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第二十四話 凛水・意外な同類

オムレツにケチャップで顔を描くと……


「「完成!!」」


はぁ。

安堵の息を漏らしながら、私はその場にへなへなと座り込んだ。

疲れた。

一生分の集中力を使ったみたいだ。


「でも、これを全部私が作ったんだ……!!」


目の前にある三人分の晩御飯を見る。

そんなに難しいものではない。

むしろとても簡単な夕食なのに、それらは光り輝くとても高級な食事に見えた。

なにしろ、不器用な私の血と汗の結晶なんだから。


よし。夕食もできたし洗濯とアイロンは一応できてるし家事はこれでいいよね。

解放感に満ち溢れた心を抱き締めながら叫ぶ。


「さぁ、ピアノを弾きに行こう!」


晩御飯に手早くラップをかけて、余ったオムレツをタッパーに詰めて保冷剤とともに保冷バッグに入れ、私はスキップしながらアパートから飛び出した。


---------


どこかで5時を告げる音楽の放送が鳴る。

もうそんな時間か。


「何だよ、フリーズドライじゃん。邪魔。そこ退いて」


後ろから声がして振り向くと、シースルーの前髪が崩れかけのポニーテール少女。

竹下沙月だ。

退いてって……こんな広い道で?

私を避けて通ったらいいじゃん。


「……何か用?なんでここにいるの」

「は?用も何もないし。スーパー行こうと思って歩いてたら邪魔な奴がいたんだよ。早く退け」

「自分が避けて通れば?」

「うるさい」

「あっそう」


どうせ私は兄弟以外とは話せないんだから。

テキトーにあしらう。


「で?そう言うフリーズドライはなんでここにいるんだよ」

「答えない」

「じゃあ用もなくぶらぶら歩いてたと?バカなの?」

「私に答える義務はない」

「まぁあんたなんか興味ないしどうでもいいけど。あーあ、話してるだけ時間無駄にしちゃったわ。もう行っていい?」

「じゃあね」


竹下さんはつり目をさらに吊り上げた。


「そこは引き止めるとこだろ」

「へぇ」


自分から言っといてなんなんだろう、この人は。


「山中君と一緒に帰れなくて怒ってるんだよこっちは!約束しようと思ったのに一人で帰らないといけないらしくって……」


竹下さんがうつむく。

それにしても、「一人で」ってどういうことだろう。

月樹が帰ってきたら聞いてみよう。


「山中君と帰りたかったなぁ」

「へぇ、るき君と?好きなの?」

「ち……違うよこのバカ!誰があんな奴のこと好きになるかよ!!あああもう!!!」

「へぇ」

「ゴホン……やっぱり私はあんたが嫌い」


そんなの知ってるよ。

みんな私が嫌い。

だって私が上手く話せないから。

昔からずっとそうだもん。


……って、わかってるのに。


人が、兄弟が自分を認めてくれる、大切にしてくれる、そんな生活に――慣れてしまった。


今まで感じたことのなかった何かを感じた。


黒い渦に永遠に引っ張り込まれるような、そんな感覚。


「フリーズドライ、あのアパート知ってる?」

「え?あぁ……」


竹下さんがすぐ先に見える古い建物を指さす。

まさかあそこに行こうと思って来たなんて言えない。


「私あそこの大家さんにちょっと用があるから、あのアパート寄っていくから。夕食のおかずを作りたくてさぁ。教えてもらうんだ」

「えええええ?!」

「なんでそんなに驚くんだよ」


なんでって……私もあの大家さんにお世話になったから。

まさか竹下さんとも交流があったなんて知らなかった。


「奇遇。私もあのアパートに用があるから」

「ふーん。大家さんに?」

「ううん」

「そうか。いやぁあの大家さんすごくいい人でいつも料理教えてくれるから、父さんと一緒に夕食作るときに夕食のおかず足りないときいつもあそこ行くんだ」


じゃあ今日は竹下さんは夕食のおかずが足りないのか。

保冷バッグの中にあるオムレツのタッパーを見る。


「夕食のおかず足りないの?」

「え?はぁ。そうだけど?」

「あの、よかったら……」


私は保冷バッグの中のタッパーを見せた。


「うちで余ってるんだけど、いる?」

「あ、いや、フリーズドライが作ったオムレツなんて食べたくないからいらない」


その言葉にまた変な感覚がする。

でも竹下さんが困ってるのは事実だし私はそれを解決する道具を持っているんだから。


「え?いや私が作ったんじゃなくてうちの母が作った」

