帰還に待ち受けていたもの
飛行機械を積んだ馬車が、早朝の薄明かりのなか、中央都市フェリアの街中へと入っていく。
アルヴァは馬の手綱を握っていた肩の力を抜き、ほっと息をつく。
街中は道ががきれいに整備されており、馬車はほとんど揺れない。
外街道では馬車の振動で飛行機械が壊れそうで、ずっと緊張していた。
「へぇ~! ここが首都フェリアか。綺麗な街並みだなっ」
ソーマが馬車から身を乗り出して、冷たい風をあびた黒髪をかきあげる。
その明るい声に、ノーリも薄金髪の下で目を擦りながら顔を出した。
「……ここは文化芸術の最先端の街です。最近は『光明の聖女』様が解放奴隷達にも芸術教育を施したと聞いていますよ」
「無骨な部品がいっぱい転がってるアーペとは、別の国みたいだな!」
「ああ……。地方の自治権限も強いようですし、間違っていないかも知れませんねぇ」
ノーリは旅の途中で体調が悪そうだったが、回復したようだ。
ざあ、と小鳥の群れが空に舞う。
急に厚い雲が流れてきて、雨の気配が漂ってきた。
街の南側にあるフェリア中央教会まではあと少しだ。
アルヴァは少し馬の速度をあげようとしたが、今まで従順に馬車を曳いてきた2頭の馬は、突然、戸惑うように足を停めてしまった。
「どうした?」
馬車のなかで目を瞑っていたリースが、熟睡しているアクアの肩を支えながら顔を出す。
「リース。何故か、馬が停まって――」
いきなり、ズン、と地面が音を立て、縦に揺れた。
「!?」
ゴゴゴゴ……と低い音が地面の奥から響くのにあわせて、フェリアの街並みが、小刻みに揺れる。
「地震か? いや、これは……」
タッと馬車から降りたリースが、地面に手を当てて眉をひそめた。
その隣にソーマが立つ。
「地震じゃなくて地鳴りだな。大地の奥底で何かが動いてるって感じだ」
「ああ……でも、雨が大量に降ったわけではないし……なんだか不気味だな」
リースは地面に手を当てたまま、厳しい顔で周囲をみる。
低い音と振動は、すぐに小さくなり、おさまった。
突然の事に、街の人々もぱらぱらと外に出てくる。
最初の振動はかなり大きかった。
街道上の馬車でもそう感じる位だから、おそらく屋内にいた人々はもっと大きな振動として感じただろう。
「ともかく、先を急ごう。雲行きも怪しい」
リースが一緒に馬の手綱を握ったところで、逆にトンとノーリが馬車から降りた。
「さっきので、怪我人が出ているかも知れません。僕は街の人達の様子を見て回ってから向かいます。先に教会へ行ってください」
「俺も俺も!」
「ソーマ。貴方は教会に古書の解説をしに来たんでしょう。前みたいに大勢の重傷者を看る訳じゃありませんから、腕の良い治療師はふたりも要りませんよ」
「え~? 仕方ないなぁ……何かあったらすぐに呼ぶんだぞ?」
「子供じゃないんですから、大丈夫ですよ」
そういって走って行ってしまったノーリの背中をみおくったソーマは、少し寂しそうな顔で馬車に戻った。
リースと一緒に馬の不安を宥め、改めて中央教会へ向かう。
さっきノーリが心配した通り、街中では所々で家屋の被害や怪我人が出ているようだ。
ようやくフェリア中央教会の門前に馬車をつけ、閉じている門を叩く。
通常は聖使が門番をしている筈だが、出てきたのは、厳格な雰囲気の、緑色の制服の男だった。
「早起きな馬車ご一行だな。開門時間にはまだ早いぞ」
「雑踏の混雑を避けたんです。さっきの揺れは大丈夫でしたか?」
「ああ、教会の中は今のところ問題無い。それとお前達は通すように言われてる。アーペからの長旅、ご苦労様だったな」
こちらは名乗っていない筈だが、彼は馬車が通れるよう大きく門を開けてくれた。
積み荷の大きさから、飛行機械を積んでいると察したのだろうか。
「……ありがとうございます。聖女様の指示でしょうか?」
「いや、うちの護衛隊長の指示さ。早く通りな」
「護衛……?」
アルヴァとリースの出身地であるリュディア王国に、緑色の護衛部隊は存在しない。
おそらく、このフェルトリア連邦国内での組織だろう。
しかし、護衛部隊に囲まれるような協会の関係者に、心当たりは無い。
隣に座っているリースも、首を傾げる。
馬車を聖堂の傍に停車させると、上品な立ち姿の緑色の護衛が、サッと敬礼した。
「長旅お疲れ様でした。連絡鳥の報告は受け取っています。私はフェルトリア連邦国総議長の専属護衛隊長、ユリウス=ハーシェル。総議長と協会の代表達がお待ちですよ。ご案内します」
連絡鳥は飛ばしたが、到着の時間をここまで正確に把握されているとは。
まさか監視されていたのだろうか?
この国の最高権力者がこんな場所にいる理由が分からない。
アルヴァは咳払いをひとつして、左手を胸に添えて直立した。
「私はリュディア王国中央教会所属のアルヴァ=シルセック。魔女探し協会へ連絡したつもりですが、一国の総議長がどうしてここに?」
「緊張することはありませんよ。現総議長は、ここにちょっとした縁があるんです」
護衛隊長は、緑の帽子の下でサラリとした茶色の短髪を揺らし、柔らかな笑みを見せた。
……この男は本当にただの護衛なのだろうか?
