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十三 The Biological Family

 新幹線の中で小窓が言う。

「関根さんがお父さんだとしたら、さっきのお母さんは、私のおばあちゃんということになるのよね。私、京都のおばあちゃんに『私のおばあちゃんはおばあちゃんしかいないよ』って言っちゃった」

「祖母は二人いるのが普通だよ」

「そうか。…私には三人目のおばあちゃんもいるのよね。お母さんの産みの親…」

「広沢家。戸籍は広島でも取れるって言ってたな。区役所に行ってみるか?」

「オーナーは知りたい? 関根さんが私の父親かどうかに関わらず、双子がいなかったら、あのモデルさんはやっぱり私のお母さんで、偽名を使ってオーナーを騙してたことになるんだよ」

「覚悟はしてる。君が祐子さんの娘ではないかというのは、最初に直感した。君もあのモデルがお母さんだと思ってたんだよね」

「うん。でも、名前が違った。私のお母さんは高坂祥子で、あのモデルさんは堂園祐子…」

「そうだな。おばあさんに、祥子さんには双子がいるかもしれないという話を聞いた。戸籍を調べたら、祥子さんの実親の家は堂園ではなく広沢。やはり、堂園祐子は実在しないのかと思ったら、思いもよらず、関根さんからその名前が出てきた。出たり消えたりで翻弄されてる」

「祐子さんが、私のお母さんだったとしたら、オーナーは私を嫌いになる?」

「祐子さんのことも、君のことも嫌いになったりしない。どちらも大切な人だし、君のお母さんと君は別の人だ。ただ背徳感がある。時間を隔てているとはいえ、人生において実の母と子を愛してしまうことになるんだ」

「それは、私も同じことよ。母が愛した人を愛してしまったことになるんだから」

 何の抵抗もなく、小窓への愛を言葉にしてしまっている自分に気付く。小窓自身は、とっくの昔にそれを察している。私の母も小窓のおばあさんも関根も、おそらく二人を見たほとんどの人が、相思相愛の仲だと感じるのだと思う。

「オーナー、私、覚悟を決めた。祐子さんがいなければいないで、一緒に背徳感を背負おうよ」

「そうだな。明日、区役所に行ってみよう。いずれにしても、このままでは終われない」

 広島駅の駐車場に置いた車に乗って、写真館に戻った。

 中学生七人が、クラッカーを鳴らして迎えてくれた。

「おかえりなさい。小窓姫!」

「ありがとう、みんな!」

 小窓が目を潤ませると、中学生も鼻をすすって、涙を拭った。

「Tシャツ似合ってますよ。お風呂に入って、今夜はゆっくり眠り姫!」

 疲れている小窓を気遣ってか、長居をせずに手を振りながら帰って行った。

「本当に小窓を慕ってるんだな」

「あの子たち、『クールな男』の意味が分かってきたみたい」

 中学生が貼ってくれた「臨時休店」の貼り紙をそのままにして、翌日は休むことにした。

 小窓に風呂の先を譲った。私が入って出ると、小窓はソファーで眠っていた。私は小窓をお姫様抱っこして、私の部屋に拉致した。ベッドに寝かせ、寝顔に口付けをして、その横で私も眠った。


 昼過ぎまで眠り、午後から広島市内の区役所に行った。

 舞鶴市役所で出してもらった戸籍を見せて、係の人に、高坂祥子の実親じつおやの戸籍を取り寄せたいことを伝えた。

 係の人が宇治市役所とやりとりして、「現在の全部事項証明には筆頭者しか残っていないらしいので、原戸籍を取りよせましょうか」と聞く。小窓は「お願いします」と言った。

 三十分ほどかかったが、ついに出て来た。係の人がこちら向きにテーブルに置いた。

 広沢悦男を筆頭者とする戸籍謄本は縦書きタイプだった。悦男には恵理子という妻があったが、その子二人とともに、大きくバッテンがしてある。

 私はその子の名前を、声に出して読んだ。

「長女祐子、二女祥子」

 小窓は泣きそうな顔で私を見て、謄本に目を戻した。

「誕生日が同じ。双子だね」

「祐子さんは存在する」

 この原戸籍はどこをどう見ればいいのか分からない。「お忙しいところ、申し訳ありません。これの見方を教えてもらえませんか」と依頼すると、「いいですよ。ご説明致しましょう」と言って、いろいろな出来事があったであろう戸籍を念入りに読み込んだ。

「妻の恵理子さんという方は離婚して自分の籍を作り、そこに祐子さんを入れています。祥子さんはご存知のように特別養子縁組に出たことになっていますね。恵理子さんの「(うじ)」、つまり苗字は、結婚前の旧姓『堂園』を使われています」

「そこで、堂園祐子になったんだ…」

 昨日は不存在説に傾いていた。私は愛した人の娘を愛してしまい、小窓は母を愛した人を愛してしまった。その背徳感を背負うことになるのであろうと覚悟した。思いもよらず、関根の口から堂園祐子の名前が出たが、それすらも高坂祥子が名乗った偽名なのではないかと疑念を抱いた。

「この祐子さんの戸籍を見ることはできないのですか」

「はい。戸籍謄本の請求は、相続などの理由があれば別ですが、直系尊属と直系卑属に限られます。この祐子さんは弥生さんの叔母。つまり、傍系なので直系の方の委任状が必要になります」

「そうですか」

「それと、その母の恵理子さんは、弥生さんのおばあさんに当たりますので、通常ならその戸籍を見ることができます。しかし、特別養子縁組の場合、親子関係を切るので、祥子さんの系統から恵理子さんに遡ることはできません」

