期待という感情の裏表
「やっほー! ノーリぃ~! 会いたかったぜ~!」
「なんでここに現れるんですか」
街道外れの夜営地で火の番をしていたノーリ=カークランドは、振り向きもせず、目の前の焚き火へ枝を放り込んだ。
ノーリは国防軍の小集団に紛れてアーペへ向かい、あと1日の距離にいた。
しかし、先に行った筈のソーマが、何故か背後から抱きついている。
「……アルヴァには会えましたか」
「ああ。ばっちり双剣使いこなしてたぜ。流石、レトン王国の《緑の戦士》だな!」
「……! はぁ……。どうしてそうなったんですか。僕の知ってる兄さんは、そんな軽い人ではなかった筈ですが」
「ノーリ……お兄ちゃんを見る目が可愛いすぎる……」
「本当に、軽いですね」
背中から回された腕を剥がして、ノーリは盛大な溜め息をついた。
前世が自分の兄だという、ソーマ=デュエッタ。
殺しても死なず、ついには自分の主人である魔女に直接の対話を試みて、成功してしまった。
……対話の結果として、ソーマは自分の主人である魔女と、協力関係にある。
魔女探し達からの視点としては、魔女の手下が増えたことになるだろう。
「この小集団は、明日、アーペ入りします。到着している集団に問題は無いですか?」
「ああ。大人気の聖女様が話題の中心だよ。あと、シェリース王国の『王都リュディアの英雄』っていうのもいる。おもしろいな!」
「ああ、ハーディスですか。僕が複写して与えた《最強の退魔士》の力……。僕の影響が無くとも使いこなすなんて、あの子は本物の天才ですね」
ハーディスの、英雄と呼ばれる人望と才能。
そのうちまた利用するつもりだった。
だが、主人である魔女が自ら動き始めたいま、その計画は不要だろう。
「ノーリ。ここまでの旅程で、無理に魔力使ったりしてないか? 以前の調子で気楽に使ってると、また倒れるからな」
「流石に行き倒れる訳にはいきませんからね。ちゃんと温存してます。調合した薬は沢山準備してきましたし、集団の回復役としても機能してますよ」
隣に置いた大きな荷物は、移動の時は国防軍の積み荷に混ぜて貰っている。
焚き火の隣に座ったソーマは、そっとノーリの耳元に息を寄せた。
「なぁんだ、また俺の魔力を補填してあげようと思ったんだけどな」
「っ! 耳元で囁かな……」
そのままぎゅっと肩を掴んできた手を振り払おうとしたが、ソーマは低く声をおとした。
「――国防院総帥になったユリウス=ハーシェルは、野鳥から情報を集めてる。今お前が準備してる計画は、やめといたほうがいい」
「……なるほど、フェリアでアルヴァに居場所がばれたのも、そういうことですか」
「ああ。ずっと見張ってる訳じゃないだろうが、外での行動は筒抜けだと考えておけよ」
「面倒ですねぇ……」
小さく溜め息をついた肩に、ソーマの暖かい魔力が沁みていく。
ノーリはそれを、じっと黙って受け入れた。
――魔女イオエルとの盟約がほとんど切れかかっている今、本来寿命を迎えている筈の身体は、ソーマが与えてくれる魔力が無ければ、簡単に力尽きてしまう。
これは、必要な医療措置のようなものだ。
…………。
こうして、静かに人のぬくもりに触れているなんて、記憶の限り、覚えの無い状況だ。
魔女の奴隷として、魔女探し達を騙し、裏切り、殺し続けてきた。
偽りの労りを振り撒くことはあっても、自分が受け取る事はなかった。
――彼女の影響を受けない命なんて、考えたことも無かったのに――。
「ノーリ、明日はアーペに着くだろう。毒薬の計画はやめておくとして、クレイはどう対策する?」
協会創立者のクレイには顔がバレているし、ユリウスには鳥の目がある。
立ち回るにはあまりに不便な状況だ。
「そうですね……今クレイに攻撃されたら、即死でしょうね」
「あぶな! そんなに険悪なのか? わざわざ行かなくてもいいだろ。フェリアに戻って待ってれば……」
「300年も魔女の奴隷として生きてきたんです。主人が動いたこの大事な局面……僕だけ逃げ出す訳にはいかないですよ」
――なんとなく、いつか魔女探しの誰かに折り返しのつかない程惨敗して、断罪されるんじゃないかと思っていた。
