守護の聖者と魔除けの鉱石
聖者の容態は、深刻だ。
吸血鬼の長剣は、胴の中心を貫いていた。
心臓を避けていたのは、聖者本人の危機回避だったのか、吸血鬼が狙わなかったのかは、わからない。
ノーリが駆けつけた時には、ほとんど心肺停止状態だった。
そこから傷を完全に塞いで鼓動を回復させたノーリの治癒魔法は、相当のものだ。
あとは本人次第――
そういって退魔師達の治療に駆け付けていったノーリの姿を見て、ソーマも負傷者の救護を買って出た。
「ノーリ、俺は重症患者に内傷消毒を処置するから外傷対応を頼む。疲れたら交代しようぜ」
「わかりました。並行展開でも大丈夫ですよ。ともかく集中できるのは助かります。よろしくお願いしますね」
ふたりとも相当治癒技術に精通しているようだ。
腕利きの治癒魔法使いがふたりで連携する効率的な救護処置。
その迅速な対応が、魔女探し達の全滅という暗い雰囲気を、少しだけ和らげてくれている。
教会の聖使の急報をうけて駆けつけた領主は、聖者の寝台の傍で、大きく息をついた。
「――想像してみたことが無かった訳ではないが、聖者が襲撃されるとは……」
泣きはらしたディアナが、寝台のふちで目を擦る。
「……聖者様ひとりに、頼り過ぎてたのよ。だから、こんな……」
「重要人物が狙われるのは当然のこと。問題はそういった事態に対応できる備えが無かった点だ。守護結界を構築する役割を分散化させるか……。しかし、車軸の分散となると……」
「お姉ちゃん、機巧の話じゃないのよ!」
領主に向かって、ディアナが大きな声をあげた。
「お姉ちゃん?」
アクアが二人を見比べる。
アルヴァとアクアは、領主に事の顛末を報告すべく、聖者の見舞いについてきていた。
男勝りの美人領主と、ふんわりとした優しげな聖使。
似ているのは焦げ茶色の髪ぐらいだ。
「す、すまんディアナ。勿論私もバルドが目を覚ましてくれることを祈っているよ。しかし、今バルドが助かったとしても、将来的な事も考えないと……」
ぐす、と、もう一度目を擦ったディアナが、小さく息をつく。
「いいよ。お姉ちゃんは、領主様だもんね。そういうのの、責任があるんだもんね。でもね、人を機巧に例えて考えるのは、やめて」
「……そうだな、肝に銘じるよ」
領主は小さく笑んで、彼女の頭をポンと撫でた。
アルヴァは突然始まった姉妹の会話の様子をみながら、そっと口をひらく。
「『守護の聖者』が街を守ってから、長年その守護は破られていないと聞いています。今回柵が破られたのは、初めてでしょうか?」
「ああ。そこに、この襲撃だ。私達が聖者に依存し過ぎていた」
領主アンゼリカは、きゅ、と目を瞑った。
「えっと……ところで、『守護の聖者』様が街を守る前は、どうしてたんですか?」
そうアクアが零した素朴な疑問は、アルヴァも感じていた。
各協会の聖者や聖女は、特殊な能力を持つ人間が就く事が多い。
メルド湖沼地帯は300年程存在しているが、このアーペの教会の代表者が『守護の聖者』であることは、継承されているようなものなのだろうか?
――そもそも、その特殊な能力というのは継承できるものなのだろうか。
「バルドが『守護の聖者』として結界を構築する以前は、街の人間は魔除けの鉱石を必ず持ち歩いていた。原石よりも、聖別師が磨き上げた宝石のほうが効果が高い。私の先代は、それを技術の街としての特産品にしていたな。今では生活必需品というより、土産物として生産しているが」
「あ! 今リュディアで流行ってる魔除けですね! 古本屋さんで、アーペが発祥だって読みました。首飾りが多いですけど、指輪も素敵ですよね。私も可愛いの欲しかったんだけど、ちゃんと魔法効果が乗ってるのは、結構お値段がするんですよね~」
「ほう、リュディアではそう出回っているのか。必需品だった頃は魔法効果のあるものにしか価値が無かったのだが……」
「そっか、街を守る守護魔法がないのに、発動しない魔除けなんて意味ないですよね!」
爽やかに安物を非難するアクアに、領主も頷く。
つまり、『守護の聖者』の能力は、継承されてきたものではない、ということだろう。
将来的な街の守護については、昔から魔除けを使ってきたような対策を取るしかない。
「街のまわりをかためている守護魔法はまだ機能しているが、修繕や補強は間に合っていない。退魔師も手負いだらけだ。昨夜のような規模で魔物が押し寄せてきたら、かなり厳しい状況にある。……昔使っていた魔除けを、あるだけ集めるしかないな……」
「聖者様の結界の構築方法に倣って魔除けを展開すると効果的では?」
「それは良い案だ。聖者の特殊能力を、恒久的なものにできるかも知れない。――――ゴホン。アルヴァは、設計士の才能がありそうだな」
領主の目がぱっと輝いたが、小さく睨みつける妹に気付いて、あわてて少し話を逸らした。
