王子様と奴隷
「あの、すみません」
掛けられた声にぼんやり顔を上げると、どこかで見たような顔の商人が、そっと私を覗き込んでいた。
「すみません、昨日の夜、ハーゼという奴隷を預けた者なんですけど――」
そこまで言われて、やっと目が醒めた。
「ああっ……アキディスさんですね。良かった。もうお仕事は終わりですか?」
「はい。もう大丈夫です。その、すいません。聖使服を着ていると皆同じように見えてしまって。昨日、お会いしましたね」
人の好さそうな笑顔でペコリと頭を下げる彼を見ていると、ホッとする。
ついさっきまで凄い人達に挟まれていたから、普通の人っていうだけで、安心感がある。
「私、ミラノ=アートっていいます。ハーゼちゃんは元気にしていますよ。ご案内しますね」
「お願いします」
聖使の宿舎がある棟とは反対側に、保護している奴隷や孤児達の為の棟がある。
昨夜は遅かったから私の部屋で眠って貰ったけれど、朝一番に本来の保護区画に移って貰った。
書類とかの手続きも後回しになっているから、夜になる前にアキディスが現れてくれて良かった。
棟の外見は宿舎と同じでも、ここは大きな空間に何人もの人々が寝起きする。
聖使は人数が限られているからいいけれど、変動する人数に対応した造りになっている。
その広間にハーゼの姿が見当たらなくて、ぐるっと廊下を回った。
ちょっとした緑のある中庭に、沢山の野鳥が集まって、賑やかな一郭ができている。
鳥の中に埋もれるようにしている小さな金髪を、やっとみつけた。
「ハーゼちゃん、お迎えが来ましたよー」
まわりの鳥が数羽、ぱっと飛び立って、振り返ったハーゼの髪を揺らした。
「あ……」
伸び放題だった金髪は綺麗に整えられて、可愛らしくリボン付きで結われている。
こちらを見たハーゼの目に、嬉しげな明るい色が浮かんで、別人のように可愛らしくなっていた。
「あーあ、見つかっちゃいましたね」
肩にも頭に小鳥をのせて、ユリウスがふわりと笑った。
「むかえ、きた。ユリウス、ありがと」
あいかわらず小さな声も、多分、凄くはしゃいでいる部類に入るんだと思う。
「あの……ユリウスさんが、この髪を?」
「そうですよ、可愛いでしょう。ハーゼの王子様にも、気に入って頂けると良いんですが」
うしろでポカンとしていたアキディスが、ユリウスの視線を受けてトンと庭に足をおろす。
「勿論。ありがとうございます。お世話になりました」
「……あなたは商人ですね。どういう商売をされてるんですか?」
野鳥が、ユリウスの伸ばした腕を伝ってアキディスの懐に飛び込んでいく。
咄嗟に受け止めた鳥にびっくりしながら、彼は被っている商人の帽子を摩った。
「郷土品なんかの流通を開拓したり、拓いた販路の価格調整をしています。小売りも、少しだけ。なかなか一人でやっていると、シェリース王国との往復で手一杯ですよ」
「シェリース王国か。確か、新しい女王が色々面白い政策を出しているんですよね。あちらの景気は如何ですか?」
街角で商人同士が喋るような会話が始まってしまった。
というか、帰り着くなり総議長を放って何処に姿を消したのかと思ったら、こんな所でハーゼの世話をしているなんて。
奴隷用の区画に帰ってきただけ、というなら、当然といえば当然なのかも知れないけど。
「あのー、預かりの書類に署名して欲しいんですけどー」
今日の保護区担当の聖使が、紙を持って割り込んでくる。
正式手続きを後回しにされて、このまま迎えが来ず放ったらかしにされるのを一番心配していた人だ。
身元不明の奴隷に事件性でもあったら、教会全体の信用にかかわる。
差し出された書類にサッと署名すると、アキディスはハーゼの目線に腰を下ろした。
「ハーゼ。あの酷い主人の所には、もう戻らなくていい。俺が、買い取っておいたからね」
荷物から小さな鍵を取り出して、鉄球のついた両足の枷を手際良く外していく。
ぽかんとしていたハーゼの瞳が、揺れた。
「あ……」
「ほらほら、ここは甘える所ですよ」
笑んだユリウスが、硬直したハーゼの背中をトンと押す。
小さな身体を胸で受け取ったアキディスは、ユリウスを見上げて困ったように笑った。
「ところで君は、どうしてまた、奴隷の格好を? 事業に失敗でもしましたか」
流石に彼も、奴隷らしからぬユリウスの立ち姿に気付いたらしい。
「そんな大層なものじゃありませんよ。前の主人が色々やってまして、私は傍で眺めていただけです。ところで郷土品というのは、商店街が顧客ですか? 今の時期、交渉は大変でしたでしょう。明日はフェリアの秋祭りで、商店は準備で忙しそうですし」
自分の話題をヒラリとかわして相手の話に入っていくユリウスの話術が、すごい。
アキディスも話が分かる相手に、悪い気はしていない。