「そうだったのか!ごめん。フリーズドライのお母さんには罪はないのに失礼なこと言った。ありがたくいただくよ」

「失礼だね。はいどうぞ」


保冷バッグごと竹下さんに手渡す。


「でフリーズドライはアパートで何するの?」


どうしよう。言っていいのだろうか。

ばれたくないけど……いつか絶対ばれてしまうんだから。

私は口を開いた。


「アパートにあるストリートピアノを弾きに行くの」

「え、フリーズドライピアノ弾けるの??どうせ下手なんだろ」

「まぁ」

「仕方ないからその下手さを実際に聞いて確かめてやるよ」

「いらない」

「失礼とお詫びとオムレツのお返しに聞いてやるって」


どうしても譲らなさそうな竹下さんにため息をつき、私たちはアパートに入った。

黒く光るグランドピアノの前に腰かけると、私は深呼吸した。

こうしてピアノを前にするだけで、体中から喜びが湧き上がってくる。


――あぁ、早く弾きたい!


目を閉じるともう耳に聞こえてくるピアノの音色。

私は鍵盤に手を置くと、滑らかに指を動かし始めた。

曲名はないけれど、私がつい最近作った曲。

雄大さと未来をイメージして作った自信作だ。

〰〰〰〰〰〰♪

一度弾き始めるともう私の指は止まらず、鍵盤の上を踊り続ける。

辺りをぱぁっと輝かせるようにキラキラした高音、それを支える落ち着いた低音。

小鳥のさえずりのような可愛らしいスタッカートに、包み込むような長い音。

感情を込めた強い音と儚げな弱い音。

鍵盤に指が触れる音。ペダルを踏む音。

全部が合わさって、一つの音楽が刻まれていく。


音の一つ一つが、私の奏でる――命。


曲が終わって鍵盤から指を離した後も、曲の余韻が頭にこだましていた。

竹下さんもしばらく口をあんぐり開けて立っていた。


「どうだった?」

「……はははっ!思ってた通り…下手だったな!」


急に笑い出した竹下さん。


「そう」


不意に竹下さんの目から涙が落ちた。


「あれ?泣いてる?」

「は?泣いてないし。なんで私が泣くんだよ!」

「泣いてる」

「鬱陶しいなあ!お前の演奏が下手すぎて笑い泣きしたんだよ……ほっといて!」


どう見ても笑い泣きではない。

きっと竹下さんにも何か事情があるんだろう。

――ただのクラスの女王様だと思ってたけど、違うんだな。


「もういい!フリーズドライといるとムカつく。とりあえずアパートから出るから!」

「私も」


アパートの扉を開けて表に出ると、澄んだ空気が肺を満たした。


「もうオムレツゲットしたしスーパー行かずに帰る」

「そう」


てくてく。

私も竹下さんに並んでアパートへと続く道を急ぐ。


「で、なんで泣いてるの?」

「泣いてないっつってるだろ」

「泣いてる」

「……じゃあ、理由を言ったら信じてくれるのかよ」


竹下さんは私を横目でちらりと見た。


「ほんとは誰かに言いたいんだよ私も!でも、言えなくて……」

「言って」

「でも今なぜか大嫌いな奴には言える気がするんだ」

「じゃあ言って」

「言ったら信じてくれるのか?」

「いいから言って」

「わかったよもう!あのな、私の実の母さんはピアニストだったんだ」

「……だった?」

「8年前にこのあたりで竜巻が起こったのは知ってるな?」


竜巻。

私はどきっとした。

もしかして竹下さんも……?


「知ってる」

「その竜巻で、母さんは、母さんは……っ!」


竹下さんは目元を拭った。

大丈夫だろうか。

背中をさすってあげる。


「おい、背中さするな……で、その竜巻で母さんは私をかばって重傷を負って……それからどこに行ったか分からないんだ」


なんだ。私と同じじゃないか。

竹下さんの抱える辛い思いが、私の心にも同じ痛みとして伝わってくる。


「やっぱり」

「は?」

「私も同じ」

「フリーズドライも?!」

「そう」


ザッザッと砂を踏みしめる音だけが聞こえる。

どちらとも何も言わず、沈黙が続いた。

坂を上り、よその家の石垣のところで曲がる。


「あのさフリーズドライ、この話、秘密にし……」


そこまで言って、竹下さんは立ち止まった。

見慣れた後ろ姿を見て、私もはっとする。


……そして彼女は、精一杯の嫌味を込めて言った。


「あっれー?玲香と山中君?なんでここに、二人で?」


二つの後ろ姿がぱっとこちらを向く。


――玲香と、月樹だった。

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