第38話
「ある人物が、裏から手を回してオーディションを落選させていたのよ」
「!? ……まさかその人物って……?」
「ええ、それがあの原賀くんだった」
「でも裏から手を回すって、そんなことできるんですか?」
「大げさに言ったけれど、あの人がしたことは実に簡単よ。オーディションを夕羽ちゃんが受けたあとに、主催者側に連絡して、いろんな理由をつけて自ら辞退しただけ」
意味が分からない。何でそんなことをする必要があるのだろうか?
「それでも最初は、夕羽ちゃんもそういう流れもあるのが芸能界だと考えて、諦めずにいろんなオーディションに参加してたのよぉ。けれどあまりにも不合格が続くことで、さすがに変に思った十羽ちゃんが調査に乗り出したのねぇ。そしてある場所で、原賀くんが誰かと電話をしているところに出くわした」
「電話? ……誰です?」
「その相手は…………今、彼が務めている会社の社長よぉ」
「なっ……!?」
「その会社もまた、うちと同じアイドル事務所だった」
「い、一体どういうこと……いや、まさか……っ!?」
「そう、彼は…………わざと夕羽ちゃんを不合格にさせて、別のアイドルの子を支援していたのよぉ」
夕羽の実力は高く、そこそこのオーディションならば受かるようになっていた。彼女がいれば、必ず一枠が潰される。だから彼女さえ消えれば、席が一つ空く。
「で、でも何でそんなことを? 彼は【マジカルアワー】の社員だったんじゃ……」
「簡単に言えば、引き抜きよぉ」
「引き抜き?」
「ええ。彼の有能さを欲したライバル会社の社長が、私たちが知らない間に、彼に接触を図っていたようなのよねぇ」
「……そういうことってあるもんなんですか?」
「別に珍しい話じゃないわよぉ。どこの世界でも有能な人は求められるものぉ。けれどまさか自分たちが信頼する人が引き抜きにあっているなんて……信じたくはなかったわぁ」
そして当然、その状況に怒った十羽が現場で問い詰めた。
「誤魔化せないと思ったのか、原賀くんは素直に喋ったらしいのよぉ。自分はライバル会社のスパイだってことをねぇ」
「そんなに【マジカルアワー】に不満があったんでしょうか?」
俺もまだ働いて間もないものの、過去にそんなことがありつつも居心地が悪いなんてことはなかった。
確かに夕羽には嫌われているかもしれないが、それでも理不尽なことを強要されたりはしていないし、ちゃんとこちらが真摯に向き合えば折り合いをつけてくれる子だということも分かっている。実際に、少しずつだが態度は軟化しているから。
そう考えれば温かい職場だと言える。まあ男一人というのは、いろいろ気を遣う場面はあるにはあるが、俺自身はこの職場に何ら文句など持っていない。
アイドルのマネージャーが自分には合わないといって辞めるならまだしも、世話になっている会社のライバル会社の引き抜きを受け、さらにスパイ行為までするなんて信じられない。
異世界でも自国を裏切るようなスパイをしてた奴はいたが、それだって人質を取られて仕方なくといった、已むに已まれぬ事情を抱えてのことだった。
もし原賀にそういった事情が降りかかっていたのなら理解もできるが……。
……そんなふうには見えなかったよな。
実際に原賀に会った印象から、とても裏切りに対し罪悪感を覚えているようには見えなかった。あの目は……そう、何度も異世界で見てきた。
あの目は…………驕り高ぶった奴の目だった。
あくまでも自分本位。自分が正しいと信じており、それ以外はゴミクズだと疑っていない愚者の眼差し。
人を傷つけることに何ら心を動かすことのない救いようのない瞳だ。
「あの人の裏切りは、私たちにとっては大きな事件だったわねぇ。特に一番慕ってたのは……夕羽ちゃんだった。私たちよりも長い付き合いだったしね。だからいつも送迎は彼に頼み、マネージャーとしても信頼を置いてた。それをあの人は……」
男の本性を見抜けなかったのは自分のせいとでも思っているのか、社長が悔しそうな表情をする。いつも笑顔の彼女からは想像できない顔だ。
しかしなるほど。あの男に一番の信頼を寄せていたからこそ、その反動は一番大きい。だからこそ俺というか、男のことを信用できなくなっていたのだ。
「なるほど、そんなことがあったわけなんですね。けれど、よくもまあそんなことがありながら、俺を雇うのを許可しましたね。空宮や夕羽さんじゃないですけれど、普通は拒絶しますよ?」
「あー……はは、実は私も男の人を雇うつもりはなかったのよぉ。でもね、そんな時に、ちょうど希魅さんから、あなたの状況を聞いてね。あなたのことは私も知らない相手じゃなかったし。それに……男の人を拒絶したままアイドルをやるには、いろいろリスクも高いから、ね」
まあ女性アイドルのファンは基本的には男だろうし、確かに苦手のままでは活動に支障があるかもしれない。
「私だって不安ではあったけど、昔のあなたのままならきっとって思って採用したのよぉ」
「社長……」
「今は、雇って良かったって心の底から思ってるわよぉ。それは多分、他の子たちも一緒」
「はは、夕羽さんにはまだ嫌われてますけどね」
「あの子もきっといつか心を開いてくれると思うわぁ。真っ直ぐ向き合ってあげ続ければ。でもまずは今回の件をどうにかしないとねぇ」
「そうですね。ところでその話をするには、十羽さんも必要ですよね? 良かったら迎えに行ってきましょうか?」
「お願いできるかしらぁ。あ、六道くん」
「何です?」
「……あの子、多分落ち込んでると思うけどぉ……」
「分かってますよ。任せてください」
俺はそう言い返すと、そのまま部屋から出て十羽の足跡を追った。




