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【完全版】世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~   作者: 白山 いづみ
気まぐれの人生

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山登り強行軍


 山道を歩くというより、これはほとんど登山というべきだ。

 足元に注意しながら必死にジノヴィの速さに合わせても、荒縄で擦れた手首が痛い。

 

 時間の経過と共に白い霧が薄れ、ふと背後をみると灰色の岩の荒涼とした景色が広がる。

 冷えた手を温めようと白い息を吐く。

 足が痛いのは随分前に訴えているが、軍人感覚の登山には休憩というものが無いらしい。


 ぐったりしながら漫然と歩いているうちに目の前の斜面が途切れ、少し平らになった地面を踏んだ。

 平然と背筋を伸ばすジノヴィに続いて、セトとアルヴァは地面に手をついてから目を上げた。登るべき斜面が見当たらない。どうやら山の頂上のような場所に辿り着いたようだ。

 上がった息を整えて、セトは手近な岩に座り込んだ。脚が重くてとても立っていられない。アルヴァは2人の傍をすり抜けて、少し先の高い岩に飛び乗って辺りを見渡した。


 霧のような雲が景色の切れ目から立ち昇って流れていく。

 麓の宿で冬仕様の防寒着を着込んだ時は少し暑いと思ったが、本当にこれを着てきてよかった。

 アルヴァは小さくくしゃみをしてから、来た方に向けて細身の剣を抜いた。

 

 『光よ 影と幻に姿を移せ』

 一瞬、振った刀身が虹色の光沢の残像を描いてもときた坂道に満ちる。


 見たことのない魔法に驚いたのはジノヴィのほうだった。

「アルヴァ。今の魔法は?」

 剣を鞘に収めて岩から飛び降り、アルヴァは笑顔をみせた。

「幻覚魔法です。弓矢とか魔法の初撃をごまかせますよ。ちょっと休憩にしませんか?」


「いいね……僕はもう降り坂でも動けないよ。どうしても今行くなら、最初みたいに気絶させて運んで貰える?」

「そんな面倒は断る」

 セトに対してはずっと押し黙っていたジノヴィがようやく不機嫌な顔で即答し、手近な岩に腰をおろした。セトも繋がれた縄のせいで、その隣に一緒に座り直す。

 

 息ひとつ乱さずにここまで登ってきたジノヴィの体力は、いったいどうなっているのだろう。

 セトは少しだけ本気で気絶したくなってきた。

 今までは馬車での移動だったし、もと1日中座って仕事するような生活だったのだから、軍人や退魔士とは基礎体力に差がありすぎる。一切休憩も取らずここまで歩けた自分に驚いたくらいだ。


 アルヴァに手渡された水筒で喉を潤して、ささくれた気持ちが少し癒される。

 彼がいてくれて良かった。ジノヴィとの二人旅だったらと想像してみただけで、ぐったり疲れそうだ。


 ここまでの馬車旅で3人ともずっと黙っていた訳ではない。

 リーオレイス帝国がどんな国なのか、最近の辺境の治安、魔女探し達の動きの傾向。そういう旅人らしい話を色々と聞けたし、その話を通じてジノヴィが相当に硬い忠義で帝国に尽くしている事も感じ取る事ができた。


 セトからは他人の占いの内容を語る訳にもいかず、叔父が語っていた歴史の話をした。

 魔女が現れる前、この世界は戦争に満ちた戦乱の世の中だった。

 政治的な情報の遮断による地方の孤立と困窮。

 無規律に魔物が跋扈する中で、必要な時に必要な場所に物資と情報が行き届かないことは、悲惨な状況を招いていた。

 それに対して、現在は魔女が魔物を支配し、ある程度魔物の行動原理が明らかになっている状況だ。

 戦乱には魔物が発生し、戦争には魔女が洪水をもたらす。だからどの国家も軍事行動ができなくなっている。そんな状況が長期間続いている事で、国家間の情報確執が薄くなり、今や物資と情報が比較的自由に往来している。この話は叔父の主観が大きく入ってはいるけれど、大体史実どおりだ。

 アルヴァが好奇心いっぱいの目を輝かせていたおかげで、話題としては結構良かったのかなと思う。

 シルヴィス王子が言っていたように魔女は国や社会に繁栄をもたらしている。ただし自分への今の扱いを考えると、魔女を好きになれそうにはない。


 ゆるやかな馬車旅で沢山話をして、少しは打ち解けたように思ったのに。

 不機嫌なジノヴィを、片目でみる。

 レギナという仲間と合流できたのは良かったとは思う。けれどそれでまたセトへの態度がより冷えたものに変わるということは、リーオレイス帝国に辿り着いた後の状況が思いやられる。

 


 ふと視界の端で景色が揺れた。

 

 ヒュ、と空気を貫く音と共に、ほんの数歩先の地面にドドッと音を立てて矢が突き立った。

 驚いている暇もなく、グッとジノヴィに腕を掴まれ引き寄せられた。


「よくやったアルヴァ。逃げるぞ」

 ジノヴィが素早く大剣を抜き、セトの荒縄を離して背中を押す。

 突然の動きに転びかけたセトをアルヴァが支えて、急いで山頂の向こうへ駆け出した。


 強烈な殺気が、もときた斜面から登ってきていた。

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