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十一 The Black History

 手術は長引いている。

「君の黒歴史というのは、あいつに付きまとわれたことか」

「それもあるけど、爆破予告で私の卒業ライブが中止になったのは辛かった。警察が事件化しなかったので、マスコミのニュースにはならなかったけど、ネットはざわついたの。お陰で私は、ワケありアイドル」

「全然、小窓のせいじゃないじゃないか」

「スキャンダルを売り物にしようと、何社もAV(エーブイ)のオファーがきたよ。もう十八歳になってたし」

「許せん」

「母親と一緒に京都を出て、兵庫県北部にできた舞台中心の芸術大学に入った。安心は長く続かなかったよ。二年生の時、母の余命宣告を聞いたその日に、あいつが現れた」

「黒歴史は続いていたのか」

「うん。辛かった。怖かった」

「あいつのことは警察にも相談したのか」

「したけど、何もしてくれなかった。母が死んだ時、おばあちゃんは、うちに来なさいと言ってくれたけど、そこまで追いかけられたら、おばあちゃんにまで怖い思いをさせてしまう。おばあちゃんには、大学の寮に入ると言った。そして、『お父さん』探しの旅に出たのよ」

「それが、私というわけか」

「ごめんなさい。厄介者が押しかけてきたよね」

「そんなふうに思うなよ。しかし、ある意味、あいつのお陰で君と私は出会えたということか」

「それは違うよ。それがなくても、私はあの写真を撮った『お父さん』を探してた」

「そうか…」

「あの人には怪我までさせて…本当に申し訳ない」

「関根。君を探すために、捕まってもいいとか言って、いっぱいヤバいことをしてたよ」

「そうなの」

「娘かもしれないから、できるだけのことをしたいと言っていたのは、本当だと思う。君を守るために命を賭けたんだ。少し信じてやってもよくないか」

「うん。あの人、私のお父さんなの?」

「分からない。DNA鑑定してほしいと言ってたよ」

「…考えとく」


 警察が事情聴取に現れた。

「お疲れのところ、申し訳ありませんが、傷害事件のことを話していただけますか」

「刑事さん、申し訳ない。私も彼女も、昨夜から一睡もしていないんです。明日にしていただけませんか」

「申し訳ない。ちょっとだけお願いします。あなたたちとあの男の関係だけでも」

「それは簡単な質問じゃない」

 私が拒んでいると、小窓が答えた。

「あの男は私のストーカーで、この人と刺された人は、私を守ろうとしてくれたんです」

「ストーカー?」

「警察に相談しましたが、何もしてくれませんでした」

「何もってことは…」

「本当に何もしてくれなかったんです。だから、お二人が戦ってくれたんです」

「それは無謀というものですよ」

 私も、警察官の無遠慮な態度と他人事のような言葉に腹が立ってきた。

「無謀ってなんだよ」

「落ち着いてください。救急車や病院の書類では、刺された人は東京で、あなたたちは広島が住所になっていました。どうして京都で事件に巻き込まれたのですか」

「今日は、私たちとあの男の関係だけと言ったじゃないですか」

 その時、関根が手術室から出て来た。執刀医の「もう、大丈夫です」という言葉に安堵する。

 警察官は「では、また明日お邪魔します」と言って引き上げた。

 関根は眠ったままICU(アイシーユー)に移動。その前の待合椅子に座ると、急激に眠くなった。小窓は私の肩に首を倒してきた。寝息を立てている。

 私は小窓の肩をいた。

 愛しさが込み上げてくる。


 目が覚めると、お昼になっていた。小窓を探すと、ナースステーションで説明を受けていた。私もそこに行く。

「これからどうなるの?」

「誰かに付き添っててもらいたいって」

「誰かって、二人しかいない。店、どうしようか」

「今日は午後から予約入ってたよね。連絡しなきゃ」

「でも、予約表よやくひょうは店のパソコンだよ」

「クラウドにアップしてあるから、スマホからも見れるよ」

「そうなのか?」

「とりあえず一週間分、連絡してもらえる? 私、ファンクラブの子たちに、臨時休店の貼り紙を頼んでみる」

「そうか。あいつら心配してるぞ。元気だって言ってやれよ。リーダーが、君が拉致されるところを見て、車のナンバーと犯人の顔を覚えてたんだ」

「そうだったの?」

 小窓は、充電切れスレスレのスマホで、ファンクラブのチャットグループを開く。

「小窓さん大丈夫かな」

「小窓さん、心配してるよ」

「僕たちの小窓さん、出てきて」

 みたいなメッセージがいっぱいになっていた。

「みんな、心配かけてごめん。拉致られてたけど、今朝、オーナーたちに救出されたよ」

 と言葉を入れる。

「あ、小窓さんだ!」

「小窓さーーん。よかった」

「我らの女神、復活!」

「オーナー、ありがとう」

 と喜びの声が続く。

「みんな、ありがとう」

「会いに行きたい。どこにいるの?」

「実は京都」

「京都!」

「京都?」

「京都…」

「みんなにお願いがあるんだけど」

「僕たち、小窓さんのお願いなら何でもします」

「店に、臨時休店りんじきゅうてんという貼り紙をしておいてくれない?」

「おやすい御用です」

「俺、やる」

「僕がやります」

「俺もやる」

「一枚でいいよ。じゃあ、リーダー、お願い」

「ご指名にキュン! はい、喜んで!」

「いいなあ。いつ帰って来るんですか」

「ちょっと分からない。また、連絡する」

「早く帰ってくださいね。小窓さんのいない弓野ゆみのまちは真っ暗です」

