第七話 凛水・奇跡の始まり
【フリーズドライ】
新学期始まって二日目でつけられたそのあだ名は、今でも使われている。
小学校のときだって呼ばれていたこのあだ名。
つけられた側が言うのもなんだが自分の性格にぴったりだと思う。
「るきーーー!お話しよー!」
「いいよー。どうしたの?レイ」
しかも、ちょうど私のあだ名がつけられた日から山中君と山田さんが妙に仲良くなった。
何があったのか知らないが、イケメンを取られたという点では少しショッキングだ。
というくらいで特に何の変哲も…そして友達もない日々が過ぎていき、今日で一週間。
「あ、山脇さんもるきと3人で話さない?」
「…何回も言わせないで。いらないから」
「何回もって…まだ今日一回目だよ?」
「毎日話しかけてこないで。今日一回目でも毎日反応するのは疲れる」
山田さんは毎日話しかけてくる。聞かなくてもどんな返事が返ってくるかはわかるだろうに。
なんでこんなに構ってくるのか私にはわからない。
「ねー玲香、ほんとフリーズドライの言う通りだよ。毎日あんな奴に話しかけるの疲れないわけ?ほっとけばいいのに」
「フリーズドライって…もう」
「だって事実じゃん」
山田さんがよく話している女子生徒――沙月って呼ばれてたっけ――が山田さんににじりよる。
よく言い争ってはいるが、一応二人でクラスの女王的ポジションを保っているような感じだ。
…これでもクラスの人間関係は一通り分析して脳内に保存しているんだから。
「で?玲香、今日は一緒に帰れる?」
「あーごめん!私たち、掃除当番なんだ…ちょっと待っててくれない?」
「ふーん…いいよ、昇降口で待ってる」
沙月は高いポニーテールを揺らして他の女子たちのもとへと駆けていった。
「じゃ、また後でね」
「うん!わざわざ待たせちゃってごめんね」
夕日がカーテンの合間を縫って、一人一人といなくなる教室を緩やかに映している。
話を再開している山田さんと山中君を置いて私はほうきを持つ手を動かした。
「やーまわきさん!」
「…!」
急に名前が呼ばれて振り向くと、山田さんが私の髪を結っていた。
「勝手に人の髪に触らないで」
「えぇー。あとちょっとだから!」
「そんな暇があったらちゃんと掃除して」
もはやちゃんと掃除していない山田さんに一瞥をやる。
いつの間にか教室には三人しかいなくなっていた。
「わかったよ、掃除するから…」
そのとき。
「あ!!そうだ!」
ポンと手を打つ山田さん。
「な、何?びっくりするでしょ」
「リンス」
山田さんは髪から手を離し、ドヤ顔で私を見つめた。
「は?リンス?」
「そう!これから私山脇さんのことリンスって呼ぶからね!」
「え、どういうこと?」
「山脇さん、髪サラサラだし下の名前凛水でしょ!ちょうどいいあだ名だと思わない?」
リンス…むず痒いような、なんとなく恥ずかしいような。
私にもフリーズドライ以外でまともなあだ名ができたんだ。
この感情を「嬉しい」と言うのだろう。
「ありがとう。嬉しい」
顔が勝手にほころんでいく。
「え、じゃあ僕もリンスって呼ぼうかな」
「そうしよ!!ねーリンス!」
「…うん。勝手にどうぞ」
返事がない。
なんとなく心配になって山中君の方を覗き見る。
固まっていた。
「え、るき…どうしたの?」
山田さんが問う。
「あ、あぁ、ごめん。ちょっと、兄弟のことを思い出しちゃって」
兄弟…?山中君に兄弟がいるなんて初耳だ。
「あ、例の竜巻で別れたお姉さんと妹さんのこと?」
竜巻で別れた?私と同じじゃないか。しかも姉と妹だって?
もしかして…
いや、そんな奇跡はさすがに起こらないに決まっている。
聞こえないふりを続けた。
「うん…姉がさ。いつもあまり話さないのに、たまに素直になったり笑顔になったりする人で、ちょっとリンスと似ているなって」
姉がいるのか…。
自分自身の弟と妹を思い出す。
「姉はね、僕と同じ年のはずなのに、僕から見るとすごく大人に見えた。僕が本を読んでいて知らない言葉が出てきても聞いたらすぐ教えてくれたし、妹だって姉と同い年なのに、姉はよく面倒を見てくれていたなって…思い出しちゃった」
同い年。つまり姉と山中君と妹は三つ子。
それに、山中君は本を読んで知らない単語があれば姉に聞いていたことになる。
妹の面倒も見ていた姉。
…あぁ、どうしよう。すべて私の記憶に当てはまる。
「あぁ、会いたいな。家族に。姉と妹だけでもいいから」
「きっと、いつか会えるよ!どこかで絆はつながってるんだから!」
極め付けは山中君の鞄についた、パズルのピースのキーホルダー。
確定。
こんな形で奇跡はやってくるのか。
体の震えが止まらない。
寒気すら感じる。
突然すぎてどう言い表すべきかわからない。
だけど――――
たぶん…いや、間違いない。
山中月樹は、私の生き別れた弟だ。




