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【完全版】世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~   作者: 白山 いづみ
朝焼けを抱く

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展望の《祝福》がひらく未来



 メルド湖沼地帯と森の境界に広がる砂場。

 真っ白な砂が夕焼け色に染まり、さっきまでそこに魔物がいた形跡すらない。

 アルヴァは大きく砂を巻き上げ、そこに飛行機械を着陸させた。

 

「「『光明の聖女』様!」」

「凄い、今のが魔物を消す力なんですね!」


 森の中から一斉に歓声がわきあがり、国防軍と魔女探し達の一部が雪崩のように飛び出してきた。

 どうやら守護の柵を砦として戦う構えを作っていたようだ。


「み、みなさん……ふぁ、わっ?!」

 いそいで飛行機械から降りようとしたミラノがふらついたのを、咄嗟に支える。

「気を付けて下さい。はじめて乗った訳ですし、足元の感覚がフワフワするでしょう」

「あ、はは……本当ですね」

 アルヴァに支えられながら、ミラノは飛行機械から降りる。


 魔女探しと国防団員と――大勢の男達が集まるなか、クレイとユリウスも駆けつけてきた。

「おいおい、しっかり戦闘準備してたってのに……凄いな、『光明の聖女』様は」

「議場でも拝見しましたが、以前とは比べ物にならないほどの力ですね。《祝福》と呼ぶべきかでしょうか?」


 《祝福》――そう、ソーマもそう言っていた。

 

 そうしている間にも、また低い地鳴りが響いてくる。


「そ、それはともかく……! 魔物はまた出てきます。今度は、皆さんに対処をお願いしたいんですけど、いいですか?」

 ユリウスの発言に少し恥ずかしそうにしていたミラノは、息を吸って、強い顔をあげた。


「勿論だ。そのための守護の柵で、そのための国防軍だしな。聖女様のおかげで士気も充分! なっ?お前ら!」

「「「おお――っ!!」」」

 クレイの声に、周囲の魔女探しと国防隊員の大歓声が響き渡った。

 

 地鳴りとともに湖沼地帯から続々と魔物が出現し始めたのに、国防隊員が隊列を組んで構え、魔女探し達が我先にと突っ込んで行く。

 クレイまで先陣を切って魔物討伐に走っていったが、国防軍総帥として後衛の指揮を取ったユリウスは、すぐに聖女ミラノの傍に戻った。


「聖女様、日々訓練してきた国防軍の勇姿をみて頂けて光栄です。……さて。ミラノちゃんは、ここで何をしようとしているのかな?」

 優雅な礼をとったユリウスが、悪戯っぽい笑顔になった。

 流石、察しが良い……というべきだろうか。


 

「みなさんに出てくる魔物を止めてもらっているうちに……メルド湖沼地帯そのものを《祝福》します」

 真っ直ぐに言い切ったミラノの強い目が、黒い霧に覆われた沼地を見据えた。

 聖衣をなびかせる冷たい風の中に、ちいさく雪が混じりはじめる。


「ふふ、やっぱり大きく出ましたね。私はそんなあなたが好きですよ。アルヴァ、万が一の時は飛行機械でミラノちゃんを頼みます」

 

 あっさり頷いたユリウスは、吹き付けてきた風の流れを受け流すような風魔法を展開しはじめた。

 しかし、なんだか聞いてはいけない発言が聞こえた気がする。

「も、もう、何言って……わっ!?」

 ズン、と大きく地面が揺れる。

 

 湖沼地帯からの魔物が吐き出されるかのように突然ドッと増え、突出していた魔女探し達に一斉に襲い掛かる。

 が、声をあげる間もなく、その一団は瞬時に切り刻まれて崩れ落ちた。

 ――クレイ=ファーガスの戦闘能力は、噂より尋常ではないようだ。


「ミラノさん、あまり話をしている場合では無さそうです……!」

「は、はい!」


 ぱあっとミラノが白い魔力を纏い、暗雲立ち込める湖沼地帯にむけて、足元を踏みしめる。

 

 


 《祝福》の白い輝き。

 湖沼地帯の黒い霧を、ジリジリと焼き切るように、逆に侵食していく。


 ――すごい。

 でも、このままでは、ダメだ。

 

 そもそも、何故、この湖沼地帯はできたのか?

 魔女の洪水がもたらした大地のぬかるみ。

 そう、皆が思っている。

 しかしこの黒い霧を空から通過すると、ごく自然な平原が存在する。

 メルド湖沼地帯そのものが、土地として不自然な存在だ。

 

 ――つまりメルド湖沼地帯は、一種の魔物、ということになるんじゃないか。

 魔物は、もとは人。

 リースもそうだったように、過去亡くなった人の想いが、何かのきっかけで、魔物になる。

 ならば、メルド湖沼地帯という魔物の根源は、300年前に滅亡した国家単位の死者――ということになる。

 年季も、人数の規模も、いままでの比ではない。

 

 このままでは、魔力を消費するだけだ。

 アルヴァは飛行機械から離れて、集中しているミラノの肩を掴んだ。

 

「――ミラノさん! メルド湖沼地帯は、300年分の死霊が――……っ!!」

 

 ゴッと冷たい強風が吹きつけてくる。

 白くまばゆい輝きに、視界が消える。


 


 

 

「……!……!!」 

(なんだ……? 聞こえない……)

 

 感覚が、おかしい。


 はっと気付くと、黒い泥水に沈んだ戦場が眼下にひろがっていた。


(なっ……!?)