「いや――、今回は大口で貴族地区に出入りさせて貰いましたから。祭りの空気に少し浮かれている貴族は、狙い目ですよ」
「なるほど、勉強になります。明日の祭りは、見て行きますか?」
「はは……すっからかんですけど。折角だから見物していきます。ハーゼの服も買わないと」
アキディスの肩を悠々と占拠していた野鳥が、彼が立ち上がるのと同時にユリウスの腕に舞い戻る。
気を付けて、と挨拶をして、足取りの軽くなったハーゼを連れた行商人を見送った。
肩の荷が降りた気がして、ほっと息をつく。
それにしても野鳥がユリウスの周りに集まっている光景は、まるで絵画みたいだ。
「ミラノちゃん、お祭り、教会では何か催しはしないんですか? 久しぶりに自由の身で日の下を歩くので、毎年何をしているのか、知らなくて」
「あ、教会はいつも通りです。静かに過ごしたい人が避難しに来るんですよ。昨日も夜遅かったでしょうし、明日はのんびりしてくださいね」
野鳥と戯れているユリウスに軽く一礼をして、いそいでもときた道を戻る。
イリス様に、総議長様を見送ったのと、ハーゼを持ち主に返したの報告に行かないと。
聖堂側に曲がる角で、セフィシスが小走りに向かって来たのに出遭った。
「あっミラノ! あの人、総議長だったんですってね。今、イリス様から聞いてびっくりしたわよ~!」
「そうなんですよ! しかも人事院の一番偉い人が迎えに来たんですよ。凄く緊張しましたっ」
「それも聞いたわよ~心臓に悪いわ~。ねぇ、ところでユリウスはこっちにいるかしら?」
「はい、ユリウスさんなら、広間の中庭にいましたよ」
「ありがと。またあとでね~」
慌ただしく走っていくセフィシスをみおくって、私も急いで聖堂を横切り、さっきの応接室を覗く。
そこに誰いないのをみて、聖女様の執務室に行くと、ようやくイリス様をみつけた。
「おつかれ、ミラノ。そんなに急がなくても良かったのに」
書類から目を上げたいつものイリス様に、少しあがった息を整えながらペコリと一礼した。
「総議長様をお見送りしました。ちょっとその後、預かってた奴隷の持ち主に捕まっちゃって。夜中に預かったハーゼちゃんは、無事に持ち主のところに返しました。手続きもばっちりです」
「あの子か。酷い主人だったようだが、大丈夫なのか?」
少し眉をひそめたイリス様に、行商人のアキディスが買い取った事、鉄球を外して教会を出た事を一気に喋る。
ユリウスが彼女の身なりを整えてくれたのも、どこか、嬉しい。
ちょっとポカンとして聞いていてイリス様も、概要を掴むと、ほっとしたように笑みをみせた。
「それは、本当に良かったな。それにしても自腹で買い取ってくるなんて、今時、人の良い奴だ」
「ユリウスさんは、ハーゼちゃんの王子様って言ってたけど、ホント、そうですよねっ」
「……ユリウスがそう言ったのか。……あいつ……」
ふと厳しい顔になったイリス様の机の上に、分厚い資料が山積みになっているのを、ちょっと覗いてみる。
人事院の、資料。
丁度イリス様が手にしているのは、院長シャロン=イアの経歴みたいだ。
「そういえば、総議長様が、ユリウスさんの事を知ってるみたいでした」
「……知っていても、おかしくはないな。あいつ、奴隷になる前は、元総議長のご子息様だったんだ。容姿端麗・文武両道。上級貴族の中でも音に聞こえた王子様だったらしい。元々上級貴族生まれの現総議長なら、どこかで交流もあっただろう」
「じょ、上級貴族様だったんですかっ」
それなら、ユリウスのあの上品な佇まいも、納得できる。
それをあいつ呼わばりしてしまうイリス様との関係も、ちょっと気になるけど。
「この報告書をみて気付いたんだが、ユリウスはずっとシャロンのもとにいたようだ。貴族奴隷として名前は載ってないが、シャロンが所有していた奴隷は6年前から一貫して一人。その一人が、昨日付けで教会に移籍になっている。あの事件の後にもまさかずっと同じ所にいたとは……」
突然、いままで未知だった貴族の世界情勢が目の前に展開して、ぼうっとする。
ずっと前に、王子様から奴隷になったユリウスは、イリス様達と一緒に奴隷解放活動に参加した。
でもそれは失敗して、6年間、敵である人事院の中に潜んでた。
――どれだけ、悔しい想いをしてきたんだろう。
ちょっと、想像もつかないし、あの甘い笑顔の下にそんな秘密があるなんて、全然わからなかった。
「……イリス様、明日のお祭り、どうされるんですか?」
いきなり話題が飛んで、イリス様は首を傾げた。
「公務は休みだけど……そういえば、アリスを祭りに連れて行くって約束したような……」
「あのっ、ユリウスさんも一緒に、皆でお祭り見て回りませんか?」
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