十 The Dangerous Stalker
翌朝、五時に車で広島駅に向かって発つ。関根に言われたとおり、「スマホを探す」機能を私のスマホに起こした。
六時の新幹線に乗る。関根とショートメッセージで、お互いの出発を確認した。本当に京都にいるかどうかは分からないが、少なくとも東に向かった。確実に小窓の居場所に近づいている。
京都駅に着いて、駅前のレンタカー屋に行く。私の名前でネット予約されていた。免許証を見せて書類を書くと、店員はいくつかの説明をして、キーを手渡した。これに乗ったからといって、行き先も分からないのだが。
ドアを開けようとしたところ、電話のバイブが震えた。小窓からだ。車に乗って、雑音を遮った。
「昨夜は帰れなくてごめん」
犯人が聞いていることを考えて、妙なことは言わない。
「たまには、友達と語り明かすのも悪くないよ」
「ごめんなさい。私は大丈夫だからね。じゃあね、帰る前には電話するから」
電話は切れた。
気が付くと、関根が車の外に立っていた。私の電話が終わったのを確認して、助手席側のドアを開けた。
「おはようございます。小窓さんからの電話ですか」
「おはようございます。そうです」
「GPSを見てください」
「あ、そうか」
「ちょっと貸してください」
スマホを渡すと、指で二つ三つ操作した。
「GPSは京都市内の一点で止まっています。到着先が決まるまで、充電を温存していたのかもしれないですね。地図を拡大してみると、『洛北荘』という小さなアパートのようです」
犯人の部屋かもしれない。
「小窓はそこに監禁されているのか」
「行きましょう」
車を出した。運転する私に、関根は助手席から道順を指示する。と言っても、烏丸通りをひたすら直進した。平安京の碁盤の目を過ぎてようやく右折。そしてまた左折してきたに向かう。京都駅から二十分ほどで見えた高校は、たぶん、履歴書に見た小窓の母校。
「そこを右折してください」
新旧の家屋が混在する普通の住宅街に入った。ようやく離合できるくらいの道が一直線に伸びる。
「もうすぐです」
関根の言葉を聞いて、スピードを落とす。
「そこです」
モルタル塗りの古い木造アパート。洛北荘という古びた看板が見えた。
「ここか…」
後ろから車が来たので、前に進む。都合よく、コインパーキングがあったので、そこに止めた。隣の車は小窓を誘拐した車ではなかろうか。車種も色も同じだが、またナンバーが違う。中学生が目撃した拉致現場では広島、防犯カメラに写った明石のサービスエリアでは神戸、そして、ここでは京都。そこそこの土地で、目立たないように当地のプレートに変えていたということか。おそらく、偽造して上に貼っていたのだろう。そういう細工がないこれが本物。「わ」ナンバー、レンタカーだ。用意周到な誘拐だ。
関根と私は車を降りて、徒歩でアパートまで引き返す。一階、二階に三室ずつと見える。
「どの部屋でしょうか」
「だいたい、一〇一号室に管理人がいるはずです」
「そうなんですか」
関根が一〇一号室をノックすると、七十代くらいの女性が出てきた。
「はい。何ですか」
「ちょっとお聞きしたいことがあります」
「あ、刑事さん?」
「民間調査会社の者です」
「探偵さん?」
「関根といいます。こちらは依頼人の方です」
「誰かをお探しですか」
「管理人さんですか」
「はい。まあ、大家ですけど」
「そうですか。こちらにこの男性は住んでおられませんか」
ストーカーの写真を見せる。
「こんな若い人はおりませんねえ。一階の二室にお年寄りがそれぞれ一人暮らしをしておられます。二階は三つとも空き部屋になってます」
…犯人の部屋ではないのか。
「じゃあこちらは?」
今度は小窓の写真を見せた。
「あ、何年か前まで二〇三にいた高坂さんのところの娘さんやね。そうそう、弥生ちゃん。何かあったんですか。じゃあ、さっきの写真は弥生ちゃんを付け回してた男じゃないかしら。このアパートをジーッと見てたことがありました。一回、何か用ですかと聞いたら逃げて行きましたわ」
…どういうことだ。小窓と母親が住んでいたところとは?