「それに、吸血鬼退治屋のソーマ。もし今魔物がまた大量発生したら、彼にも参戦して貰えば助かる筈です。昨夜は俺がお世話になってしまっていましたが……」
「そうだな。しかし、ソーマは元々この街の住人ではない。聖者に頼ってしまったように、彼に魔物退治を任せ切りにする訳にもいかない。それに、強すぎる退魔師がいると、若手が育たたんのだ」
「遠くから来たというのは聞いていますが、ソーマはどこの出身なんですか?」
「太陽の昇る国だとか何とか言っていたが……東は湖沼地帯しかない。きちんと話を聞こうにも、あの調子ではぐらかされてな……」
「「ああ……」」
おもわず納得した声が、アクアと被った。
地平線の向こうから来たと言っていたのと、同じような話だろう。
最強の魔物を一瞬で手懐けるような人間だ。
嘘がないとしても、おそらく、話すつもりの無い事も多そうだ。
――そういえば、聖者は魔女探し達が湖沼に入る際に、あの砂地の辺りに街の退魔師を多めに手配しておく、という措置を取っていた。
「……領主様、普段よりも魔物が多く出現する一定の条件があるんですか?」
「魔女探し達が湖沼地帯に入ると、人数が多いほど魔物がこちら側に溢れてくる事が多い。満身創痍の魔女探し達を追うようにして。私達もそれに備えているんだが、今回は規模が大きすぎたな」
そういうことは、聞いた事が無い。
メルド湖沼地帯と共に生きている地元民にとっては、当たり前のように対応してきたのかも知れないが――。
「……そうなると、魔女探しがこの街に相当な迷惑をかけている。無計画に入らない為にも、協会へ共有させて頂きます」
「ああ。魔女探し達には何度も話しているんだが、なかなか彼らの間で周知されなくて、半ば諦めていたんだ。そこは協会の情報共有網に期待している。よろしく言っておいてくれ」
街の守護が揺らいでいるなかで、これ以上の迷惑をかける訳にはいかない。
「それにしても、アルヴァは真面目だな。このオジサンにも、見習って欲しいものだ」
アンゼリカは、少し寂しげに笑んだ。
淡々と話してはいるが、やはり心配なのだろう。
このまま予測通り魔物の出現もなく、怪我人が回復し、聖者の目が開いてくれれば、あとは領主から資料を預かって協会の代表者のもとへ向かう事になる。
魔女の力の源の調査は、最強の吸血鬼からの情報以上に、これ以上探れるとは思えない。
気掛かりな事はまだまだある。
吸血鬼を目覚めさせた、白い髪の男の存在。
それとなく退魔師達に訊いてみたが、誰も、そういう人間を見ていない。
吸血鬼を放った犯人が近くにいるかも知れないという不確定な情報をばらまくのは、控えた。
自分達が吸血鬼から犯人の存在を掴んでいるというのがひろまれば、逃げられる可能性がある。
だが現状の主導者である領主には、正しく伝えておくべきだ。
ディアナが同席していたから遠慮していたが、彼女がただの聖使ではなく領主の妹なら、この場で遠慮する必要はない。
「アンゼリカさん、実は――」
話を切り出すのと同時に、街の方から、低く長い音が響いてきた。
昨夜同じ、警報。
さっと領主がきびしい貌で窓をあけた。
聞き間違いではない。
「どうやら魔物も夜を待ち切れないらしい。守護が弱体化したことをわかっているのか……」
「お姉ちゃん、私も――」
ディアナが椅子を立ったところで、唐突に警報音が止んだ。
それはそれで、首を傾げる。
昨日の激戦の時には、ずっと鳴りっぱなしだった筈だ。
「なんだ? 誤報か? それなら良いが……とにかく一度現地に向かう。アルヴァ、アクア。人手不足の今、貴方達にはこれ以上倒れられては困る。警報の真偽を鳥で知らせるから、ここで待って―――」
「私は行きます!」
いきなりアクアが声をあげた。
「なんか難しい役割は、アルヴァ一人で充分だもん。こんな所で休んでる訳にはいかないわ」
リースがいるかもしれないから、という言葉は、領主の手前、飲み込んだようだ。
「アクア、さっき傷を塞いで貰ったばかりだろう。俺の方が回復している。大人しくしていろ」
「いや。行くの。傷は塞がってるんだから、関係無いわ」
強い声できっぱり言い放たれると、何故か反論できない。
「ふ。元気なようで何よりだ。……戦力は多くて困るということはない。ふたりとも問題無いのであれば、同行願おう。ディアナはここで聖者を看ていなさい。それも、聖使の役目だ」
「それはそうだけど……」
「では決まりだな。例の小型を持って来てあるから、それで一気に現地へ飛ぶぞ。もし魔物が沸いていたら、今回ばかりは本当にソーマに頼る事になるかも知れない」
サッと部屋を出る領主に、ついていく。
ディアナの不服そうな視線がみおくっていた。
彼女は領主の妹だろうが、教会の運営を預かる普通の聖使の筈だ。
何故、咄嗟に現場へ行こうとしたのだろう――?
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