潤ませて喜んだ。

「誰にも見せられないのが残念だが」

「…オーナーが写真家として復活できるなら、出してもいいよ」

「絶対に誰にも見せない。二人だけの秘密なんだろ」

「ありがとう。私、二度とこんなことできない。あの時は、追い詰められて必死だった。共通の秘密を作れば、特別な存在になれるって、何かで読んだ。雇ってもらえるように、何種類もシナリオを書いてたの」

「そうだったのか…」

「ごめんなさい。でも、決行できる自信はなかった。初めてここに来た時、この人になら撮られてもいいと思った。お父さんというより、運命の人だと感じた。そばに置いてもらいたい。この人から離れちゃいけないって思ったんだよ。このヌードは、捨て身のアタック。迷い子猫の魂の叫び。オーナーが拾ってくれなかったら、今頃、私、どうなってたか分からないよ」

 小窓は泣きだした。

「小窓…」

 私は小窓を背中から抱きしめた。

「私の部屋に飾るね」

「普段は布でもかけておきなさい」

「カーテン付けようか。小さい窓みたいに見えるね」

「小窓だ」

「本当だ」

 二人は笑った。小窓が愛しくて堪らない。


 一週間後、堂園恵理子から封書の返事が届いた。

 店のドアに「Reserved(リザーヴド)」の札を掛け、リビングで小窓が封を開けて、中身を私に渡した。ソファーに並んで座り、私が読み上げた。


 ―拝啓 時下じか、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 突然のことで驚いてはおりますが、決して不快に思うようなことではありません。生みの親として祥子の人生を考えない日はありませんでしたから。

 このたびは、訃報をお届けいただき、ありがとうございます。若死にには心を痛めますが、ご家族に囲まれて幸せな一生を送ったとのこと、一方では安堵の気持ちです。高坂家の皆様には、心よりお礼を申し上げます。別便でお線香を送らせていただきます。祥子の霊前にお供えいただければ幸いです。

 戸籍をお調べになったのなら、ある程度のことはご存知のことと思います。私が双子の姉妹が生まれた頃、夫は事業に失敗してお酒に溺れていきました。私は彼を支えることができずに、家を出ました。生まれたばかりの双子を抱えて、頼る者もなく、私自身も心を病んでいきました。体調は常に思わしくなく、育児放棄状態となり、児童相談所から母子分離の宣告をされました。ちょうど、特別養子縁組の話がありましたが、一人だけという条件であったため、祥子を養子に出しました。祐子には発達障害の兆候が見られ、三歳までは児童養護施設で育ちました。

 両親の反対を押し切って結婚した私でしたが、恥を忍んで、東京の実家に戻りました。家業の飲食店を手伝ううちに、私は立ち直り、祐子を引き取ることができました。ようやく、離婚も成立しました。その後、祐子は知能、身体の発達の遅れを克服し、ほぼ同級生と同じように、学校に通うことができました。むしろ、芸術的な感覚はほかの子より優れている面があり、推薦で横浜の美術系の大学に入学し、大変奇遇なことに卒業後は広島を拠点に、作家として活動しています。遅ればせながら数年前に結婚いたしました。四十五なので、もう子は望めないとは思いますが。

 祐子には双子の妹がいることを知らせていませんので、高坂のお母様には、祥子の双子の姉は幸せに暮らしているとお伝えするにとどめてくださいませ。

 また、大学時代に交友のあったというオーナー様につきましては、何があったのかは存じませんが、謝罪は不要であろうとお伝えください。祥子と祐子は親しい人が見まがうほど、似ているのですね。少し驚きました。同じ広島のこと、もし、偶然会うようなことがありましたら、それはご縁だと思いますので、祐子に話をしてやってください。私から、この件を祐子に話すのはご勘弁いただければと思います。

 弥生さん。すべてのご期待に添えなくて申し訳ありません。あなたは、私の唯一の孫なのですよね。祥子がこの世に生きた証です。どうか、どうか幸せになってください。

 ありがとうございます。

                        かしこ―


 読み終えて、二人は大きく息をついた。

「会いに来なくていいって」

「そうだな」

「祐子さん、ちゃんと作家になって、結婚してるって。しかも、この広島で」

「びっくりだな」

 祐子さんが幸せに暮らしていることが分かった。母親の恵理子さんは「謝罪は不要」と書いている。これ以上、祐子さんにこだわる必要はないのかもしれない。

「広島で作家をしている祐子さん…結構絞られたね。見つけられるかもよ」

「いや、結婚して幸せに暮らしてるなら、私は現れない方がいいんだろう」

「会わなくていいの?」

「うん」

 すべての謎が解けたわけではない。祐子さんのヌードが掲載された雑誌を、なぜ、祥子さんが持っていたのだろう。しかも、死ぬまで大事に。

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