静かな庭園
国防軍の馬を借り、深夜の草原を駆ける。
ユリウスとミラノの馬を先頭に、クレイとハーディス、アルヴァ、ソーマが騎乗していた。
あとには炬火を掲げた国防隊員が続いている。
眩暈がするほどの、満天の星空。
なだらかな丘陵を越え、小高い丘を駆け登る。
天然の地層を背に、荒廃した城塞跡が佇んでいた。
寂れた城門。
何の気配もない、静寂の空気。
馬を置いて廃墟の奥へ入っていくと、地層の岩肌を抉るような巨大な門が目に入った。
偵察隊の報告にあった通りの、『二つ蛇の門』だ。
古い血の跡が飛び散り、まだ最近の血糊も、黒くこびりついている。
『心臓の血を注いでみると良い。その熱きに応えよう』
そう刻まれた文字。
――300年間、ここで多くの魔女探しが犠牲になったのが窺える。
「……ここでゼロファが裏切ったんだ。あのときはメルド湖沼地帯の中から、どうやってここに辿り着いたのかよく分からなかったが……こんな位置関係だったんだな……」
ぽつりと呟いたクレイの声が、つめたい廃墟に響いた。
「クレイさん……」
魔女の手下が仲間に紛れ、魔女探し達を破滅に導く。
それは多分、何度も繰り返されたきた事なのだろう。
行動速度の速いクレイの回避力が、彼を生き延びさせた。
情報共有を軸におく協会の情報網に載せることで、手下の存在が世間に知られるようになった。
その根幹の舞台が、この『二つ蛇の門』の扉の前――ということだ。
「とにかく。ここまで来て、改めて魔女罠が待ってた訳だ。仲間割れの為の文章にも見えるが、もしかして謎掛けか?」
「……そうかも知れません。あの人は、言葉遊びをするような面がありました」
「あ、そうそう! セト先生、古書の文章解釈とかにもすっごくこだわってました!」
魔女に関する一番険悪な場所の筈だが、緊迫感が一気に和む。
ミラノの嬉しそうな声が、反響するせいだろう。
「う~ん、謎かけ? 言葉通りじゃないのか?」
ソーマが平然と扉に近づき、血糊がこびりついた入口に触れる。
「言い換えれば『心血を注いだ情熱に応える』。つまり皆で力を合わせて、こじ開けろって事じゃね?」
「いや、それは流石に……」
じっと様子を見ていたミラノが、突然、ぱっと飛び出してきた。
「ソーマさん、そのまま止まってください!」
「へっ?」
扉に添えていたソーマの手に、ミラノの手が重なる。
そこに、《祝福》の白い輝きが溢れだした。
「な、聖女様?」
「動かないでください。魔女の師匠であるヒカゲと縁のあった貴方なら、私と一緒に鍵になるんじゃないかと……!」
パアッと目映い光が廃墟中の石壁に反射する。
ゴゴ……と扉の奥で何かが動いた音が響き、ズン、と落ち着いた。
スウッと光が引くと、石の扉に刻まれていた2匹の蛇が、消えてしまっていた。
「「……え……」」
全員が、呆然と扉を見上げる。
「――どうやら、罠を消滅させちまったみたいだな」
「えっ?! ご、ごめんなさい、大丈夫かな……?!」
「良かったんじゃねぇ? 謎掛けに間違って、さっきの蛇に襲われる危険が無くなった訳だ」
聖女ミラノの肩を叩いたソーマは、くるりと踵を返してアルヴァとハーディスの後ろに回った。
「最初に扉開けるの怖いからさ~、あとは任せた!」
ソーマの軽い調子はともあれ、確かに、ここで扉を開けるのは自分達の役割だろう。
アルヴァは小さく息をついて、クレイとユリウスに許可をとる意味で視線を交わし、頷いた。
「聖女様は少し下がっていて下さい。突然魔物が飛び出してくるかも知れません」
「あ……わ、わかりました。気を付けてくださいね、アルヴァさん」
聖女ミラノが護衛のユリウスに肩を取られたのを確認してから、彫刻の消えた扉に手をかける。
――ゴゴゴゴゴ……
重い音を立てながら、巨大な岩の両扉が抵抗なく開いていく。
魔物の気配も、何かの罠が作動するような気配もない。
が、ドンと抵抗の感触があり、大人が2人並べる程の幅で扉が動かなくなった。
「何だ? 壊れたのか?」
