聖女ミラノの帰還
議員達が次々と議場から搬送されていく廊下を横切り、緑の護衛官の案内で、ちょっとした広さの応接室に通された。
入口付近にいて蛇の毒を受けなかった議員達が、一時的に避難しているようだ。
部屋の奥では、聖女ミラノ=アートが議員達の称賛に取り囲まれていた。
「――『光明の聖女』様、お助け頂き、ありがとうございます。素晴らしいお力でした」
アルヴァは彼らの間から割って入った後に、片膝をついて左手を胸に添えた。
突然折り目正しく敬礼をとったアルヴァに、周囲の議員達も、慌てて真似るように膝をついていく。
「アルヴァさん!? どうしてここに?」
「……お話ししたいことがあります。少し、お時間を頂けますか?」
ちら、と周囲に視線をやると、聖女ミラノは小さくハッとして、頷いた。
「すみません、皆さん、少し外してもらえますか?」
口々にお礼を述べて散っていった議員達の背中をみて、聖女ミラノはホッと息をついた。
「ありがとうございます。皆さんに囲まれて、どう対応したらいいかわからなくて……」
「お役に立てて良かった。それより、今まで何処に行っていたんですか? 皆、心配していました」
ミラノとの会話の向きを壁際に誘導して、声を小さく落とす。
「……総議長様にも聞かれました。私、7日も消えてたんですね……。言葉では正しく表現出来ないんですけど……えっとつまり、この世界の力の存在と使い方を、掴んできたんです」
「世界の力……?」
「わ、わけわかんないですよね! あ~もう、何処に行っちゃったの、あの子……!」
「……待ってください。それはまさか、魔女の力の源ですか」
「あ、それです! 夜の礼拝をしてたらいきなり女の子が現れて、私を連れ出したんです。ヒカゲ=ディシール。小さい女の子の姿ですが、魔女の師匠だって言ってました」
――なんてことだ。
魔女の力の源を探しにアーペへ行ったのに、むこうから直接、聖女様のもとを訪れていたとは――。
アルヴァはそっと聖女ミラノの手を取った。
「俺の力及ばず、申し訳ありません。その……大丈夫ですか? 7日間も連れ出されて……お疲れでしょう。お腹空いてないですか?」
「……あ……」
少し驚いたふうにしたミラノは、小さく笑って、細い指先できゅっと握りかえしてきた。
「……ありがとう……。きっと、そんなこと言ってくれるの、アルヴァさんくらいですね」
魔女の師匠に連れ出され、世界の力を掴んできた。
普通に考えれば食いつくのは《力》のほうだろう。
だけど咄嗟に空腹の心配をしたのは、最近、身近に魔力切れを起こして療養が必要になった仲間がいるからだ。
「……大丈夫ですって言おうとしたんですけど、言われてみると、凄くお腹が空いてるような……」
「7日間何か口にしましたか?」
「いえ、そもそも7日経ってるなんて……時間の感覚が全然無くて……」
「……聖女様、失礼します」
話しているうちに言動があやしくなってきたミラノを、そっと抱き上げる。
倒れる前に気付けて良かった。
抱き上げた途端に、すう、と眠ってしまったようだ。
ちら、とここまで連れてきてくれた緑の護衛官をみる。
「聖女様には休養と食事が必要です。総議長様はどちらへ?」
護衛官は困ったふうに、首をかしげた。
「ここにお連れするように言われたので、ここにいると思いましたが……。とにかく聖女様は貴賓室へ御案内しましょう。救護所はいま戦場状態ですし」
「そうですね。案内お願いします」
赤い絨毯の広い廊下に出ると、別の緑の護衛官が丁度こちらに向かって駆け付けてきた。
「無断で外してすまん! 緊急事態があって」
「えぇ? 今度はどうした」
嫌そうな顔をした仲間に、合流してきた護衛官はそっと何かを耳打ちする。
イアンと呼ばれた護衛官の顔は、ますます嫌そうになった。
「嫌すぎる事態だな……。しかしそうなると、貴賓室には案内できないよな」
「ああ」
二人は頭を突き合わせて頷き、アルヴァに向き直る。
「すみません、一旦総議長の居室へご案内します」
貴賓室に案内できないという事は、そこで何かあったのだろう。
アルヴァはなにも言わずに頷き、案内に従って館内を歩く。
――おそらく、リーオレイス帝国の外交大使に関することだ。
外交大使がこのフェルトリア連邦に入国するのを監視したのは他ならぬアルヴァ自身だ。
その後は監視任務から外れているが、帰国したという話もきかない。
それに、議場に現れた魔女が言っていたのは、リーオレイス帝国との国交についてだった。
今朝訪れたばかりの総議長の居室に最短路で辿り着くと、アルヴァは抱えてきた聖女ミラノを、そっと長椅子におろした。
護衛がどこからか持ってきてくれた毛布をかけてやれば、ミラノは気持ち良さそうに寝息をたてはじめる。
「聖女様が見付かってよかった。しかしあれだけ捜索したのに、突然議場に現れるなんてな! また格好良く魔物を消したんだろ? 俺も見たかったぁ~!」
そうぼやく護衛に、アルヴァはおもわず少し笑う。
「《魔物を消す》『光明の聖女』様の力、とても綺麗でした」
「いいなぁ……今日の議場警護は俺が当番だったのに、隊長が出るって言って交代したんだ。やっぱ出れば良かった」
「でもお前が出てたら、蛇の呪いで真っ先に倒れてただろ」
「あ、そうか。やっぱり隊長は凄いな」
護衛の息の合った雑談に、アルヴァはふと顔をあげた。
「……蛇の呪い? 毒ではなく?」
「ああ。毒なら救護所の治癒師が治療できるんだが、どんな治癒魔法も効かないらしい」
蛇の呪いか。
……そもそもどうして彼女は蛇を使役するのだろう?
