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【完全版】世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~   作者: 白山 いづみ
朝焼けを抱く

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味方~黒翼の魔術師~



「――行け、アルヴァ。俺を信じろ」

 暖かく頼もしい、ソーマの声が耳に残る。



 避けようのない、ティユポーンの苛烈な攻撃に晒された。

 だがやられたと思った直後、まるで天使のような黒い翼を生やしたソーマに抱えられて上空を飛んでいたのには、驚いた。

 

 ――飛行機械で空を飛ぶのには慣れたが、生身で空中に放り出されたのは、はじめてだ。

 

 しかし、怖くはない。

 ソーマの《真名を掌握》する言葉のせいだろうか。

 


 落下するアルヴァを追い抜くように、ハーディスの魔法がゴオッと巨大な炎をティユポーンへむけて放たれた。

 強烈な熱風が駆け抜け、足元を覆っていた雹が一気に消滅して道がひらかれる。

 一緒に抱えられていた状態から、この威力の魔法が撃てるとは……ハーディスは、やはり、凄い。

 

 光魔法を付与した双剣をグッと握り、巨大な標的が眼下に迫る距離感に、集中する。

 

 ――どんな存在だろうが、弱点はきまっている。

 ティユポーンがはっと目をあげたのを見逃さず、落下の速度をそのまま攻撃力に活用して、正確に、ドッと双剣を両目に突き刺した。


『グアアアアァァァ!!!!』


 瞬時に双剣を引き抜いて離脱すると、巨大な蒼い手が掠めてきた。

 ティユポーンの巨体が大きく姿勢を崩し、激痛にもがく間に、素早く駆け降りる。

 

『ぐぅぅっ……目に……光魔法だと……?!』

 雹が蒸発した白煙の中、宙を掻くテュポーンの動きは鈍い。

 

 羽根から発生していた雹がバラバラと止みはじめる。

 アルヴァは濡れた草原の茂みの中にザアッと音を立てて隠れ、離脱した。

 

 ――剣戟が通用するのは、おそらく、目だけだろう。

 無理に剣で攻撃を続けても無駄だ。

 出来るだけ距離を取ってハーディスが追撃しやすくしなくては――。


 

 見上げると、ハーディスを抱えたソーマが、巨大な翼を大きく羽ばたかせた。

 満天の星を映した、滑らかに黒い翼。

 

 ――素性について詮索しないなんて言ったのは、まずかったな。

 

 

 ハーディスの手風琴(アコーディオン)口風琴(ハーモニカ)の音色が高らかに響き、ゴオッと立ち登った暗雲がゴロゴロと不穏な轟音を含む。

 ――バァン! ドオォォォォン……!

 

 アルヴァは地を裂くような轟音と衝撃に、おもわず身を竦めた。

 まさか雷を落とすとは……。

 ハーディスの才能は、一体どうなっているんだ?


 

 一瞬、しんと静かな空気が流れる。

 

 人型の蒼い巨体が大きく傾き、草原のなかに倒れ込んでいく。

 ズズン……と地響きをたてて巨大な敵が倒れるのと同時に、冷たい草の匂いが一気に吹き抜けていった。



 


「アルヴァ! どこだ?!」

 

 草むらのなかに身を隠したつもりだったが、クレイがすぐ傍まで駆けつけていていた。

 一瞬ティユポーンの追撃を心配したが、雷撃に倒れた巨体に、今すぐ反応は無いようだ。

 

「こっちです。クレイさん、ご無事で――」


 ざっと立ち上がると、変な顔をしたクレイが凄い速さで駆け寄ってきた。

 なるほど、この代表の移動速度はこういう歩き方で――

 

 少し俯いたクレイが駆けつけてきて、ドンと胸元を叩かれた。

 一瞬、何を言っていいか、分からなくなる。

「……?」

「っ……心配かけさせやがって……! くそ、俺に仲間を死なせるのは……いい加減にしろってんだ……!!」

 寒風のなか、熱すぎる声が、低く響く。

 

 ――俺はまだ、この人に、仲間だと思って貰えていたのか。

 あれだけ生意気な我が儘を言って、折れて受け入れて貰いながら、自分はまた、我が儘を押し通そうとしているのに。

 あれだけ注意喚起されていた魔女の手下を招き入れ、それを庇ってしまったのに。

 ――俺に、心配して貰う資格なんて、無いのに――。

 


「あの飛んでるソーマは何なんだ? まさか教会の祭壇にいるような天使だっていうのか?」

「……ソーマの能力は、《真名を掌握》する力です。あの翼もその応用でしょう。あんな軽い言動の天使がいたら、困ります」

「そりゃ違いないな。……しかし、今のでこの巨大な神獣を、倒せたのか……?」


 草原に横倒しになったティユポーンに、反応はない。

 だが、魔物のように砂になって消える様子もない。

 

「そう願いたいですが……この状態だと判断がつきませんね」

「こいつと魔女の命は繋がってるって言ってたよな。……魔女も一緒に倒さないと駄目だって事か……」


 その言葉に、ぎゅ、とアルヴァは胸元を抑える。

 ――そうだった。

 この巨大な相手が沈黙しているうちに、魔女と話をしなくては……。


 

「おーい、ティユポーンが痺れてるうちが、魔女を倒す好機だぜ!」

「ちょっとソーマさん、その魔女さんが近くに見当たらないよ?!」

「あれ? ティユポーン倒したら自分から出てくると思ったんだけどなぁ……」


 ばさ、と大きな羽音と暖かい声が降りてくる。

 ソーマとハーディスが草むらの中にザッと着地し、雷雲で濡れた水滴を払った。

 

