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【完全版】世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~   作者: 白山 いづみ
幾億の星を見上げて 流れ星を待つ

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殺しても死なない男


「ノーリって、本当に治療が上手いよな。俺も結構いろんな怪我みてきたけど、ほんと、魔女探しじゃなくて医者になった方がいいんじゃねーのってぐらい。どこでそんな技術勉強したんだ? 戦場?」



 吸血鬼の襲撃で負傷した退魔師達の手当てをして、惨殺現場と化した診療所から死体を出す作業が終わると、一緒に救護活動にあたっていた男が、どこからか珈琲を持って来た。


 ソーマ=デュエッタ。

 黒髪の三つ編みが印象的な美男子だが、とにかく言動が軽い。



「……独学ですよ。魔女探し達について歩いていたから、戦場といえば戦場ですかね? 皆さん、いろんな怪我をしますからねぇ。お医者さんは確かに勧められましたけど、責任は重いし、面白く無いじゃないですか」

 温かな珈琲を受け取って、手頃な石に腰をおろした。


 気付いたら、もうすっかり日が暮れている。

 聖使達が作ってくれていた篝火が、ちらちらと赤く夜の闇をさす。


「そっか。アルヴァ達とは長いのか? あいつら今回は無茶したみてーだけど、基本的にあんまり怪我しないだろ。元気に口喧嘩ばっかりしてそうだな。どーよ、当たってるだろ?」


 ソーマは得意げに、そんな事を言ってくる。

 吸血鬼による凄惨な現場を片付けたばかりとは思えない、楽天的な調子は、もしかしてこちらを元気づけようとしているのか。

 そもそも、こういう人間なのか。


「そうですねぇ。ただ今回みたいに、旅先で怪我人がでれば、腕はなまりませんね。ソーマさんこそ、随分良い手際ですよね」

「俺、何やらせても、天才だからさ~」


 また得意に笑うソーマに笑みを返して、珈琲のやさしい苦みで口を潤す。

 そっと息をついて、暗くなった空を見上げた。

 中途半端にかかる雲の合間で星が輝き、ちらちらと、地上の篝火と一緒にきらめく。


 負傷の退魔師達は無事家路についた。

 ここに残っているのは火葬を待つ大量の死体。

 聖者は未だ目を覚まさず、聖使ディアナがずっと看ている。

 教会宿舎の聖使達は難を避けるように、宿舎に籠ってしまっている。


 あわただしく飛行機工で出掛けたと思ったらすぐ帰って来たアルヴァ達は、一足先に領主の館へ向かった。


 ノーリとソーマはずっと怪我人を診ていたが、最後の負傷者を見送って、やっと一仕事終えた。

 あとは領主の館に向かい、アルヴァ達と合流するだけだ。



 ノーリは温かい珈琲の湯気をふっと吹き、目を眇めた。

 ――吸血鬼に聖者を襲撃するよう、誘導した。

 しかしあの吸血鬼にとって、聖者の生死はどうでもよかったのだろう。

 助言通り聖者の襲撃で混乱をつくり、目標である魔女探しの生き残りを、見事に全滅させた。


 ……あの『二つ蛇の門』は、魔女の恐怖を知らしめるための、仕掛けだ。

 協会という組織によって冷静に対策を取られるのは、本意ではない。


 そういう意味ではあの吸血鬼は、充分働いてくれた。

 まさかこの、目の前の軽い調子の男に、あっさり倒されるとは思わなかったが。




 長く溜め息をついて、ふと黙ったソーマに気付く。

 目をあげると、じっとこちらを見ていた視線とぶつかった。


 ソーマの瞳は、深い漆黒だ。

 何故か、身動きが取れなくなる。

 ソーマの雰囲気が、ついさっきまでの軽い調子と、少し様子が違う。


 ――この感覚に、覚えがある。

 外見はまるで違うのに、どこか――魔女と、似ている。




 する、とソーマの手が、作業の為にゆるく結んだ髪留めを外してきた。


「それにしてもノーリの髪は、きれいな白だな。ここまで見事だと、確かに目くらましの魔法もかけておきたくなる気持ちはわかるぜ。目立ち過ぎるし、かといって染めるのは勿体無い」


「……これはこれは。驚きました。ソーマは、良い目をお持ちですね」

「俺、顔も良いだろ。ノーリも実は結構良い顔立ちなのに、それも隠しちまうなんて、勿体無いなぁ」


 どこにでもいる、よくあるお人好しの顔――に見えるようにかけておいた目くらましの魔法まで見抜かれるとは、思わなかった。


 今まで、白い髪に気付かれた事は何度かある。

 まわりに溶け込めるように、状況に合わせて見せる髪色を変えているが、何かの魔力で目くらましの魔法が効かない人間はいた。

 だが、容姿までばれるのは、初めてだ。


「ちょっと、怖い人に見つからないようにしているんです。……寒くなってきましたね。聖堂に入りませんか」

 掛けていた石から立って、聖堂へ足を向ける。


「白い髪は目立つもんな~。ノーリも苦労してるんだな」

 