だけど、実際に惨敗させられたのは、魔女探とは関係ない遠方からの来訪者――。
こんな敗北が、あっていいのだろうか。
断罪されて当然の生き方が、こんな形で、許されて、良い訳がない。
……生きたいと願った。
でも、その願いは、もう十分、叶えられすぎている。
「……お前は、俺が守るよ。その為の力はある」
低くて甘ったるい、良い声が、耳朶に響く。
「――今更……。貴方の立場がどうなっても、知りませんよ」
「まぁ俺、ここじゃ立場も何も無いから大丈夫だ!」
ノーリは小さく笑って、トンと頭をソーマの肩に預けた。
「……期待しないでおきます。裏切りが、僕の仕事ですから」
「こんな所で何してんだ? 国防軍総帥殿」
森の中から声がした。
がさ、と紅葉をかきわけて足元に現れたのは、魔女探し協会代表のクレイ=ファーガスだ。
「しかし、リッドの護衛からいきなり昇進したな。緊急事態だったとはいえ、国防院で幅を利かせてた奴とかいなかったのか?」
アーペを守るために、メルド湖沼地帯に対する防衛線が引かれていた。
守護の聖者が張り巡らせていた柵を、オキニス鉱石で強化したものだ。
オキニス鉱石には退魔の力が付与されており、一定の距離ごとに柵に設置されている。
その設置作業と保全のため、アーペに着いた国防軍人達は、森のなかに点在している状況だ。
その国防軍総帥であるユリウスは、夕闇が深くなるなか、メルド湖沼地帯に接する森の端でひとり木に登っていた。
「やあ、クレイさん。これでも私は元上級貴族でね。組織や人脈を操作するのが、本来の領分なんですよ」
「うわ、聞かなきゃ良かった」
「ふふ、そういう貴方はどうなんですか? 顔が広いというだけで組織の代表を勤めるのは、大変では?」
ユリウスは風魔法で軽々と木から滑り降り、狡猾な笑みを浮かべた。
「大変なのは想像の範囲内だな。そのうち後輩に任せるつもりだが……。で、何してたんだ?」
「あはは、誤魔化せませんでしたか。ちょっとした、実験ですよ。空から入れるディールの丘……。鳥なら普通に出入り出来るのでは?と思いまして」
悪戯っぽく笑ったユリウスの肩に茶色の野鳥がとまる。
「……偵察隊の報告では、生き物は全くいなかったらしいが」
「まぁ、広い平原です。偶然小鳥を見掛ける機会がなかったのも知れませんからね」
「…………鳥は、出入り出来たのか」
クレイの声が、低くなる。
ユリウスと小鳥だけで偵察ができるなら、偵察の為に犠牲になった300人は、ただの無駄死にだ。
「怖いなぁ、私に当たらないで下さいよ。広大な平原はありましたが、見えた範囲では報告されていた城塞跡は見当たりませんでした。人間が探索する意味は、あったと思いますよ?」
「そうか……」
クレイは、考え込むふうに唇を噛んだ。ユリウスは、彼の横で、そっと目を瞑っった。
……本当は、城塞跡は、あった。
それも複数だ。
国2つが滅んだという広大な土地に、何もない方がおかしいだろう。
報告にあった魔女の罠である城塞がそのうちのどれなのかはわからないが、『見えた範囲で』見つからなかったという言葉は、ちょっとした気遣いだ。
鳥の視野は万能ではない。
そう思っていて貰ったほうが、後々便利たろう。
「はぁ、実験に気を張りすぎてクタクタですよ。お腹空いたなー。クレイさん、駐屯地で何か作ってくれません?」
「はぁ? なんで俺が」
「各国で顔が広いってことは、ご当地料理食べてるんじゃないですか~? 私はフェルトリア連邦から出たこと無いんですよね。国外でおすすめのやつ、お願いしますよ」
「いきなり無茶苦茶だな。しょーがねぇ、ご当地じゃないが、俺特製肉飯で我慢しろよ」
名称から大胆だが、各地を巡ってきた魔女探しが作る料理は、たぶん、アーペの料理よりはマシだろう。
「期待していますよ。フェリアに帰ったら、おすすめの甘味屋さんを紹介します」
「元上級貴族様ご推薦とは、光栄だな」
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