「いえ、ここまでが扉の限界のようです。……内側の通路の幅に、ピッタリ合っていますし」
派手な扉の巨大さに似合わぬ、細い入口。
奥へと続く真夜中の寂れた城砦の地下通路には、外よりもつめたい空気が流れる。
――この奥に、魔女イオエルが――。
小さく息をのみ、アルヴァはそっと通路の中へ足を踏み入れた。
シュ、と何かが足元を払う。
「アルヴァ!!」
一瞬で、クレイの声と炬火の光源が、消えた。
――寒い。
冷たい石畳の感触とは違う。
全身が、無機質な冷たい風に晒されている。
「おはよう。手荒な真似をしてごめんね。アルヴァ」
冷たい風に、さらりとした茶髪が流れる。
すぐ傍で、声の主が微笑んでいた。
「っ……イオ……!」
「動いちゃ駄目。危ないよ。アルヴァ」
トン、と暖かい指先が口元に触れた。
――イオエル=リンクス。
ふわっとした穏やかな笑顔と、深い、緑の瞳。
はっと自分の状況を見下ろすと、四肢を無数の赤黒い蛇に拘束され、廃墟の上に晒されていた。
眼下にひろがるのは、教会の中庭のように整備された、冬の庭園だ。
――いや。
この廃墟となった砦に囲まれた構造は、もしかすると、小規模な王城の庭園に近いかも知れない。
「可愛い勇者さん達が、もうすぐここに辿り着く。素敵な人質として一緒に出迎えてくれるかしら」
「……イオエルさん……」
「この方がみんな、私と戦いやすいでしょ?」
「…………イオエル…………」
――こんな状況なのに、胸が痛いほど、嬉しい。
人々に『世界を支配する魔女』の存在を知らしめるだけなら、手近なアーペの街を蹂躙するだけでも、良かった筈。
どうしてわざわざ、各国の代表者に呪いを掛けたのか……わかった気がする。
「……貴女はもしかして、国家単位の勢力に倒される為に、皆の前に現れたんですか……?」
「――――……本当に、あなたはいつも、面白い事を言ってくれるわね」
軽く笑ってみせながら、緑色の瞳が、ちいさく揺れたように見えたのは――。
ゴゴゴゴ……と扉を開ける音が、遺跡の端から響いてくる。
さっきまで一緒にいた顔触れが、辺りを警戒しつつ庭園に足を踏み入れるのが、よく見えた。
ざあ、と庭園中にイオエルの風魔法が逆巻く。
「ようこそ。……可愛い勇者さん達」
黒い外套を脱ぎ捨て、ほとんど白布一枚の衣装を纏った魔女が、満天の星空を背に、ふわりと浮いた。
「先生……! アルヴァさん!!」
「セト=リンクス! どうして俺達と一緒に、過ごしてきたんだ……どうして、いま、正体を現したんだ……!」
ミラノとクレイの声が、冷たい空気に響いていく。
ハーディスとユリウスがその傍を固め、そのうしろにソーマがついてきている。
が、門まで一緒だった筈の国防隊員の姿が、ない。
「セトの人生は、ただの気紛れよ。私達が知り合ったのは、偶然……。いえ、あなた達が引き寄せた、強運かも知れないわね」
いつもどおりの、穏やかな魔女の声。
と同時に、すう、と緑の庭園が闇魔法の暗闇に包まれていく。
中央議会が闇魔法に包まれた時と同じ。
しかも今は実際、夜の闇が支配する、真夜中だ。
また、蛇の毒が――
「皆、逃げろ……!」
「アルヴァさん、待ってて! いま、助けます!」
ぱあっとミラノの白い《祝福》が即座に炸裂し、闇魔法を打ち消しながら、サアッと庭園のなかの闇の気配を塗り替えていく。
手足を拘束していた黒蛇が、白く消滅していく。
自由になった手足で、アルヴァは、廃墟の屋根を踏みしめた。
「――アルヴァさん、連携して!」
「いくぞ、アルヴァ!」
「アルヴァさん!」
一斉に名前を呼ばれた。
ハーディスの魔法に物理攻撃を合わせろというのも、クレイが双剣で踏み込む位置関係を計れというのも、聖女ミラノが切実な無事を願ってくれたのも、わかる。
だが――。
イオエルを傷付けるなんて、できない――――。
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