「護衛隊長さん、つまり今この教会に、この国の偉い人と魔女探し協会の代表者が揃ってるって事か?」
いきなり横から口を挟んできたソーマに、緑の護衛隊長は笑顔のまま頷く。
「はい。そこに貴殿方が飛行機械を持ち帰った訳です」
「おー。なかなか面倒くさそうなやつだな」
「ふふ、今後が楽しみですね」
「あんたいい性格みたいだな」
「あなたは顔が良いですね」
――ソーマと護衛隊長は、気が合いそうだ。
護衛隊長の先導で教会の宿舎に案内される。
馬車につけていた飛行機械は、聖使達に宿舎の広間に運んで貰うことにした。
国の施設であるフェリア中央教会に集合拠点を借りている魔女探し協会は、この拠点を取りまとめているシヅキ代表の宿舎の部屋が、拠点本部として機能している。
護衛隊長がトントンと宿舎の一室の扉を叩くと、すぐに「どうぞ」と返答がかえってきた。
「私は扉の外にいますね。どうぞお入り下さい」
「……総議長の護衛はいいんですか?」
「ここに揃っているのは、歴戦の魔女探しです。貴殿方を信頼しているという事ですよ。アルヴァさん」
護衛隊長にそういって通された部屋には、なぜか、どんよりと重い空気が満ちている。
前回訪れた時は、忙しく、活気のある部屋だったと思うのだが――。
「ああ……おかえりなさい。アルヴァ、リース。……ふぁぁ……」
徹夜でもしていたのだろうか?
黒髪をくしゃりと抱えて、疲れきった様子のシヅキが長椅子から起きてきた。
「やっと来たか。お前にしては遅かったな、リース。アルヴァも揃ってるな」
協会の創設者クレイ=ファーガス。
いつでも最前線で魔物と戦ってきた、30代後半の精悍な双剣士だ。
しかし彼も珍しく疲れ切った様子で、ゆらりと椅子から立った。
「クレイ。ここに来ているとは……」
「あんな面白そうな報告を貰って、ただ待ってる訳無いだろ。だが、犠牲も多かったな……お前でも止められなかったか。リース=レクト」
ぐっと黒いリースの肩に手を当てたクレイの声は、低い。
魔女探し協会の情報共有をうけ、魔女の本拠地であるメルド湖沼地帯へ偵察に向かった300人間程の人間が、全滅した。
情報共有を目的としている協会が、彼らに何か指示をしたわけでもない。
だが、協会があったことでそれだけの数の人間が命を落としたのは、事実だ。
「……彼らの選択だ。俺のせいでも貴方のせいでもない。遺された結果を活用することが、弔いになるだろう」
「全部魔女のせい、か。そうだな。そう、だったんだが……」
クレイ=ファーガスは、淡々としたリースの肩に額を当て、深く、息をついた。
「……? クレイ?」
「クレイさん、どうしたんですか?」
いつもと様子が違うクレイもそうだが、この部屋の状況もよくわからない。
何かを徹夜で調べていたのだろうか?
二人とも、おかしいくらい覇気がない。
それにここには、この国の総議長がいると聞いていた筈だが――。
「なんだ、朝まで愚痴大会でもしてたのか? すっげー暗いんだけど」
重すぎる空気に、ソーマの場違いなほど明るい良い声が響く。
「ちょっとソーマさん。私でも空気読んで黙ってたのに」
「おお、アクアが珍しく静かだなと思った。だって息詰まってくるじゃねーか。それとここの書類に、誰か埋まってるぞ?」
部屋の隅に寄せられた書類の山。
その隙間に、確かに、誰かが埋まっていた。
「ああ、さっきの振動で資料が……リッド! 寝てる場合じゃないわよ。起きなさい!」
茶色の癖ッ毛が特徴的な、20代前半くらいの青年。
シヅキが書類の中から引っ張り出し、彼は眠い目を擦りながら、フラフラと起きてきた。
「あれ、シヅキ……そのお客人達は?」
「例の、飛行機械を持ってきたクレイさん傘下の人達よ。隣国の人間を前に、とんだ失態ね。総議長様?」
「ああ……。早いな、もう着いたのか」
「えっ? 総議長様?」
まさか、教会宿舎の片隅で書類に埋まっている最高権力者に会うとは、誰も思っていなかった。
アクアの素直な驚きの声に、アルヴァは改めて姿勢を正す。
「初めてお目にかかります。私はリュディア王国中央教会所属、アルヴァ=シルセック。リース、アクアと共に、魔女探しの一員としてクレイさんの指揮下にあります。今回はアーペから吸血鬼退治屋のソーマ=デュエッタを伴い、本日こちらに帰還しました」
あえて淡々と、正式な敬礼と状況報告をする。
――意味のわからない暗い部屋の雰囲気を、早くどうにかしたい。
「あ、ああ。失礼」
寝起きの総議長も、身なりを整えながら立ち上がる。
平民と同じ服装をしていると、普通の優男にしかみえないが――。
「俺はリッド=ウインツ。フェルトリア連邦の現総議長だ。実は、俺も魔女探しだった事があってね……ここにいるクレイとシヅキ達と、一緒に行動していたんだ」
「…………えっ?!」
「え?!」
ぱっとクレイをみると、彼は怠そうな目のまま、頷いた。
「まぁ、短い間だが。魔女探し達協会の設立も、リッドが言い出したんだぜ。結局、動いたのは俺だけどな」
「そ、そうだったんですか……」
「まぁそれで、重要な事をふたりに伝えに来たんだ。……まさかそれで、一晩中、情報を絞り取られるとは思って無かったけど………………」
それで、この雰囲気か。
「…………重要な事とは……?」
「――――魔女の仮の姿。茶色の青年、セト=リンクス。彼はつい先日まで、この街で暮らしていた。……そして、俺達の、友人だったんだ」
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