表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

きっかけ

作者: あおい

なんとなく生きる。今の俺を一言で表せばそんなところだろう。特になにかに力を入れるわけでなければ全てを捨てて自由に生きていく勇気もない。大学の講義と課題をなんとなくこなし、家では友人とゲーム。今の生活に不満がある訳ではないが、ただ徐々にこのままでいいのかという不安が押し寄せてくる。この前、よく一緒にいるやつがプログラマーになるために勉強を始めたと言っていた。さらっと言われたから「へーそっか」っと特に反応しなかったが、内心かなり驚いた。今までそんな素振り見たことないのに。

俺と同じように、いや俺以上に何も考えてないと思ってたのに。どうせ続かないだろうと思っていた。しばらく経ってなんとなく忘れてしまった頃、今日の夜カラオケ行こうと誘ったら「ちょっと今日は…」と歯切れの悪い返事が帰ってきた。

「今日バイトの日だっけ?」

バイトのない日はいつも暇そうに見えるけど。もしかして彼女できたのか?俺の知らないところで。だがすぐにそれは無いかと思い直した。失礼だけど、あいつはいつも俺とつるんでいて女子と話すことなんてないもんな。……俺もだけど。

「今日はプログラミングやりたいんだ。……今度学生コンテストに応募してみようと思って」

少し照れくさそうにそいつは言った。まだ続けていたのかと俺は驚いた。

「プログラミングって前に言ってたヤツか?」

「あ〜、あれから時間がある時続けてるんだよね。独学だから自分で調べながらちょっとずつだけど」

「……、独学ってすごいな。」

ようやく絞り出した言葉だった。

途端に今まで気の合う友達だったやつが得体の知れない凄いやつに変わった気がした。

置いていかれる、そう感じた。

「じゃあ仕方ないな、頑張れよ」

そう言って足早に帰るあいつの後ろ姿をただ眺めていた。


家に着いてカバンを放り投げ、ベットに寝っ転がる。いつものようにスマホをいじり、YouTubeを開くが数分もしないうちに見るのをやめた。好きなユーチューバーの動画を見ても全く集中出来ない。こんなことをしてていいのだろうか、そんな焦りが頭の中を蠢いている。目を閉じるとさっきのアイツの後ろ姿が目に浮かぶ。

「……クソっ」

布団を被り、目を強く瞑った。


次の日、いつもより早く目が覚めた。2度寝しようと思ったが目が冴えてしまい寝付けない。家にいてもやることもないからなんとなく学校に行くことにした。玄関の鍵を閉め自転車を取りに行く。その途中でふと今日は歩いて行こうかと思い立った。いつもは時間ギリギリで焦って行くけど、今日は歩いていっても十分に間に合う。うん、やっぱり歩こう。さっきまでの憂鬱が少しだけ晴れた気がした。


のんびり辺りを見渡しながら歩いていると色んな発見があった。隠れ家みたいなカフェや初めて見る道、通る人も様々だった。音楽を聞きながらランニングしている人もいれば足早に歩く会社員、スマホをいじっている人、楽しそうに会話をする家族。自分の知らないところで広がる世界があることに改めて気がついた。


大学のキャンパスはいつもより静かでがらんとしていた。授業が始まるギリギリの時間だと人がたくさんいて慌ただしのに今は誰も歩いていない。まだ始まるまでに30分近くあるしゆっくり歩いて教室に向かった。


まだ授業が始まる20分前、さすがに誰も来ていないだろう。誰もいないがらんとした教室を思い浮かべる。1人でいるのはなんとなく寂しいような、でも少し期待もしている。自分だけの空間、そう思うと少しワクワクした。


教室の扉を開けるともう既に3人が席に着いていた。ただ、全員が別々の席に座っていてそれぞれの世界を作っていた。俺が入って来ても誰も気にせず顔を上げることもない。1人は大人しめの女子。話したことは無いし、彼女のことはあまり知らないがパソコンで何かをやっていた。


もう1人はメガネの男子。参考書を広げて何かを書き込んでいる。資格の勉強をしているのだろうか。そして目を引いたのが前の方の席に座っている男の人。真っ白な白髪頭のスーツ姿でノートを見返している。明らかに年上の、年配の人。学期当初は学科の間でも話題になっていた。授業中もみんながタブレットやパソコンでメモをとったり内職したりしている中で、まっすぐ前を向きノートをとっている姿が印象的だった。大人ってすごいなと純粋に感じた。

こんなに早くから来ているんだ。この人ならそうなんだろうなという納得と感心が1度に湧いた。いつもの席に座り特にすることも無くスマホをいじる。LINEを返したり、ネットニュースを見たり。でもやっぱりあのお年寄りが気になった。社会人になってから、歳を重ねてから大学で勉強するのは明確な目的や想いがあるからなんだろうな。俺はやりたいことがないから、社会に出て有利になると言われてるから大学に入った。いや、もしかしたら将来を決めてしまうのが怖くて入ったのかもしれない。就職したら将来が決まってしまう。朝から晩まで働いて必死に生きていく。今みたいに呑気に遊んだりぼーっとしたりが出来なくなってしまう。就職はそんなイメージだ。決断を後回しにしたいだけなのかもしれない。自分で決めたことの責任を負いたくないのだろう。大学から与えられた課題をやっている間は自分は大事なことをやっていると思えるから。自分で自分に本当に必要なことを考えなくてもいいから。だから、自分で決めて、必要なことをやってる人を見るとどうしようもない焦りが込み上げてくる。俺はこんなことをしていていいのか。もっと他にやるべきことがあるんじゃないのか。周りの目や社会の風潮を気にせず、自分だけの道を歩みたい。

静かに目を閉じ、自分のやりたいことを思い浮かべてみる。特にこれといったものが思い浮かんで来る訳では無い。まぁ、そうだよな。今すぐ簡単に見つけられたら誰も苦労しないだろう。ただ、今日気がつけたことは間違いなくある。きっかけはできた。今日から少しずつ自分の考えを大切にしたい。どうしたいのかは自分で選ぶ。そうだ、今日あいつが来たらプログラミングのことも聞いてみよう。何故勉強しようと思ったのか。何を目指しているのか。きっと俺にとってもいい刺激になるだろう。

そしてその後は、あの人にも聞いてみたいな。どんな経験をしてきたのか。どうして大学に来ようと思ったのか。自分で決めた人たちの見据える先を知りたい。そして俺もそんな人生を歩みたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