「そうですか、ありがとうございます。では、その二階の部屋を見せてください」
「何があったんです?」
「言えないのです。危険なので、部屋に入ってお待ちください」
二人は鉄製の外階段で、足音を潜めながら二階に上がった。
鍵を借りたが、二〇三号室の前に行くと、ドアが少し空いている。そこから小さな話し声が漏れる。
何を言っているのかは聞こえないが、甘えた声でグダグダと話しており、小窓の「それ、何回も聞いたよ」という言葉が聞こえた。
私は若者の幼児のような態度に激しく苛立った。
「嫌だ。僕はもうダメだ。弥生ちゃんと一緒に死ぬ」
その言葉に危険を感じ、私はドアを開けた。
「お前、何を言ってるんだ!」
「誰だ!」
「オーナー! 今、来ちゃダメ」
小窓は、私を見て首を横に振りながら叫んだ。
「弥生ちゃん。うそつき」
若い男は刃物を出した。私は咄嗟に、小窓に飛びついて庇った。
「うわっ。痛!」
刃物は、後ろから飛び込んで来た関根を刺していた。
「関根さん!」
男を取り押さえようとしたようだ。腹から血が流れだした。若い男は刃物を離して怖気づいたように座り込んだ。
「救急車!」
小窓はスマホで119番をした。
「やめてくれ。大丈夫だから」
救急車を呼ぶと、警察に連絡が入り、関根も捕まるかもしれない。
「何を言ってるの。命が一番」
小窓は関根を叱責して、消防署に場所と状況を伝えた。
私は、逃げ出さないように取り押さえて馬乗りになったが、若い男は抵抗もせずに呆然としている。
小窓はシャツを脱いで、関根の出血部を押さえた。上半身がブラジャーだけになっている。私は慌てて、自分のジャケットを肩に掛けた。
関根は声にならない声で言う。
「弥生さん。ありがとう」
「あなた、本当に私のお父さんなの?」
関根はそれに答えようとしたが、激痛に歯を食い縛ることしかできない。
「ごめんなさい。喋らないで」
部屋の壁には何枚も如月弥生の写真が貼ってある。変質者だ。私はそいつの髪を掴んで、こちらを向かせた。殴ってやろうかと思ったが、ひ弱そうな男に許しを請うような目で見つめられて思いとどまった。
救急車とパトカーがサイレンを鳴らして集まって来る。野次馬も現れ、洛北荘と周辺は騒然となってきた。大家さんが心配そうに近づいてきた。
「ああ、弥生ちゃん。大丈夫やった?」
「大家さん、ご無沙汰しています。大丈夫です。お騒がせしてごめんなさい」
大家さんは、小窓のあられもない姿に、男に乱暴されたと誤解したのだろう。「ちょっとおいで」と言って、一〇一号室に連れて入った。しばらくすると、小窓はTシャツを着せてもらって出て来た。大家さんのものだろうか、サイケデリックな模様である。
関根は救急車に乗せられ、私と小窓が同乗した。若い男は傷害容疑で緊急逮捕された。
関根はストレッチャーの上、応急の止血をされたが、痛みに耐えて唸っている。小窓が手を握ると、強く握り返した。
「頑張って!」
あれだけ嫌っていた関根を、応援している。
十分ほどで病院に到着。ICUに入り、検査をしたところ、臓器に損傷はなく命に別状はないとのこと。少しホッとした。
手術が始まる。待合室で二人になった。
「酷いことされなかったか」
「うん。あいつ、感情の波があるけど、落ち着いていれば優しかったよ。指一本触れることはなかった。それに、今朝、オーナーが私の居場所を突き止めたことが分かったから、きっと助けに来てくれると思って、私自身も冷静になれた。まさかあんなに早く来るとは思ってなかったけど」
小窓が元カレとお泊りデートをしたのではないかと、一瞬思ってしまったことを恥じた。
「私が来るのが分かってた?」
「安心させるために、電源を切ってスマホをあいつに預けたんだけど、今朝、『一度連絡しないと、心配して通報されるかもしれない』と言ったら、返してきたの。電源を入れたら、私のアカウントに別のスマホからログインされたと通知が残ってた。GPSで探してくれてると思ったの」
私のスマホで、「スマホを探す」を起動したときのことだろう。
「あの男は何者なんだ」
「高校の同級生と言ったでしょ」
「本当に同級生だったのか」
「うん。私のことアイドルになる前から好きだったと言ってる。デビューしてからは確かに一生懸命応援してくれた」
「なぜ、ストーカーになったんだ」
「私の卒業ライブに爆発物を仕掛けるとSNSに投稿があって、ライブは中止になった。一番熱烈だったあいつが疑われたわ。感情を制御できなくなることがあるからね。爆弾も見つからず、その投稿も削除されていて、手掛かりがなくなると、警察は捜査をやめた。一応、あいつには事情聴取したらしいけど、曖昧なまま」
「あんまり真面目に捜査してないみたいだな」
「それまでにもしつこい感じはあったんだけど、付け回しを始めたのは、その事件のあとだったの。あいつ自身も疑われたままで、辛かったんだって。昨日、最初に自首しなさいと言ったので、やばいスイッチが入ったみたい。車の中で、ずっと、自分がそんなことをするわけないんだという話を聞かされてた。『完全燃焼させるはずだった卒業ライブが中止になって、想いがくすぶってしまった。自分も被害者だ』とか、『自首しろとか言うから、誘拐みたいになっちゃったじゃないか』とかの堂々巡り」
「勝手な言い分だな。車のナンバーを変えるような準備もしてたぞ。計画的な犯行だよ」
「終わり方を考えてなかったみたい。死ぬしかないって言いだしたのを、なだめているところにオーナーたちが飛び込んできたのよ」
「なるほど。どうして、広島にいることが分かったんだ」
「おばあちゃんの家に行った帰りに、京都駅であいつに見つかったのよ」
「新幹線のチケットを買ってる時のことか」
「うん。広島まで尾行されてた。小鳩写真館を突き止めて、一旦、京都に帰って、車を借りて出直したみたい」
「あの時、京都駅で私があいつと話をすればよかったな」
「オーナーを巻き込みたくなかった。私があいつをおかしくしたんだよね。話を聞かずに逃げ回ったの」
「小窓は何も悪くない。悪いのはあいつだ。君は私が守るんだから」
「ありがとう」
話を少し変えた。
「お母さんとあの部屋に住んでたらしいな」
「母子家庭で経済的には苦しかった。おばあちゃんも家は大きいけど。年金以外に収入はないんだから。母親は病院事務とファミレスのアルバイトのダブルワークをしながら、安いアパートに住んで、私を大学に行かせるお金を貯めてくれてたのね。私の芸能活動のお給料も全部貯金してくれてた」
「そうだったのか」
「あいつは私の住所を知っていた。空き部屋になってから、時々侵入してたみたい」
「気味の悪い奴だな」
如月弥生の写真がたくさん貼られていた。そこで、『弥生ちゃん』と暮らす妄想を巡らせていたのだろうか。
「大好きな弥生ちゃんがアイドルになり、大学生になって自分から離れて行くのが、堪らなかったんだろう。しかし、その切ない気持ちの発露が誘拐では同情の余地もない」