 声が、音にならない。

 

 大量の死体が浮かぶ黒い泥水から瘴気が――いや、あれは、大量の、死霊だ。

 視界を埋め尽くす死霊は、何かを狙うように上空へ昇っていく。

 その先にいる存在。

 巨大な羽根蛇の上に立つ、まだ短い髪だった頃の、イオエルだ。


「……、……、……」

 大量の死霊に囲まれながら、彼女はつめたい笑みをうかべている。

 

 (イオエル……! そこにいては、駄目だ……!!)

 

 伸ばした自分の腕が、自分のものじゃない。

 

 

 擦り切れた軍服の袖。

 ひとまわり小柄な手。

 ――死霊の彼女は、手を伸ばす。

 纏わりつく黒い死霊達から、あの子を、守らなくては。

 あの子の傍に……ずっと一緒にいると約束したのに――。


 

 羽根蛇がイオエルに吸い込まれるように姿を消して、巨大な蝙蝠の翼が、彼女の背中に残った。

 

「……なに? 戦争していたんだから、負けたら勝者に従いなさい。文句があるなら、その魂、粉々に潰してあげる。私に、出来ないとでも?」


 高く、冷たい声。

 周囲に満ちた黒い死霊の集団が、一気に泥水のように溶けて、ザアッと地に落ちていく。


 

 (ああ……そうか)

 視界は――彼女の魂は、曇天を突き抜け、遥か空の彼方へ吸いあげられる。



 


 青い空が足元に輝く、夜の星空。

 

 ふと気づくと、陽光のように暖かく輝く聖女ミラノが傍に浮かんでいた。

 いつのまにか自分の身体が、自分の姿形に戻っている。


「これが……イオエルさんが魔物を従えた切っ掛け……あの羽根蛇と一緒に……」

 ミラノの、きれいな声。

 

『果ての火は 時に留まれる 我が闇か

 重ね幾重も 縋る年月

 今こそは 数唄詠う 動き出す

 時の檻は朽ち 永久の終わり

 かえりみちは いまここにある 』


 教会の曲調のような歌声とともに、ひときわ白い魔力が視界を染めていく。

 



 

 ゴッと叩きつけるような冷たい風。

「……っ!」

 現実の感覚にそっと目を開けると、途方もない光景が、目の前にひろがっていた。

 

 暗雲を染め上げた《祝福》の輝き。

 ほどけるように、目の前の景色そのものだった湖沼が、消えていく。



(……あの向こうに……)


 伸ばした手が触れたのは、聖女ミラノだ。

「……!」

 ふらついたのを咄嗟に支えると、蒼白な顔色で、冷えきっているのに気付く。

「ミラノさん! 誰か、暖を取れるものを……!!」


 顔をあげて、はじめて気付いた。

 辺りはすっかり日が落ちて、後から駆けつけてきたらしい国防軍の篝火が周囲を照らしている。

 一瞬の事のように感じた、あの光景。

 現実にかかっていた時間はもっと長かったらしい。


 国防軍総帥の外套を外したユリウスが素早く駆け寄り、ミラノの肩を優しくくるんだ。

「『光明の聖女』様。感謝します。これで、未来の鍵が、開いた。――展望する未来を望むことができる」

「……ユ、リウス……さん?」

 いつもより柔らかな笑顔をうかべたユリウスが、さっと彼女を抱きあげた。

 

 白く消えていく湖沼地帯と魔物達。

 あまりの奇跡に呆然としている国防隊員と魔女探し達。

 

 ユリウスは聖女ミラノを抱き抱えたまま、ドンと飛行機械の機体の上に立つ。

「今、300年我々を悩ませてきた魔物の巣窟――メルド湖沼地帯は、消滅した! 残す脅威は『世界を支配する魔女』のみ。総員、気を引き締め、体制を整えよ!!」


 ドッと、地響きのような歓声があがる。

 国防院の隊員3000名が揃った訳ではないだろうが、一体、どれだけの人数がいるのだろう。



「総帥、聖女様は――」

 ユリウスがミラノに薄紅色の回復魔法をかけているのを見て、いいかけた言葉を飲み込む。

「この寒風のなか、3時間も立ち続けていたんです。あなたもですよ、アルヴァ。ふたりが微塵も動かなくなったので、魔物の襲撃から全勢力で死守しました。あとでクレイにお礼を言っておいて下さいね」


 3時間もの間、聖女ミラノの《祝福》に同調していたのか。

 言われて初めて、全身が強張っているのに気付く。

 自分は鍛えているからこの程度だろうが、ミラノが蒼白になるのも、当然だ。


 

「やっと起きたね、アルヴァ! いつの間にかこんな所で聖女様と一緒に凄い事になってるなんて、ズルいなぁ~」

 いきなり背中を叩かれて振り向くと、ハーディスが悪戯っぽい笑みをうかべていた。

 3時間もあれば、アーペの街中にいた戦力がここに結集するには充分だっただろう。


「ハーディス。すまない、急な事だったから……」

「いいよ、それより、あの向こうに『世界を支配する魔女』がいるんだよね。僕達も前線に行くよ!」

 

 ぎゅっと手を引かれて、駆け出したハーディスに続く。

 白くほどけていく光は寒風に吹かれて散りゆき、その向こうにある、草原の大地が見え始めた。


 

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