 

「おい、ソーマ=ディユエッタ。《真名を掌握》する能力があると聞いたが……お前は一体、どういう奴なんだ? 俺たちの仲間になったのには、本当にこの戦いに協力したいからなのか? それとも、何か目的があるのか?」

 

 クレイが、あらためてまっすぐソーマに向き合う。

 ソーマは少し困ったような顔で、しかし、きちんとクレイに向き直った。

 

「……故郷での肩書を捨ててきた、放浪の旅人だよ。だけどちょっと縁があって、君達を勝利に導く手助けをしたいんだ」 

「ほう……じゃあゼロファを庇ったのは何故だ?」

「え? それは勿論、愛だな!」

 

「…………」

 変な空気で、一瞬、時間が停まった。


「――クレイさん。とにかくソーマが敵じゃない事は、確かです。たった今、その翼で俺とハーディスを助けてくれた訳ですから」

 アルヴァはいそいで二人の間に割って入った。

 いままでのソーマの言動を考えると、さっきの一言は、ソーマにとってはごく自然な発言だろう。

 ――だけど今、真剣なクレイには、通用しない冗談だ。


「……わかった。最後にひとつだけ聞く。故郷に置いてきた肩書は、天使ってやつなのか」

 クレイの真剣な問いに、ソーマは小さく笑って、大きな黒翼をスルリと消した。

「そいつは天使に迷惑だろ。ここでの俺は『世界を支配する魔女』を倒す勇者に力を与える、『黒翼の魔術師』。そう認識するといいさ」

 

 


 

 ドドドッと馬を駆り、国防軍の一隊の篝火が、濡れた草むらを赤く照らした。

 

「クレイさん! ハーディス!アルヴァ! ――無事な人間はこれだけですか?」

「あ、ユリウス~! よかった、聖女様は大丈夫だった?」

 

 ハーディスの声に、馬上の国防院総帥のうしろから、聖女ミラノが顔を出した。

「みんな……! 生きてる……よ、良かったあ……」

 聖女ミラノの白い息が、緊迫した空気を和ませてくれる。

 

 ――駆け抜けてきた砂地には、斃れた魔女探し達がそこかしこに転がっていただろう。

 ハーディスでも精神的にきつかった場所を、よく通り抜けてきたものだ。

 


「クレイさん、魔女はこの草原の奥にある城塞のひとつに入っていったようです。もしかして報告にあった、蛇の門がある場所では?」

 馬上から声をおとしたユリウスの視界には、夜目の効く鳥がいるらしい。


「……なるほど。ユリウス、案内できるか?」

「勿論です。でも、ティユポーンはどうしますか? 放置するには危険ですが……」



 ――この神獣が、いつ目を覚ますかわからない。

 が、下手に攻撃して目を覚まされるのも、危険だ。

 確実に眠らせておく方法があれば――……。

 

 アルヴァはぐっとソーマの腕を引いた。

 

「ソーマ。吸血鬼の時みたいに、ティユポーンを眠らせてくれ」

「え~? こんなでっかいの、吸血鬼とはちがうぜ。俺に出来ると思うのか?」

「……やろうとしないだけで、本当は、何でも出来るだろう? この神獣の拳ひとつ、簡単に消し飛ばしたんだから」

 

 軽い調子でかわそうとするソーマを、じっと覗き込んだ。

 ――真実を言わないかわりに、嘘も言わない。

 まっすぐ向き合えば、そのぶんの回答を返してくれる。

 そして、言葉にした願い事は、断らない――。


「――いいね。俺の扱いに慣れてきたんじゃないか。アルヴァ」

 ニッと笑い、ソーマは濡れた草をかきわけて倒れた神獣の傍に立った。


「《大蛇神ティユポーン》――よく眠れ。夜は、お休みの時間だ」

 

 蛇の身体を優しく撫でたソーマに、特別な魔法を使ったような気配はない。

 だが、確実に眠らせた――という安心感が、満ちる。

 


 聖女ミラノが、そっと息を吐いた。

「……これでしばらく、この蛇さんは眠っていてくれますね。今のうちに、先生に……魔女に、会いに行きましょう」

「おい、待て待て! 『光明の聖女』様も行くっていうのか?!」

「メルド湖沼地帯を消してあの蛇が出てきたのも、魔女探しの皆さんが斃れたのも、私のせいです。……これだけの犠牲を出して、黙って待ってる訳にはいきません。私も、みんなと一緒に行きます」

 

 『光明の聖女』ミラノ=アートの、引け目も後悔も無い、真っ直ぐな姿勢。

 流石にクレイも、言葉が出なかった。


 

 夜露に頭を振った馬をくるりと足踏みさせ、ユリウスは改めてクレイに笑いかける。

 

「ご心配なく、クレイさん。『光明の聖女』様は、我々国防軍が護ります。《ホライズン》に責任は持たせませんよ」

「責任とかそういうんじゃ無くてだな……はぁ、俺に止める権利は無いか……。改めて言うまでも無いだろうが、魔女は、各国代表達に呪いをかけた『討伐対象』だ。知り合いだろうが何だろうが、絶対に、油断はするな」

 

「わかってますよ。最前線を生きてきた貴方がそんなに心配するなんて、歳ですかねぇ?」

「年季と言え。権力者が」



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