アーペの飛行技術開発2
「さて、協会との連絡は、私が引き受けている。この街に来る魔女探しは、あまり逗留しないからな。大勢の魔女探しが空からの突入に向かうという報せも、私に届いていた。だからこそ素早く飛行技術の開発に取り掛かることが出来た訳だ」
論理的な語り口に、ようやく少しだけ安心する。
聖者やソーマの軽口のままにダラダラと話をされては、たまらない。
「そうでしたか。ご協力、ありがとございます。飛行機工の取引を扱う基盤として、聖者様にはその魔女探しの協会を提案しました。クレイ=ファーガスに手紙を出して頂けるとのことで、技術資料のご提供をお願いしに来ました」
「ふむ、まぁそんなに堅苦しくなる必要はない。私も聖者も、クレイとは既知の仲だ。少し肩の力を抜くと良い。吸血鬼に襲われたと聞いたが、顔色が悪いぞ。無理せず、座りなさい」
爽やかに笑んだ領主は、机上の紙に大きく何かの図面を描き始めた。
先に適当な椅子で寛いでいたソーマが、にこやかに手をひろげてくる。
「アルヴァ、俺の膝に座ってもいいんだぜ?」
「い、いえ、こちらの椅子をお借りします」
どうして彼は、そう、距離感を攻めてくるのだろう。
しかも不思議と落ち着いた魅力を放ってくるのは、端正な顔のせいだろうか?
領主が何かを描いているのが見える位置に、椅子を持ってきて座る。
「……ソーマさん、強いわね」
隣に椅子を並べたアクアの独り言に、黙って頷く。
一方で、領主がサラサラと紙面に描いていく図は、見た事の無い形ばかりだ。
飛行機工。
今までどこにも空を飛ぶような機工はなかったのだから、当然か。
それにしても僅かな期間でそんな物を開発したこの街の開発力と技術力は、本当に凄い。
「まずは概要だけ説明しよう」
あっというまに完成した綺麗な線の完成図。
そこには、どうやら複数人が乗るものと、一人だけが乗るものの2種類が描かれている。
「見てわかる通り、2種類ある。簡単に『大型』と『小型』と呼んでいる。最初の動力に風魔法が必要だから、両方とも風魔法を使える人間が必要だ。今回のように集団利用であればそこは協力して補うことが出来るが、特に小型を売り出すならば改善の必要がある。改善点の計画書と見込み費用を纏めれば、話が通しやすくなる筈だ」
空を滑空する鳥を連想させるような大型と、それを簡素に縮小したような小型。
この図だけみても、魅力的な機工だ。
実物を使った魔女探し達は、きっと興奮しただろう。
「しっかし、これ全部、魔女探し達があっち側に置いて来ちまったんだよな。勿体無ぇよなぁ。どうせ戻ってくるんなら、持って帰って来てほしかったよな」
「まぁ、仕方ないな。設計図はあるのだし、また作れば良い。小型は数台残っているから、アルヴァに進呈しよう。協会に話もしやすくなるだろう?」
実物があるほうが、机上の空論ではないことがよくわかる。
頷いてから、困ったな、と思う。
この流れだと、自分たちが、クレイに手紙と実物を持っていく事になる。
魔女の力の源についての情報収穫は、まだ、何もない。
同じ目的を持って姿を眩ませたリースの消息も全く掴めていない。
「……どうした? 何か足りないものがあるか?」
「いえ、充分すぎるほどです。ただ、俺達が他の魔女探し達よりも遅れて到着したのは、空からの調査とは別の目的があったからで――。魔女の力の源について調査しているのですが、何かご存知の事はありませんか?」
――人間から得られる情報は、フェイゼルの古書以上に、詳しい本は無いような気もするが。
「ああ、前に連絡が来ていた件か。古本を少し調べてみたが、関連するような情報は無かったな。魔女の力といったら、魔力や魔法の技術という事になるかな? 力になれなくて済まないね」
「いえ、ありがとうございます。……少し、時間をください。この地での調査が終わったら、クレイ=ファーガスに話を持って行きます」
まずはソーマの家に捕らえてある吸血鬼に話を聞きたいが、それは夜になる。
日中は街の中で口伝を訊いたり、リースの手掛かりを探さなければならない。
「まぁ機工の話は急ぐものではない。朝飯はとったのか?」
概要図を畳んで渡してくれた領主が笑んだのをみて、ほっと息をつく。
――少し、姿勢を正していた緊張が、緩む。
「あ。甘粥しか口にしてねぇよな。俺も腹減った! 炊き出し貰いに行こうぜ!」
ソーマがぱっと立って、腕を支えてくれる。