「今度こそ、行き止まりですか。離婚してどこに行ったんでしょうね」

「この広沢家の戸籍を見ると、恵理子さんと祐子さんは、東京都北区を新しい本籍地にしておられます」

「それは住所ですか」

「本籍地の地番が住所とは限りませんが、可能性はあります。あ、そうだ。この戸籍の附票を取ってみませんか」

 附票というのは、その戸籍の構成員の住所の変遷を記したものらしい。その附票の請求書を書くと、宇治市役所に連絡を取って、十分ほどで附票が出てきた。こちらに向けて見せながら、係の人が言う。

「この広沢家の戸籍を抜けた時点では、東京都北区に住んでおられたようです。四十年も前のことなので、現在はそこにおられないかもしれませんけど」

「そうですか」

 お礼を言って、区役所を出た。


 写真館に戻る車の中で。小窓が言う。

「堂園祐子さん、いたね」

「そうだな」

「オーナーの愛したモデルさんは私のお母さんじゃなかった。オーナーの背徳感は拭えた?」

「うーん。あの戸籍の祐子さんが、私の愛した祐子さんだという実感がない…」

「お母さんとそっくりな、堂園祐子という名前の人なんて、その人以外に考えられなくない? お母さんの双子の姉が堂園祐子さんなんだよ」

「そうなんだけどな」

「私は少しすっきりしたよ。まず、オーナーは私のお父さんじゃなかった」

「それはずっと言ってる」

「そして、お母さんの出生の謎もだいたい分かった。広沢悦男と広沢恵理子は、双子が生まれて片方を養子に出した。その後離婚して、恵理子さんは堂園姓になり、祐子さんを一人で育てたのよ」

「そうみたいだな」

「恵理子さんと祐子さんの住んでいた場所に行ってみる?」

「何十年も前に住んでた場所だぞ」

「何か手がかりがあるかもしれないじゃん」

「うーむ」


 東京行き、できれば二泊三日にしたいが、結構先まで予約が入っていて、すぐには休みが取れそうにない。一か月半(いっかげつはん)も先に一応、休みの予定を入れた。

 関根から「退院して、東京に帰った」という連絡が入った。堂園家の戸籍の話をすると、北区の附票の住所に、堂園恵理子の家があるかどうか、そこに祐子さんが同居していないかを確認してくれると言う。

 一週間ほど経って、関根から電話がかかった。

「その住所には一戸建ての家があり『堂園』という表札が掛かっていました」

「そこに堂園家があった?」

「元は小料理屋か何かだったんじゃないでしょうか。玄関のつくりがそんな感じでした」

「小料理屋?」

「はい。一日張り込みましたが、六十代くらいの女性しか出入りがありませんでした。同居者はいないと思います」

「ああもう、一日張り込みって、そんなことしてると、また不審者にされますよ。まだ自宅療養期間でしょうに」

「私の義母に当たる人ですから、私も気になります」

「え? 義母」

「あ、祥子さんと結婚したわけではないので、義母とは言わないか」

「あ、ああ、そういうことですか」

「今、小窓さんおられますか」

 小窓に電話を代わる。

「はい、小窓です。こんにちは」

「こんにちは。あの、DNA鑑定の結果がきました。私はあなたの生物学的な父親に間違いないようです」

「そうですか。関根さんと私の父子関係が証明されたんですね」

「はい。信じていただけますか。報告書をお送りしましょうか」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。オーナーに代わります」

 小窓は無表情に、電話を私に戻した。

「そういうことでしたか」

「少し、戸惑っておられるようですね。様子を見て、よろしければ、駒戸さんから小窓さんにお伝えください。小窓さんの承認さえいただければ、私はいつでも認知届を出します。母親にも説明しました」

 関根は、先日まで「弥生さん」と言っていたが、今日は「小窓さん」と言っている。私の名前と音が同じなので、他人が聞いたら混乱するだろう。

「小窓を引き取られるおつもりですか」

「いえいえ、まさか。とんでもないです。小窓さんは、もう立派に自律した大人だし、駒戸さんという人がいる」

「私という人?」

「私が駒戸さんの義父になるのでしょうか」

「義父?」

「いえ、調子に乗って変なことを言いました。どうぞお許しを」

「あ、はい」

「とにかく、私は小窓さんのためにできるだけのことをしたい。邪魔だと言われれば、陰ながら応援することにさせていただきます。とにかく、小窓さんのいいようにしてあげてください」

「相談してみます」

 電話を切って、小窓と顔を見合わせる。

「どうするの」

「どうしよう」

「嬉しくないの?」

「覚悟はしていたし、あの人嫌いではなくなったし、事実として受け入れるよ」

「気持ちの整理が必要みたいだね」

「ずっと、あの写真のモデルがお母さんで、それを撮った人がお父さんだと思ってたからね」

「両方違ってたというわけか」

「祐子さんが別にいると分かるまでは、オーナーがお父さんかもしれないという疑念が残っていたの」

「私は祐子さんに対して…」

「何もしてないと言ってるの、私、嘘だと思ってる」

「カメラマンはモデルに手を出してはいけない」

「だけど、好きだったんでしょ。ただのカメラマンとモデルじゃなかったんでしょ」

「我慢した」

「そう…。祐子さんに会いたい?」

「会いたい気持ちはある。好きだったからというよりも、確かめたい」

「オーナーこそ、気持ちの整理が必要だね。祐子さんを探そうよ。きっと、恵理子さんは祐子さんの居場所を知ってる」

「しかし…」

「私、恵理子さんにお手紙を書いてみる。実の娘である、私のお母さんが亡くなったことも伝えたいし」

 何回も「祐子さんを探す」と決心しながら、私は結局一度も行動をしなかった。今、小窓が私を引っ張っている。

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