激戦~亡国の神獣~
突然、ノーリの足元から黒い蛇がずるりと滑り出し、砂塵を巻き上げながら巨木ほどの大きさに膨れ上がった。
それは一瞬でノーリを丸飲みし、ドオッと地中に戻る。
「ノーリ!!」
低く続いていた地鳴りに加えて、大蛇が地中深くを動く振動が、響き渡っていく。
「くそ、逃げられたか?! 負傷者以外は持ち場へ戻れ! 羽根蛇共々、反撃に備えろ!」
聖者バルドの号令に、遠巻きに見守っていた魔女探し達があわてて動き始めた。
「今の黒蛇は……!? ノーリが、の、呑まれて……」
「あ~。ペットまでは気付かなかったな。あいつは大丈夫だよ」
「ソーマ! ノーリが魔女の手下って、いつから……!!」
あまりのことに、アルヴァはおもわず声を荒げてしまっていた。
が、ソーマは当然のように、余裕の笑みをうかべている。
「ん? はは、これ俺が捕まるやつ? あいつが魔女の手下なのは最初から気付いてたぜ。奇襲してきたから返り討ちにして、魔女との力の繋がりを少しずつ解いてたんだ。あいつは、自分を魔女の奴隷だって言ってた。……この国で奴隷は、解放しないと、だろ?」
ソーマの言葉に、嘘は感じない。
だけど――。
「アルヴァ、黒蛇は砂地のほうに向かったっぽい、追いかけるよ! ソーマさんも! あのゼロファを返り討ちにしたなら、戦力になってよね!」
ハーディスが、背中を叩く。
「いいぜ、黙ってたお詫びにひと働きしよう」
面識の薄い筈の二人だが、息の合った会話と共にサッと駆け出していった。
「ちょっ……!」
……確かにここで揉めてる場合ではない。
アルヴァは小さく息をついて、ふたりのあとに続いた。
聖者バルドの号令で動ける人間がまたこの場所に出てきたが、魔女探し達には隊列もなにもない。
「うーん、黒蛇はディールの丘側のかなり離れた場所へ移動したみたいだ。多分、魔女の傍へ行ったんだろう」
「えぇ、早! じゃあ捕まえるにしても、まずはさっきの羽根蛇かぁ」
東側へ拓けた夜の草原を眺める、いつものソーマの横顔。
その足元には、羽根蛇にやられた死体。
その背中には、大量に流れた血の跡。
――その立ち姿が、なぜか、似合う。
「……ソーマ、もしかして、戦争の経験が――」
瞬間。
突然ドッと地面を突き上げ、砂場のど真ん中から、巨大な魔女の羽根蛇が出現した。
「……っ!!」
その紫色の体躯を、咄嗟に回避する。
ザアッと巻き上がる砂煙で視界が消え、片目を瞑って口元を覆う。
『光よ 我が意に従え!』
アルヴァは周囲への警告も込め、羽根蛇の頭上へ光魔法を撃ちだした。
次いで口風琴の高音とともに、炎の矢が蛇の頭へ炸裂する。
「アルヴァ、羽根を狙うよ!」
どこからか響いたハーディスの声。
即応したアルヴァは、不意に視界を奪われた羽根蛇の背へとりつき、まだ砂を纏っている黒い羽根の根本に双剣の斬撃を叩きつけた。
風魔法で同じ動きをしたハーディスと、蛇の背で背中合わせに合流する。
「羽根、硬っ!! 岩より硬いんじゃない?!」
「《大蛇神ティユポーン》って言ってたな。聖女様の力でも消滅しなかったし、魔物ではないのかも――」
ふたりで喋った一瞬後、羽根の根本を攻撃された蛇が怒ったように身をよじった。
蛇がぐるんと頭を向けて突っ込んできたのを、ハーディスと同時に、反対側へ飛び退いて避ける。
ワッと集まってきた魔女探し達が、羽根蛇に群がるように攻撃をはじめた。
「――普通に突っ立って攻撃するな! 蛇に間合いは通じないぞ!!」
ここに集った魔女探し達は《ホライズン》に集まってきた人間ばかりではない。
最初に大量にでた死体と同じ犠牲が増えるのを、黙ってみている訳にもいかない。
しかし、喧噪の中でアルヴァが張り上げた声に、何人が従うだろうか。
蛇の巨体に対して、魔女探し達の攻撃力は、あまりに些細だ。
国防軍の用意した攻城機の矢ほどの攻撃力があれば話は別だが――。
全方位からの細かい攻撃に苛立った羽根蛇が大きく蝙蝠の翼を羽ばたかせ、群がる魔女探し達のほとんどが風圧で吹き飛ばされる。
「くっ……! アルヴァ、大丈夫?!」
ハーディスの風魔法に守られ、砂埃に目を擦る。
「ああ、助かった。対策を考えないと埒があかないな」
――羽ばたきで人間を蹴散らした羽根蛇の次の行動はおそらく、空への離脱。
そうすると地上の魔女探し達の攻撃は届かなくなるが、現状一番攻撃力のある国防軍の攻城機が、使える。
蛇は想定通り頭を上げ、大きく羽根をひろげた。
「――まぁ、落ち着けよ《ティユポーン》。ちょっと俺と、お喋りでもしようぜ」
蛇の鼻先にトッと立ったのは、ソーマだ。
――その身のこなしは、魔女に似ている。
「な、なにしてるんだ、あいつ……?!」
「蛇と喋って……まさか奴も、魔女の手下なのか……?」
風圧に耐えて立ち止まった魔女探し達が、一斉に不審の目をあげる。
『軽々しく我が名を呼ぶな。痴れ者が』
突如、地響きのような声が鳴り響いた。
夜空に舞い昇った紫の羽根蛇の体躯が、ぐにゃりと溶けるように、変化していく。
