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【完全版】世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~   作者: 白山 いづみ
魔物を解放する可愛い聖女

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ジェストと子猫

 食堂の奥の倉庫。

 その床材を外して、次々と溜め込んでいた武器を並べる。

 倉庫の一角に武器が積み上がり、集まってきた仲間達がひとつひとつ手に取っていく。


 ジェストは集められた奴隷達の作業の間を掻き分けて、私服姿に血糊をつけたままのイリスに駆け寄り、そっと声おとした。


「イリス様。聖使達に聖女が死亡したという話をしましたが、半信半疑で、動揺しています。アリスの着ていた聖衣をお借りできますか?」

 アリスの着ていた聖衣は聖女のものだし、黒々と大量の血が染み込んでいる。

 これほどわかりやすい証拠品はない。


「……ジェストの、馬鹿ぁっ……!!」

 ドン、と夜風に冷えた胸板を叩いてきたのは、涙でぐしゃぐしゃになったセフィシスだった。

 何故八つ当たりされたのか分からないが、しゃくりあげながら掴んだ服を離してくれない。


「セフィシス。泣いてる場合じゃない。事態は動き始めた」

「わかっ……る……わかってるわよ! 馬鹿!」

 アリスが殺されたのが悲しいのはわかるが、感傷に浸っている余裕はない。


 その傍で、イリスは黙ったまま丁寧に横たえていたアリスの聖衣を外して、きちんと畳んで差し出した。

「警護官が出てきているだろう。後をつけられないよう、気をつけろ」


 淡々と声をおとしたイリスの、静かな眼差しを受け取る。

「戻りは遅くなるかも知れません。場所を移す際は、第二の潜伏地でいいですか」

「……そうだな。何事もなければ、下手に動かないとは思うが」

 ジェストはその言葉に頷く。

 畳まれた聖衣をそっと外套の下に仕舞い、倉庫を後にした。



 イリスも含めて身内の死に取り乱さずにいられるのは、たぶん、セフィシスが盛大に泣いているせいもあるだろう。

 傍に取り乱す人間がいると、逆に、しっかりしなければと醒めてしまう。


 セフィシスのせいで、ジェストは、そういう役回りにあたることが多い。






 燻った黒煙をあげる教会の周りには、祭りの影響もあって大勢の野次馬が集まっている。


 人だかりを掻き分けて門の前に辿り着くと、ようやく警護官が一般人の侵入を塞いでいるのに突き当たる。

 教会の退魔師だと言って通して貰うと、宿舎から避難した聖使達が、さっき凶報をもたらした自分をみつけて、詰め寄るように駆けてきた。

「何かの間違いだったでしょ? だって、聖女様は外出されていた筈――」

「証拠だ。間違いはない」


 必死の聖使達に、隠し持ってきた血塗れの聖衣をひろげて見せる。

 悲鳴のような息があがって、彼らも言葉を失ってしまった。


 こんな役目は、自分にしか、できないだろう。


 それよりもこの場に避難しているのが聖使だけであることに、違和感がある。

「……保護奴隷達はどうしたんです。大した人数はいなかったと思いますが」


 涙に濡れた目をあげて、聖使のひとりが、ちらりと周りをかためている警護官をみた。

「逃亡しないようにって、警護官のもとにいるみたい。この状況で、逃亡も何もないと思うけど……」


 思わず舌打ちしたくなるのを堪えた。

 これから奴隷解放活動をしようというのに対して、人質を取られたようなものだ。

 ――せめて、聖使達の保護下にいてくれれば。

 今から彼らを自分が保護に動くのは不自然だし、イリスのもとに戻らなければならない。

 教会内の仲間が、足りない。

 ミラノをアキディスに預けてしまったのが、良くなかった。

 だがあの場面に異を唱えることは、流石にできなかった。




 訃報に泣く聖使達に取り囲まれている状況で立ち竦んでいる場合じゃない。

 立ち去る機会を考えたところで、教会の門前で警護官と何者かが言い争っているのに気付いた。


 言い争っているのは旅装姿の人間だ。

「どうしたんですか?」

 取り囲んでいた聖使達の輪をうまく抜けて、門前に駆け寄る。


「魔女探しだ。ここは退魔師がいるから要らんと言っているんだがな」

 警護官の一人が迷惑そうな顔をみせる。

 その向こうに、外套を深く被ったままの旅装の人間が、6人。


「少し、話をさせてもらえますか」

 退魔師がいる、といっても、聖女不在の今、ここにいるのは自分ひとりだ。

 しかもすぐにでも外に出たい状況を思うと、そういうふうに警護官に自分を認識されているのは、厄介でしかない。


 彼らの間から門の前に出ると、芯の強い目をした旅装の人間に取り囲まれる形になった。

「貴方が、この教会の退魔師でしたか。大変でしたね」


 思いがけず、中心の人物から聞き覚えのあるような女性の声がした。

 深く被っていた外套の下で、おそらく20歳過ぎの見覚えのある顔が、小さく笑む。

 名前は思い出せないが、南方エラークの奴隷の状況を観に行ったとき、現地の教会で、会った事がある。


「お久しぶりです。折角お訪ね頂きましたが、こんな状況で――」


「こんな状況だからこそ、です。私達魔女探しは、事あるごとに各地の教会にお世話になっています。そんな教会が大変な事になっているのなら、助力させて下さい。私達は単に旅をしている訳じゃないです。色々な伝手を共有しています。必ず、貴方の助けになれるかと」


