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第五話 月樹・前髪

「私、山脇さんのいいあだ名思いついちゃった」


馬鹿にしたような笑いを顔に張り付けた女子生徒と、困ったように様子を窺う山田さんが目に入った。


あぁ、こんな笑いは、以前にも見たことがある。


ぞわり。

体を悪寒が撫でる。

ざらざらとした記憶が切り取られて頭に飛び出す。

前髪が疼くような音を立てて僕の目を汚す。

狭い教室にたちこめた憎悪。


そうか、ここも同じ空間だったんだ。


――昨日の心配は本当だったのかもしれない。


居ても立っても居られない。

とりあえずこの居心地の悪い教室から出たい。

…そういえば、前に読んだ本の主人公は、嫌なことがあったら屋上に行っていたっけ。


よし、屋上に行こう。


タンタンと靴を鳴らして階段を上る。

最上階。

ドアの隙間から漏れる光の筋。

ここだ。僕が入るための場所。

すぅっと息を吸って、僕は取っ手を回した。


キィィ―――――……


思わず目を瞑る。

眩しい光が僕を覆っていく。

広がっていたのは、一面の空だった。

何もかも吹き飛ばしてしまう、吸い込まれそうな空。

それでも収まらない記憶に下を向いてしまう。


「あっ」


声がした。


「山中君」


風になびいた長い髪を抑える少女。


「山田さん…みんなと話してるんじゃなかったの?」

「ううん、もういいんだ。ちょっと疲れたから」


あぁ、そうだったのか。

俯いた山田さんは、多分僕と同類。

ねぇ。

僕も同じ気持ちなんだよ。


「あるよね、そういうこと」


一筋の涙が山田さんの頬を伝っていく。


「ど、どうしたの?」

「いいよ、別に何もない」


誰にも聞かれたくないことがある――きっとこのことだろう。


「そっちこそなんでここにいるの?わざわざ屋上なんかに…」


そんな話――…

それでも。

僕らが共有する空が証明してくれたのかもしれない。

山田さんなら、信じられる気がした。


「ねぇ…君なら、僕の話を聞いてくれる?」


何かを察してこくりとうなずく山田さん。

僕らの間を、風が吹き抜けていく。


意を決して、僕は口を開いた。


「僕はね、前まで施設に入ってたんだ」

「施設…?」

「うん。8年前にこの街を襲った竜巻のせいで、家族と別れてしまって行く場所がなかったから、施設で生活していたんだ」


こんな話、君には伝わらないかもしれない。

竜巻で生き別れたなんて、漫画の世界みたいじゃないか。


「…私も同じだよ」


ぽつりとつぶやく山田さん。

同じってどういうことだろう。


「…私も竜巻のせいで施設で生活してたんだよ」

「山田さんも?!」

「そうだよ。で、話を続けて?」

「ごめん。びっくりしただけ」


ふぅと息を吐く。


「施設に入って5か月ほどのことだったんだけど。施設の、友達だと思ってた子たちにね、」


僕はそこでいったん言葉を切った。

先の言葉が出てこない。

泣いてしまいそうな気すらする。


「…その子たちに、僕は顔を馬鹿にされたんだ。自分の顔を捨ててしまいたくなった。何度も何度もその繰り返しでさ。自分の価値がわからなくなっちゃってた」


僕は前髪をそっと抑える。


「もう馬鹿にされたくない。見た目って、性格とかに比べて一番隠せないものだよね。だけど、馬鹿にされない程度には隠せるように僕は前髪で目元を隠してる」


山田さんは黙って聞いてくれているようだった。


「さっき、教室で山脇さんにあだ名をつけている人たちがいたでしょ?」

「…うん」

「それで、馬鹿にされたことを思い出してしまった。この教室も、施設と同じなんだなって思ってしまった。僕はあんなところで生活していける自信がないんだ。逃げたくなった。だから、屋上に来たんだ」


山田さんのほうに視線をずらす。

彼女は泣いていた。

泣いている山中さんの姿がかつての妹と重なって見える。

泣き虫だったけど、強がっていた妹。


…会いたい。一度だけでいい。顔が見たい。妹、姉、お父さん、お母さん―――みんな元気にしているだろうか。


温かい家族。

一瞬で壊れてしまった幸せの日々。

もう見ることができないであろう、あの笑顔。


正直、僕も泣きそうだった。


「山中君…そうだったんだ。同じだったんだね」


これはどういう意味の同じなんだろう?


「同じ?…あのさ、もし聞いていいなら、」


僕は山田さんを見据えて言った。


「山田さんは、どうしてここに来たの?」

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