――蒼い肌の人間の上半身には、黒い蝙蝠の羽根。
滑らかな紅い長髪は毛先で数匹の赤蛇が牙をむき、下半身は、暗い斑色の二匹の蛇になっている。
羽根蛇だったものが人型に変化を遂げ、場の空気が、ズンと重圧に満ちた。
『我は大蛇神ティユポーン。魔物ごときと同一視するとは、不敬な奴らよ』
厳格な、男の声が響く。
――人型の魔物といえば、吸血鬼が最上位の存在だと思っていた。
だがこれは、人型の、神獣――というべきなのだろうか。
まさか、魔女を倒しにきて神獣と戦うことになるなんて、誰が想像しただろう。
『……不敬な部外者よ。折角手加減してやっておったのに、何故我が真実の姿を暴いた?』
「ふふ、縁浅からぬ神獣同士、遊んで貰おうかなってな!」
『――その傲慢。人間としては珍獣にあたろうな!』
ゴッという音とともに、巨大な蒼い手がソーマを掴みかかる。
しかし、するりと抜け出したソーマは、そのまま巨大な手を握り、何かを小さく呟いた。
次の瞬間、蒼い手がジュッと霧のように焼き切れる。
『………………!』
「…………??!!」
あまりのことに、テュポーンも固唾をのんで見守っていた魔女探し達も、言葉を失った。
空中でくるりと姿勢をととのえ、ザンと綺麗に着地したソーマに、畏怖に近い視線があつまる。
「あはは! 皆、これは確かに神獣だ。だけど所詮は『亡国の神獣』! 今を生きる人間達の営みのほうが遥かに尊い! 主役は君達だ。正しく恐れ、正しく立ち向かえ!!」
ソーマの華麗な演説が響き渡ると同時に、国防軍の攻城機がドドッと金属の矢を放った。
それは見事にティユポーンの不意を突いた形で、半数ほどが蒼と斑の蛇の身体に突き刺さり、猛烈な爆発音をあげる。
『ぐうっ……うるさい、機械が!!』
巨大な神獣がゴオッと頭上を駆け、森の際に並べられた攻城機を巨大な尾で一気に薙ぎ払った。
国防軍は神獣の一方的な攻撃に逃げ出し、森の中に退避していく。
轟音に耳を塞ぎながら駆け戻ってきたソーマは、満面の笑顔だ。
「どーよ? 俺って結構凄いだろ!」
「いや、あれは厄介……」
「あ~人型が一番嫌なんだよ~!」
ハーディスの叫びが、皆の心の叫びだろう。
しかし突然ティユポーンの右半身に、ガガガッと無数の亀裂が走る。
かまいたちのような剣技で敵の目をひきつけたのは、クレイ=ファーガスだ。
森を足場に、人型の肩へとりついた。
「おい、こんな狭い場所に押し寄せるな! 図体がデカいなら、広い場所に行けよ!」
『人間ごときが、我に命令するか――』
「人間ごときの魔女に従ってんのは、何なんだよっ!」
歴戦の剣士クレイ=ファーガスの瞬速剣が、余裕をみせていたティユポーンの髪の赤蛇に猛攻撃を加える。
――神獣と口論するクレイの本領発揮に、砂場でポカンとしていた魔女探し達も、気を引き締めて剣を握り直した。
「――地面に潜らせるな! 足を断ち羽根を破れ!!」「武器を持たせるなよ、手に気を付けろ!!」
視界を邪魔されて不満の声をあげたティユポーンが、ドドッと自らの蛇の胴を砂場に叩きつける。
冷静を取り戻した魔女探し達は素早く戦略をたて、魔法の詠唱と剣技の連携で攻勢をはじめた。
――300年間にわたる魔女との戦いの、最終決戦――。
メルド湖沼地帯を消滅させた先に出現した、大地の神獣《大蛇神ティユポーン》。
この巨大な敵を倒した先に、300年の沈黙を破って姿を現した、仮面の魔女が待っている。
――そう誰もが、勝利への確信を抱いた。
ドドドドドドドドドッと強烈な蛇の猛攻が全方位を薙ぎ払った。
一瞬で砂埃と血飛沫が空を覆い、暗闇があたりを包む。
咄嗟に身をかわして助かったのは、クレイだけだ。
「――っ……!! くそ、こんなの……どんだけ規格外なんだ……!!」
『――憎悪の念はその身に返る。試されておるのも、分からぬか』
「試し……? っ……動ける奴は逃げろ! 『魔女探し』にはこいつは倒せない! アルヴァ、ハーディス! ……誰か、無事な奴はいないのか……?!」
土埃の中、返事はない。
――まさか、全滅したのか?
クレイが暗がりの中を駆けまわっているうちに、ティユポーンは悠々と平原へ戻って羽根をひろげた。
『――これで、仕舞いだ』
ひらけた草原からの、極寒の強風。
風のなかに混じる雪が氷になり、砂場と森を雹の嵐が襲う。
――まるで、災害だ。
クレイは急いで砂場におかれた飛行機械の後ろに身を隠した。
激しい雹をうけた木々のむこうでは、国防軍が慌てて撤退しているだろう。
――ユリウスと聖女は無事だろうか?
アルヴァとハーディスは?
あれだけ派手に立ち回っていたソーマはどうした?
隠れた飛行機械が凄い音をたててガタガタ揺れる。
――駄目だ。これじゃ、動けない。
「……くそっ……どうすりゃいいんだ…………ここまでして、何が望みだっていうんだよ……!!」
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