戦場や湖沼地帯などで出現する魔物に種類の傾向なんて無いが、彼女が直接関わる場合には、蛇の魔物が出てくる。
魔物は普通、赤黒い。吸血鬼の瞳も魔物の色だった。
――あの紫色の羽根蛇は、魔物なのだろうか?
バン、と扉を開いて慌ただしく入ってきたのは、この部屋の主だ。
「アルヴァ! ミラノさんは――」
長椅子で眠っている聖女ミラノの様子をみて、総議長はあわてて声をおとす。
「……眠ったのか」
「はい。どうやら7日間、きちんと眠っていなかったようです。起きたら軽食をとれるようにしてあげて下さい」
「わかった。教会にも連絡してやらないとな……って、そういえばアルヴァはどうしてまた官公庁に来てたんだ? 入館証は渡してたし、議場での光魔法は実際助かったけど」
リッドの口調は朝と違って、速い。
毎日大量の仕事をこなしているだけあるのだろう。
「協会で飛行機械を取り扱う特許申請を出しに来たんですが……」
「そんなの正直に窓口に出してたら時間がかかるだろ。上から下への決裁のほうが速い。決裁して下に流すから、預かるよ」
それでいいのか?
まぁ早いに越したことはないし、議場での顛末を考えても、たぶん良いところで適当なのは、国民性なのだろう。
ポンと総議長に書類を預けると、官公庁に来た用事は済んでしまった。
「リーオレイス帝国の外交大使は、皇女キリスでしょう。大使に、何かありましたか?」
アルヴァがいきなり切り出した内容に、総議長は拘りなく頷いた。
「大使は議会に参加していなかった。だけど、貴賓室内で発生した蛇に咬まれて、議員達と同じ状態になっている」
――とすると、事態は深刻だ。
政治家達が魔女の呪いに倒れ、国交を結ぼうと訪れていた帝国の大使までもが巻きこまれた。
「……おそらく、魔女を倒せ、という話になるだろう。こんなことになるなんて……すまない、アルヴァ」
今朝決まったばかりの、魔女の無実を証明していくという協会での方針が、いきなり躓いたということだ。
「総議長様のせいではないでしょう。確かに悔しいですが、……あの人を勝手に定義付けるなんて事自体、無理があったのかも知れません。……あの人は今この世界に、生きているんですから」
理解を示してくれたクレイ達には、そのこと自体に、感謝しかない。
「そうか……。議会がどう転んでも、俺個人としての気持ちは、アルヴァと同じだ。それだけは覚えておいて欲しい」
――この総議長は、人をたらしこむ魔法でも持っているのか?
いや、それが、成功している為政者ということか。
「そういえば、隊長はどうしたんです? 総議長一人で走ってきたんですか?」
護衛官が、いきなり横から会話にわりこんだ。
自由だな……。
「ああ、貴賓室の近くで確認したいことがあるとかで……」
総議長がそう言いさした時、丁度ユリウスが扉を叩いて部屋に入ってきた。
「隊長! 総議長を一人で行動させないで下さいよ。護衛の意味がないじゃないですか」
「いやぁ、ごめんね! おや、ミラノちゃんはお休みですか。寝顔も可愛いですね」
ユリウスはそっと聖女ミラノの寝顔に微笑んで、さっと居室の手近な窓を少し開けた。
すう、と冷たい風が入ってくる。
「ジル、イアン。食堂から軽食と、いつでも食べられるような菓子を色々持ってきてくれ。聖女様の為だ。宜しく頼む」
緑の護衛ふたりが部屋から出ると、薄く開けていた窓際に、小鳥が一羽舞い込んできた。
なるほど、護衛には席を外して貰ったのか。
「リッド。シェリース王国から、 手紙だ」
面白い/続きが読みたい、と感じて頂けましたら、
ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価をお願いします!
ブックマーク、感想なども頂けると、とても嬉しいです