ふらつきそうになったのを察知したのだとしたら、彼の医者のような対応力は、頼もしい。
もういちど診療所の外に出ると、天幕の片隅に座らされ、ソーマは炊出しを貰いに走っていった。
領主は館に戻って資料を揃えておいてくれるらしい。
「ふあぁ……ねっむ~い……なんでやる事が増えていくの……私はリース様だけ探せればいいのに~」
2人だけになったところで、アクアが大きな欠伸をする。
「どこに行っちゃったのかしら……まさか他の魔物と同じように柵の外で活動してるのかしら? ……それはそれで、素敵かも……」
またいつもの調子で空を見上げてしまったアクアに、少し安心する。
ここに来てからの彼女は、どこか、いつもと様子が違う気がしていた。
「まずは、街の中で口伝を調査する。魔物にものを訊くのは、ソーマの家に捕らえてある吸血鬼からが確実だからな。同じ情報に行き着くなら、リースを直接探すよりも会う可能性が高い筈だ」
今のアクアに聞く耳があるのかは一寸分からないが、一応言っておく。
放っておくと一人で街の外に探しに行ってしまいそうだ。
ソーマが、3人分の皿を持って戻って来た。
ほかほかの芋に、何か黄色いものと木匙が添えられている。
「汁物は品切れだってさ。戦場食みたいなのしか無かったけど、これはこれでまぁまぁだ」
「芋……?」
「ん? 食った事無いか? じゃがバター。まぁ食ってみろよ。熱いから気をつけろよー」
ソーマの食べ方を見ながら、熱そうな部分に気をつけて食べてみる。
熱い。
そして、甘くてこってりとしている。
確かに戦場食のような食べ物だ。
「アーペでは柵の外じゃ畑を拡げるのが大変だからな。作ってるのは根菜ばっかりで、葉ものとか果物は他所から買ってるんだ。畜産もだな。しかも皆機械の事しか考えてないから、はっきり言えば、美味い飯がない!」
満面の笑顔で言い切ったソーマに、きこえたぞ、と遠くに座っていた退魔師から野次がとんでくる。
「……そういえばソーマはこの地域の出身じゃないと言っていましたが、どこから来たんですか?」
結構旅をしたつもりでいたが、彼の黒い瞳は、どこからきたのだろうと思う。
「ふ。地平線の向こう側からやって来たのさ。凄いだろっ」
「私、まだ地平線って見た事無いのよね。本当に線なの?」
アクアが、平然と芋を食べ始めていた。
熱くないのか。
「そう。どこまでも、どこまでも、近付こうとしても決して近付けない線があるんだ。地面のはるか向こうで、それは天と地とを区切る。山があろうと森があろうと、見る事が出来なくても、その線はずっとそこにある。そうだな、もしかすると、飛行機工が発達すれば、見る機会があるかも知れないぜ」
いつもの軽口かと思っていたものが、思いのほか詩人になったのに驚かされた。
「凄く遠くから来たってことね。リュディア王国も結構遠かったし、まだその先にリーオレイス帝国もあるし、本当、旅って大変。リース様と一緒じゃない旅なんて、楽しくもないし……」
「アクア、ノーリが色々和ませてくれていたのは、分っているか?」
リースがいなくて文句ばかりの馬車旅に、ノーリがいなかったら、自分はそれを聞き流せていたか、わからない。
少なくとも胃のあたりがおかしくなっていただろう。
「あ。そうだ、ノーリは結局どこで休んでるのかしら。診察室にもいなかったし、大部屋にもいないみたいだったし。」
確かに、見かけない。
診療所にはそんなに隠れるような場所もない。
「ここで休んでいる訳ではないのか……」
「なぁ、そのノーリって、誰なんだ? 男?女?」
そういえばソーマはまだノーリに会っていない。
「アルヴァと同じような金髪の男よ。私達と同じような旅装だし、他の魔女探し達は皆倒れてるからすぐに見分けがつくと思うんだけど」
退魔師達に聞いてみても、皆首を傾げるばかりだ。
昨夜、魔女探し達の手当をしていたのは皆覚えているが、いつのまにか、姿を見なくなったという。
「まぁいい。調査で街の中を巡っていれば、そのうち合流できるだろう。薬屋か宿屋かも知れない」
やることが増えている以上、ノーリを探すのに時間を食っている訳にもいかない。
熱すぎる芋をやっと飲み込んで、暖まった身体をのばす。
まだ怠いが、街中を歩くぐらいならできる。
――坂道がなければ、もっと良いのだが。
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