「アマテラスの女神様、どうかお姿を…」

「大袈裟だよ」

「元気な小窓さんの写メください」

「それはやめよう。小窓さんは写真を出さないことになったんだ」

「リーダー、ありがとう。みんなのことは信じてるけど、今日の私は睡眠不足のうえに、お風呂にも入ってないので、見せられない。変なTシャツ着てるし」

「小窓さんの変なTシャツ見たい」

「小窓さんのお風呂…鼻血出はなぢでそう」

「ばーか」

「お叱りにキュン!」

「帰れるようになったら、連絡するね」

「了解」

「承知」

「御意」

「り」

 私はスマホ画面を覗きながら言う。

「白雪姫と七人しちにんの小人だな」

「小窓姫と七人しちにんさむらいだよ」

「早く帰ってやりたいな。広島に」

「うん」


 関根の意識が戻り、ICU(アイシーユー)から通常の外科病棟に移動した。

 痛み止めを打たれて、少し楽そうになった。

「無理しなくていいですけど、話せますか?」

「大丈夫です」

「関根さん。私、DNA鑑定受けます」

「そうですか。ありがとう」

「こちらこそ、守ってくれてありがとう」

「どじって怪我をして、あいつを凶悪犯にしてしまいました」

 この二人は、お互いに敬語だ。

「関根さんは、私の母を知ってるんですか」

「はい。高坂祥子さんは、大学時代の私の恋人でした」

「恋人…。死んだこと、知ってるんですよね」

「はい。去年、共通の友達に聞きました」

「母は大学時代の話をしませんでした。父の話に触れそうだからだったんだと思います」

「そうだったんですね」

「あなたは、自分が私の父親じゃないかと言ってるみたいだけど、それは母と『やった』ということなのよね?」

「ごめんなさい」

「謝ることじゃないわ。愛し合ってた?」

「もちろん、もちろんです」

 私から聞いてみる。

「関根さんの大学はどちらですか」

「国立情報工科大学です」

「お、エリート。じゃあ、祥子さんの大学はどこだったんですか?」

「横浜芸術大学です」

「やはり、私と同じだ」

「そうなんですか」

 同一人物説がよぎる。

「浪人をしていなければ、私が二つ下だと思いますが」

「お互いに浪人はしていません」

「違う大学なのに、どこで出会ったんですか」

「一年生の時、大学間夏季交流セミナーで同じグループになりました」

「私も参加したことがあります。コンパみたいなものでしたね」

「そうですね。私が一目惚れして声を掛けて、デートするようになりました」

「横浜芸大に行ったことは?」

「ありません。会う時は都内でした。月に一回くらいのペースで」

「恋人だったんですか」

「はい、少なくとも私はそう思っていました」

「お話に時々出てくる、共通の友達というのはどっちの大学なんですか」

「彼女と同じ横浜芸大の女性で、堂園祐子さんといわれます」

「堂園祐子…」

 毛が逆立った。小窓と目を合わせて驚きを伝え合った。

 堂園祐子は実在する。

「ご存知なんですか」

「私の大切な人の名前です」

 私は関根に、私と祐子さんの物語を話した。

「不思議なロマンスですね」

「あなたの口からその名前が出てくるなんて、思いもしなかった」

「本当ですね。奇遇という言葉ではまったく足りない…」

 私は確認する。

「堂園祐子さんと高坂祥子さんは双子ではなかったですか」

「え、え? どういう意味ですか」

「どういう意味ですかって、そっくりではなかったですか。友人なら双子だと言っていませんでしたか」

「実はたぶん、堂園祐子さんと私は、会ったことがないんです」

「あなたと祥子さんの共通の友人と言ってましたよね」

「いえ、共通の友人というのは語弊があるかもしれません。日本に帰って間もなく、SNSのメッセージに『高坂祥子の友人の堂園祐子です。覚えていますか』と送られてきたんです。名前は聞いたことがありました。私と祥子さんの関係を知っている唯一の人だったはずです。双子とは聞いていません」

 小窓が思い出したように言う。

「そういえば、入院して間もない頃、大学時代の友達がお見舞いに来てくれたと言ってたよ」

「祐子さんと祥子さんは、死ぬ間際まで交流があったということでしょうか」

「その友達が祐子さんだったのかもしれませんね。そのメッセージか来たのはいつですか」

「去年の九月の始めです。履歴は残っていますよ」

「亡くなった直後ですね。死ぬ前日までは意識もはっきりしていました。私がいない時にスマホで『そろそろお迎えが来る』とかをやりとりしてたんですかね。スマホの履歴は初期化されてました」

「亡くなる前に知らせてほしかった…」

 関根は遠い目をした。ちょっと間をおいて私が聞いた。

「堂園祐子さんとはその後、連絡を取ったりされていますか」

「あ、いえ。それっきりです。返信の返信はきませんでした」

「それっきり…」

 今度は、関根が私に聞く。

「その堂園祐子さんの写真はないのですか」

「ありません」

 私は関根に、私と祐子さんの物語を話した。

「不思議なロマンスですね」

「実は祐子さんに会ったのは二十二年前が最後さいごで、顔が思い出せなくなっています」

「私も祥子さんには同じくらい会っていません。ただまあ、弥生さんとのツーショット写真は、確かに年齢を重ねた祥子さんだと思いますよ」

 高坂祥子と堂園祐子は同じ大学の友人。もし、双子なら目立ったであろう。私は祐子さんとあの大学祭以降、大学の構内で会うことはなかった。秘密の関係なので、努めてそうしていた。

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