 がらんとした聖堂。

 吸血鬼が飛び乗ったという天使像は、いくつもの赤黒い筋模様がついてしまっている。

 その乾いた血を洗い落とすのは、明日の作業になったのだろう。

 ――湖沼のふちを綺麗に清めたのに、この教会の中心部分が夜になっても清められていない、とは、皮肉な話だ。

 だが、今はそれが、都合が良い。


「……ノーリ。あの吸血鬼を――」

 ソーマの声が、止まる。


 天使像の血からつくりだした魔力の細い針のような刃が、一瞬で、後ろについてきていた彼に届いた。

 肉を貫く音が、小さく響く。


「そう、あの吸血鬼を起こしたのは、僕ですよ。ソーマ」

 くるりと振り向いて、長椅子のふちに軽く腰掛ける。


 ソーマの身体を固定していた刃が霧散すると、左胸から綺麗な赤を噴出させながらドッと倒れた。

 血溜まりが、ひろがっていく。



「……あなたは、本当に、口を閉じていれば、美形ですね」

 刺されて倒れた死に顔まで綺麗な人間というのも珍しい。

 痛みを感じる暇もなかったか。



 ――彼の実力が相当なものだということは、吸血鬼を倒した事と、救護の動きからも、よくわかった。

 しかもこちらの魔法を見破るとなれば、見逃しておくには、危険過ぎる人物だ。


 吸血鬼を無傷で倒せる人間なんて、この300年間にもきいたことがない。

 だが、不意打ちで殺せたのは、良かった。




 あとの気掛かりは、アルヴァ達と合流した『リース』だ。

 夕方一度戻ってきた時に見掛けたが、あれは、魔物だろう。

 何故アルヴァ達と一緒に行動しているのかはわからないが、おそらく彼にもこの髪は、白く見えてしまう。

 折角ここで人々の治療を積み重ねて信頼を築いたのに、姿を眩ませるのは勿体無い。


「……本当に、染めるしかないかな」

 自分の目にも薄い金髪に見えている長い髪を、くしゃりと掻きあげる。


 小さく息をついて、珈琲を飲み切って外へ足を向けた。


 誰もいない診療所を使って髪を染めてから、領主の館に行ってアルヴァ達と合流しよう。

 いつまでも別行動では、不審に思われてしまうかもしれない。





 すう、と暖かい空気が、動いた。


 音もなく背後から伸びた両腕が、胴体と首筋に、からみつく。


「?!」

「《ゼロファ=アーカイル=レトン》」



 甘ったるくて低い、いい声が、すぐ耳元で、響く。

 強く掴まれている訳でもないのに、全身から力が抜ける。

 思考が急速に霞んで、動けなくなる。


 まさか。

 確かに心臓を貫いて、息絶えたのを見届けた。

 なのに――――しかも、本名を――――……




 振り向こうとすると、そっと頬をとられて、漆黒の瞳と出逢った。

 それが赤黒い色であれば、まだ魔物の一種なのかと理解もできたかも知れない。


 だが、その黒は、どこまでも吸い込んでいく、まるで星のない夜空の、黒。



「……《ゼロファ》」

 あまりにも優しくて甘ったるい音が、唇から直に身体の中に入ってくる。

 息が、その声に、とらわれる。


 息を継ごうとするほど絡み付いてくる吐息に、どうにか立っていた膝まで力が入らなくなる。

 そのまま崩れるように、長椅子に押し倒された。


「……!」

 どういう魔法を掛けられたのか、肌が触れたところから、力が抜けていく。



 「俺は心臓を刺した位じゃ、死なないぜ。再生すれば良いだけだからな。だが、なかなかやるじゃねぇか」

 ソーマがペロリと唇を濡らす。

 口の中に残った、血の味。

 幻覚を見せられた訳ではないらしい。


「さぁて……吸血鬼泥棒? 君はあのフェイゼル=アーカイルの本に出てきた、魔女の手下だな。白い髪にその『本当の名前』。俺には、真名(マナ)は隠せないぜ」


「……貴方は……魔女と、関わりがあるんですか?」

「お、わかるか? 会ったことは無いけど、たぶん俺は魔女と同じだ。いや、魔女が、俺と同じなのかな」



 ――意味が、わからない。


「……それでは、僕に勝ち目はありませんね。僕は、彼女の力をお借りしているだけですから」


「敗けを認めるのはいいことだ。その姿は美しい」

「ちょっとその軽い口は黙って下さい」

「ふふ、じゃあその代わりに、可愛がってやるぜ」


「はっ……? な、んぅっ……んっ……! や……っ……?!」


 ソーマの強烈な熱さに、触れたあったところから、感覚が、溶けていく。







 ――最初のうちは、何度も失敗した。


 裏切り者と叫ばれて、何度も殺されそうになった。

 いつでも、誰かの深い恨みの眼差しをうけながら、生かしてくれている魔女の為に行動してきた。

 

 うまく立ちまわっていても斬りつけられることはある。

 協会が発足してからは、知らない人間にまで怨恨の対象された。


 嫌われ、恨まれるもの。

 そしてその通りに、欺き、操り、彼らを殺す。


 それが魔女の奴隷であるということだ。

 ずっと、300年、そうして生きてきた。





 なのに、こんなのは知らない。


 強く深く、暖かい。

 本当の名前を何度も呼ぶ、あまりに優しい、眼差し。

 こんな――





 殺しても死なない人間を、一体、どうすればいい。



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