世界を支配する魔女をおいかけて
教会に戻ると、リースの荷物はきれいに消えていた。
片づけに追われていた教会の聖使達も、気付かなかったようだ。
「うぇ~ん! リース様の馬鹿~! 私を置いて行っちゃうなんて~!」
「だから、調査と一緒に、リースも探す。静かに支度してくれ。アクア」
あのあと迷子になっていたアクアを見つけ出して、古本屋の調査は聖女に任せ、東地区に向けて出発する事にした。
とにかく普段からリースの動きは速い。
1人なら、その速さは人外の筈だ。
魔物だったのだから。
アクアにとっては、魔物だろうが人だろうが、全く関係無いようだが。
ノーリは買い出し諸々、準備をしてくるとのことで、街の東門で待ち合わせになっている。
リュディア王国中央教会直属の立場にあるアルヴァとアクアとは違って、彼はいっとき行動を共にする、自由な魔女探しだ。
信用できる人間かどうかは、道中見極めることにした。
協会を代理代表しているシヅキも、疑心暗鬼にはならないように言っていたが、魔女の手下かもしれないという心構えだけは、忘れてはいけない。
疑心暗鬼になるということと無防備であるという事は、別のものだ。
「あれ? フェイゼル=アーカイルの本、厳重に包んでたのに、1回出したの?」
文句を言いながらも荷物を直していたアクアが、目敏く本を包装していた包みに目をとめた。
彼女は感情的な言動ばかり目立つが、突然鋭い所を衝いてくるところがある。
「あぁ。古書店で突然話しかけてきたから、出したんだ。重要な事を言いかけて消えたんだが」
「なになに? 初耳。何て言ってたの?」
「……魔女探しには、魔女を倒すことはできない。社会的な影響的を持つ為政者の善政が行き渡る事が、魔女を倒すという事だと言っていた」
「ん? ちょっと意味わかんない」
「いや、そのままの意味だと思うが」
アクアは首を傾けたまま、本の包みを色々な角度にかざしてみてみた。
が、そのままスッとアルヴァの荷物に入れる。
「難しい事は任せるから、ちゃんと持っててね!」
「……わかった」
そもそもアクアは、リースを慕ってついてきている。
戦力的には心強い実力を持っているが、リースがいない今、戦略的な期待はしない方が良い。
あらゆる事について、疑えばきりがない。
――幼い頃から一緒に行動してきたリースが、魔物だった。
今回唐突に行動を共にする事になったノーリも素性の信憑性は怪しいが、それを言い出したら誰も信用できなくなる。
『誰もが信用できない』
それこそが、魔女の手下の、壮大な罠なのではないだろうか?
魔女の手下については、実害のある悪評しか情報が入ってきていない。
アルヴァからみれば、魔女とは別に考慮すべき存在だ。
そもそも「魔女の手下」というのは、本当に手下なのか?
悪行を働いている人間が、手下を名乗っているという可能性については、誰も指摘していない。
協会の発起人であるクレイ=ファーガスの体験談。
いま協会に集結している魔女探し達は、それを鵜呑みにしている。
魔女を打倒する、切り札のように感じている。
『魔女探しの協会』という新たな連携関係を築いたクレイを貶めるようなつもりはない。
癖の強い魔女探しの活動を統制するという観点からしても、優れた組織だと思う。
しかし――何が真実で、何が虚構なのか。
それは人の噂話ではなく、自分自身で体験したうえで、判断することだ。
魔女と、同じように。
服装を改めた『光明の聖女』様が、見送りに出てきてくれた。
丈の長い聖衣の、きちんとした雰囲気の聖女姿。
可愛い薄紅色の私服姿との雰囲気の違いは、意外と大きい。
野営に割く手間を考えて、長旅は朝早く出発することが多い。
しかし昼夜関係無く行動するリースの行動速度を考え、準備を整え次第、すぐに出発することにした。
そういう事情も察した様子で、聖女様も夕方の出発については何も言わない。
少し雨が降ってきそうな夕方の風が、門前に着いた馬車の土煙を足元に留めてくれる。
「聖女様。お見送り、ありがとうございます。雨も降ってきそうですし、どうぞ中へ――」
中央都市の教会の聖女という立場は、規定はないが、国内に於いては上級貴族と同じような立ち位置にある。
そういう自覚があるのか、ないのか。
ミラノ=アートは、真剣な眼差しをあげた。
「古本屋さんは、私に任せて下さい。何かあれば、すぐに連絡鳥を飛ばしますね。あとシヅキさんから、定期的に連絡鳥を飛ばすようにって言っていました。困った事があったら、助けに行けますから」
「助かります。リースの事は……まだ、口外しないで頂けますか?」
「勿論です。お会いできたら、ごめんなさいって伝えて下さい」
堂々としていた聖女が、申し訳なさそうに目を伏せた。
私服姿をみた後だからか、年相応の女の子の表情にみえる。
「そんなに気に病まないで下さい。リースの放浪癖は、いつものことです。東地区で捕まえてきますよ」
悪いのは確実に、黙っていた、リースだ。
このフェリア教会の聖女が、魔物を消す『光明の聖女』だというのを、わかっていて、近付いたのだから。
軽く笑んで見せたのに合わせるように、ミラノも、眉を寄せたまま少しだけ表情を綻ばせる。
「……それと、これを持っていってください。セト先生が翻訳してくれた、創世記の最初の所の写しです。まだ公開の許可は取れてませんけど、何か、役に立つかも知れません」
「ありがとうございます。慎重に扱います」
薄い封書を渡したミラノの小柄な手が、ツン、と旅装の袖口を、掴む。
少しだけ俯いた薄茶色の眼差しが、ゆれている。
「あの……アルヴァさんは、魔女の誤解を解く為に、探されているんですよね。……あの人のこと、どう思っているんですか?」
――どう、とは……。
「……どうしようもなく、大切な何か、です。初めて会った時から、守らなければいけないと思った。魔女探し達の目的を妨げるのは、魔女の手下でも、リースでもなく、俺かも知れませんね」
アルヴァの不穏な言葉に、ほっとしたように笑んだミラノの目から涙が滲む。
「ごっ、ごめんなさい。なんだか、怖かったんです。……旅のご無事を、お祈りしていますね」
ごし、と目を擦る聖女の頭を撫でたくなったのは、自重する。
教会の正門でして良い事ではない。
アクアが覗き込んできたのに、パッとミラノから離れて、直立で左手を胸に添えた。
メルド湖沼地帯から遠くない所で、魔物に手掛かりを訊いてまわる。
危険度の高さは、通常の魔物退治とは比較にならない。
だから、そのやり方は、言わないでおく。
「――必ず、見つけ出します。……待っていて下さい」
冬に向かう冷えた風が、背中を叩いた。
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