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【完全版】世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~   作者: 白山 いづみ
幾億の星を見上げて 流れ星を待つ

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あの湖沼の反対側には砂漠がある



 生き残った魔女探し達から話を聞く。

 それは、既にアクアが試していていた通り、錯乱状態で話にならなかった。

 時間が経ってからゆっくり聞いた方がいい、というのがソーマの提案だ。

 確かに、ただでさえ恐怖だったことを語らせて追体験させることが良い訳は無い。



 教会と診療所をあとにして、緑の屋根の街並を、ゆるやかに歩く。

 行き交う住人に声をかけて、地元の伝承をたずねてみるが、出てくる話は、技術工作についてのうんちくばかりだ。



「なによもう~! ここの人達、みんな機械馬鹿じゃないの!?」

 流石にアクアもうんざりして、最初の広場の椅子に、どさっと座り込んだ。


「そいつは地元民には褒め言葉だな。それにしても、魔女の力の源か。どうしてそれを調べようと思ったんだ? アルヴァは、どんなものだと思ってる? でっかい魔力の塊を手に入れた、とか?」


 椅子の下でぶらぶらと足を遊ばせて、面白そうに聞いてくるソーマの言葉に、どきりとする。



 ――資料を集めて、話を聞いて、正答に辿り着こうとしか、考えていなかった。


「リースが……教会の仲間が、最初に提言したんです。力の源がわかれば、対抗策を立てられる、と。……そういえば、リースは『人』だと考えていたような……気のせいか……?」

「あー、なんかそんな感じのこと言ってた気がするわ! もしかしてリース様、最初から心当たりがあったのかしら。でも、それだったら、文献の調査だなんて、効率悪くない?」


 胸の奥がざらつく。

 リースは、力の源を探して、何をしようとしていたのだろう。

 心当たりがあるなら、何故、話してくれなかったのか。


 ――何も、進展がない。

 なのに、悶々と嫌な想像しか出来ないのが、苦しい。




「ふーん。まぁ、誰にだって秘密はあるさ。それが、そいつを魅力的にさせるんだ。この俺みたいになっ!」


 ソーマの自信満々な調子が、いきなり目の前に明るくひろがった。

 少し驚いてから、ため息をつく。


「……ソーマ。貴方に関しては秘密も何も、まだあまり知らない事の方が多いんですが――」

「そうだな、折角仲良くなれたんだから、もっとお互いに知り合おうぜ。な、アルヴァ!」

「……そ、そうですね……」

 本当に、この軽口には、どうやってついていけばいいのだろう。


 何故か生暖かい目で傍観していたアクアが、軽く割って入ってくる。

「リース様の魅力は、ソーマさんとは逆ね。こう、静かで、神秘的な感じ?」

「へえ、アクアにはリースって奴が本当に特別なんだな。なんで今別行動なんだ? アルヴァと喧嘩でもしたのか?」


 馬鹿みたいな会話なのに、ソーマの素朴な質問が、ひとつひとつ、胸に突き刺さってくる。


「そういう訳では……」

 魔物だった、とは、言えない。

 まだ協会の誰にも打ち明けていないのに。


「ちょっとお悩み事があったのよ。でも大丈夫! 私がリース様を探し出して、全部受け止めて差し上げるんだから!」

「おお、頼もしいな。そいつは幸せ者だな!」


 ――――アクアがいてくれて助かった、と心底思ったのは、初めてかもしれない。






 昨日馬で駆け下りた坂道を、あらためて見下ろしてみる。


 よく晴れた水色の空に、あたたかい緑の街並。

 彼方に見える、湖沼に隣接した森と白霧に目をつぶれば、本当に平和なところだ。


 この景色のどこかに、リースはいるのだろうか。

 あの白霧の向こうに、本物の魔女は本当にいたのだろうか。


 魔女の力の源は、誰か特定の『人』なのだろうか。

 それとも、魔法具のような『物』だろうか。

 幼い頃に会った彼女の事を思い出してみても、特に何かを大切に持っていた訳でもなかった。

 では、やはり、『人』が関わってくるのだろうか――。



 坂道の下の方から、馬が駆けてくる。

 昨日の馬だ。

 無事だったのか、と安心すると同時に、昨日と同じように聖使の姿がその馬上にあるのをみつけた。


 聖使の少女もこちらに気付いて、挨拶するように片手をあげた。

「ご無事でしたか。良かった……魔物を深追いしていったものだから、心配してました。聖者様にはお会いになりましたか?」

 茶色の馬が元気な足取りで広場に辿り着いた。


「ああ。ありがとう。馬を勝手に使ったうえに転ばせてしまって、済まなかった」

「この子も、うまく転んでくれたみたいです。見ての通り無事でしたよ。魔物は、人しか襲いませんかし」


 昨日はよく顔を見ていなかったが、焦げ茶色の癖っ毛がよく似合う、ふんわりとした雰囲気の少女だ。

 教会の馬の世話を担当しているのだろう。


 彼女はうしろの椅子で寛いでいるソーマに、馬の手綱を握り締めて声をあげた。

「ソーマさん、探しましたよ!」

「ん? どーしたの、ディアナちゃん」


「どーしたのじゃないです。昼間だっていうのに、森の近隣で吸血鬼の被害が出てるんです! 今はコウモリ型っぽいのでまだ良いですが、昨日の事もありましたから、夜になったらどうなるか……」