 最後に含みのある笑顔をみせた彼女が、ペコリと頭を下げると、周りの魔女探しもきれいにそれに倣った。


 ――彼らに教会の復興活動を任せれば、警衛官の占領を、避けられる。


 近年、魔女探し達が独自の協会を立てて教会を中継に活発なやりとりをしているのはよく知っている。

 実際、この教会にも何度もそういう魔女探しが顔を出して、足場を固めようとしていた。

 奴隷解放活動のこともあって放置してきたけれど、ここで彼らと連携しておいて、損はないだろう。

「そういう事なら、お言葉に甘えて。聖女を喪った今、奴隷達を支援できる体制が薄い状況です。彼らの保護と秩序の調整を、お任せしたい」


 本当に魔女が亡くなったのか、と顔を曇らせた旅装の一団を、渋い顔を突き合わせた警護官の間を通して招き入れる。

 野次馬の視線が切れる所まできてから、彼らは外套を外して、活発に働き始めた。



 野営に慣れているのだろう、適当な材料で手際よく幾つもの天幕を作り上げていく。

 警護官は任務外の行動を取る訳にもいかず、ただ完成を見守った挙句、確保していた保護奴隷達も、魔女探し達によって仮設の天幕に引き取られていた。

 中心となって動いている魔女探しの女性は、仲間からシヅキと呼ばれていた。

 

「近郊の魔女探し達にも報せを飛ばしましたから、数日中には聖女不在の教会を支えることが出来る人材が揃うと思います。……あの、噂では、奴隷に優しい聖女様を逆恨みした人間の仕業だと聞きましたが……本当なんですか?」


 すっかり面目を失ってぼうっと周囲をかためているだけになった警護官を尻目に、そっと声を掛けてきたシヅキの言葉に、少しだけ安堵した。


 イリスが総議長の配下に頼んでおいた内容は、速やかに遂行されたらしい。

 彼女に伝わった情報は、恐らく魔女探しの協会を通じて、知れ渡るだろう。


 シヅキと一緒に、警護官から見えない位置に何気なく移動する。


「概ね間違いではありません。……自分は外出する必要がありますが、ここを頼みます」

「――何か事情があるんですね。わかりました。ここはお任せください」


 力強い言葉を背にして、教会をあとにした。



 食堂の裏の倉庫。

 本当にそこが安全なのかは不安だ。


 日常的に使っていた場所だからこそ、どこからか場所の情報が漏れている可能性がある。

 まだ連絡のつかない仲間達が聖女の死を聞いて真偽を確かめに、一斉に足を運ぶだろう。

 そうなると、余計目立つ。


 ――先に、第二の拠点の安全を確認してから、移動を提案しよう。


 警護官がつけてこないかを再三注意しながら、曲がりくねった繁華街を駆け抜ける。

 緩やかな勾配をあがった路地の奥に、寂しい暗がりが横たわっていた。


 明かりひとつない寒々とした空地。


 朽ちた鉄格子が、時折星明りで鈍色に光る。

 傾きかけた廃屋の扉の錆を削りながらそっと押し開けると、無機質な空洞がひろがる。


 見事に何もない。


 第2の拠点として決めてはあったが、物資をかなり持ち込まないと、過ごしにくいだろう。

 取り敢えず人の手が入っていない事は確認できたのを良しとして、踵を返した。



 次の瞬間、柔らかい何かに足をとられて、転びかけた。


 暗くて見えなかったが、驚いて目を凝らすと、子猫が一匹。

 踏んではいないと思うが、驚いたのか、這うような姿勢で、光る目をじっとこちらに向けていた。

「……すまん。怪我はないか」


 流石に放置してさっさと戻る訳にもいかず、そっと腰を落として様子をみる。

 こんな所で小動物を蹴り殺してしまったら、いい気分はしない。


 綺麗な灰色の毛並。

 大きく開いた金の目を細めてソロソロと起き上がると、しゃがんだ足元の周りを、品定めするかのようにするりと一周する。


 どうやら怪我は無さそうな動きにホッとして立ち上がろうとした時に、トンと腕の中に飛び込まれて、驚いた。

 猫と遊んでいる暇はない。

 床に降ろして立ち上がり、廃屋を後にしても、一緒に行くんだと言わんばかりに、しつこく足元を付いてくる。

 こんな時に、猫に遊ばれている場合じゃない。


 ふと、セフィシスの顔が浮かんでくる。


 付いてくるのを気にしながら戻るよりは――。

 どこまでも付きまとう子猫を拾い上げて、荷物の中に放り込んだ。

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