 急に、緊迫した空気になる。

 昨日の吸血鬼はソーマの家で眠っている筈だ。

 しかし何の拘束もしていなかった事を考えると、不安になってくる。

 それとも、全く別の吸血鬼だろうか。


「コウモリ型ってことは、死人は出てないんだな。どのくらい吸われた?」

「私が知らせを受けた時は5人でした。いまは増えているかも知れません。どこかに逃げられる前に……夜になる前に、なんとかして下さいっ」


「ほいよ。このソーマさんが何とかしてあげよう。安心してお茶でも飲んでなさい。済まんなアルヴァ、ちょっと行ってくるぜ。困った事があったら呼んでな」



 言うなり素早く駆け下りていったソーマの背中が、あっというまに小さくなる。

 羽根でも生えているのかと思うほど軽い動きに、しばらく呆然とした。


 もしかすると、リースよりも速いかもしれない。




「はや! 軽いのは口だけじゃなかったのね」

「おかげで探すのがいつも大変なんですよ。逃げ足も、もちろん速いですし」

 驚いたアクアの傍で、少女が溜息をつく。


 やはり地元の人間も、彼の軽口に振り回されているのだろうか。

 だが、吸血鬼の退魔師として頼られていることは間違いないようだ。



「それにしても、ソーマさんと何かお話している所を、失礼しました」

「気にしないで。大した話じゃないわ。ねぇ、さっきのコウモリ型って何のことなの? 吸血コウモリ?」

「ああ、いえ、人型なんですが、一度の吸血量が大した事がなくて、その代わり被害に遭う人が多いから、コウモリ型って呼んでるんです。ソーマさんが言うには、力が弱いか小さい吸血鬼みたいです」


 では、ソーマの家で眠っている魔女の顔の吸血鬼ではなさそうだ。



 情報の調査に手詰まりを感じている今、ソーマの手伝いに行った方がいいだろうか。

 いや、専門家にとっては、行っても邪魔になるだけかもしれない。



 ――そういえば、街の住人に話を訊いてまわっていたが、聖使には訊いていなかった。


「……ディアナさん。改めて、俺はリュディア王国教会所属、アルヴァ=シルセックです。魔女探しの協会の活動として、魔女の力の源を調査しているのですが、何か関係ありそうなこの地の伝承、口伝……何でも良いんですが、きいた事はありませんか?」


 馬上の少女の目がひらく。

「そんなの訊かれたの、初めてです。教会の図書に昔話はちょこっとありますが……そんなお話があれば、皆もう知ってるでしょうし……」


「ああ、本資料については領主様にも確認して頂いています。地元の言い伝え、とか、この土地ならではの伝承とかはありませんか?」

 なかなか難しい事を聞いているとは思う。

 今まで道行く住人をつかまえて尋ねてきたが、何の収穫も無かったのだから。



 ディアナは顎に手を当てて、考え込むふうにメルド湖沼地帯のほうの空を見上げた。


「そうですね……本に無いといったら、昔から子供の間で流行ってる地元の怪談でしょうか。――あの湖沼の反対側には砂漠があって、湖沼に水を全部取られた土地なんだ――っていう話があります。だれも見たことはないし、魔女の力の源と関係があるかはわかりませんが。思い付くのは、それくらいです」



「砂漠……?」

「本当、子供の怪談ですよ。好き勝手に妄想できて、創作しやすい話題なんですよね」


 考えてみたこともなかった。

 メルド湖沼地帯の反対側――東側は、地図上では東方世界の国々が記されている。


 しかし、湖沼に遮られて交通手段が無くなってからは、地図の書き換えはされていない。

 いま自分達が活動しているのは、湖沼の西側に限られている。



 東方世界に魔女の秘密があるのだとしたら、今は、調査の手が届かない。

 ――いや。

 あの飛行機工を使って魔女の土地を超えれば、もしかすると――……




「……アルヴァ。おーい。どうしたの? ぼーっとして」

 考え込んでしまった自分の視界に、アクアが割り込んできた。


「いや……」

「あら? アルヴァさん、顔が真っ白ですよ。診療所にお連れしましょうか」


「ああ、ちょっと今、昨日の出血で血が足りないの。アルヴァを馬に乗せて貰ってもいい? こんな所で倒れられても、私じゃ運んでいけないわ。もぅ、本当に、ノーリはどこに行っちゃったのかしら」


 回復役の筈のノーリは、薬屋や宿屋にもいなかった。

 どこかですれ違ってしまっているのだろう。


「むこうも、こちらを探しているのかも知れないな。教会か診療所にいれば、そのうち合流できるだろう」




 ディアナの馬に乗せて貰い、急な坂道を教会へと戻る。

 揺れも辛いが、息を切らしながら坂道を登るよりも、ずっと楽だ。


 茶色の毛並みをポンと撫でる。

 ――昨日ピッタリ息の合ったこの馬には、また、助けられている。


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